年収のカラクリ ~年商5億円を超えた経営者たちの、自分の年収の決め方の技~
このコラムは、「事業計画作成法を伝授します①~④」から、内容が連続しています。そちらをまだ、お読みになっていない場合、一旦、①~④のコラムにお戻りいただき、そちらを読んでから、このコラムをお読みください。
さて、④では、競合について、ポーターのファイブフォースの観点から、その想定範囲を検討しました。
今回は、その検討した想定範囲の競合に関して、その情報収集と分析、競争戦略の立案について、考えていきたいと思います。ここでもまた、Aさんの出店するお蕎麦やさんの事例に沿って、検討をしていきましょう。
競合に関する情報収集
まず、出店するエリアをしっかり歩いてみる
Aさんは、東京都の都下のF市に日本蕎麦を主力とする飲食店を開店したいわけです。加えて、Aさんが店にかける暖簾は、老舗の蕎麦やさんのものですから、F市を通る鉄道の沿線駅からも、集客を見込めます。
まず、Aさんの店舗のように、エリアマーケティングが重要な事業の場合、絶対的に重要な競合を知る方法は、そのエリアを、必ず、徹底的に歩いてみることから始まります。
車で走ったり、自転車で走ったりするのではなく、必ず、歩きます。Aさんの店舗の競合は、蕎麦やさんだけではないことは、前回のコラムで書いた通りですから、車や自転車では見逃してしまいます。
歩く際、僕の場合、拡大したGoogleマップを出力して、そのマップの紙を片手に持ち、もう一方の手でスマホを持って、気になったものを撮影しながら、その地図に書き込みをしつつ、歩くようにしています。
競合にあたる飲食店があれば、必ず立ち止まって、地図にメモします。特に、メニューの単価は、必ず収集します。飲食店の場合、店の前にメニューを出している店が多いですから、そのメニューを写メで撮影します。出力した地図と、写メで、どんどん気になった情報を収集してゆきます。
この時、競合情報だけでなく、そのエリアの住民の住まい方や、生活レベルに関することも、気になったことはどんどんメモをしてゆきます。
車で走ったりしても、そのエリアの重要な情報を見逃してしまうので、とにかく、僕の場合、競合調査は、必ず自分の脚で歩いて行います。
そうして、ストライクの競合店(Aさんの場合は蕎麦やさん)で、必ず、食事をしてみます。
エリアでの競合の場合、自分の店が開店をしますと、相手も、こちらを偵察しますので、店主である自分の顔が相手にバレてしまいます。そのため、僕は、こちらが、相手から競合と見分けがつかない時期に、相手の店のメニューを把握し、その店の看板メニューを食べてしまいます。
競合の一覧表づくりは、競合の把握にすぎません
エリアマーケティングを展開する事業でない場でも、その競合をサイトで調べ、その企業に出来る限り足を運びます。その企業の商品を購入したり、サービスを受けてみることは、必須です。
事業計画で、競合調査と言って、競合企業の一覧表を、相手のサイト上の情報から拾って制作し、それで競合調査をした気になっているヒトがいます。しかし、僕は、いつも思うのですが、競合調査というのは、そんなに甘いものではありません。
敵の情報を徹底的に収集することが、まずは、競合戦略の基本です。サイトの情報というのは、相手が、公開しても差し支えないと思っている情報です。そんな情報で、競合戦略や競合戦術が立案できるはずがないのです。
ありきたりの公開されている情報だけの一覧表を作ることは、競合を把握する整理にはなりますが、情報収集と分析には、まったくなっていません。
情報を収集しながら、推理力と創造力を働かせる
さて、競合の情報を収集しながら、同時に、推理力と創造力を働かせることが、とても重要です。この場合、Aさんのように、自分が長年にわたって、蕎麦の世界で働いてきた方の場合、この推理力の発揮で有利です。はじめて自分が取り組む事業の場合、この推理が全く勘違いの方向で働いてしまうリスクがあります。
また、Aさんのように、厨房経験が長い場合、創造力を働かせるうえでも、有利です。
推理力を働かせる
さて、推理力とはなんでしょうか?
例えば、Aさんが、歩きながら、ファミリーレストランで、蕎麦のメニューを出している店を見つけて、店に入ったとしましょう。そして、蕎麦を含む、ランチメニューを注文したとします。
その蕎麦とそばつゆを食べれば、そのファミリーレストランが、セントラルキッチンでどこまで蕎麦をどのように作り、店でどこまで作っているかわかるでしょう。当然、手打ちではないですが、手打ちと比較して、どの程度の素材で、どの程度の味を出しているのかがわかります。これを、自店の蕎麦と比較し、価格面も含め、競争上、商品と価格の優位性があるかどうかを、消費者の立場に立って、考えていきます。
ビジネスの推理力というのは、探偵が行う推理とは違います。あくまでも、消費者・顧客の立場に立ってみて、顧客がどう感じるか、価格優位性がどこまであるかを推理することなのです。
想像力をはたらかせる
では、次に、創造力とはなんでしょうか?
ファミリーレストランの、メニューをじっくりと見て、そのメニューが、蕎麦と他の料理をどのように組み合わせているかを観察します。
ファミリーレストランは、商品企画部門が、テストキッチンで、大規模な商品開発をしています。従って、Aさんが個人で考え出せないような、メニュー構成を創出することができるかもしれません。
そして、ここが重要なのですが、そこで、
「面白い! このメニューはいける!」
と感じたとき、それを、そのまま、自店で出そうとは絶対に考えてはならないということです。
よく、競合の展開方法をみて、それを真似ることばかりする経営者がいます。しかし、真似というのは、それが当たるとすれば、競合よりも商品が同質で、価格が消費者からみて、非常に競争力がある場合だけです。
そして、通常、競合が既に商品化をしている価格に対して、あなたが中小企業の場合、それをあなたは破壊できません。価格破壊をすれば、その単体商品は売れるかもしれませんが、来客の客単価を落として、売上を落とす結果になるからです。
単体の商品だけが売れても、それによって、来店者の客単価を落とせば、来店者数が限られている中小企業は、負けます。
従って、競合の真似をする戦略は、財務力が極めて高い大企業の戦略であって、中小企業のとるべき戦略ではないのです。
そこで、想像力の出番です。
競合店のメニューを参考にしながら、それを自分の力で、ヒトひねりするのです。
ビジネスの創造というのは、芸術的なそれとは違います。
芸術家は、自分自身の表現をゼロから作りますが、ビジネスの創造とは、
「既存の要素の組み合わせを変える」
ことなのです。
天才的な発想力ではありません。
既存の要素を組み合わせるのです。
Aさんの場合、ファミリーレストランのメニューを参考に、自分が持っている他の要素を持ってきて、それを組み合わせて、自分の店のオリジナルを造るのです。
競合戦略を立案する
このように、競合に関する情報を収集し、それを基礎に、推理力と創造力を働かせていくと、それぞれの競合に対して勝っていく方法の戦術のポイントが見えてきます。だた、この時点でのポイントは、ばらばらの戦術です。
経営では、「戦略」と「戦術」を明確に区別します。ここからが、戦略の話に入ります。
経営戦略と、経営戦術
まず、戦略と戦術とはなんでしょうか? どう違うのでしょうか?
これらは、かつて、軍事用語として用いられていた言葉が経営用語に転じた言葉ですので、まず、これらの言葉の違いを理解しやすいように、軍事用語でいう戦略と戦術について、その違いを解説することからはじめます。
まず、あなたの軍隊が、敵と対陣したとします。
そのとき、あなたは、将軍として、敵の兵力に関する情報を収集し、どうやったら、目の前にいる敵を撃破できるかに関する策を検討し、その策に従って、軍を動かします。この策のことを、戦術と呼びます。
現場の将軍が、向かい合った敵をどう倒して勝つかに関する作戦です。
一方、あなたが、この敵を撃破し、本国の城に帰還したとします。勝利に酔った将兵とは別に、あなたは、将軍としてこう考えたとします。
「今回の敵は、確かに撃破した。しかし、これを撃破しただけでは、解決にならない。本当の敵は、敵の本国にいる本隊の巨大な兵力だ。今回、敵を撃破したことで、敵との敵対関係は明確になった。問題は、いつ、どの程度の兵力で、どこから、敵の本隊が、我が国に反撃してくるか、だ。これに備えなければならない。」
さて、この場合の備えは、敵が目前にきた場合に、これにどう勝つかという策とは、異質の思考を要します。敵の経済力(経済力こそ、軍事力を支える基礎です)、兵站力(兵站力とは、敵が遠征することを支える、兵や武器・食糧の供給能力を指します)、敵との間の地形や敵の進路ルートなど、多様な情報を基礎に、多角的な見地から、敵の反撃に備える発想を必要とします。
これが、軍事でいう、戦略です。
戦術が、目の前にいる敵をどう破るか、に関する作戦(Howの問いに対する答え)なのに対し、戦略は、いつ・だれと・どのように・どこで、どうたたかうかに関する作戦(5Wの問に対する答え)を言います。
これが、軍事用語でいう戦略と戦術の違いです。
経営戦略としての、競合戦略とは?
さて、話を経営に戻しましょう。
経営における戦略と戦術も、軍事用語と似ています。
経営戦術とは、営業商談・生産・現場オペレーション・経理や会計・法務・情報システムなど、個々の専門的ノウハウに裏付けられた、現場におけるマネジメントのことです。競合でいえば、戦術は、先に述べた、各競合に対する情報収集と、それに勝つための推理力や想像力を働かせる作戦をさします。
企業は、日々、この戦術に対する作戦立案と、実行、そしてそれに対するマネジメントを繰り替えています。
しかし、これだけでは、企業は、長期的に勝ち続けられません。
競合戦略で説明をしましょう。
ファイブフォースで分析した競合は、今回のエリアで歩いて情報を入手できる敵よりも、ずっと、広範囲でしたよね。
競合には、新規参入者(今後、参入してくる競争者を含みます)、代替品、売り手、買い手が含まれていました。これらは、競合戦術では、想定できていません。
Aさんの蕎麦やさんの例で説明しましょう。Aさんは、エリアを歩き回り、F市が、非常に生活水準が高い地域であるにも関わらず、現在の競合では、質の高い商品をだす蕎麦やさんが、他には、あまり出店していないと感じたとしましょう。
それで、喜んでいる状態は、まだ戦術レベルの領域から出ていません。
今後、このF市エリアを、他の新規参入者や、他の業態の飲食業などが、マーケットとして狙ってくる可能性が高いことに、Aさんが想いを巡らせなければなりません。
どんな業態、どのあたりに、いつ、出店してくるだろうか?
こう、想定を巡らせ、そのまだ見ぬ新規競合に対する備えを想定に含めて立案をしなければなりません。これが、競合戦略なのです。
競合店が、出店してきてからでは、備えは、遅いのです。
ここまでを念頭において、はじめて、競合戦略がスタートするのです。
続く
[囲み装飾]松本尚典の中小企業経営者支援コンサルティングサービス
https://mbp-japan.com/tokyo/yoshinori-matsumoto/service1/5002501/