短時間の少しだけ強度の強い運動は発癌リスクを下げる
はじめに
前回はやる気をコントロールするためには、やる気を知る必要があるということで、やる気について考えてみました。やる気は心理学的には、モチベーション(動機づけ)の問題として研究されています。また、モチベーションを決めている4つの要素についてお話しました。この4つが複雑に絡まって、やる気が決まるわけですので、そう簡単にはやる気をコントロールすることはできません。しかし、逆にそれぞれは努力や心構えで少しずつ変えられるかもしれません。少しずつ変えることで、自分自身のやる気を磨いていきましょう。
そこで、今回はその4要素の1つである欲求についての理論である自己決定理論について考えてみたいと思います。
自己決定理論とは
前回登場した、マズロー博士の欲求五段階説は、人間は自己実現に向かって絶えず成長する、という仮説に基づいて作られた心理的欲求の理論でした。自己実現(自分の内面的欲求を社会生活において実現すること)が人間の欲求の中で最も高度かつ人間的であるという観点から、自己実現欲求が人間の重要な行動動機であるとしています。
自己決定理論も、同じく欲求に関する理論ですが、切り口が少し違います。自己決定理論では、学ぶこと、働くことなどの多くの活動において自己決定すること(自律的であること)が高いパフォーマンスや精神的な健康をもたらすとしています。
内発的動機づけ
自己決定理論の中で、もっとも自律的であるとされるものが内発的動機づけと言われるものです。図の最も右に位置しています。楽しいから、好きだから、興味があるから、といった内発的な動機によって行動することを指します。
子どもが自発的に勉強しているにもかかわらず、親がさらに意欲的に勉強させようと、ご褒美を約束して勉強をさせてしまうとします。ご褒美が続いている間は、子どもは意欲的に勉強しますが、ご褒美がなくなってしまうと、勉強をしなくなってしまいます。このように内発的動機づけを報酬を与えることで低下させてしまうという現象をアンダーマイニング現象といいます。内発的動機はこの現象が発見され、その理由を解明しようとすることによって、研究が進んだそうです。逆に上手に報酬を用いて内発的動機づけが高まるエンハンシング現象もあります。つまり、内発的動機づけがされていない場合は報酬に効果がある場合がありますが、内発的動機づけが既になされている場合には報酬は不要であるということも言えます。ちなみに、内発的動機づけされていても、報酬という意味合いではなく心からのご褒美であったり、言葉としての賛辞であれば、内発的動機づけが低下することはないようです。
外発的動機づけ
内発的動機づけと異なり、外部からの刺激や働きかけによる動機づけのことです。
図中では、真ん中にあります。この外発的動機づけは、自律性の程度によって、4段階に分けられます。
・統合的調整:活動が自分の価値観と一致して違和感なく受け入れている状態の動機づけ
・同一化的調整:活動を行う価値を認め、自分のものとして受け入れている状態の動機づけ
・取り入れ的調整:周囲との比較や、罪や恥の間隔の回避などに基づく動機づけ
・外的調整:報酬の獲得や罪の回避、社会的規則などの外的な要求に基づく動機づけ
となります。このうち、統合的調整および同一化的調整は、内発的動機づけと同様に自律的な動機づけであるとされています。前述した内発的動機づけがなされている状態で、ご褒美としての報酬を与えてしまうと、自律的ではなくなってしまうのも何となくご理解いただけるかもしれません。
無動機づけ(無気力)
無気力は、物事をコントロールできなかったという経験が重なり、その物事を自分ではコントロールできないと認識してしまい、今後もコントロールできないだろうと予測してしまうことで起こります。この悪循環を打破するためには、コントロールできないことの原因を探る必要があります。しかし、その原因には個性差がありますし、原因がわかったあとに、解決できるかどうかにも個性差があります。
まずはほんの少しでよいので、自分の力で対象をコントロールしようと思えることが無気力にならないために大切です。なかなか運動なんてできないと無気力になっている方には、一生懸命運動しても体重もHbA1cも下がらなかった記憶があるのかもしれません。いきなり大きな結果を出す必要はありません。通勤や通学、買い物も立派な運動です。ゴミ箱にごみを捨てにいくことも運動になります。まずは日々の暮らしの中で、既に運動できていることを自分で認めてあげることから始めてみませんか。
豊かな人生をもとめて
自己決定理論では、人間の基本的な欲求には、今回お話した自律性の欲求に加えて、関係性の欲求と有能さへの欲求を挙げています。これらの欲求が充足されると、人間は健康で幸せに生きられるとしています。
有能さへの欲求は、内発的動機づけの源としても考えられています。関係性の欲求とは、周囲の人たちと仲良くやっていきたいという欲求です。自律性や有能さへの欲求が、自分の内部の欲求であるのに対して、関係性の欲求は他者との間に対する欲求です。動機づけを左右する要素の1つである環境にも、人的環境があります。やはり、人は自分1人では生きていけないため、豊かな人生を歩むためには他者との関係性も大切になってきます。
糖尿病診療の目標は、糖尿病を持たない人と変わらない人生を過ごすことです。しかし、糖尿病であるという時点で、全く糖尿病でなかった場合と変わらない人生を過ごすことはできないと思います。しかし、糖尿病という状態自体は、現代医療で必ずコントロールできます。したがって、糖尿病を持っているから、あるいは糖尿病を持つことで、より豊かな人生を歩めるように、自律的な人生を過ごしていただきたいです。
参考文献:モティベーションを学ぶ12の理論 鹿毛雅治編 金剛出版