思い込みのワナ
街の高層ビルを見上げると、圧倒されるその存在感に「権力の象徴」を感じることがあります。同時に、なぜか幼い頃の気持ちを思い出すのです。私にとって建物は「幸せの象徴」であり、同時にどこか手の届かない憧れでした。けれど、もっと強く憧れていたものがあります。それは「家族」です。
私は一人っ子で、祖父と母の三人暮らし。だから同年代の兄弟に強い憧れがあり、友だちをたくさんつくりました。けれど夕方になると、みんなはそれぞれの家に帰っていく。その姿を見るのが、少しさみしかったのです。
だからこそ、友だちを引きとめたくて、面白い話を一生懸命しようとしました。けれど、体験や感動をうまく伝えられない。話の順序が前後したり、興奮のまま話して空回りしたり。時間をおいて話し直しても、結果は同じでした。そのたびに自分を客観視して考えさせられます。どうやら“相手に伝わらない要因”は、自分の中にいくつもあるのだと。
ある専門書に、こんな趣旨の言葉があります。「自分の立ち位置から相手に向かって話しても伝わらない。伝えたいなら、自ら相手の立ち位置まで迎えに行きなさい」これは、相手の文脈や関心、理解できる言葉に合わせて話す、という意味だと私は解釈しています。
私たちは出来事をそのまま語っているように見えて、実は「削除(都合のよい部分だけ抜き出す)」「歪曲(自分なりに曲げる)」「一般化(ひとつを全体に広げる)」といったフィルターを通しています。心を動かすポイントは人それぞれ。だからこそ正確に伝えたいなら、相手が理解できる“共通言語”を探すことが大切です。
きっと伝えるのが上手い人は、相手が興味を持てる入口から話を始めています。そして「相手を知りたい」という気持ちがあるからこそ、自分のことも自然に伝わっていくのだと思います。相手に近づこうとするその姿勢が、結局は自分の言葉を届きやすくするのですね。
【小さな実践】
最近の会話を一つ選び、「削除・歪曲・一般化」のどれが出たか自己観察する。
相手の関心語(キーワード)を三つ書き出す。
その語を使って、同じ内容を30秒で言い直す練習をしてみる。



