ベンチャー企業にとって、「正社員」を採用する意味を考える

松本尚典

松本尚典

テーマ:社員採用 必要か


1.既に、労働を取り巻く環境に適合しなくなっている、日本の「労働法」


日本の労働基準法や労働契約法を基礎とする多数の法律で構成する「労働法」(以下、「労働法」は、これらの法律の総称を示す言葉として使用します。)の世界は、いまだに、20世紀の企業環境を基礎に成り立っている法律群といわざるをえません。

法律というものは、国会や地方議会における政治の結果、成立する世の中の枠組みとルールを制定するものであり、判例法のもとで展開修正されるものですが、21世紀の今のように、非常に時代が早く流れるときに、それに完全についてゆくことができるものではありません。

企業と正社員の雇用を基礎にすえた労働法は、終身雇用・年功序列を想定された世界で、現在のように、雇用の流動化を目指さなければ日本の競争力が阻害される時代に適合しているとはいえません。アメリカ社会のように、70年代までの主力産業であった製造業から、90年代以降の主力産業になったIT業へ、自己変革をしながら適合して雇用が移動して成功した社会に、日本の経済界が移行することを、妨げています。

そして、このような環境が激しく変動する時代にあって、終身雇用・年功序列の賃金体系と、絶対的という言葉に近い正社員の雇用の保障は、企業の最大のリスク要因となっています。時代の激変の最中、雇用を守ることが最優先され、その守る社員の能力が常なる成長と進化が見込めない時、企業が、大きく変わることを妨げます。

労働法が根底に持つ労働者の生活保障は、アメリカ社会のような格差の急速な拡大を防ぐ安全装置として機能していることは事実です。しかし、そのメリットが、一方で、早い変化に対応して企業が進化を遂げることを妨げているデメリットがあることも、また事実です。

2.ベンチャー企業にとって、社員の意味を考える


べンチャー企業にとって、ヒトという資源は、大企業とは少し異なった資源であるといえます。

ヒトを管理するマネジメントでは、管理する立場の人が管理できる人数に限界があります。リアルな現場マネジメントの場合、一人が管理できる人数は、おおよそ5~6名といわれてきました。

そこで、一定の目標を同じくするヒトを大企業では「課」や「係」の単位にまとめ、そこに、課長や係長という中間管理職を置いて管理しています。さらに、その課長をまとめて、相互のコンフリクトや協業を調整し、目標や計画を統制する部長が、「部」をまとめて管理する組織が一般的です。

正社員は、労働力の担い手という意味合いにくわえて、経験を積んで、将来、係長・課長・部長と昇進をする対象でもあります。そしてその中から、執行役員・そして取締役というトップマネジメントに昇進をする人材を育成することも視野に入ります。

このようにして出来上がった組織が、ライン組織といわれる縦型の組織です。トップの意思決定や計画が、階層を次第に下って伝達される仕組みで、大規模なヒトで構成される大企業の組織には、不可欠な形態です。

正社員というものは、労働力の担い手であると同時に、このようなライン組織の中で昇進をしてゆくことを期待された人材です。この点が、非正規労働者と異なる点です。

しかし、この形態の結果、出来上がった組織は、外部環境の激変に対応することができない硬直を生み出します。固定化された目標の達成を目指して歩み続けることには向いていますが、変化に対応して柔軟に目標と計画を変更することには、不向きな組織です。

ベンチャー企業が、このような大企業型の組織を目指して拡大した場合、創業期にあったベンチャー精神を次第に失います。そして、このような組織の中で昇進を続けた人材は、組織に適合する仕事はできても、その組織を抜本から変えて進化させる能力を身に着けていません。

言い換えるならば、ベンチャー企業の場合、非正規雇用と別に、正社員を配置し、それを組織の中で育成をしても、ベンチャー企業を担う人材が育たなくなってしまうのです。

3.役員と、非正規労働者・個人事業主・外注業者だけで構成する、社員ゼロ組織があってもよい


もし、会社の株式を100%持っているオーナー(複数でも可)が、社長をはじめ、経営者として働いている会社の場合、上場による資金調達は、必ずしも目標とはなりません。上場は、会社が自分以外の株主のものになることを意味しているからです。

一方、このような企業で、オーナー社長が自分の後継者を正社員で育成しても、会社の価値が高くなれば、後継者の社員が会社を買えるわけではありません。

ストックオプションで株式を社員に発行する方法を使っても、社員は、お金が入ってこない非上場の株式を所得としてえることに税制上なるため、それに相当する所得税や住民税を払わなければなりませんので、社員の側からみると、「いい迷惑」であったりします。

結局、利益をあげ続けている企業は、最後には非常に高い価値を生んでしまいますので、そのオーナー社長が、その企業の価値を誰かに譲渡して抜けるためには、相続を使う自分の子供に譲るか、その価値に相当する大きな資金を出して会社を買いとれる規模の企業や投資家に売るかしか、方法がありません。

社員を育成して、その社員に会社を譲渡することができるのは、皮肉ではありますが、借金まみれの赤字を垂れ流し続けている無価値の企業(つまり株式が無価値で、それを譲り受けても全く価値がなく課税されない企業)だけなのです。

組織のマネジメントという観点で考えても、ベンチャー企業の経営者は、現場を最もよく知っているので、他の中間管理職をいれるよりも、自分自身で、現場の仕事を指揮し、管理することに適しています。

こう考えていくと、ベンチャー企業には、正社員の中間管理職を必要としない会社が多いのではないかと僕は感じます。労働力という意味でのアルバイトや非正規雇用の契約社員、そして、ナレッジや技術を持つ大企業に勤める副業をするヒトや個人事業主を、直接、経営者がマネジメントするフラットな組織を作ることで、非常に大きい中間管理職の人件費を削減することができます。加えて、現場に対する指揮系統が単純化され、経営方針や経営理念も伝わりやすくなります。さらに、現場が持つ技術を、経営者自身が吸収しやすくなるというメリットがあります。

4.規模が会社の価値を決めていた時代は終わった


20世紀は、製造業が企業の中心の時代でした。製造業の価値は、工場(不動産)の規模や、社員の規模で決まりました。

しかし、現在の日本は、人件費も上がり、製造業の工場の多くは、新興国に移っています。国内に残るのは、ナレッジを必要とする頭脳部門や、技術部門・管理部門だけになりました。激変する外部環境の中で、大規模な正社員は、企業の価値ではなく、むしろリスクとなる時代です。特に、ベンチャー企業の場合、既に、会社の社員数が価値を決めていた時代は、完全に終わっています。

5.無理をして社員をとる必要は、ないのでは?


このような視点でみていくと、成長を重視するベンチャー企業に必要なのは、非正規雇用やアルバイトによる労働力、ナレッジや技術を持つ個人事業主や副業者なのであって、それを、正社員として採用する必要は、ないのではないでしょうか。アフターコロナの時代をみながら、僕は、そう感じるのです。

今、大企業が賃金をあげて、ヒトを囲い込んでいる状態にあります。大企業の中の有能な人材は、大企業を辞めずに、副業でベンチャー企業の仕事を引き受けています。また、自分自身で独立して、個人事業主として自由な生活と仕事を両立する道を選んでいます。

このようなベンチャー企業に有能な人材を正社員として採用しにくいとき、あえて、正社員を募集して、採用する必要が、本当にあるのでしょうか?

そこを検証してみることが、今、ベンチャー企業の経営者に必要なことだと、僕は感じます。

以上、参考にしてみてください。

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