事業の目標を、売上と利益だけに設定する危険性を知っていますか?

松本尚典

松本尚典

テーマ:事業目標 設定の仕方


1.事業の目標は、生産性にとって、非常に重要です


会社を経営し、事業を遂行するとき、事業の目標を設定することは大切なことです。目標を設定していない事業の遂行は、日常のオペレーションに没頭し、そこをグルグルと回るだけの循環的な活動に陥ります。

このような循環的な活動を続けていると、経営者は、ふと、立ち止まり、動けなくなることに、突き当たります。

「自分は、一体、何のために事業を進めているのか?」、と。

動物やAIと違って、ヒトは、自分の活動に、意味を見出し、意欲をあげて行動する主体です。何のために動いているのか、ということの答えが得られなければ、ヒトの活動は、意欲を次第に失い、生産性が低下し、いつか、止まってしまいます。

同じところをグルグル回る循環的な活動は、動きの量に比較して、達成感がなく、生産性は著しく悪くなります。

そして、社員やパートナーがいる場合、そこに向けた目標の共有がなければ、そのチームは、協働体系としての活動ができません。

各々が勝手に動き始め、組織としての生産性は、極端に落ちてゆきます。

経営者やマネジメントにとっても、組織にとっても、事業の目標を定め、それを共有して活動を行うことが、不可欠なのです。

2.売上と利益に目標を設定していませんか?


そして、事業に目標を設定する場合、それを売上と利益に、数字目標を置くだけになっていませんか?

これは、よく企業の経営者が陥る過ちです。

この件に対して、P・F・ドラッカーは、その名著「現代の経営」の中で、以下のように、諫めています。

「事業の目標として利益を強調することは、事業の存続を危うくするところまでマネジメントを誤らせる。今日の利益のために明日を犠牲にする。売りやすい製品に力をいれ、明日のための製品をないがしろにする。研究開発・販売促進・設備投資をめまぐるしく変える。そして何よりも、資本収益率の足を引っ張る投資を避ける。」


僕は、このドラッカーの指摘を、日本企業の経営者向けにわかりやすく言い直すため、
「経営者と賢い主婦は違います。」
と、申しあげています。

ご主人の給与から社会保険や税金がひかれた「手取り」を受けとる、賢い主婦は、その手取りの中で、最も費用対効果が優れた消費を行い、残りを利益として貯蓄に励みます。

この賢い主婦と同じ発想で、経営をする経営者は、会社を長期的に成長させることができません。

何故かというと、賢い主婦の前提条件には、
「ご主人の給与は、ご主人の能力の向上に関わらず、簡単にあがったり下がったりしない。」
ことがあるからです。

この前提がある限り、家庭におけるお金のキャッシュアウトは、すべて消費(つまり使ったお金は、収益をえるための投資でなく、すべて使いっぱなしの消費)であるということになります。

収入が増減せず、費用がすべて消費の場合、消費は、抑制すればするほど、「賢い」ことになります。

しかし、企業とは、そのようなものではありません。

企業のキャッシュアウトで、重要なことは、消費を抑制し、投資を増やすことです。

賢い主婦が受け取る「手取り」は、税引き後であるのに対し(主婦は、税金の金額を自らコントロールすることができません)、企業の受け取る利益は、投資を行った後の税引き利益です。

従って、企業は、キャッシュアウトを抑制して、単純に利益を出しても、消費税の納税額や法人税等が、それに比例して増えてしまいます。

税金を支払ったあとの、税引き後利益を蓄積しても、売上高が減少してくれば、蓄積した現金で経費を賄うことができず、倒れてしまいます。

企業は、利益を消費せず、投資し、その投資によって、将来の売上高を成長させ続ける主体です。

企業が販売する商品・サービスには、必ず、商品ライフサイクルと呼ばれる寿命があります。この商品ライフサイクルを伸ばし、また、他の商品・サービスを開発するために、企業は、不断の投資を続ける存在です。

投資を怠って、既存の商品・サービスに固執する企業が、存続を続けることはありません。

売上と利益だけに目標を設定すると、企業は、その得た利益を貯蓄する、賢い主婦に陥ります。そして、「今日の利益のために、明日を犠牲にする」という結果を生みます。

これが、ドラッカーが指摘する言葉の意味です。

3.P・F・ドラッカ-が語る、設定すべき8つの事業の目標


では、設定するべき事業の目標は、どのようなものなのでしょうか?

ドラッカーは、次のように示唆しています。

「事業の存続と繁栄に、直接かつ重大な影響を与えるすべての領域において、目標が必要である。目標を設定すべき領域は八つある。

マーケティング・イノベ-ション・生産性・資金と資源・利益・マネジメント能力・人的資源・社会的責任

である。」


利益は、目標の一つとして設定されていますが、売上や利益率は、既に八つの目標の一つですらあげられていません。

以下、各内容をみていきましょう。

4.マーケティングとイノベーション


ドラッカーは、起業家的な二つの機能として、マーケティングとイノベーションの両輪をかかげ、マネジメントが双方の機能を回し続けることを主張しています。

マーケティングとは、商品・サ-ビス(Product)、価格(Price)、販路(Place)、販売促進(Promotion)の4Pの成長を計画し、実行に移すことです。

イノベーションとは、商品・サ-ビス(Product)、販売促進(Promotion)の新たな機能の開発のことです。

ドラッカーは、売上目標を事業の目標に直接、掲げていませんが、マーケティングとイノベーションの目標を設定する上で、売上げ目標を意識することが重要であると、僕は思っています。

売上目標を掲げ、それを達成するための、マーケティングとイノベーションの両輪を目標設定するのです。

マーケティングとイノベーションは、そのどちらが欠けても、企業の成長はありえません。
この双方を常に同時に、回し続けられるかどうかが、企業の経営者・マネジメントの最大の資質であり、僕の経営コンサルティングにおけるチカラの、最大の時間の投入は、この両輪の目標設定・取組・検証・再設定を経営者と一緒に行うことにかけています。

5.生産性・資金と資源・利益


生産性という指標は、他の企業指標である収益性や流動性に比較して、非常に把握が難しく、一方で重要な指標です。

企業の経営資源は、ヒト・モノ・カネ・情報ですが、これらの経営資源ごとに、その投入に対する利益を生み出す比率が生産性の管理にあたります。

従って、ドラッカーが掲げる八つの目標の中の、「資金と資源」に対する「利益」の割合が、生産性ということになります。

マーケティングとイノベーションを繰り返す活動の中で、資金と資源が正しいベクトルで投資され、その経営資源が稼働することで利益が生み出され、その効率を図る指標が、生産性なのです。

ドラッカーは、生産性を、次のように言っています。

「実際にマネジメント能力を測定し、部門間あるいは企業間の比較を行うことができる尺度は、生産性の測定だけである。」


生産性の測定は、付加価値の測定によって行うことができます。付加価値は、経営資源の投資によって生まれます。そして、付加価値が、企業の利益として認識できるわけです。

従って、生産性・経営資源・利益の管理とは、付加価値を生み出す目標から生じると言っていいでしょう。

6.マネジメント能力・人的資源


マネジメント能力を、ドラッカーは、極めて重要な企業の目標と位置付けています。そして、マネジメントを育成するため、企業の人的資源への投資を重視してゆかねばなりません。

メーカーであれば工場で生産すること、販社であれば仕入れて売ることで成り立っていると思った経営者は、会社を潰す予備軍となります。このような経営者が、売上と利益だけを目標として部下に掲げ、組織を内側から崩壊させてゆく経営者となります。

企業の最も重要な機能は、メーカーでも、販社でも、IT企業でも、マーケティングとイノベーションです。そして、その不断の両輪の運転を通じて生み出す付加価値を創り出してゆくこと、その付加価値を再投資して、新たな付加価値を生み出し続けることです。

その過程を事業ごとに、目標づけを行って、人的資源をまとめあげ、企業の目標のもとに、協働体系にしあげてゆくことが、マネジメントの役割です。

マネジメントの育成目標こそが、企業の根幹をなす、目標となるのです。

7.社会的責任


最後に、現代の企業にとって、重要になってきた目標が、社会的責任です。

その最も基礎になるのは、納税義務ですが、現代企業は、SDGsなどの要請を受けた目標を掲げることが、重要になってきています。

社会的責任は、勿論、それ以外の七つの目標の上にくるものです。そもそも利益が出せず、付加価値が生み出せない企業は、社会的責任を果たすどころではありません。

ただ、他の七つの目標をかかげ、それを満たしている企業が、その上位の目標として、しっかり位置付けなければならないのが、社会的責任であると言えましょう。

松本尚典の中小企業経営者支援コンサルティングサービス

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