「買わないでください」と伝えた日の話

重村裕一

重村裕一

テーマ:忘備録

不動産の仕事をしていると、「このお客さまにこの物件をすすめていいのだろうか」と立ち止まる瞬間があります。

以前、大阪市内で中古マンションを探していたご夫婦のご案内をしたことがあります。物件は日当たりも良く、価格も相場より少し安い。ご夫婦はすっかり気に入られ、その場で「申し込みます」とおっしゃいました。

でも私は、一度持ち帰っていただきました。結果的に、その物件は購入されませんでした。今日は、そのときに考えたことを忘備録として書いておきます。

① 安いには必ず理由がある

重要事項説明の前に管理組合に問い合わせたところ、修繕積立金の総額が長期修繕計画に対して大幅に不足していました。滞納世帯も一定数あり、数年以内の大幅な値上げか一時金の徴収が現実的に見込まれる状態でした。

価格が相場より安いとき、それは「お得」なのではなく、市場がすでにリスクを値段に織り込んでいるだけだった、ということが少なくありません。

② 説明義務を果たせばそれでいいのか

宅地建物取引業法では、修繕積立金の積立額や滞納額などは重要事項説明で伝えるべき事項とされています。つまり、書面に書いて読み上げれば、業者としての義務は果たせます。

でも、数十ページの書類を契約直前に読み上げられて、その重みをその場で理解できる方はほとんどいません。法律上セーフであることと、お客さまが納得して判断できることは、同じではありません。

だから私は、契約の前に「この物件を買うと、何年後にいくらの負担が増える可能性があるのか」を、数字でお伝えしました。その上で、今回は見送られることをおすすめしました。

③ 断った先に残るもの

正直に書きますが、その場では仲介手数料はゼロです。数ヶ月ご案内した時間も戻ってきません。

ただ、そのご夫婦は半年後に別の物件をお買いになり、その後ご兄弟やご友人を何組もご紹介くださいました。「あのとき止めてくれたから、この人は売りたいだけじゃないと思えた」とおっしゃっていたそうです。

仲介という仕事は、目の前の一件をまとめることで売上が立ちます。だからこそ、短期の売上とお客さまの利益がぶつかる場面が、必ずやってきます。そこでどちらを取るかが、その会社の中身だと思っています。

■まとめ

不動産屋が「やめておいた方がいい」と言うことは、多くありません。でも、一度もそう言わない担当者には、少しだけ疑問を持ってみてください。

ご自身で判断するために必要なのは、すすめる理由だけでなく、すすめない理由も含めた両方の情報です。修繕積立金の残高と長期修繕計画、滞納状況、管理組合の議事録。このあたりを聴いてみて、すぐに答えられるかどうかで、その担当者がどこまで調べているかは見えてきます。

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重村裕一(宅地建物取引士)

株式会社クレアクロス

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