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日本からみた、イスラエル
ハマスによるイスラエルへの大規模攻撃によって幕を開けた中東での紛争は、2025年当初においても、なお終息の見通しが立っていません。
複数の停戦調整が試みられているにもかかわらず、イスラエルは、安全保障上の自衛という説明だけでは国際社会の理解を得にくい規模で軍事作戦を継続しています。さらに、国際刑事裁判所(ICC)は、2024年11月、ネタニヤフ首相およびガラント前国防相に対し、戦争犯罪および人道に対する罪の容疑で逮捕状を発付しました。
多くの日本人にとって、イスラエルは、非常に理解しにくい国の一つです。なぜイスラエルが、20世紀以降の国際社会に大きな影響を与えた中東戦争の当事者となり、現在に至るまでアラブ世界やパレスチナとの深刻な対立を抱え続けているのか。この問題を、歴史・宗教・地政学・安全保障の観点から体系的に説明できる日本人は、決して多くないでしょう。
ビジネスパーソンにとって重要なのは、イスラエルを単に「中東の小国」や「アメリカの同盟国」として理解することではありません。イスラエルという国家の行動原理を理解することは、国際政治、エネルギー安全保障、技術覇権、サイバーセキュリティ、グローバルサプライチェーン、そして日本企業の海外戦略を考えるうえで、極めて重要な視点を与えてくれます。
多くの日本人は、イスラエルが、日本の同盟国であるアメリカ合衆国と極めて緊密な関係を持つ国であることは理解しています。しかし、だからといって、日本とイスラエルの関係が単純に親密であるとは言えません。
日本とイスラエルの関係は、端的に言えば、「敵対はしないが、深く踏み込むことにも慎重な、遠い関係」と表現できます。
その最大の理由は、日本が、原油という国家経済の根幹に関わる資源を、中東のアラブ諸国に大きく依存しているからです。
米国が長く強い対立関係に置いてきたイランでさえ、日本企業、とりわけ総合商社にとっては、イスラエル以上に重要な経済的・資源戦略上の意味を持つ国です。まして、サウジアラビアやアラブ首長国連邦などのアラブの大国は、日本にとって、アメリカ合衆国に次ぐほど重要な関係を維持すべき相手です。
この点に、日本とアメリカ合衆国の決定的な違いがあります。アメリカは資源産出国であり、エネルギー面での自立度が高い国家です。これに対して日本は、エネルギー資源の多くを海外に依存する資源小国です。したがって、日本は、アメリカと同じ感覚で中東外交を組み立てることはできません。
電気自動車産業でさえ調整局面を迎え、大規模な雇用調整が各国で見られる21世紀第一四半期の終わりにあって、原子力にも、自然エネルギーにも、なお全面的に依存できない日本にとって、原油は依然として極めて重要な戦略資源です。日本が、原油供給の中核を担う中東のアラブ諸国と正面から対立することは、現実的な選択肢ではありません。
その意味で、アラブ世界にとって最大級の対立相手であるイスラエルは、たとえ資源大国アメリカが同盟関係を結んでいる国であっても、日本が安易に距離を詰められる相手ではないのです。
では、なぜイスラエルは、このような特殊な国家として存在しているのでしょうか。
この問いに答えるためには、現代の軍事衝突だけを見ても不十分です。イスラエルという国の行動原理を理解するには、ユダヤ人の歴史、ユダヤ教の思想、キリスト教世界との対立、ヨーロッパにおける迫害、そして20世紀のホロコーストと建国運動までを一連の流れとして見る必要があります。
本稿は、その第一回として、イスラエルという国家を理解するための原点である、古代ユダヤの成立とユダヤ教の思想、さらにキリスト教世界との歴史的対立の出発点を整理します。
イスラエルが誕生するまで
イスラエルという国が、日本人にとって理解しにくい最大の理由は、日本人の多くが、旧約聖書を聖典とするユダヤ教、そしてユダヤ人という民族・宗教共同体の歴史について、十分な知識を持っていないためです。
そこで今回は、人類最古級の文明であるメソポタミア文明とエジプト文明の時代まで遡り、旧約聖書とユダヤ教の世界を確認していきます。
イスラエルを理解するためには、単に「中東問題」や「パレスチナ問題」として見るだけでは不十分です。そこには、国家を失った民族が、宗教的な共同体として生き延び、長い迫害の歴史を経て、20世紀に再び国家を建設するに至った、極めて特殊な歴史があります。
古代ユダヤの発祥
古代メソポタミア文明は、人類最古級の文明の一つです。チグリス川とユーフラテス川がもたらす肥沃な大地で、人類は農耕生活を発展させ、余剰生産物を蓄積し、集落から都市へ、さらに都市国家へと社会を拡大させていきました。
しかし、メソポタミアの大地は、エジプト文明を育んだナイル川流域とは異なり、周囲を砂漠や海に守られた閉鎖的な地形ではありませんでした。そのため、豊かな生産力によって蓄えられた富を目指して、周辺から多くの民族が流入しました。メソポタミア文明の歴史は、富の集積と、その争奪の歴史でもありました。
ウル、ウバイドなどに栄えた初期の文明が、比較的短期間で盛衰を繰り返した背景には、このようなメソポタミア特有の地政学的条件がありました。
その中で、紀元前2000年ごろ、アッシュル市とその周辺地域に都市国家アッシリアが生まれました。アッシリアは、のちに強大な帝国へと発展し、メソポタミア世界に大きな影響を与えた国家です。アッシリアでは、アッカド語のアッシリア方言に分類される言語が用いられ、楔形文字によって行政・商業・外交に関する記録が残されました。
この楔形文字で書かれた膨大な粘土板が、19世紀以降の発掘調査によって見つかり、アッシリア学という学問領域の研究者たちによって解読されました。その結果、私たちは、今から数千年前に栄えたアッシリアの統治システム、軍事制度、商人たちの活動、外交関係について、かなり詳細に知ることができます。
強大な軍事システム、優れた統治システム、そして高度な商業感覚を併せ持った、驚くべき古代国家でした。
このアッシリアと、それを取り巻くバビロニア、ミタンニ、ヒッタイト、エジプトなどの国家との外交関係こそ、メソポタミア文明を理解するうえで重要な視点です。
では、なぜ紀元前2000年という古い時代に、人類は、これほど高度な統治機構を持つ国家を維持することができたのでしょうか。
政治には、必ず統治を正当化する理由が必要です。政治という技術は、少数者が多数者を統治する技術でもあるため、その支配を人々に受け入れさせる論理が不可欠になります。
古代の帝国では、その理由付けが、王と神との関係によって説明されました。王は、豊作や凶作、戦争や平和を左右する神に認められた存在であり、王に忠節を尽くすことは、神の秩序に従うことだと考えられました。
つまり、様々な民族が入り乱れ、国家が乱立するメソポタミアにおいては、それぞれの国家や都市が、それぞれの神を掲げました。これが、多神教的な世界観が成立する重要な背景です。国家と国家の外交は、王が掲げる神と神との関係として説明され、戦争は神々の戦いとして語られました。勝利した国家の神が、敗北した国家の神を凌駕するという関係の中で、神話や宗教的秩序が形成されていったのです。
統治も、外交も、戦争も、すべて神々の関係によって説明され、正当化されました。
そのメソポタミア世界の周辺に、ユダヤ人の祖先とされるヘブライ人の物語が登場します。旧約聖書では、ユダヤの始祖はアブラハムとされます。アブラハムの一族は、唯一神ヤハウェを信じる民として描かれています。
この信仰は、当時の古代オリエント世界において、極めて特異なものでした。
他の部族や都市国家も、それぞれの神を持っていました。しかし、多神教の世界では、自分たちの神を信じながら、他の民族の神の存在も一定程度認めることが、外交や交易の前提となりました。神々が並び立つ世界であれば、異なる神を持つ国家同士も、交渉し、同盟を結び、交易を行うことができます。
ところが、ユダヤの民は、自分たちは神ヤハウェから選ばれ、神と契約を結んだ「選ばれた民」であるという信仰を持ちました。そして、自分たちの神こそが唯一絶対の存在であるという、一神教的な信仰を強めていきます。
古代メソポタミア社会において、この一神教の信仰は、非常に特殊であると同時に、政治的には危うさを伴うものでした。他の神を正統なものとして認めなければ、周辺部族との宗教的妥協が難しくなります。宗教的妥協が難しければ、交易や軍事同盟にも制約が生じます。
ユダヤの民は、その信仰の独自性ゆえに、周辺民族との関係において孤立しやすい性格を持つようになりました。これは、のちのユダヤ人の歴史を理解するうえで、極めて重要なポイントです。
旧約聖書によれば、その後、ユダヤの民はエジプトに移り、やがて厳しい支配のもとに置かれます。ここに、ユダヤ教で非常に重要な役割を果たす人物が登場します。
それが、モーセです。
旧約聖書は、モーセが神ヤハウェの導きによって、エジプトで苦しむユダヤの民を率い、エジプトから脱出したと伝えます。これが、いわゆる「出エジプト」の物語です。
そして、ここが重要です。ユダヤの民がエジプトを脱し、シナイ山に至ったとき、モーセは神ヤハウェと「契約」を交わしたと旧約聖書は説きます。この契約は、神ヤハウェに選ばれた民が、神の戒めを守ることによって、神の民として生きるというものでした。
これが、現代でも映画や文学の題材となっている「十戒」です。ここに、ユダヤ教における契約思想と戒律主義の基礎が成立します。すなわち、ユダヤ人は、神ヤハウェに選ばれた民であるがゆえに、神との契約を守り、戒律に従って生きなければならない、という考え方です。
一神教を堅持し、選民思想を持つユダヤの民は、その後、自分たちの王国を築きます。しかし、メソポタミアと地中海世界を結ぶ要衝に位置したこの地域は、常に大国の勢力争いの対象となりました。ユダヤ人の王国は、アッシリア、新バビロニア、ペルシア、ギリシア、ローマといった大国の圧力を受け続けます。
やがてユダ王国は弱体化し、新バビロニアによって征服され、多くの人々がバビロニア地方に連行されました。これが、旧約聖書が伝えるバビロン捕囚です。
バビロン捕囚は、紀元前6世紀に起こり、その後、ペルシア王キュロスの支配下でユダヤの民は帰還を許されます。ユダヤ人はエルサレムに戻り、神ヤハウェの神殿を再建することを許されました。
しかし、この経験は、ユダヤ人の宗教意識に深い影響を与えました。
なぜ、神ヤハウェに選ばれた民であるはずのユダヤ人が、繰り返し国を失い、捕囚され、苦難を味わうのか。
この問いに対して、ユダヤ教の宗教指導者たちは、次のように解釈しました。
「ユダヤの神は、ユダヤ人が神との契約である戒律を厳格に守らなかったために、ユダヤの民を罰している」
この発想が、ユダヤ教における戒律主義をさらに強めていきます。
ユダヤ教は、その後も、一神教、選民思想、契約思想を強化していきました。聖職者が説く戒律は、食事、服装、労働、礼拝、家族生活にまで及び、ユダヤ人の生活を細かく規律するようになります。そして、この独自性が、ユダヤ人共同体の結束を強める一方で、他民族から見た「異質さ」を際立たせる要因にもなりました。
ここに、後世のヨーロッパ社会におけるユダヤ人迫害の遠因が生まれていくのです。
イエスの誕生
バビロン捕囚の時代からおよそ数百年後、エルサレムは、地中海世界に台頭した巨大帝国ローマの支配下に置かれていました。
このローマ支配下のユダヤ人社会に、ユダヤ教の枠内から出発しながら、やがて世界史を大きく変えることになる人物が登場します。
それが、イエスです。
イエスの誕生は、のちに西暦の紀元を分ける基準として扱われるようになり、現代においても、世界中の人々がクリスマスという行事を通じて、その誕生を記念しています。
しかし、歴史的に見れば、イエスは単なる宗教家ではありません。彼は、当時のユダヤ教社会が抱えていた戒律主義、宗教的権威、社会的排除に対して、根本的な問いを投げかけた人物でした。
イエスは、ユダヤ教が支配するユダヤ人社会に生まれながら、当時の宗教指導者たちが重視していた形式的な戒律主義を批判しました。
戒律が生活のすべてを縛り、その戒律を十分に守れない貧しい人々、病者、女性、徴税人、社会の周縁に置かれた人々を「神から遠い存在」とみなす宗教的空気に対して、イエスは、むしろそのような人々こそ神の憐れみの対象であると説きました。
ユダヤ教の選民思想を相対化し、神の前ではすべての人が救いの可能性を持つと説いたのです。
ユダヤ教徒たちが蔑視するローマの徴税人でさえ、神は救うと説きました。
この思想は、当時のユダヤ教の宗教指導者たちにとって、極めて危険なものでした。なぜなら、戒律を守る宗教的エリートだけが神に近いという構造を否定し、社会の下層に置かれた人々にも、神の救いが開かれていると宣言したからです。
イエスの教えは、現在のローマカトリックに代表される制度化されたキリスト教とは、かなり異なる性格を持っていました。のちに原始キリスト教と呼ばれる初期の信仰運動は、選民思想によって孤立し、戒律主義によって生活を厳しく規定されていた人々を、その重圧から解放する思想でもありました。
このような宗教運動が、当時のユダヤ教指導者たちに歓迎されるはずはありません。
ユダヤ教の宗教指導者たちは、当時の支配者であるローマ当局に、イエスの危険性を訴えます。ローマは、ユダヤ人社会の統治を安定させる見地から、イエスを捕縛し、当時の極刑である十字架刑によって処刑しました。
ユダヤ教指導者たちのイエス排除の意図は、いったん成功したように見えました。しかし、イエスの処刑後、ユダヤ人社会の中で、決定的な噂が広がります。
「処刑されたイエスは復活し、神によって天に上げられた」
この信仰こそ、その後、世界を大きく塗り替える国際宗教、キリスト教成立の出発点となりました。
キリスト教は、イエスが復活したという出来事を奇跡として受け止め、イエスを神の子、救い主として信じる宗教です。のちのキリスト教神学では、神は「父・子・聖霊」の三つの位格を持ちながら、一つの神であると説明されます。これが、いわゆる「三位一体」の教義です。
つまり、キリスト教は、ユダヤ教の戒律主義を相対化し、ユダヤ人だけを神の民とする選民思想を乗り越え、イエスを通じてすべての人に救いが開かれると説いた宗教です。貧しい人、社会から排除された人、戒律を十分に守れない人、当時の社会で軽んじられた女性も、すべて神の前では救いの対象となると教えました。
キリスト教において、イエスの十字架は、イエスが人類の罪を引き受け、その罪が赦される道を開いた象徴とされます。
厳格な戒律を守れる宗教的エリートだけが神に近いという考え方を否定し、エリートでない人々にも神の愛が届くという思想は、ローマ帝国内で爆発的に信者を増やしました。そして、キリスト教の聖職者や信徒は、イエスと同じ十字架の受難を受けることさえ信仰の証としたため、弾圧によっても容易には消滅しませんでした。
ローマ帝国は、帝国内に広がったキリスト教を抑え込むのではなく、やがて統治の中に取り込む方向に動きます。そして西暦392年、テオドシウス1世の時代に、キリスト教はローマ帝国の国教とされました。
ここに、その後の西欧の歴史を長く支配する、ローマ教会、すなわちローマカトリックの大きな基盤が成立するのです。
キリスト教によるユダヤ人への弾圧のはじまり
一方で、これはユダヤ教徒にとって、長い悲劇の始まりでもありました。
ローマ帝国によるキリスト教の国教化後、ローマを中心に成立したカトリック教会は、ローマ帝国の影響圏の拡大とともにヨーロッパ世界へ広がっていきます。さらに、東ローマ帝国を通じて、キリスト教は東方世界、のちのロシア正教圏にも伝わりました。
古代ローマ帝国が崩壊した後も、中世ヨーロッパの約1000年を通じて、キリスト教はヨーロッパ社会の中核的な宗教となりました。ローマカトリック教会は、単なる宗教組織にとどまらず、政治・社会・教育・価値観を支配する巨大な権威となっていきます。
この中で、ユダヤ教徒は、キリスト教世界において極めて困難な立場に置かれました。
キリスト教徒から見れば、ユダヤ教徒は、イエスを受け入れなかった人々であり、さらに一部の解釈では、イエスを十字架に追いやった責任を負う存在とされました。こうした宗教的偏見は、中世ヨーロッパにおけるユダヤ人差別の大きな背景となります。
さらに、キリスト教徒にとって、ユダヤ人の生活習慣は異質に見えました。食事、服装、安息日、礼拝、共同体の規律が戒律によって細かく定められ、自分たちこそ神との契約を受け継ぐ民であるという意識を持つユダヤ人は、キリスト教徒から見て、理解しにくく、時に不気味な存在として受け止められました。
そのうえ、ヨーロッパ社会では、キリスト教徒が利息を伴う金融業を忌避する傾向があったため、ユダヤ人が金融業や商業に従事する比率が高くなりました。これは、ユダヤ人が自ら望んでその職業を独占したというよりも、土地所有や公職、職人ギルドへの参加など、多くの職業機会から排除された結果でもありました。
しかし、その結果として、ユダヤ人は「金に執着する人々」「守銭奴」といった偏見を受けるようになり、ヨーロッパ社会における嫌悪と差別の対象となっていきます。
こうして、ユダヤ人は、自分たちの国家を持てず、キリスト教世界の中で少数派として生き、各地で差別と迫害を受ける民族となっていきました。
この長い迫害の歴史は、近代ヨーロッパにおいて、国民国家、民族主義、反ユダヤ主義と結びつき、やがてナチス・ドイツによるユダヤ人絶滅政策、すなわちホロコーストへとつながっていきます。
そして、この歴史的記憶こそが、20世紀にイスラエルが建国される際の強烈な推進力となりました。
イスラエルを理解するためには、単に現在のガザ紛争や中東情勢だけを見てはなりません。ユダヤ人が、古代から現代に至るまで、国家喪失、離散、宗教的孤立、迫害、そして民族的生存の危機を経験してきたという歴史を理解する必要があります。
イスラエルという国家の行動原理の根底には、「二度と自分たちの運命を他国に委ねない」という、極めて強い安全保障意識があります。
この安全保障意識は、現代の国際社会から見ると、時に過剰で、時に強硬で、時に理解しがたい行動として現れます。しかし、その原点を知らなければ、イスラエルという国家を正確に理解することはできません。
本稿では、イスラエルを理解するための第一段階として、ユダヤ教の成立、イエスの登場、キリスト教世界との対立、そしてユダヤ人迫害の歴史的背景を整理しました。
引き続き、Vol.2もお読みください。
https://mbp-japan.com/tokyo/yoshinori-matsumoto/column/5184376/
イスラエル情勢、中東リスク、米中対立、エネルギー価格の変動は、日本の中小企業にとっても、決して遠い世界の話ではありません。原材料価格、為替、物流、海外取引、資金繰り、組織運営にまで、国際情勢の変化は確実に影響します。
イスラエルや中東ビジネスへの展開を考える方は、サウジアラビア現地法人だグループ最大の年商を生み出し、海外進出・経営コンサルタントでもある松本尚典が行う、2時間無料で個別相談をご利用ください。
https://direct.mbp-japan.com/menu/detail/936


