ストレスから適応障害1
思い出し怒り
お袋がまだ認知症になっていない頃の話。
他界した親父の介護についていた男性ヘルパーさんに、お世話になったという感謝の気持ちで、お袋の愛車、購入したばかりの90ccのバイクを差し上げた時のエピソードです。
というのも、バイクを買ってまもなく、突然、極端に視力が落ちたことで、免許を返納することにしたからです。お袋にしてみれば断腸の思いだったと思います。
何日か経って、そのヘルパーさんが、実家に来た際、「息子さんが好きな焼きうどんを、先日のバイクのお礼に買ってきた。」と言ったそうです。
そのことでお袋から電話があり、「ちょっと聞いてくれる、15万以上したバイクのお礼が焼きうどんっておかしいよな!」と結構、怒っているんです。
私はこう言いました「お世話になったお礼でバイクをあげたんやったら、焼きうどんがどうのこうのと文句を言うのはおかしいやろ」
この時は、こんなやり取りで私は電話を切ったのですが・・・
私が帰郷する度に、その時のことを愚痴るんです。お袋は昔から、人が喜んでくれるのが好きなので何かと大盤振る舞いをします。そこのことで後でグチグチ言ったことは一度もありませんでした。
数年経って・・・
先日、お袋が入居している特養へ面談に行った際、突然、「あんた、私のバイクどうしたん?」と言ったのには驚きました。私は「バイクはヘルパーさんにあげたやんか」というと、お袋は「私はそんな覚えはない!」と感情をあらわにしました。
ここから本題
人にモノを大盤振る舞いするお袋が、あの時のバイクに限って、何故、執着するのか検証してみました。
お袋としては、「とても大切にしていたバイクだけど、お世話になったヘルパーさんに乗ってもらうことでお返しをした」お袋本人にしてみればここで完結していることです。これが返報性の原理ですね。
ところが、ヘルパーさんがバイクのお礼ということで、焼きうどんを持ってきたことで、せっかく完結していたお袋の返報性の心理に矛盾が生じ、「バイクのお礼が焼きうどん」というところにフォーカスしてしまったのです。
人は大切にしているものが失われる恐怖を本能的に持っています。お袋にとって大切なバイク、やっとの思いで踏ん切りをつけたところに「お礼に焼きうどん」がトリガーになり、現実と理想のギャップに火が付いて怒りとなったわけです。
ヘルパーさんは焼きうどんをバイクのお礼として持ってくるより、近くを通ったので顔を見に来ただけで良かったのです。
この事例で分かるように、お袋の目的は「親父の介護のお礼に、自分が乗れなくなったバイクをもらってもらうこと」です。この目的をヘルパーさんが理解していれば、「バイクのお礼に焼きうどん」はなかったはずです。
笑い話のような話ですが、起こりがちなミスコミュニケーションですね。相手の目的をしっかり理解した上で行動するようにすれば、人間関係がこじれることは少なくなるはずです。
下記に参考になる記事のリンクを貼っておきます。
◇「お客様はこちらの都合で行動しない」
物事の捉え方はフォーカスするところで変わる
◇「コアビリーフ・価値基準・判断基準を知ることは自分を知ること」
コアビリーフや価値基準を引き出すワーク
◇「双方が共通認識を持つには言葉だけでは足りない」
同じ出来事でも人はそれぞれ観えている景色が違う
【小さな実践】
相手の目的を理解するためには、まず相手に聞いてみる