イスラエルの行動原理を読む 旧約聖書・ユダヤ人の歴史・中東情勢から読み解く地政学リスク Vol.3

松本尚典

松本尚典

Vol.3 イスラエル情勢はなぜ終わらないのか 宗教・資源・安全保障から読む中東リスク


Vol.1、Vol.2では、遥か古代メソポタミアから第一次世界大戦までの歴史をたどりながら、ユダヤ人が信仰するユダヤ教、キリスト教世界との緊張関係、そしてユダヤ人国家イスラエルとイスラム教を基盤とするアラブ諸国との対立関係の原点を見てきました。

おそらく、ここまでの記事を丁寧に読んでいただいた方の多くは、イスラエルという国が、単なる中東の一国家ではなく、宗教・民族・迫害の記憶・大国外交・資源戦略が複雑に重なり合って成立した、極めて特殊な国家であることを理解されたのではないでしょうか。

本稿は、この3話構成の最終回として、現代のイスラエルをめぐる紛争がなぜ簡単には終わらないのか、そして日本のビジネスパーソンがこの問題から何を読み取るべきなのかを整理します。

世界の重要な宗教を理解せずに、国際情勢は理解できない


日本の教育には、国際社会を理解するうえで大きな弱点があります。それは、宗教を、世界史や国際政治と結び付けて体系的に学ぶ機会が少ないことです。

日本国憲法20条は信教の自由を保障しています。また、日本は戦前、国家神道と政治権力が強く結び付いた歴史を持っています。その反省から、戦後の日本社会では、教育の場で宗教を扱うことに慎重な傾向が生まれました。

もちろん、国家が特定の宗教を国民に押し付けてはならないことは当然です。しかし、宗教を信仰として押し付けないことと、宗教を歴史・文化・国際政治の理解として学ばないことは、まったく別の問題です。

世界史を理解するためには、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、仏教、ヒンドゥー教などの主要宗教を理解する必要があります。宗教は、単なる信仰ではなく、人々の価値観、生活習慣、法律、政治体制、外交姿勢、戦争観、商取引の倫理にまで影響を与えているからです。

たとえば、イスラム教徒がなぜ豚肉や酒を避けるのか。なぜ金曜日の集団礼拝が重要なのか。なぜユダヤ教徒が安息日を重視するのか。なぜキリスト教徒にとって日曜日の礼拝や復活祭が重要なのか。こうした基本的な理解がなければ、世界の人々の行動原理を正しく理解することはできません。

宗教への理解なくして、国際的な視野を持って活動することはできません。

宗教的背景を知らないままでは、海外の取引先、現地従業員、政府関係者、投資家、消費者の判断基準を読み誤ります。これは外交だけでなく、ビジネスにおいても同じです。

日本人が国際情勢を理解しにくい理由の一つは、日本国内の常識だけで世界を見てしまうことにあります。しかし、世界の多くの地域では、宗教は今も社会の中核にあります。イスラエルを理解することは、その現実を学ぶ格好の題材なのです。

宗教対立から、資源・金融・安全保障の対立が生まれた


前回発信したように、第一次世界大戦期の大英帝国は、オスマン帝国の力を弱めるため、アラブ人に独立への期待を与えました。一方で、フランスとは中東分割を秘密裏に協議し、さらにユダヤ人に対しては、パレスチナにおける「ユダヤ人の民族的郷土」の設立を支持するバルフォア宣言を行いました。

一般に、これは英国の「二枚舌外交」と呼ばれます。しかし、より正確には、アラブ人、フランス、ユダヤ人に対して、それぞれ異なる約束を重ねた「三重外交」と見るべきです。

この結果、パレスチナの地は、アラブ人にとっては自分たちの生活と独立の舞台であり、ユダヤ人にとっては旧約聖書に記された「約束の地」であり、さらに列強にとっては中東支配と資源戦略の要衝であるという、複数の意味を持つ場所になりました。

その後、ヨーロッパを中心に迫害を受けてきたユダヤ人の一部は、パレスチナへの移住を進めました。第二次世界大戦とホロコーストを経て、ユダヤ人国家建設への国際的支持は高まり、1947年には国際連合がパレスチナ分割案を採択します。そして1948年、イスラエルは独立を宣言しました。

しかし、その地には、すでに長く暮らしてきたアラブ系住民、すなわちパレスチナ人がいました。イスラエル建国は、ユダヤ人にとっては民族的生存を守るための国家建設であり、パレスチナ人にとっては自らの土地と生活基盤を失う出来事でした。

ここに、現在まで続く対立の根が生まれました。

その後、中東では、イスラエルと周辺アラブ諸国との間で複数の戦争が起こります。パレスチナ解放機構(PLO)が組織され、アラブ諸国の支援を受けながら、パレスチナ人の民族自決を求める運動が展開されました。

一方で、中東のアラブ諸国では、20世紀を通じて原油資源の重要性が飛躍的に高まりました。原油は、現代産業を支える最大級の戦略物資です。エネルギーを握ることは、国家の交渉力を握ることを意味します。

他方、世界に離散したユダヤ人社会は、欧米の金融、学術、科学技術、メディア、法曹、政治の領域において大きな影響力を持つ人材を輩出してきました。ただし、ここで注意すべきなのは、「ユダヤ人=金融支配」といった単純な見方は、歴史的偏見につながる危険な理解であるということです。

実際には、ユダヤ人が金融や商業に多く関わるようになった背景には、中世ヨーロッパにおいて土地所有や公職、職人ギルドへの参加を制限され、限られた職業に追いやられてきた歴史があります。迫害と排除の結果として形成された職業構造が、近代以降、金融や知識産業における強みとして転化していったのです。

したがって、現代のイスラエルとアラブ世界の対立を、単純に「金融対原油」と見るだけでは不十分です。

より正確に言えば、それは、宗教的記憶、民族的生存、安全保障、原油資源、国際金融、米欧外交、植民地支配の後始末が重なった、複合的な地政学対立です。

ビジネスパーソンが理解すべき点は、ここにあります。現代の国際紛争は、宗教だけでも、資源だけでも、金融だけでも説明できません。複数の要因が重なったとき、紛争は長期化し、企業経営にも大きな影響を与えるのです。

欧米は、ユダヤ人に対して歴史的責任を負っている


一方で、欧米、とりわけヨーロッパには、ユダヤ人に対する極めて重い歴史的責任があります。

中世から近代にかけて、ヨーロッパのキリスト教社会では、ユダヤ人は長く差別と迫害の対象とされてきました。ユダヤ人は、イエスを受け入れなかった人々として宗教的偏見を受け、また金融業や商業に関わることが多かったことから、経済的な嫉妬や反感の対象にもされました。

その歴史の極限に位置するのが、ナチス・ドイツによるホロコーストです。

ナチス・ドイツは、反ユダヤ主義と人種主義を国家政策とし、ヨーロッパ各地のユダヤ人を強制収容所へ送り込み、大量殺害を行いました。これは、20世紀の人類史における最大級の犯罪の一つです。

重要なのは、ホロコーストが、ナチス・ドイツという一つの異常な政権だけによって突然生み出されたものではないという点です。ヨーロッパ社会には、その以前から長い反ユダヤ主義の歴史が存在していました。ナチスは、その感情を政治的に利用し、国家権力によって極限まで暴走させたのです。

この歴史は、欧米諸国がイスラエルに対して強い批判や干渉を行いにくい心理的・政治的背景の一つになっています。

もちろん、歴史的責任があるからといって、現在のイスラエル政府のすべての行動が無条件に正当化されるわけではありません。実際、ガザ情勢をめぐっては、国際社会から厳しい批判も出ています。国際刑事裁判所(ICC)は、2024年11月、ネタニヤフ首相およびガラント前国防相に対して、戦争犯罪および人道に対する罪の疑いで逮捕状を発付しました。

それでも、欧米諸国がイスラエルに対して常に明確で強い姿勢を取れるわけではありません。そこには、ホロコーストの記憶、国内政治におけるユダヤ系社会の影響、米国の中東戦略、イランとの対立、エネルギー安全保障などが複雑に絡んでいます。

日本の立場もまた、単純ではありません。

日本にとって、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、クウェート、イランなどの中東諸国は、エネルギー安全保障上、極めて重要な国々です。日本は原油の多くを中東に依存しており、中東情勢の悪化は、原材料価格、物流コスト、為替、電力料金、資金繰りに直結します。

一方で、イスラエルは、サイバーセキュリティ、軍事技術、農業技術、医療、AI、スタートアップの分野で世界的な存在感を持つ国です。日本企業にとって、イスラエルは単に遠い紛争地域ではなく、技術連携や投資対象としても重要な国になっています。

つまり、日本は、アラブ諸国との資源外交を重視しながら、イスラエルの技術力にも向き合わなければなりません。この二つの現実の間で、慎重なバランスを取る必要があります。

イスラエルとアラブ世界をめぐる問題は、どちらか一方を単純に支持すれば済む問題ではありません。国家の歴史、宗教、資源、技術、同盟関係、国際世論が複雑に絡み合う問題なのです。

イスラエルを巡る紛争が簡単に終わることはない


イスラエルを巡る紛争が簡単に終わらない理由は、双方にとって、この問題が単なる領土問題ではないからです。

ユダヤ人にとって、イスラエルは、古代以来の信仰と歴史的記憶、長い離散、ヨーロッパでの迫害、ホロコーストを経て、ようやく手にした民族的生存の拠点です。イスラエルという国家は、ユダヤ人にとって、「二度と自分たちの安全を他国に委ねない」という強烈な意思の象徴でもあります。

だからこそ、イスラエルは、安全保障に対して極めて敏感です。周辺に敵対勢力が存在し、国内外にテロの脅威があると認識すれば、国際社会からの批判を受けても、軍事的手段を選択する傾向があります。

一方で、パレスチナ人にとっても、この問題は単なる政治交渉ではありません。自分たちが暮らしてきた土地、家族、共同体、尊厳、国家としての権利に関わる問題です。土地を失い、移動を制限され、難民化し、世代を超えて不満と怒りを抱えてきた人々にとって、妥協は容易ではありません。

また、アラブ諸国やイスラム世界にとっても、エルサレムを含むパレスチナ問題は、宗教的・政治的象徴性を持っています。各国政府は、国内世論やイスラム世界における立場を考慮せざるを得ません。

このように、イスラエルを巡る紛争は、ユダヤ人の安全保障意識、パレスチナ人の民族自決、イスラム世界の宗教的感情、欧米の歴史的責任、米国の中東戦略、イランとの対立、原油資源、国際世論が複雑に絡み合っています。

したがって、一時的な停戦が実現したとしても、それだけで根本的な解決に至るわけではありません。停戦は重要です。しかし、停戦は平和そのものではありません。平和には、双方の安全保障、土地の権利、統治の正当性、難民問題、エルサレムの地位、国際社会の関与という複数の課題を解かなければならないのです。

イスラエルは、今後も中東情勢の中心的な火種であり続けるでしょう。

ただし、ここで重要なのは、「平和は不可能だ」と諦めることではありません。ビジネスパーソンに必要なのは、理想論でも感情論でもなく、構造を読む力です。

なぜ対立が続くのか。どの国がどの利害で動くのか。原油価格はどう動くのか。米国の政権交代は中東政策にどう影響するのか。イラン、サウジアラビア、トルコ、エジプト、UAE、カタールは、それぞれ何を狙っているのか。イスラエルの技術力は、世界のサイバー・防衛・医療・農業・AI産業にどう影響するのか。

これらを理解することが、経営者にとっての国際情勢の読み方です。

イスラエル問題は、遠い中東の話ではありません。日本企業にとっても、エネルギー価格、物流網、為替、原材料調達、海外進出、サイバーセキュリティ、投資判断、人材マネジメントに直結する問題です。

世界は、宗教、民族、資源、技術、金融、安全保障が複雑に絡み合う時代に入っています。経営者は、その構造を理解したうえで、自社の意思決定を行わなければなりません。

本シリーズで見てきたイスラエルの歴史は、まさにその象徴です。

イスラエル情勢、中東リスク、米中対立、エネルギー価格の変動は、日本の中小企業にとっても、決して遠い世界の話ではありません。原材料価格、為替、物流、海外取引、資金繰り、海外拠点運営、サイバーセキュリティ、組織づくりにまで、国際情勢の変化は確実に影響します。
今回の3話シリーズで見てきたように、経営者に求められるのは、ニュースを表面的に追うことではなく、宗教・歴史・資源・金融・安全保障がどのように企業経営へ波及するのかを読み解く力です。
イスラエルや中東ビジネスへの展開、海外市場への進出、地政学リスクを踏まえた経営判断、社長依存から脱却する組織体制づくりに課題を感じている経営者の方は、サウジアラビア現地法人をグループ最大級の年商へと成長させた実務経験を持つ、経営コンサルタント松本尚典の2時間無料個別相談をご活用ください。貴社の現在地を整理し、海外リスクに振り回されない経営体制と、次に打つべき具体策を一緒に確認します。
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