新型コロナウイルス感染症の後遺症に対する糖尿病治療薬であるメトホルミンの影響
はじめに
糖尿病の治療薬は近年、種類が大きく増えました。血糖を下げるだけでなく、心臓や腎臓を守る薬も登場し、複数の薬を組み合わせて使うことが一般的になっています。
手術を受けることになったとき、「自分が飲んでいる(打っている)糖尿病の薬はどうすればよいのか」と不安に感じる方も多いと思います。
薬によって、休む理由もタイミングもまったく異なります。「とりあえず全部止めておく」という対応は正しくありません。この記事では、薬の種類ごとに「なぜ休む必要があるのか」「いつから休むのか」をわかりやすくお伝えします。
なお、実際の休薬・再開のタイミングは、手術の内容や腎臓の機能によって変わります。手術を受ける医療機関からの指示が最も優先されますので、必ずその指示に従ってください。この記事は、その指示の背景や考え方を理解していただくための参考としてお読みください。
SGLT2阻害薬— 手術前に最も注意が必要な薬
フォシーガ、ジャディアンス、スーグラ、カナグル、デベルザ、ルセフィなどが該当します。また、スージャヌ・カナリア・トラディアンスなどの配合錠(2種類の成分が入った錠剤)にも含まれています。
血糖だけでなく心臓や腎臓も守る薬です
SGLT2阻害薬は、血糖を下げる効果に加えて、慢性腎臓病の進行を遅らせる効果や、心不全による入院を減らす効果が、複数の大規模な臨床試験で確認されています。
そのため現在は、糖尿病の治療薬としてだけでなく、心臓や腎臓を守るための薬として処方されることも増えています。日々の治療においては、信頼性の高い薬のひとつです。
手術前は一時的に休薬が必要です
SGLT2阻害薬は、血液中の糖を尿とともに体の外へ出すことで血糖値を下げる薬です。手術前後は体がストレス状態となり、食事もとれず、ホルモンバランスが大きく変わります。このような状況でこの薬の効果が体内に残っていると、「ケトアシドーシス(血液が酸性になる状態)」が起きることがあります。
特に注意が必要なのは「正常血糖ケトアシドーシス」と呼ばれる状態です。血糖値が正常に近いままでもケトアシドーシスになるため発見が遅れやすく、重症化しやすいという特徴があります。
手術3日前から休むことで、体内から薬の効果が十分に抜け、このリスクを大きく下げることができます。
糖尿病治療以外の目的で飲んでいる方も同じです
SGLT2阻害薬は、心不全や慢性腎臓病(CKD)の治療としても使われています。「糖尿病の薬ではないから関係ない」ということはありません。理由が何であれ、周術期(手術前後)の休薬の必要性は変わりません。必ず申告してください。
GLP-1受容体作動薬(注射薬・飲み薬)
胃の動きが遅くなる薬です。
- 週1回注射:オゼンピック、トルリシティ、マンジャロなど
- 1日1回注射:ビクトーザ 飲み薬:リベルサス
胃の内容物が残るリスクに注意が必要です
この薬は胃の動きをゆっくりにして、食後の血糖が急に上がるのを防ぐ働きがあります。絶食の指示を守っていても、胃の中に食べ物が残っている場合があります。全身麻酔や鎮静剤を使う処置のときに胃に内容物が残っていると、誤嚥(胃の内容物が気道に入ること)の危険があります。
休薬のタイミング
- 週1回注射(オゼンピック・トルリシティ・マンジャロ等):手術の1週間(7日)前の注射を最後として休む
- 1日1回注射(ビクトーザ):手術前日の注射を最後として休む
- 飲み薬(リベルサス):手術前日から休む
上部消化管内視鏡(胃カメラ)で鎮静剤を使う場合も、週1回製剤は1週間前から休むことが推奨されます。
※ 手術を受ける施設から異なる指示があった場合は、その指示に従ってください。
ガイドラインの変化について
2023年時点では「手術前は必ず休む」という方針でしたが、2024年には複数の学会の合同見解として「多くの場合は継続可能」という方向に変化しています。ただし、絶食時間の延長や術前の超音波検査など、誤嚥リスクを下げるための工夫が必要な場合もあります。日本ではまだ公式な指針がなく、施設ごとの対応となっています。
メトホルミン(ビグアナイド薬)
メトグルコ、メトホルミン各種、配合錠(イニシンク・エクメット・メタクトなど)が該当します。
「乳酸アシドーシス」をめぐる考え方
メトホルミンは以前から「乳酸アシドーシス(血液中に乳酸がたまり、血液が酸性になる状態)」のリスクと関連づけられ、手術前に休薬することが習慣となっていました。
近年の海外の大規模なデータでは、「メトホルミンを服用していること自体が、乳酸アシドーシスのリスクを明確に増やすという証拠はない」とする報告もあります(Cochrane Review 2022)。本当のリスクは薬そのものではなく、腎機能の低下・脱水・絶食・循環不全など、薬が体内に蓄積しやすい状況にあると考えられています。
日本では手術前2〜3日からの休薬が一般的です
こうした研究結果を受けて、海外の一部のガイドラインでは、腎機能が保たれている方の小さな手術では手術前日まで内服を継続してよいとする考え方もあります。
一方、日本では添付文書上の注意や各学会の指針を踏まえ、手術の2〜3日前から休薬するよう案内する医療機関が多くあります。これは、安全性を優先した、より慎重な対応です。
実際の休薬期間は、手術を受ける医療機関の指示に従ってください。腎機能が低下している方や大きな手術を受ける方では、休薬期間がさらに長くなることもあります。
eGFR 30未満の方は使用できません
腎臓の機能が高度に低下している方(eGFR 30未満)は、メトホルミンを使用できません。すでに服用中の場合は速やかに中止が必要です。急性腎障害・敗血症・急性心不全の場合も同様です。
造影剤検査(CT・心臓カテーテルなど)の場合
造影剤検査の場合は、腎臓の機能によって休薬の範囲が異なります。
腎臓の機能が保たれている方(eGFR 60以上):検査当日は多くの場合絶食のため、もともと内服しない状況にあります。検査後48時間は内服を休み、腎臓の機能を確認したうえで再開します。
腎臓の機能がやや低下している方(eGFR 30〜60):検査の2日前から内服を中止します。検査当日も休薬を続け、検査後48時間が経過するまで再開しません。再開前には腎臓の機能を再評価し、問題がないことを確認します。
海外のガイドラインでは腎機能が保たれていれば休薬不要とする基準もありますが、日本では造影剤による腎臓への影響を考慮し、より慎重に対応することが標準的です。
次回(後編)について
後編では、その他の経口血糖降下薬とインスリン注射の対応、そして全体のまとめをお伝えします。
引用文献
1. Kindel TL, Wang AY, Wadhwa A, et al. Multisociety Clinical Practice Guidance for the Safe Use of Glucagon-like Peptide-1 Receptor Agonists in the Perioperative Period. Clin Gastroenterol Hepatol, 2024.
2. 日本糖尿病学会. SGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation(2022年改訂).
3. Salpeter SR, et al. Risk of fatal and nonfatal lactic acidosis with metformin use in type 2 diabetes mellitus. Cochrane Database Syst Rev, 2010 (Updated 2022).
4. 日本糖尿病学会編・著. 糖尿病治療ガイド2024. 文光堂, 2024.


