「事業承継会社の社長就任」という選択をするサラリーマンのメリット・デメリット

松本尚典

松本尚典

テーマ:事業承継 社長


1.「事業承継会社の社長就任」とは?


日本の企業の経営者の世界は、日本の社会の高齢化を最も反映しているといわれています。経営者の平均年齢はあがり、それにともなって、後継者がいないことによる黒字廃業企業数が増大しています。

そもそも企業は、成長と存続が前提条件となっていますが、経営者の高齢化は成長志向でなく現状維持志向を生みます。そして、最終的には、黒字を出して存続し続けることができるにも関わらず、経営者の健康問題や意欲の喪失などの理由で、廃業する会社が増えています。

しかし、黒字廃業は、従業員の雇用の不安定化を生み、積み上げてきた技術や顧客を喪失させ、経済にとって、非常に大きなマイナスとなります。

一方で、そのソリューションとして、事業承継型のM&Aで大企業に経営者が株式を売るという手法があります。しかし、先ほど述べた通り、経営者が高齢化している企業は、現状維持志向に陥っている場合が多く、成長が鈍化してしまっていて、大企業が算定する企業価値が見いだせず、売れない場合が多いのが現状です。

レコフの公表する日本のM&A案件数は、いまだ4000件と非常に少なく、廃業するすべての企業がM&Aで大企業に後を託すことができるわけではありません。

そこで、いま、注目を集めているのが、「事業承継会社の社長に名乗りをあげる」方に、会社を託す、という選択肢です。これが、「事業承継会社の社長就任」という方法で、最近、注目を集めています。

2.会社の「終活」の手法


オーナー社長が自分で資本金を出資して、会社を創業する典型的な日本の中小企業で、そのオーナー社長が、オーナー社長業から身を引く場合、その方法は、以下の4つの方法しかありません。

株式公開
事業承継
廃業
M&A


以下、これを詳しくみていきながら、「事業承継会社の社長就任」という方法を、この中に位置付けていきたいと思います。

株式公開


株式公開は、必ずしも社長の退任を意味しませんが、それまでの株主が独占所有していた会社の株式を公開するわけですから、オーナーの独占所有が終わり、会社は「公器」となります。

その意味で、その後の社長は、多くの株主から選任を受けて着任する「サラリーマン社長」となりますので、株式公開時に、従来の社長が選任を受けたとしても、その後、社長の意思で社長を続けられるわけではありません。

その意味で、株式公開は、オーナー社長の終活の一つと位置付けられます。

しかし今、株式公開は、非常に難しくなっています。東京証券取引所は、一部市場をプライム市場に制度改革し、株式公開に相応しい企業しか、今後は、公開をさせない方針です。

したがって、株式公開を目指すオーナー社長が、株式公開という、ハッピーエンドを迎えるのは、非常に狭き門となりつつあります。

事業承継


子供に継がせる


株式公開をしない、非公開会社が、日本では圧倒的多数に上ります。非公開会社では、伝統的に、社長の子供の会社を継ぐことが行われてきました。

「家業を継がせる」ということです。

いま、この家業を継ぐ子供が減っています。

その最大の理由は、会社の成長性や未来を、子供が描けないことにあります。社長である親に、唯々諾々と仕えてきた古参の役員をマネジメントする自信がないということも理由の一つであるようです。

また、世間では知られていないようですが、会社の借入金を社長が個人保証を行う日本独自の慣行を、子どもが嫌って、継ぐのをためらうことも、大きな原因かと思います。

役員に継がせる


子どもが継がない会社を、役員など、主たる従業員の方に継がせる、という手法をご相談されてくる経営者の方も多々おられます。

これは、不可能ではないのですが、実際は、子どもに継がせるよりも、継ぐ役員の方に、「覚悟がいる」のです。

役員などの方は、会社を社長とともに支えてきたので、会社の経営に関しては、お子さんよりも、ずっとたけており、従業員の方の安心感も高いと思います。

しかし、最大の問題は、オーナー社長からの株式の譲渡をどうするか、です。

非公開会社は、公開会社と異なり、株価が市場で決定されません。しかし、設立時から、利益剰余金が積まれているため、純資産額は増大していますから、株価は上がっています。この株価の算定は、公認会計士や税理士が行ってくれますが、その株式を従業員に承継するためには、オーナーから従業員が株式を買わなければなりません。

よく
「ストップオプションの形式で、従業員に株を承継したい」
という相談があるのですが、ストックオプションは、公開予定の企業による新株発行による株式の譲渡というケースでは、従業員が公開時に大きな利益を得られるため、有効な手段となりますが、オーナーが持っている株式を従業員に渡す場合には、手段としては使えません。

ストックオプションは、あくまでも会社が従業員に報酬としてお金のかわりに株式で支払うものであって、オーナー個人が従業員に報酬を支払う手段としては使えないのです。

したがって、役員や従業員に株式を承継する場合、承継者は、自己資金で株式を買うことになりますが、それは、相当な金額になるので、これをどうやって支払うのか、ということが問題になるのです。

しかも、承継した新社長は、会社の対金融機関への借入金の連帯保証を負わなければなりません。

役員や従業員が、そこまでして、オーナー社長を承継することができるか、ということが、大きな問題になるのです。

廃業


子どもや、役員・従業員に継がせる相手がいない、というのは、むしろ今の日本企業においては普通のことです。

赤字廃業


会社が赤字を連続していて、純資産がほとんどないような会社の場合、赤字廃業をするほうが、簡単です。商品が成熟し、顧客層や販路が細り、赤字が続いている、従業員も非正規やパートしかいない、という場合、経営者の年齢が高く、反転攻勢をする意欲も少ないなら、倒産に至るまえに、自主的に廃業するという方法をとるのが賢明でしょう。

黒字開業


しかし、顧客や販路があって、黒字を積むことができ、純資産がある企業の場合、これを廃業することは、大きな社会的損失です。

しかも、会社に従業員がいる場合、経営者には従業員の生活を支えるという使命があります。

今後の日本では、力がある、価値がある会社なのにも関わらず、経営者が高齢であるゆえに、廃業する「黒字廃業」が激増してゆくことが、予想されています。

黒字廃業は、経営者にとっても、非常に損な最後です。

黒字というのは、毎年、消費税や法人税・事業税を、国や地方自治体に納税して、その結果の利益を、準資産に蓄積しています。この税引き後の資産を、廃業によって、経営者が個人として受け取ることになってしまい、ここに、所得税は課税されます。

つまり、法人税と所得税の二重課税がなされてしまうのです。

さらに、経営者がお亡くなりになってしまった場合、更に相続人に相続税が課税される場合もありえます。三重課税で、ほとんど会社の財産は、税金でなくなってしまいます。

オーナー経営者が人生をかけて構築してきた会社が、最後には、ほとんど、残らない、というのが、黒字廃業の実態です。

M&A


日本の企業の「終活」は、子どもにも継げず、従業員にも継げず、さりとて、廃業は大きな損失・・・、という状況。

その中で、今後、最も期待されるのが、M&Aの増大です。別の企業の子会社として、自分の企業を売却し、従業員の雇用を維持し、企業の社会的な役割を全うさせるという意味で、M&Aは、日本にとって非常に重要なオーナー経営者の選択肢となると期待されています。

そして、このコラムの主題である、サラリーマンが事業承継会社の社長に就任するという手法は、M&Aの一つの手法で、買収側が企業でなく、個人であるという位置づけのM&Aです。

事業承継型M&A


いま、最も注目されているのは、企業同士で、非公開会社の株式譲渡を行い、会社を存続させる事業承継型M&Aです。

日本M&Aセンターや、M&Aキャピタルパートナーズなどの大手上場M&A仲介会社が、いま、最も力を入れるのは、この事業承継型のM&Aです。

ある意味、事業承継型M&Aは、企業の終活の最も理想的な方法といえます。買収企業の信用力やブランド力は抜群で、資金力も豊富です。そのため、従業員の雇用も安定し、従業員が中長期の視点で、会社の付加価値を創出することができます。

オーナー社長個人に依存していた資金調達力や資金力が大きくなり、そのため、成長投資に資金を振りむけることができますので、将来の成長力が増し、そのために、DCF法で計算される買収企業の現在買収価値も、買収時の株価を大きく上回ることができます。

このように、理想的な事業承継型M&Aですが、残念ながら、日本では大きくはその数が増大していません。

僕は、M&Aのアドバイザリー事業で、多くのM&Aに立ち会ってきましたが、なぜ、日本ではM&Aが増えないのかというと、それは、売り側企業が、M&Aに向けてきちんと準備をしていないからです。

売り側が、「商品」になっておらず、売り側と買い側で、成立がしにくいからです。

成長企業M&A


事業承継型M&Aが、企業の終活としてなかなかうまく機能しないのは、それが、計画的・戦略的に使われず、売り側が商品になっていないことが原因です。

M&Aをより計画的に、戦略的に活用し、自社の成長のための資金調達として位置づけ、社長自身の役員報酬を大きくアップしながら、最終的に、投資会社に会社を高く売り抜けるのが、成長企業M&Aの手法です。

つまり、売り抜け先を決めておき、その売り抜け先から先に投資を受けて、大きく収益をあげ、最終的に、高く売り抜けるわけです。

買い側企業も、いま、買収企業の経営を任せる人材が不足しています。企業を買収し、その企業に自社の社員を経営者として送り込むことが、非常に困難な時代になっています。

そのため、買い側企業も、投資をした会社の成長を、投資後、長期的に現在の社長に任せ、少しずつ、自社の社員を役員に送り込み、最終的に、100%会社を取得して、送り込んだ社員に後を継がせるという方法が、成長企業M&Aです。

買収側の会社から送り込まれる社員の立場からみると、自分の会社が買収した会社の役員に就任し、その会社を、創業者の社長と一緒に成長させ、最終的に、自分がその会社の社長となる「事業承継会社の社長就任」の形をとるわけです。

このパターンは、ある意味、非常に理想的な事業承継の形といえます。

売り側企業の創業社長は、投資を受けながら、会社を成長させ、投資会社から後継者を受け入れて会社を成長させて役員報酬や売り抜けの株価を高くすることができます。

買い側企業も、内容のよくわからない会社を短期のデュデリジェンスで買うわけではなく、マイナー投資からはじめて買収会社の財務や労務・人事などを管理しながら成長させることができます。

そして、送り込まれる社員も、自分の頑張りで、新しい会社を成長させ、ゆくゆくは、自分がその会社の社長となることができ、独立ができます。

このように、成長企業M&Aは、事業承継の理想形であり、売り側と買い側が、戦略的な発想で、取り組めば、最も成功の確率が高い方法となります。

URVグローバルグループでは、この成長企業M&Aの買い方企業と売り方企業を仲介する事業に取り組んでいます。

URVグローバルグループの成長企業M&A
https://urv-group.com/services/consulting/growing-manda/


個人が行うM&A


さて、通常のM&Aは、買い側企業が、売り側企業よりも資金力や信用力が勝る企業であるのが普通です。売り側企業よりも、業界シエアーが低い企業が高い企業を買収することを、「小が大を買う」というような言い方がなされます。

それに対し、個人が売り側企業を買収し、そのオーナー社長に就任する、個人が行うM&Aが最近登場しています。

個人が投資ファンドなどをバックにつけて資金を調達する方法は、個人が行うM&Aではなく、成長企業M&Aです。

あくまでも、投資先は、投資ファンドですが、投資ファンドが、経営者も候補を募って、その経営者を売り側企業に送り込む方法であり、送り込まれた経営者経営に失敗すれば、投資ファンドは、その経営者を解任して別の経営者を送り込むか、企業自体を転売します。したがって、この場合の経営者は、買収側企業から送り込まれる役員と同様で、サラリーマン社長にすぎません。

これに対して、個人が行うM&Aは、あくまでも、個人が買収側として、企業を買い、そこにオーナーとして入ります。

3.「事業承継会社の社長就任」のメリットは?


この個人で会社を買収して、社長に名乗りをあげる事例を、最近は、メディアでも報道されています。M&Aのサイトで、案件が公開されていることで、個人が、M&Aに名乗りを上げやすくなっているのです。

ある意味、このような形態は、事業承継者がおらず、今後、大量に廃業が見込まれる日本の中小企業にとって、非常に有望なことだと、僕は、思っており、是非、そのようなケースが増えることを期待したいと思います。

4.まず、その選択は「濡れ手に粟」ではないことを肝に銘じる


ただし、名乗りをあげる個人の方に、買い側企業のように、M&Aの専門家がついているわけではありません。そのため、大きな落とし穴がないわけではありません。

まず、M&Aというものは、通常、買い側の企業は、かなりの純資産と信用力がある企業です。それは、中小企業のオーナー社長が、ほぼすべて負っている、会社の債務の連帯保証を引き継ぐことを、銀行が了承しなれば、M&Aは成り立たないからです。

今のオーナー社長からみて、若い次の経営者の資産力や実績から考えて、メインバンクが連帯保証の引き受けを認めなければ、社長の承継は成り立ちません。

個人の経営者に引継ぐということは、おそらくは、普通のM&A、すなわち大企業が投資するM&Aが成り立たなかった案件という意味です。言い換えれば、大企業が手を出さないほどの債務超過企業か、将来性のない企業と評価され、どこもてをださなかった案件であるということを、肝に銘じて、社長を承継しなければなりません。

世の中には、まず、「濡れ手に粟」のおいしい話など、ありません。

債務超過企業の場合、運転資金が枯渇し、一年以内に返済に回す流動性が足りず、社長が役員報酬をえたそばから、会社に自己資金を投入しなければならなくなるでしょう。

債務超過や将来性に疑問のある会社というのは、従業員の生産性も相当に低く、それを、立て直す孤独な戦いを、社長は、一人で行わなければなりません。

事実上の、再生案件であり、相当な経営の経験と胆力が求められます。

ゼロから起業をするよりも、楽だろうというような、甘い考えで、中小企業の社長を承継するのは、危険です。

5.大切なのは、冷静な第三者の目


中小企業の事業承継者がいないということは、日本の経済と将来にとって、大きな問題となりつつあります。中小企業が持つ技術や生産性が失われ、雇用の受け皿が喪失します。

その問題の解決策として、M&Aは重要な役割を果たすことが期待されており、その中におけるプレーヤーとして、個人の方が経営者に名乗りをあげるのは、とても有意義なことです。

しかし、一方で、長年、オーナー経営者のもとで、ディスクローズーせずに、経営されてきた中小企業には、様々な隠れた問題点が隠れているのも事実です。

こうした問題点を、経営者として名乗りをあげる方は、第三者の目を入れて直視し、リスクを図り、それを想定にいれて、M&Aを行う必要があります。

通常、僕たち、M&Aアドバイザーが取り扱う正常なM&Aの買収価格は、平均で、6000万円ほどの株価になります。これが、正常なM&Aの買収価格です。

一方で、様々なM&AのWebネットで売られている企業は、300万円程度の価格が平均となっています。だいたいの目安として、株価が1000万円以下の企業は、実質的に、純資産価格がマイナス価値であり、債務超過に陥っていると見たほうがよいでしょう。

このような企業の買収が、企業再建案件として悪いわけではありませんが、それを買収して再建するのは、相当な経営経験と、買収直後から発生する借入金や金利の返済が、経営者個人にかかってくる案件と考えておいたほうがよいでしょう。

松本尚典の中小企業経営者支援コンサルティングサービス

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松本尚典(経営コンサルタント)

URVグローバルグループ 

経営者の弱みを補強して売上を伸ばし、強みをさらに伸ばして新規事業を立ち上げるなど、相談者一人一人の個性を大切にしたコンサルティングで中小企業を成長させる。副業から始めて、独立で成功したい人も相談可能。

松本尚典プロは朝日新聞が厳正なる審査をした登録専門家です

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