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GLP-1受容体作動薬がメンタルヘルスに及ぼす影響

松田友和

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テーマ:糖尿病治療薬

はじめに

 糖尿病を持つ人は、うつ病や不安障害を発症しやすいことが知られています。血糖管理がうまくいかないことへの焦りや、合併症への不安が心の負担を増やすこともあります。うつや不安が強まると、自己管理への意欲が低下し、血糖管理がさらに難しくなるという悪循環が生じやすいのです。
 一方、糖尿病や肥満症の治療薬として広く使われるようになったGLP-1受容体作動薬が、メンタルヘルスにも良い影響を与える可能性が報告されています。2026年3月、スウェーデンの大規模な全国コホート研究が医学誌「The Lancet Psychiatry」に発表され、GLP-1受容体作動薬とメンタルヘルスの関連に対して重要な知見をもたらしました。今回は、この研究を中心にご紹介します。

どんな研究か

 この研究は、スウェーデンの医療記録データを活用した大規模な追跡研究(Taipale H et al., Lancet Psychiatry, 2026)です。うつ病または不安障害の診断を受け、糖尿病治療薬を使用していた9万5,490人(平均年齢50.6歳)を対象に、2009年から2022年のデータが解析されました。
 研究の特徴は「個人内比較デザイン」を採用した点です。同じ人の中で、GLP-1受容体作動薬を使用している期間と使用していない期間を比較することで、個人の体質や病状の差による影響を排除し、より信頼性の高い結果を得ることができます。

「メンタルヘルスの悪化」の定義

 この研究では、以下の4つのいずれかが起きた場合を「メンタルヘルスの悪化」と定義しました。
精神科への入院、精神的な理由による14日超の病気休暇、自傷行為による入院そして自殺による死亡です。

研究結果

セマグルチドの効果

 GLP-1受容体作動薬の中で最も顕著な効果を示したのはセマグルチド(日本ではオゼンピック(登録商標)・リベルサス(登録商標)・ウゴービ(登録商標)の有効成分)でした。セマグルチドを使用している期間は、使用していない期間と比べて、メンタルヘルスが悪化するリスクが42%低いという結果が示されました(調整ハザード比0.58)。
 さらに詳しく見ると、うつ病の悪化リスクが44%低下、不安障害の悪化リスクが38%低下、アルコールなど依存症の悪化リスクが47%低下しました。

その他のGLP-1受容体作動薬の効果

 リラグルチド(日本ではビクトーザ(登録商標)の有効成分)でも、メンタルヘルス悪化リスクが18%低下しました。うつ病の悪化リスクは26%低下しましたが、不安障害への効果は統計的に有意ではありませんでした。
 一方、エキセナチド(日本ではバイエッタ(登録商標)の有効成分, 2024年6月発売中止)やデュラグルチド(日本ではトルリシティ(登録商標)の有効成分)では有意な差は認められませんでした。これはGLP-1受容体作動薬全体に共通する効果ではなく、薬剤によって差があることを示しています。

自傷リスクへの影響

 GLP-1受容体作動薬を使用した群全体では、自傷行為のリスクが44%低下しました。自殺リスクの増加を懸念する声もかつてありましたが、この研究結果はその懸念を払拭するものでした。

他の糖尿病治療薬との比較

 セマグルチドとSGLT2阻害薬のエンパグリフロジン(ジャディアンス(登録商標))を直接比較すると、メンタルヘルス悪化リスクはセマグルチドの方が27%低いという結果でした。糖尿病の重症度の影響も検討されましたが、その違いでは説明できないことも確認されています。

なぜ効果があるのか

 GLP-1受容体作動薬がメンタルヘルスに良い影響を与えるメカニズムについては、いくつかの可能性が指摘されています。
 脳内にはGLP-1受容体が存在し、神経伝達物質(セロトニン・ドーパミン)に関わる経路への影響が考えられています。また、GLP-1ホルモンは脳の炎症を抑える可能性も動物実験で示されており、神経細胞の保護・再生に関わる遺伝子発現を促す可能性も報告されています。
 さらに、体重減少や血糖管理の改善が気分の向上につながる可能性もあります。ただし、この研究では体重変化の個別データが得られておらず、メンタルヘルス改善が薬の直接作用によるものか、体重・血糖改善を介した間接的な効果なのかは、現時点では明確にはなっていません。

研究の限界

 この研究は観察研究であるため、因果関係を証明するものではありません。スウェーデンの医療制度(全住民が無料で医療を受けられる仕組み)を前提にした結果であり、他の国々にそのままあてはまるとは言い切れない面もあります。また、体重変化やHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)などの個別データは含まれていません。
 著者たちは、今回の観察結果をもとに、糖尿病とうつ・不安障害を併せ持つ人を対象としたランダム化比較試験(無作為に薬を割り付けて効果を比較する、エビデンスとして最も信頼性の高い試験)の実施が必要と結論づけています。

さいごに

 糖尿病を持つ人にとって、心の健康も非常に重要です。うつや不安は生活の質を大きく損なうだけでなく、血糖管理にも影響します。今回紹介したスウェーデンの研究は、観察研究という限界はあるものの、GLP-1受容体作動薬の中でもセマグルチドが、血糖管理だけでなくメンタルヘルスにも好ましい影響を与える可能性を示す、現時点での最も信頼できるエビデンスの一つです。
 糖尿病の治療薬を選択する際には、血糖管理だけでなく、それぞれの方の生活の質や心身の状態を総合的に考えることが大切です。私たちのクリニックでも、糖尿病を持つ人が身体だけでなく、心も含めて豊かな生活を送ることができるよう、そのお手伝いをしたいと考えています。

引用文献

Taipale H, Taylor M, Lähteenvuo M, et al. Association between GLP-1 receptor agonist use and worsening mental illness in people with depression and anxiety in Sweden: a national cohort study. Lancet Psychiatry. 2026;13:327-335.

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松田友和
専門家

松田友和(内科医)

医療法人社団翠藍 糖尿病内科まつだクリニック

糖尿病専門クリニック。糖尿病専門医による薬物療法に加え、認定看護師や療養指導士など糖尿病専門スタッフがチームで食事療法や運動療法も行う。フットケア外来、禁煙外来、糖尿病患者友の会「ばんぶぅ会」もある。

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