【人事トラブル】行方不明になった社員の取り扱い
「社員が突然来なくなりました。電話にも出ません。退職扱いにしてよいでしょうか」
労務相談を受けていると、このような相談があります。
いわゆる無断欠勤や音信不通のケースです。
現場では「バックレ」と表現されることもあります。
会社としては、本当に困ります。
シフトは崩れる。
他の社員に負担がかかる。
貸与品も返ってこない。
給与や社会保険の手続きも止まる。
社長や現場責任者からすれば、
「もう来る気がないんだから、退職でいいでしょう」
と言いたくなる気持ちも分かります。
しかし、ここで安易に退職扱いにすると、後で問題になることがあります。
本人から退職届は出ていない。
会社が解雇通知を出したわけでもない。
そもそも本人に連絡が取れない。
この状態で、会社はどこまで動けるのか。
自然退職の規定がある会社と、ない会社では、対応のしやすさが大きく変わります。
最初に押さえる結論
社員が突然いなくなった場合でも、会社が自由に退職扱いにできるわけではありません。
就業規則に、無断欠勤、行方不明、音信不通の場合の自然退職規定があるか。
本人に連絡を試みた記録があるか。
緊急連絡先や家族への確認を行ったか。
書面で通知を送ったか。
それでも連絡が取れない場合、いつ退職扱いにするのか。
こうした流れを、事前に就業規則や社内手順で決めておく必要があります。
規定がない場合、会社はかなり苦しくなります。
退職届がなければ、自己都合退職とは言いにくい。
解雇しようにも、解雇の意思表示を本人に届ける必要がある。
本人の所在が分からなければ、通常の通知もできない。
そうなると、最終的には裁判所を通じた公示による意思表示など、かなり重い手続きを検討せざるを得ない場面もあります。
中小企業にとって、これは現実的に大きな負担です。
だからこそ、問題が起きる前に、自然退職規定を整えておくことが大切です。
私自身、本当に困った経験があります
自然退職や行方不明社員の規定について、私が強く意識するようになったのは、自分自身の経験があるからです。
まだサラリーマン時代のことです。
ある日、地方出身の社員が突然出勤しなくなりました。
電話をしてもつながらない。
本人の住所に連絡しても反応がない。
実家にも連絡しました。
ご両親に、
「そちらに連絡はありませんか」
と確認しましたが、
「こちらにも何も連絡はありません」
とのことでした。
本当に行方不明でした。
当時は、今よりも個人情報の取扱いが緩かった時代です。
銀行もある程度協力してくれて、ある地域の支店のATMで預金を引き出した記録がある、というところまでは分かりました。
つまり、どこかで生きてはいる。
でも、会社にも実家にも連絡してこない。
どこにいるのか分からない。
会社としては、在籍のまま放置するわけにもいきません。
しかし、その会社の就業規則には、行方不明や音信不通の社員をどう扱うかという規定がありませんでした。
退職届は本人から出ていない。
会社が解雇しようにも、本人に解雇通知を届けることができない。
自然退職の規定もない。
実務担当者として、本当に途方に暮れました。
最終的には、ご実家のご両親に退職願を代筆してもらい、自己都合退職として処理しました。
ただし、今の目で見れば、これは法的にはかなり無理のある処理です。
退職は、本人の意思表示です。
親が代筆したからといって、本人の退職意思があったことにはなりません。
当時は、会社として何とか手続きを前に進めるしかありませんでした。
けれども、法的に強い処理ではなかったと思います。
この経験は、今でもはっきり覚えています。
「規定がないと、会社はここまで困るのか」
そう実感した出来事でした。
3年後、本人から電話がありました
さらに後日談があります。
それから3年ほど経って、その本人から会社に電話がありました。
私が応対しました。
本人は、
「また働かせてほしい」
と言ってきました。
話を聞くと、金銭的な事情から会社にも実家にも連絡できずに、突然姿を消したようでした。
会社に何の連絡もせず、突然いなくなった。
実家にも連絡していなかった。
それから数年後に、また働かせてほしいと言ってきた。
こちらとしては、当然、断りました。
ただ、この話は、単に「本人が非常識だった」というだけではありません。
会社側から見ても、かなり苦い話です。
本人がいなくなった当時、就業規則に行方不明時の規定がなかった。
そのため、会社は退職処理に苦労した。
結果として、法的には弱い処理をせざるを得なかった。
もし、後から本人が強く争ってきたら、会社側の説明は簡単ではなかったと思います。
この経験があるので、私は、無断欠勤や音信不通の自然退職規定を軽く見てはいけないと考えています。
働き方改革推進支援センターでも似た相談がありました
その後、働き方改革推進支援センターで相談対応をしていたときにも、似たような相談がありました。
「連絡が取れない社員がいます。もう退職にしたいのですが」
という相談です。
会社としては、当然困っていました。
本人が来ない。
連絡も取れない。
業務にも支障が出ている。
そこで就業規則を見せてもらいました。
ところが、行方不明者や音信不通者の取扱いに関する条項がありませんでした。
この場合、会社が一方的に退職扱いにするのは難しくなります。
本人の退職意思が確認できない以上、自己都合退職とは言いにくい。
会社が解雇するにしても、本人に解雇の意思表示を届ける必要があります。
ところが、本人の所在が分からない。
通常の通知ができない場合には、最終的には裁判所を通じた公示による意思表示などの手続きを検討せざるを得ない場面があります。
そう説明すると、その会社の社長は本当に困った顔をされていました。
無理もありません。
中小企業にとって、連絡が取れない社員一人のために、裁判所の手続きまで検討するのは大きな負担です。
しかし、就業規則に規定がなければ、会社はそのような難しい対応に追い込まれることがあります。
自然退職とは何か
自然退職とは、本人や会社がその都度退職の意思表示をしなくても、あらかじめ決めておいた事由が発生した時点で、労働契約が終了する扱いです。
自然退職には、定年、死亡、休職期間満了など、いくつかの場面があります。
その中でも、この記事で取り上げたいのは、無断欠勤や音信不通が続いた場合です。
たとえば、就業規則に、
「正当な理由なく無断欠勤が一定期間続き、会社からの連絡にも応じない場合は、自然退職とする」
といった規定を置いておく考え方です。
もちろん、このような規定があれば何でも退職扱いにできる、という意味ではありません。
会社が連絡を試みたか。
本人の安否を確認したか。
緊急連絡先に連絡したか。
書面で通知したか。
退職日が明確か。
こうした運用が伴って、初めて実務上使える規定になります。
あの行方不明になった社員のケースで、もし就業規則にこの規定があれば、私はあれほど途方に暮れずに済んだはずです。
「困った社員だから自然退職にする」というその場の判断ではなく、
「この事由が起きたら、会社はこの手順で確認し、この時点で退職として扱う」
という、あらかじめ決めたルールに沿って動けたはずでした。
自然退職は、会社が都合よく使える制度ではありません。
むしろ、会社が感情やその場しのぎで処理しないための、事前の備えです。
まず行うべきは退職処理ではありません
社員が突然来なくなったとき、最初にやることは退職処理ではありません。
まずは安否確認です。
電話をする。
メールを送る。
LINEやチャットで連絡する。
緊急連絡先に確認する。
必要があれば自宅宛に書面を送る。
そして、これを記録に残しておきます。
いつ、誰が、どの方法で連絡したか。
つながったか、つながらなかったか。
緊急連絡先には何と伝え、どのような回答があったか。
書面は届いたのか、戻ってきたのか。
私が当時できていなかったのは、まさにこの記録です。
実家への確認はしました。
しかし、何月何日に、誰が、どのように確認したかという形で、十分な記録を残していませんでした。
後になって本人が、
「会社から連絡は来ていなかった」
と言い出したら、会社側は十分に説明できなかったかもしれません。
「何日も来ていないから退職」ではなく、
「何日間無断欠勤が続き、その間、会社はこういう方法で連絡を試みた。それでも応答がなかった」
この経過を残せるかどうかで、後のトラブルへの強さがまったく変わります。
無断欠勤は何日で自然退職にできるのか
就業規則では、「無断欠勤が何日続いたら自然退職とする」という形で定めることがあります。
実務上は、2週間から1か月程度で設定している例をよく見ます。
ただし、何日が正解というものではありません。
ここは、会社の規模、業種、勤務形態、欠勤の状況によって確認が必要です。
3日や5日といった短い期間で自然退職とする規定は、実務上はかなり危うい印象があります。
本人の事情を確認する前に、会社が急いで退職扱いにしたと見られる可能性があるからです。
少人数の現場やシフト制の職場では、一人いなくなるだけで影響は大きいものです。
それでも、期間の長さだけで押し切るのではなく、連絡、確認、通知という手順を踏んでいることが、後から会社を守ります。
規定と運用、ここだけは整えておきたい
無断欠勤や行方不明に備えるなら、就業規則には少なくとも次の3点を入れておきたいところです。
一つ目は、無断欠勤や音信不通が一定期間続いた場合の取扱いです。
何日以上無断欠勤が続いたら、会社が次の対応に進むのか。
どのような場合に自然退職として扱うのか。
正当な理由がある場合はどうするのか。
ここを整理します。
二つ目は、会社がどの方法で連絡を試みるかです。
電話、メール、チャット、緊急連絡先、自宅宛の書面通知など、どの順番で、誰が対応するのかを決めておきます。
三つ目は、退職日をいつにするかです。
無断欠勤の最終日なのか。
一定期間が経過した日なのか。
会社が通知した日なのか。
ここが曖昧だと、社会保険、雇用保険の資格喪失日、最終給与、離職票、退職証明書の処理で必ず迷います。
また、貸与品の返還、私物の取扱い、会社データの返却についても、規定や社内手順として残しておくと、いざという時に揉めにくくなります。
就業規則は、条文を置くだけでは足りません。
実際に社員が来なくなったとき、社長、現場責任者、総務担当者が同じ流れで動ける内容になっているかが大切です。
自然退職は自己都合か、会社都合か
自然退職は、会社が解雇したわけではありません。
そのため、一般的には自己都合退職に近い形で整理されることが多いです。
ただし、雇用保険上の離職理由は、「自己都合」と書けば終わりではありません。
たとえば、病気や負傷で働けなくなった場合は、ハローワークで「正当な理由のある自己都合」と判断される可能性があります。
また、欠勤の背景に、長時間労働、ハラスメント、職場環境の問題がある場合には、本人から別の主張が出ることもあります。
無断欠勤や音信不通の場合でも、会社は経緯を確認しておく必要があります。
私が当時処理した離職票も、結局は単純に自己都合として処理しました。
今振り返ると、本人がいなくなった経緯や、会社が確認した内容をもっと整理しておくべきだったと思います。
会社の労務管理上の整理と、雇用保険上の離職理由は、分けて考える必要があります。
やってはいけない対応
本人に連絡していない。
緊急連絡先にも確認していない。
就業規則の根拠もない。
退職日も曖昧。
それでも、
「もう来ていないから退職」
と処理する。
これは危険です。
連絡が取れないからといって、すぐに懲戒解雇に踏み切るのも慎重に考えるべきです。
悪質な無断欠勤であれば、懲戒処分を検討する場面もあります。
しかし、事情確認や通知が不十分なまま懲戒解雇にすると、後で処分の相当性が問われる可能性があります。
就業規則に行方不明や音信不通時の規定がない会社ほど、こうした無理な処理に追い込まれやすい。
これは、私自身の実感です。
まとめ
社員が突然いなくなれば、会社が困るのは当然です。
現場は回らない。
連絡は取れない。
社長は早く処理したい。
総務は手続きが進められない。
私自身、行方不明になった社員の対応で本当に途方に暮れた経験があります。
その3年後に本人から電話を受けたとき、断りながらも頭をよぎったのは、
「あのとき規定があれば、もっと違う対応ができたはずだ」
という思いでした。
自然退職の規定は、会社がその場しのぎの判断をしなくて済むようにするための規定です。
就業規則に自然退職の規定があるか。
その規定が実際に運用できる内容になっているか。
本人への連絡、緊急連絡先への確認、書面通知、退職日の特定まで整理されているか。
特に、就業規則を5年以上見直していない会社、無断欠勤時の通知書式がない会社は、一度現状を確認してみてください。
問題が起きてから条文を探すより、平時に規定と運用のズレを確認しておく方が、はるかに落ち着いて対応できます。
社員が突然いなくなったときに、会社がその場しのぎの判断をしなくて済むように、自然退職の規定は事前に整えておきたいところです。
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