イスラエル ~旧約聖書が現代に活きる異形の国家~ Vol.1

松本尚典

松本尚典


日本からみた、イスラエル


ハマスによるイスラエルへの電撃的攻撃によって幕をあけた、中東での紛争は、2025年当初の今も、終わりが見えません。

様々な停戦調整にも関わらず、イスラエルは、安全保障上の防衛というレベルを超えて、攻撃を続けており、ネタニヤフ首相には、国際刑事裁判所による戦争犯罪の逮捕状が請求されています。

多くの日本人にとって、このイスラエルは、非常にわかりにくい国の一つでしょう。なぜ、イスラエルが、20世紀の国際社会に大きな打撃を与えた中東戦争の当事者になり、今なお、アラブ世界と対立を続けているのか、という問題を、正確に説明できる日本人は、非常に少ないと思います。

多くの日本人は、イスラエルが、日本の同盟国であるアメリカ合衆国の、その同盟国であることは理解しています。しかし、では、その「お友達のお友達」だから、日本とイスラエルの仲が良いかと言うと、全くそうではありません。

日本とイスラエルの関係は、「喧嘩はしないけど、口もきかない、遠くのヒト」のようなものです。

その理由は、日本が、原油という極めて日本にとって重要な資源を依存するアラブ世界との関係が、極めて重要だからです。

アメリカが悪の枢軸の一つと位置付け、強い敵対的な関係にあるイランでさえ、日本の商社は、明らかにイスラエルよりも重要な関係に位置付けています。まして、サウジアラビアやアラブ首長国連邦などの、アラブの大国は、アメリカ合衆国に次いで重要な関係を維持しなければならないのが、日本の立場です。このあたりが資源の産出国であるアメリカ合衆国と日本の、大きなアラブ世界との関係の仕方の違いです。

電気自動車産業でさえ、大量な解雇を出している、21世紀第一四半期が終わる時点の今、原子力や、まして自然エネルギーに大きく依存もできない状態で、原油という、極めて重要な資源を握る中東のアラブ諸国と、日本が対立をするわけにはいきません。

そんな、アラブ世界にとって最大の敵であるイスラエルは、資源大国アメリカが同盟をしているからと言って、安易に、日本がお付き合いのできる相手ではないのです。

イスラエルが誕生するまで


イスラエルという国が、日本人にとって理解しにくい理由は、日本人に旧約聖書を経典とするユダヤ教という宗教と、ユダヤ人に対する理解がないためです。

そこで、今回は、人類史上最古の文明であるメソポタミア文明とエジプト文明の時代まで遡り、旧約聖書とユダヤ教の世界を覗いてみたいと思います。

古代ユダヤの発祥


古代メソポタミア文明は、人類最古の文明です。チグリス川とユ-フラテス川が運ぶ肥沃な土の堆積による大地で、人類は農耕生活に入り、余剰生産物を生み出して、集落を形成するようになりました。

しかし、このメソポタミアの大地は、エジプト文明を育んだ今のエジプトと異なり、周囲に砂漠が取り囲むという事情がなかったため、その余剰生産が蓄えられた富を目指して、周辺から多くの民族が流れ込んできました。メソポタミア文明の歴史は、富の集積と、その簒奪の、血なまぐさい歴史です。

ウル、ウバイドなどに栄えた初期の文明は、比較的短期に滅んだのは、このようなメソポタミア特有の土地柄が理由です。

そして、その中に、紀元前2000年ごろ、アッシュル市とその周辺エリアに生まれた都市国家アッシリアが生まれました。このアッシリアこそ、人類史上初の巨大帝国であり、メソポタミア文明最大の文明をもった帝国です。アッシリアでは、アッカド語アッシリア方言に現在は分類されている言語が共通語で用いられ、楔型文字が使われました。この楔型文字によって書かれた膨大な粘土板が、19世紀からの調査によって発掘され、アッシリア学という学問領域の学者たちによって解読されたため、今から4000年前に栄えたアッシリア帝国の統治システムから商人たちの活動まで、我々は詳細に知ることができます。このアッシリアは、なんと、その後、1500年の間、栄える人類最長の帝国として、メソポタミアに君臨します。

強大な軍事システムと、優れた統治システム、そしてビジネス感覚を持った、驚くべき古代帝国でした。

さて、このアッシリアと、それを取り囲むバビロン・ミタンニ・ヒッタイト・エジプトなどの国家と、アッシリアの外交関係こそ、メソポタミア文明の醍醐味です。

では、紀元前2000年という古い時代に、何故、人類は、1500年も栄える帝国を維持することができたのでしょうか?

政治には、必ず統治を正当化する理由がなければ、統治ができません。政治という技術は、少数者が多数者を支配する技術であるため、その少数者支配の理由付けが必要になります。

古代の帝国では、その理由付けが、帝王と神との関係によって説明されました。帝王たちは、豊作や凶作を自由に操れる神に許された統治の正当性を有し、帝王の臣たちは、帝王に忠節を尽くすことによって、死後の世界でも、幸せな生活が保障されると信じることによって、統治の正当化が行われました。

つまり、様々な民族が入り乱れ、国家が乱立するメソポタミにあっては、その帝王の数だけ、神が生み出されたのです。これが、多神教が生じる理由です。国家と国家の外交は、帝王が掲げる神と神の取引であり、戦争は神同志の戦争と説明されました。勝ったほうの神が、負けたほうの神を支配するという関係で、神話が作られたのです。

統治も外交も戦争も、すべて、神々の関係で説明され、正当化されたのです。

さて、そのメソポタミアの地に、ユダヤ人が発生しました。ユダヤの始祖は、アンブラハムと旧約聖書に書かれていますが、そのアブラハムの部族は、神 ヤーウエを信じる民でした。

しかし、この部族、つまりユダヤの民は、他の部族と比べて、かなり変わっていました。他の部族も、部族の神を持っており、その長は政治家であるとともに、神官で、貿易を独占し、他の神をいただく部族とも外交関係をもっていました。ところが、このユダヤの民は、自分たちは、神 ヤーウエから選ばれて契約をした「選ばれし民」であるという信仰をもち、自分たちの神だけが、唯一絶対の存在だという信仰を持ったのです。

古代メソポタミア社会において、この一神教の信仰は非常に危険でした。他の神を認めなければ、貿易もできず、軍事的な同盟関係も成立しません。ユダヤの民は、そのため、他の部族から孤立し、貿易のチカラも、軍事力も、他の強大な国家の間で、弱体化することは当然です。

その結果、ユダヤの民は、アフリカに成立したエジプト帝国に捕囚され、事実上の奴隷状態に落ちました。

ところが、旧約聖書によれば、ここに、伝説的な英雄をユダヤの民の中に産みます。それが、ユダヤ教で非常に重要な役割を果たすモーセです。彼は、神 ヤーウエの導きによってエジプトにたどり着き、奇跡を起こしてエジプトの捕囚から、ユダヤの民を救済します。

そして、ここが重要なのですが、ユダヤの民がエジプトを脱して、シナイ山まできたとき、モーセは、神 ヤーウエと「契約」を交わしたと旧約聖書は説きます。この契約は、神 ヤーウエに選ばれたユダヤの民は、十の戒めを絶対に守るというものでした。

これが、現代でも、映画にもなっている「十戒」です。ここに、ユダヤ教の戒律主義が成立しました。つまり、ユダヤ人は、神 ヤーウエに選ばれた民であるがゆえに、戒律を絶対的に守るべし、という選民思想と戒律主義です。

一神教を堅持し、選民思想を守るユダヤの民は、その後、自分のたちの国 ユダ王国を古代エルサレルに建国します。しかし、イスラエルを建国したユダヤ人は、メソポタミアという群雄割拠の地で、またしても、長く繁栄することはできませんでした。

ユダ王国は弱体し、新バビロニアによって、バビロニア地方に捕慮として大量連行されます。これが、旧約聖書が伝えるバビロン捕囚です。

バビロン捕囚は、西暦前537年に解かれ、ユダヤの民は、エルサエレムに帰還して、自らの神 ヤーウエの神殿を建てることを許されます。

ユダヤ人は、こうして、エルサレルに戻ることを許されましたが、その後、ユダヤ人は、20世に至るまで、世界中に分散し、統一国家を持つことができませんでした。

ユダヤ教の聖職者は、ユダヤ人が、何故、神 ヤーウエに選ばれた民なのにも関わらず、次々に悲劇を繰り返すのかについて、こう解釈して、ユダヤ人に説きます。

「ユダヤの神は、ユダヤ人が、神との約束をした戒律を厳格に守らないために、ユダヤの民を罰している」、と。

この発想が、ユダヤ教の更なる厳重な戒律主義を生み出します。

ユダヤ教は、その後も、一神教と選民思想を強め、聖職者が説く戒律は、どんどんユダヤ人の生活を規律し、ユダヤ人は、更に、孤立を深める道を歩んだのです。

イエスの誕生


バビロン捕囚が終わってから、約500年後。
エルサレルは、南欧に登場した新興巨大帝国 ローマに支配されていました。

このエルサレルのユダヤ人に、ユダヤ教の宗教革命的思想を持つ、男が誕生しました。

この男の誕生の日こそ、現代の西暦の暦の紀元前と紀元後を分ける元年として設定され、世界の人々に、クリスマスという行事で祝われております。その男は、とんでもない革命的な発想を持った、宗教家でした。

そう、イエスの誕生です。

彼は、ユダヤ教の支配するユダヤ人社会に生まれ、ユダヤ教の戒律主義を真っ向から否定する、新しい宗教を解き始めした。

戒律が、生活のすべてを縛り、その戒律を守れない労働者や貧困者・女性たちを「神との契約に背く悪魔」と説くユダヤの聖職者に対し、「貧しきもの・悪いもの(ここでいう悪いものというのは、戒律を守れないものを指します)こそ、神に救われる」と説きました。

ユダヤ教の選民思想を否定し、すべてのヒトは神の前に平等であると説きました。

ユダヤ教徒たちが、蔑視するローマの徴税官吏さえ、神は救うと説いたのです。

イエスの宗教観は、今のローマカトリックのキリスト教と、相当に異なるものです。これが、今では、原始キリスト教と言われる宗教ですが、この原始キリスト教は、選民思想によって孤立し、戒律主義によって生活をがんじがらめにされている人たちを、その悪弊から救うための宗教でした。

この宗教が、ユダヤ人聖職者たちに気にいられるはずはありません。
ユダヤ人聖職者は、当時の支配者であるローマに、イエスを密告します。

ローマは、ユダヤ人統治の見地から、イエスを捕縛し、当時の極刑である十字架刑でイエスを処刑します。

ユダヤ教の聖職者たちのイエス抹殺の意図は、当たったように見えました。しかし、イエスの処刑後、変な噂が、ユダヤ人社会の中で立ちます。

「処刑されたイエスが復活し、神によって天に召された」という噂です。

そう、この噂の発生こそ、その後の、世界を大きく塗り替える国際宗教 キリスト教の成立なのです。キリスト教という宗教は、イエスが復活をしたという事実を奇跡と認め、その奇跡こそ、イエスというヒトが、神と精霊(ここでいう精霊とは、ミカエル・ラファエル・ガブリエルという、大天使のことを指します)に一体となった、神 そのものという信仰に上に成立した宗教なのです。この考え方が、のちの中世に、ローマ法王庁が正式にキリスト教の正当な思想と認めた、「三身一体説」です。今の、カトリックの正式な考え方です。

つまり、キリスト教は、ユダヤ教の戒律主義を否定し、ユダヤ選民思想を否定し、そして、イエスという肉体を持ったヒトが、神そのものだと信じる宗教なのです。貧しき人・戒律を守れない悪人・ユダヤ教では子を孕むという原罪ゆえに蔑視された女性も、すべて、イエスの前には平等であって、神つまりイエスに赦しをこえば、救われて、天国への道を歩むことができる、と教える宗教なのです。それは、イエスが、人類の持つすべての罪を、自ら十字架刑という残酷な処刑を受けて、償ったためだと説明されます。

イエスの十字架は、イエスが人類の罪をすべて引き受けて、その罪が赦された証なのだというのが、キリスト教の正式な宗教思想です。

厳しい戒律を守れる宗教エリートだけが救わるというユダヤ教の思想を否定して、エリートでないヒトも平等に神の愛を受ける、という考え方は、爆発的に信者を増やしました。そして、キリスト教の聖職者は、イエスと同じ十字架による受難を進んで引き受けるというわけですから、宗教弾圧が利きません。

ローマ帝国は、帝国内に爆発的に増えたキリスト教信者を収める意図で、テオドシウス1世により、ローマは、西暦392年、キリスト教をローマ帝国の国教を定めます。

ここに、その後の西欧の歴史を支配する、ローマ教会(ローマ法王庁)が成立するのです。

キリスト教によるユダヤ人への弾圧のはじまり


一方、これは、ユダヤ教にとって、悲劇の始まりでした。

ローマ帝国の、キリスト教国教認定後、ローマに成立した、ローマカトリックは、ローマ帝国のヨーロッパ世界への膨張とともにヨーロッパ世界に広がり、かつ、ローマ帝国の分裂によって、東ローマ帝国のもとで、ロシアにまで伝わりました。

古代ローマ帝国が崩壊し、中世1000年を通じて、カトリックは、ヨーロッパ世界の中枢の宗教となり、ローマカトリックは、異端を徹底的に弾圧する、強大な権力組織となります。

ユダヤ教は、キリスト教にとって、その崇拝対象であるイエスを、陰謀を巡らせて、十字架刑に処した罪を背負わされました。更に、戒律を持たないキリスト教徒にとって、生活がすべて戒律によって規定され、その服装も食事も戒律によって縛られて、自分たちこそ、神に選ばれた選民であるという思想を持つ、ユダヤ人は、キリスト教徒から、各地で、非常に強い迫害を受けることになりました。

更に、カトリックは、新約聖書の解釈として、卑しい仕事と位置付けていた金融業に、ユダヤ人が多く従事したことから、ユダヤ人は、「がめつい守銭奴」と位置付けられ、ヨーロッパ社会の「嫌われ者」になってゆきます。

そして、近代ヨーロッパ社会は、その国民感情を利用した、ナチスドイツの出現、ユダヤ人壊滅思想に向かって走っていったのです。

ユダヤ人は、自分の国を持てず、キリスト教世界で弾圧を受ける、悲劇の民族という歴史が進んでいったのです。

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