社員が自ら動く会社をどうつくる?中小企業の「ソフトパワー経営」と組織づくり

松本尚典

松本尚典

テーマ:ソフトパワー 成功例


社員は、「命令するだけ」でも「給与を上げるだけ」でも自ら動くようにはならない


「社員が、自分で考えて動いてくれない。」

「何でも社長に聞いてくる。」

「指示したことはやるが、それ以上のことはやらない。」

「給与を上げても、会社への貢献意欲が高まったように感じない。」

中小企業の経営者から、このような御相談を受けることがあります。

この問題を、

「最近の社員には主体性がない。」

という社員側の問題だけで片付けてしまうと、組織はなかなか変わりません。

経営者側からも、

なぜ、この仕事をするのか。

会社は、どこへ向かっているのか。

この社員には、何を期待しているのか。

どこまで自分で判断してよいのか。

成果を出したら、どう評価されるのか。

ということが、十分に伝わっているかを確認する必要があります。

僕は、社員が自ら考え、行動する会社をつくるうえで重要な経営力の一つを、

「企業のソフトパワー」

と表現しています。

「ソフトパワー」とは何か?


ソフトパワーという言葉は、もともと国際政治学の分野で、アメリカの政治学者ジョセフ・ナイによって提唱された概念です。

国家が相手を、

強制する。

おカネなどの利益によって動かす。

のではなく、

文化。

価値観。

理念。

政策などへの魅力や共感によって、自ら同じ方向を選択するように影響を与える力を、ソフトパワーと呼びます。

もともとは国家間関係を説明する概念ですから、企業経営の理論として、そのまま使えるわけではありません。

しかし、

「命令や報酬だけではなく、共感によって他者の行動を引き出す」

という考え方は、組織経営にも非常に参考になります。

僕は、この考え方を企業経営へ応用して、

企業理念。

経営者の哲学。

会社が目指す未来。

顧客へ提供する価値。

仕事に対する価値観。

組織文化。

などによって、社員や取引先、顧客から共感を得る力を、

「企業のソフトパワー」

と捉えています。

企業経営では、「権限」「報酬」「共感」のすべてが必要


ここは、元々僕自身が考えていたソフトパワー論から、さらに整理しておきたいところです。

企業経営では、

「強制力を使ってはいけないから、ソフトパワーだけで社員を動かす」

という単純な話ではありません。

会社には、適正な指揮命令や業務上のルールが必要です。

社員には役割があります。

勤務上の規律も必要です。

成果に対する評価も必要です。

給与・賞与などの報酬も重要です。

そして、

経営理念や仕事の目的への共感も必要です。

つまり、

  1. 役割・権限・ルールによる組織運営
  2. 給与・評価・処遇による経済的な仕組み
  3. 理念・目的・文化への共感によるソフトパワー


を組み合わせる必要があります。

給与を上げれば、それだけで社員が会社の目的へ共感するわけではありません。

反対に、

「経営理念に共感してください。」

と言いながら、給与・評価・役割が不合理であれば、理念は機能しません。

強い組織は、「制度」か「理念」かの二者択一ではありません。

制度と理念が、同じ方向を向いています。


社員が自ら動く会社では、「自律できる環境」がつくられている


人は、

細かな指示を受け続けるよりも、

自分が何を期待されているかを理解し、

必要な能力を持ち、

一定の範囲で自分自身が判断できる方が、

主体的に仕事へ取り組みやすくなります。

これは、

「好きなように仕事をしてよい」

という意味ではありません。

むしろ、

目的が明確。

役割が明確。

判断できる範囲が明確。

評価基準が明確。

そのうえで、方法について一定の裁量がある。

という状態です。

例えば営業社員へ、

「今月1000万円売ってこい。」

だけでは、自律的なマネジメントとはいえません。

どの顧客を対象にするのか。

どの商品の販売を強化するのか。

どの程度の値引きまで自分で判断できるのか。

どのKPIを見るのか。

何が起きたら上司へ相談するのか。

を共有したうえで、

具体的な営業方法については本人に考えさせる。

こうすると、

「指示されたことを実行する社員」から、「目的を達成するために自分で考える社員」

へ変わる可能性が生まれます。

ソフトパワーこそ、社員だけでなく顧客や取引先にも働く企業の力


企業のソフトパワーは、社員だけに向けられるものではありません。

顧客にも働きます。

取引先にも働きます。

採用候補者にも働きます。

例えば、

「この会社の商品だから買いたい。」

「この会社の考え方に共感するから取引したい。」

「この会社で働きたい。」

という状態です。

価格。

機能。

給与。

条件。

だけで比較される状態から、

「この会社だから選ぶ」

という状態へ変わっていきます。

これは、企業ブランドとも深く関係します。

つまりソフトパワーは、

社内では組織文化。

採用ではエンプロイヤーブランド。

顧客に対しては企業ブランド。

取引先に対しては信用・共感。

という形で現れます。

企業理念が、

Webサイトには書いてある。

しかし社員は知らない。

商品には反映されていない。

採用基準にも使われていない。

経営者自身の判断も理念と違う。

のであれば、ソフトパワーにはなりません。

言葉になった理念ではなく、経営判断として実行されている理念が、企業のソフトパワーになります。

ソフトパワーの磨き方


では、中小企業が企業としてのソフトパワーを高めるには、何をすればよいのでしょうか。

まずは、会社の経営理念とドメインを明確にする


最初に必要なのは、

「この会社は、何のために存在するのか。」

を経営者自身が言葉にすることです。

そして、

誰に。

どのような価値を。

どのような方法で提供し。

将来どのような会社になっていくのか。

という事業ドメインを明確にします。

これは、

社員を感動させる美しい文章を作ること

ではありません。

むしろ、

経営判断に使える言葉

でなければなりません。

例えば、新規事業の提案を受けたときに、

「これは、当社がやるべき仕事なのか?」

を判断できる。

採用するときに、

「この人は、当社が大切にしている価値観と合うのか?」

を判断できる。

商品開発するときに、

「この商品は、当社が顧客へ提供すると決めた価値に合っているか?」

を判断できる。

そこまで使えて初めて、経営理念やドメインは経営の道具になります。

経営理念と、事業戦略は分けて考える


ここも重要です。

会社が成長したからといって、経営理念そのものを頻繁に変更する必要はありません。

経営理念には、

会社として何を大切にするのか。

という比較的長期的な価値観が含まれます。

一方、

事業領域。

商品。

市場。

顧客。

組織体制。

などは、環境変化とともに変える必要があります。

したがって、

「変えてはいけない企業の核」と、「変え続けなければならない戦略」を分けること

が重要です。

会社の成長に伴って事業ドメインの解釈や具体的な戦略が進化することはあります。

しかし、

昨日と言っている理念が違う。

経営者の気分によって価値観が変わる。

という状態では、社員は経営理念を信用しなくなります。

会社の内外へ、同じメッセージを発信する


理念やドメインを決めたら、それを社内だけでなく社外にも発信します。

Webサイト。

採用。

営業資料。

商品。

広告。

社内会議。

社員面談。

経営者自身の発言。

で、一貫したメッセージを出します。

例えば、

Webサイトでは、

「顧客第一」

と書いている。

しかし社内では、

「売上さえ上げればよい」

と指示している。

これではソフトパワーは生まれません。

社員は、会社のポスターではなく、

経営者が実際に何を決めているか

を見ています。

経営理念を、社員の日常業務へ翻訳する


もう一つ重要なのは、

理念を抽象的な言葉で終わらせないことです。

例えば、

「顧客を大切にする」

のであれば、

営業は何をするのか。

店舗スタッフは何をするのか。

管理部門は何をするのか。

クレームが起きたとき何を優先するのか。

まで具体化します。

理念。



行動。



評価。

までつなげます。

そうすると、

経営理念が社員評価にも使えるようになります。

評価制度と経営理念が別々に存在している会社ではなく、「会社が大切にしている行動をした社員が評価される会社」にする。

この一貫性が、ソフトパワーを強くします。

「社員の自律」と「放任」はまったく違う


ソフトパワーを重視すると、

「社員に任せればよい。」

という話に聞こえるかもしれません。

しかし、

自律

と、

放任

は違います。

社員が自律するには、

目的。

責任。

権限。

判断基準。

KPI。

報告ルール。

が必要です。

そのうえで、

具体的な方法を本人へ任せます。

経営者が何も言わなくなることが、自律型組織ではありません。

経営者が「何を目指すか」を明確にし、「どう実現するか」を組織へ委ねられる状態が、自律型組織です。


経営理念に共感できない社員を、単純に「淘汰」してはいけない


会社が成長すると、

求められる能力。

役割。

行動。

が変化します。

その結果、

以前は活躍していた社員が、新しい役割に苦戦することもあります。

しかし、

「会社の成長についてこられない社員は辞めればよい。」

という単純な話ではありません。

経営者には、

期待する役割を明確にする。

必要な教育を行う。

本人の強みを活かせる配置を考える。

評価を適切に行う。

という責任があります。

そのうえで、会社が求める役割と本人が望む働き方がどうしても一致しない場合には、双方にとって別の選択が適切になることもあります。

重要なのは、

「経営理念への共感」を、経営者への忠誠心へ変えてしまわないこと

です。

会社に必要なのは、

社長に従順な社員

ではありません。

会社の目的を理解したうえで、自分の専門性や判断を使って成果を出せる人材です。

僕自身も、若い頃は「強く指示するマネジメント」に偏っていた


ここまでソフトパワーについて書いている僕自身も、最初からこのようなマネジメントをしていたわけではありません。

むしろ若い頃の管理職時代には、

目標を明確にする。

厳しく進捗を管理する。

成果を求める。

問題があれば強く修正を求める。

という、非常に統制色の強いマネジメントをしていました。

短期間に成果を出すうえでは、一定の効果があった場面もあります。

しかし一方で、

部下が自分で考えなくなる。

上司の反応を見て仕事をする。

失敗を隠す。

優秀な人材ほど、自分の裁量を求めて離れる。

という問題も起こります。

僕自身も、長い管理職経験と経営経験の中で、人材マネジメントについて多くの失敗をしてきました。

その経験から、

「人を自分の意思通りに動かす」のではなく、「会社が目指す方向を共有し、その中で人が自分自身の能力を発揮できる組織を作る」

という方向へ、考え方を変えてきました。

「夢をみろ!それを『形』にする」に込めた、URVグローバルグループのソフトパワー


URVグローバルグループでは、

「夢をみろ!それを『形』にする」

という言葉と、5つの経営理念を掲げています。

URVグローバルグループ 5つの経営理念

僕がこの理念で特に重視しているのは、

社員を同じ型へ押し込むことではありません。

URVグローバルグループの第4の経営理念では、

世界各国に存する、高い能力を有する自立した個や企業とのパートナーシップを結び、その有機的な結合に基づく組織の発展を重視する。

と掲げています。

つまり、

強い個。

専門性を持った人材。

自分で考えて動ける人材。

外部の専門企業。

を、経営理念と事業目的によって結び付けるという考え方です。

僕自身は、この形を、

「経営者がすべてを直接管理する会社」

とは反対側にある組織だと考えています。

2026年3月期、URVグローバルグループの総売上高は48億円となりました。

しかし僕が重要だと考えているのは、この売上高そのものではありません。

複数の事業。

複数の地域。

異なる専門性を持つ人材や企業。

を、経営理念と事業戦略によって結び付けながら、経営者一人がすべての現場業務を直接管理しなくても動く組織へ近づけてきたことです。

ソフトパワー経営を機能させる7つの条件


ここまでを実務として整理すると、僕が考える企業のソフトパワー経営には、次の7つが必要です。

  1. 会社が何のために存在するのかを、経営者自身が言葉にできる
  2. 会社が誰に、どのような価値を提供するのかが明確になっている
  3. 経営者自身の意思決定が、理念と矛盾していない
  4. 社員一人ひとりの役割と期待成果が明確になっている
  5. 社員が自分で判断できる権限の範囲が明確になっている
  6. 会社が重視する行動と、人事評価・処遇が一致している
  7. 社員が必要な能力を身につける機会が用意されている


つまり、

理念だけでは足りません。

制度だけでも足りません。

権限委譲だけでも足りません。

理念・戦略・組織・権限・評価・育成が一つの方向を向いたとき、社員が自ら動きやすい組織になります。

年商1億円から5億円へ進むほど、社長の「命令」より組織の「共通言語」が重要になる


会社が小さい段階では、

社長が直接説明する。

社長が直接判断する。

社長が直接修正する。

という方法で会社を動かせます。

しかし、社員数が増え、管理職が生まれ、事業が増えてくると、

社長自身が全社員へ直接指示することはできなくなります。

そこで必要になるのが、

経営理念。

事業方針。

判断基準。

KPI。

人事評価。

といった、会社全体で共有できる「共通言語」です。

社員が判断するとき、

「社長なら、何と言うだろう?」

だけで考える会社ではなく、

「この会社が目指していることから考えれば、どちらを選ぶべきか?」

と考えられる会社へ変える。

これが重要です。

年商5億円の壁を超える組織とは、社長の指示が全社員へ届く会社ではありません。

社長が直接指示しなくても、会社の理念と戦略を基準に、組織が判断できる会社です。


社員が動かないとき、「社員の意識」の前に経営を点検する


「社員が自ら動かない。」

と感じたときには、社員だけを評価する前に、次のことを経営者自身へ問いかけてみてください。

会社が何を目指しているか、社員は説明できるか。

社員は、自分に期待されている成果を理解しているか。

どこまで自分で判断してよいか、明確になっているか。

頑張って成果を出した社員が、きちんと評価されているか。

失敗したとき、社員は隠すのか、それとも報告できるのか。

管理職は、命令する人ではなく、人を育てる人になっているか。

社長自身の行動は、掲げている経営理念と一致しているか。

このどこかに問題があれば、

「社員の主体性が足りない」

だけが原因ではない可能性があります。

社員が自ら動く会社を、経営理念と仕組みの両面からつくる


「社員へ何度言っても、自分で考えて動いてくれない」

「経営理念を作ったが、社内へ浸透していない」

「管理職を置いたが、結局、社員が全部社長へ相談してくる」

「社員へ任せたいが、どこまで権限を渡せばよいか分からない」

「社員数が増え、以前のような直接管理に限界を感じている」

「年商1億円から、その先へ進むための組織を作りたい」

こうした問題は、

経営理念だけでも、

人事制度だけでも、

社員研修だけでも、

解決しないことがあります。

経営理念。

事業戦略。

組織設計。

権限委譲。

人事評価。

管理職育成。

社員教育。

を、一つの経営システムとして組み直す必要があります。

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