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コラム

なぜ「痛くない」開脚前屈を勧めるのか

ボディコントロール

2018年7月17日 / 2018年8月21日更新

なぜ「痛くない」開脚前屈を勧めるのか

先日、痛くない開脚前屈をしましょう
公開しているが
開脚や開脚前屈だけでなく
私がなぜいろんな動作で、「痛くない」状態を作って
コトに臨むことを勧めるのかには、理由がある。

長年、踊ることを始める前にも
さんざん体をハードに使うことをしてきた。
若い頃は一生懸命にはやっているが
体の成り立ちかたを知らず、もちろん体の流れなども考えたこともなく
「根性」だけでやっていた。

ある時、舞台1月前のお風呂上りに
いつもより滑らかに開脚が出来たので、調子に乗って
もっと開いてやろうと、思い切り負荷をかけて開脚前屈したら
「バシッ!」
と、すごい音がした。
筋が切れたのである。

ただ、痛いと言う感覚はなくて、逆にものすごく開いた。
「切れたら開くの?」
と思ったくらい。

一晩寝たら、脚は固まって全く開かなくなった。
舞台では、痛いのをこれも根性だけで、何とか済ませた。
それ以来、かなり長いこと脚は思うように開かず
内腿に梅干し大の塊ができていた。
無理に開くと、冷汗が出る。

この間、どれだけのことを諦めたり
自分には無理なのだと、下を向いたことは数知れない。
痛いことを無理にはやっているが、絶対ダメだとしか思えない。
痛いことは誰だって嫌。
それを無理矢理やっているので、心を消耗する。
実際、この頃の自分を考えると
絶対に報われないことを必死でやっていて憐れになる。

「痛い」ことを自分に課していると
心の向きが歪んでくる。
爽やかな汗が出ることがない。
何をしても、どこか逃げながらやってしまう。
「自分の思うように」は果てしなく遠くなる。

それから「これではいけない」と
仕切り直して、いろいろ考えながらやっているうち
痛みが軽減してきて、気づいたら梅干しクンがなくなっていた。
孤独な作業を続けて
怪我してから2年はかかっただろうか。
開脚も開脚前屈もできるけれども、その当時はまだ痛みはあった。

40肩にもなり、腕は迂回して上げられるが、
少し使い方を間違えると、痛いので
肩甲骨を動かすことを毎日やっていたら
体が変化してきた。

そこから、少しずつ体の流れがわかってきて
試行錯誤のうちに、痛いところも出てくるが
それをどうしたら痛くないか考えてやっていくうち
痛く感じるところがほぼなくなってきた。
そうすると思い切って、いろんなことができる。

仮に痛いところが出来ても
散々痛い思いをした経験から
痛くない使い方を感覚的に探すことができる。

「治す」のではなく
痛くない使い方をしていると、傷めたところは癒えてくる。
無理のない自然な位置を捜して、それを損なわないやり方を
継続しているだけ。
怪我をしても、大きな怪我につながりにくく
癒えるのが早い。
自然を逸脱していないからだ。

私は痛い思いをしてから
「痛くならないやり方」をひとつずつ考えてきた。
まだまだ満足でないことはたくさんあるが
諦めていた多くのことが、少しずつきるようになった。
私が出来たことは、本当に必要な人は誰でもできると思っている。
私がその証人だから。

「痛くない」やり方は
他のところに連動してくる。
痛くなく使うと、他の部分が動いてくる。
「痛い」ことも同じように連鎖する。
痛いところがあると、他のそれまでできていたことも
できなくなることもある。
痛くない連動を作っていくと
どうすれば、痛くないことができるかが
自分でわかってくる。

したいことをするには
「痛くない」
が不可欠だと私は思っている。
痛くなければ、心を前に向けて努力が出来る。
「痛いこと」
をより痛くすることは、積極的にできない。
痛いことをがんばってやると、長くは続けられない。
痛くないことは息が長い。

自分のやりたいことを
歳を取っても、当たり前に長く続けて行けるのである。

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