風俗嬢・セラピストに暴力・ケガを負わせた|示談と刑事責任
「店の事務所で誓約書を書かされたが、何を書いたのかよく覚えていない」「署名した紙の写真もなく、どこから説明すればよいのか分からない」。風俗店でトラブルになり、その場で誓約書や念書に署名した方からは、こうしたご相談が寄せられます。
署名した書面であっても、強迫を受けて書いたものであれば取り消せる場合がある、と説明されることがあります。それ自体は誤りではありませんが、実際にそれを主張するには、署名したときの状況を具体的な事実で示していく必要があります。その材料になるのが、ご自身で作る記録です。
この記事では、店でその場で誓約書や念書に署名させられた方に向けて、日時・書面の内容・やり取り・手元の証拠という4つの整理シートの項目例と、記録を作るときの注意点を説明します。書面の効力を争う具体的な書面の書き方や、相談前の確認事項については、別の記事で扱います。
この記事は、2026年11月時点の法令をもとにした一般的な説明です。個別の事案で書面の効力がどう判断されるかは、署名に至った経緯や書面の内容によって異なります。
署名した経緯の記録が後で意味を持つ理由
署名・押印のある書面は、原則として本人の意思で作られたものとして扱われます。そのため、「怖くて書いた」「書かないと帰してもらえないと思った」という事情があっても、それを主張する側が具体的な事実で示していくことになります。
書面の効力を考えるときの手がかり
民法は、強迫によってされた意思表示を取り消すことができると定めています(民法96条1項)。また、書面の内容が社会的に見て著しく不相当な場合は公序良俗に反して無効とされることがあり(同法90条)、内容を誤解したまま署名した場合には錯誤(同法95条)が問題になることもあります。どの考え方を検討できるかは、そのときの状況によって変わります。
風俗店での示談書をめぐる裁判例の中には、店側が利用者を帰さないような状況をつくって署名させたという事情から、強迫による取消しが認められたものがあると紹介されています。こうした判断の土台になるのは、何人に囲まれていたのか、どのくらいの時間がかかったのか、どのような言葉をかけられたのかといった具体的な事実です。
記憶は細部から薄れていく
トラブルの直後は記憶が鮮明でも、数日たつと時刻や言葉の言い回しといった細部から曖昧になっていきます。できるだけ早く書き留めておくことが、後の判断材料を残すことにつながります。
なお、強迫を理由とする取消しには期間の制限があり、追認できる時(強迫の状態から抜け出した時)から5年、署名した時から20年を過ぎると取り消すことができなくなります(民法126条)。
記録はいつ、どこで作るか
記録を作るのは、店やホテルを離れて安全な場所に移ってからで構いません。その場でスマートフォンを取り出してメモや撮影をしようとすると、相手を刺激して状況が悪くなるおそれがあります。
目安は当日中、遅くとも翌日まで
帰宅途中の電車の中や自宅で、思い出せる順に書き出してください。最初から整った文章にする必要はありません。走り書きであっても、作成した日時が分かる形で残しておけば、後で役に立つことがあります。
保存する場所にも気を配る
記録はスマートフォンのメモアプリでも紙のノートでも構いません。ただし、家族と共有しているクラウドや端末に保存すると、意図しない形で見られるおそれがあります。ご自身だけが開ける場所に保存し、メモの作成日時が自動で記録される形にしておくと安心です。
整理シートその1 日時と場所
最初に、出来事の時間の流れを整理します。署名に至るまでにどれだけの時間がかかったかという経過は、その場の切迫した状況を示す材料のひとつになります。
| 記入項目 | 書き方の例 |
|---|---|
| 利用した日時 | 2026年○月○日、午後9時ごろ入室 |
| 店名・業態 | 店名、サイトのURL、店舗型か派遣型か |
| 場所 | ホテル名と部屋番号、または店舗の住所 |
| トラブルが起きた時刻 | サービス終了の直前、午後10時ごろ |
| 店の関係者が来た時刻 | 午後10時20分ごろ、2人で来室 |
| 署名した時刻 | 午後11時ごろ |
| その場を離れた時刻 | 午後11時40分ごろ |
時刻は正確でなくても「〜ごろ」で構いません。ホテルの入退室の記録、交通系ICカードの利用履歴、店に予約を入れた発信履歴など、後から客観的に確かめられる手がかりがあれば、それも書き添えておきます。記憶と客観的な記録が一致していれば、記録全体の信用が高まります。
整理シートその2 書面そのものの内容
書かされた書面の控えや写真が手元にあるかどうかで、整理の進め方は変わります。手元にあればそれを見ながら、ない場合は思い出せる範囲で、次の項目を書き出します。
| 記入項目 | 確認したい点 |
|---|---|
| 書面の表題 | 誓約書、念書、示談書、同意書、借用書など |
| 宛名 | 店、店の担当者、キャスト本人のいずれか |
| 認めさせられた内容 | どの行為をしたと書かれているか、自筆か印字か |
| 金額と支払方法 | 総額、分割の有無、支払期限、振込先や受け渡しの方法 |
| 違約金・追加の支払い | 約束を破った場合の金額、今後の検査費や治療費を負担する旨の文言 |
| 個人情報 | 住所や勤務先を書いたか、身分証の写しを取られたか |
| 署名・押印の方法 | 署名のみか、拇印か、印鑑か |
| 原本と控え | 原本と写しをそれぞれ誰が持っているか |
特に、「今後発生する費用を支払う」のように金額が決まっていない定めや、店やキャストの側が何を約束するのかが書かれていない書面は、後で内容を見直すときに問題となりやすい部分です。キャスト本人からの請求がなくなるのかどうかが書かれているかも確かめておきます。
書面の写真を撮れなかった場合の確かめ方は【風俗トラブル】店の事務所で書かされた紙の写真を撮っていない|内容を後から確かめる方法で、原本が店にしかない状態については【風俗トラブル】示談書の原本を店しか持っていない|控えを求めるべき理由で、それぞれ詳しく説明しています。
整理シートその3 署名に至るまでのやり取り
このシートは、書面の効力を考えるうえで中心になる部分です。署名した時点で、自由に判断できる状況にあったかどうかを後から説明できるよう、次の点をできるだけ具体的に書き出します。
相手方の人数と立場
部屋や事務所に来たのは何人か、それぞれが店長、スタッフ、キャスト本人、名乗らなかった人物のどれにあたるかを書きます。名乗った名前や肩書き、外見の特徴も、分かる範囲で残しておきます。
かけられた言葉
印象に残っている言葉は、要約せずにできるだけそのままの言い回しで書き留めます。例えば「警察に行くか、ここで払うか決めろ」「家族と会社に連絡する」「書くまで帰れない」といった言葉です。誰が、どの時点で言ったのかも分かるようにしておきます。
その場の状況
言葉以外の状況も、署名の経緯を示す材料になります。次のような点を、思い出せる範囲で書いておきます。
- ドアの前に人が立っていたか、退出を求めて断られたか。
- 財布・スマートフォン・身分証を預けさせられたか、撮影されたか。
- 大声を出す、机をたたくといった威圧的な振る舞いがあったか。
- 書面の文面を誰が用意し、読む時間が与えられたか。
- 金額や文言の修正を求めることができたか。
- 家族や知人への連絡を止められたか。
思い出せない部分は、空欄のまま残して構いません。推測で埋めてしまうと、後で別の記録と食い違ったときに、記録全体の信用に影響することがあります。所持品を預けたまま帰ってきた場合は、【風俗トラブル】財布やスマホを店に預けさせられた|所持品を返してもらう方法も参考にしてください。
整理シートその4 手元に残っている証拠
記憶をもとにしたメモに加えて、客観的に残っている資料を集めておきます。資料ごとに、次のような形で保存しておくと整理しやすくなります。
| 証拠の種類 | 保存のしかた |
|---|---|
| やり取りの録音 | 元のファイルを編集せずに保存し、録音した日時と場所をメモに書き添える |
| LINE・SMS・メール | 相手のアカウント名や電話番号が分かるように、画面全体を撮影する |
| 着信履歴 | 日時と番号が写るように撮影する |
| 予約・利用の記録 | 予約画面、店のサイトの料金表や規約のページを保存する |
| 支払いの記録 | すでに支払った分の振込明細、領収書、受領書 |
| 書面の写真・控え | 全ページを、文字が読める状態で撮影したもの |
| 体や持ち物の状態 | けがや衣服の破れがあれば、その写真 |
自分が当事者として加わっている会話の録音は、相手の了解がなくても証拠として扱われることが多いとされています。ただし、録音を第三者に聞かせたり、インターネット上に公開したりすると、別の問題が生じるおそれがあります。保存にとどめておくのが無難です。録音の扱いについては、録音はどこまで証拠になるか|風俗トラブルでの残し方と【風俗トラブル】店内での録音は証拠になるのか|秘密録音と盗聴の境界(風俗の場面)で詳しく説明しています。
記録を作るときに気をつけたいこと
記録は、後で第三者が読んでも状況が分かる形にしておくことが大切です。次の3つの点に気をつけて書き進めてください。
事実と気持ちを分けて書く
「怖かった」という気持ちも大切な記録ですが、「男性が2人でドアの前に立った」という事実と並べて書くと、後で状況を説明しやすくなります。事実、そのとき感じたこと、後から推測したことは、書き分けておきます。
不利に思える事情も省かない
禁止されている行為をしてしまった、キャストの了解があると思っていた、といった事情があっても、署名を求められた経緯に問題があれば、それとは別に検討できる場合があります。反対に、不利な事情を伏せたまま方針を立てると、相手の主張が出てきた段階で見通しが崩れることがあります。弁護士には守秘義務がありますので、相談の際はありのままをお伝えください。
書き換えず、追記で残す
一度書いた内容を後から書き換えるのは避け、思い出したことは日付を付けて追記する形にします。いつ何を書いたのかが分かる状態にしておくことが、記録の信用につながります。また、作成した記録は相手方に送ったり見せたりしないでください。記録全般の作り方は【風俗トラブル】自分側の記録をどう作るか|相談の前に整理しておく材料でも説明しています。
記録を整えた後の動き方
記録をまとめたら、次の点に気をつけながら、早めに専門家へ相談することをおすすめします。
- 書面の支払期限が迫っていても、一人で慌てて支払わないこと。
- 追加の書面への署名や、店への来店の求めに応じないこと。
- 自分から店やキャストに、書面の取消しや減額を申し入れないこと。
- 整理シートと手元の証拠を、相談の際にまとめて持参すること。
書面に署名したからといって、書かれた金額をそのまま支払わなければならないとは限りません。一方で、行為の内容によっては刑事手続に進む可能性もあるため、民事の請求と刑事手続の見通しを分けて考える必要があります。
弁護士が代理人になれば、店との連絡窓口を引き受け、書面の効力についての考え方を相手方に伝えたうえで、必要な範囲で交渉を進めることができます。同意書への署名後に依頼を受けた事例は【解決事例】同意書に署名させられた後の風俗トラブル|身分証の返還と示談成立までの流れで、示談をやり直す場合に入れておきたい条項は風俗トラブルの示談書に必ず入れる6条項|抜けると後で効かないで紹介しています。
まとめ
- 署名した書面でも、強迫による取消し(民法96条1項)や公序良俗違反(同法90条)を検討できる場合があります。
- その主張の土台になるのは、署名に至った経緯を示す具体的な事実です。
- 記録は安全な場所に移ってから、当日中か翌日までに作るのが目安です。
- 日時と場所、書面の内容、やり取り、手元の証拠の4つに分けて整理すると漏れが少なくなります。
- 思い出せない部分は推測で埋めず、後から書き換えずに追記で残します。
- 強迫を理由とする取消しには期間の制限があります(民法126条)。
店で誓約書や念書に署名してしまった方へ
その場で書面に署名してしまった後でも、経緯を丁寧にたどり直すことで、取り得る手段が見えてくることがあります。整理シートがすべて埋まっていなくても構いませんので、思い出せる範囲の記録を手がかりに、まずは状況を整理するところから始めてください。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
当事務所では、電話・メール・LINEのうちご希望の方法でご相談をお受けしています。ご都合のよい手段をお選びください。
早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。


