ひったくりは窃盗か強盗か|暴行の程度による分かれ目

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

「バッグを引っ張って走り去っただけなのに、強盗ではないかと言われている」。ひったくりに関するご相談では、こうした戸惑いをよく伺います。
 実は、刑法に「ひったくり罪」という罪名はありません。同じようにバッグを奪ったという行為でも、そのときに加えた力の性質によって、窃盗罪にとどまることもあれば、強盗罪や強盗致傷罪として扱われることもあります。そして、その分かれ目に置かれているのが「暴行の程度」という一本の物差しです。
 この記事では、ひったくりが窃盗と強盗のどちらに振り分けられるのかについて、裁判例が線を引いてきた位置を、強盗と認められた側と認められなかった側の両方から整理します。

「ひったくり」という言葉は、罪名ではなく手口の呼び名


 ひったくりは、通行中の人や自転車に乗っている人の持ち物を、すれ違いざまや背後から瞬間的に奪う手口を指す言葉です。捜査や裁判の場面では、この言葉そのものが罪名になるわけではなく、次のいずれの条文に当てはまるかが検討されます。

・他人の財物を窃取した場合の窃盗罪(刑法235条)
・人の身体に対して不法な有形力を用いた場合の暴行罪(刑法208条)
・人の生理的機能を害した場合の傷害罪(刑法204条)
・暴行または脅迫を用いて財物を強取した場合の強盗罪(刑法236条1項)
・強盗にあたる行為によって人を負傷させた場合の強盗致傷罪(刑法240条前段)

 同じ「奪った」という結果でも、当てはまる条文が変われば、その後の手続の重さも大きく変わります。

考えられる落とし先を先に並べておく


 整理のため、ひったくりが振り分けられる主な組み合わせを先に示します。なお、2025年6月1日に施行された改正刑法により、懲役と禁錮は拘禁刑に一本化されました。以下は改正後の表記です。

行為の状況考えられる主な罪名法定刑
抵抗を受けることなく、瞬間的に奪った窃盗罪10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金
人に向けた力を加えたが、反抗を抑圧する程度に至らず、けがもない窃盗罪と暴行罪暴行罪は2年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料
同じ状況で、相手にけがをさせた窃盗罪と傷害罪傷害罪は15年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金
反抗を抑圧する程度の暴行を手段として奪った強盗罪5年以上の有期拘禁刑
強盗にあたる行為で相手を負傷させた強盗致傷罪無期又は6年以上の拘禁刑


 こうして並べると、罰金という選択肢があるかどうか、刑の下限がどこに置かれているかという点で、罪名の違いが手続全体に及ぶことが見て取れます。

分かれ目の物差しは「反抗を抑圧するに足りる程度」


 強盗罪は、暴行または脅迫を財物を奪うための手段として用いた場合に成立します。ここでいう暴行は、暴行罪で問題になる有形力の行使よりも強い、相手方の反抗を抑圧するに足りる程度のものである必要があると考えられています。
 ここで注意しておきたいのは、この程度が誰の目線で測られるかという点です。最高裁は古くから、具体的な事案の被害者の主観を基準として、その被害者の反抗が抑圧される程度であったかどうかによって決まるものではない、という考え方を示しています(最高裁昭和24年2月8日判決)。
 つまり、「相手は怖がっていないように見えた」という言い分も、「自分としては軽く引いただけのつもりだった」という説明も、それだけで結論を決める材料にはなりにくいということです。行為の外形と当時の状況が、客観的にどう評価されるかが問われます。

第一の分かれ目は、力がどこに向いていたか


 ひったくりの多くは、バッグそのものを引く力にとどまります。持ち主が気づく前に持ち物だけが移動しているような場面では、人の身体に向けた暴行を手段としたとは評価されにくく、窃盗罪の範囲で検討されることになります。
 これに対して、相手の身体を押す、突く、殴る、引き倒すといった力が加わると、力の向き先が「物」から「人」へ移ります。この移動が起きているかどうかが、最初の分かれ目です。

第二の分かれ目は、抵抗を受けた後に力を上乗せしたか


 裁判例を見ると、強盗と評価されやすいのは、相手が持ち物を離さなかった後もなお奪おうとして力を加え続けた場面です。
 夜間の人通りの少ない路上で、歩行中の女性のひじに掛かっていたハンドバッグを引っ張り、相手が離さずに転倒したにもかかわらず、さらにバッグごと数メートルにわたって路上を引きずり回した行為について、強盗にあたるとした裁判例があります(名古屋高裁昭和42年4月20日判決)。
 また、自転車に乗っていた人の背後から原動機付自転車の速度を上げ、追い越しざまに、ハンドルとともに握られていたハンドバッグを無理に奪い取ろうとした行為についても、同様の評価がされています(東京高裁昭和38年6月28日判決)。
 最高裁の事案としてよく引かれるのは、自動車の窓からハンドバッグのバンドをつかんで引っ張ったところ、相手が手を離さなかったため、つかんだまま自動車を進行させ、路上に転倒させたり車体や電柱に接触させたりしてけがを負わせたというものです。この行為には強盗致傷罪の成立が認められました(最高裁昭和45年12月22日決定)。
 いずれも、最初のひと引きではなく、抵抗に遭ってからも力を継続し、上乗せした部分が評価の中心に置かれています。

走行中の車両が関わると、評価は動きやすい


 自動車、原動機付自転車、自転車といった走行中の車両を使ったまま持ち物をつかみ続ける行為は、相手を引きずる、転倒させる、車体に接触させるといった結果に直結しやすく、身体に及ぼす危険性が高いものとして受け止められます。
 ひったくりの場面で罪名が重い側へ動くきっかけとして、車両の関与は実務上とりわけ大きな要素です。逃走の便宜のために乗り物を使ったつもりであっても、つかんだまま走り続ければ、その力は人の身体に向けられたものとして評価されることになります。

行為だけでなく、周囲の状況もあわせて見られる


 反抗を抑圧する程度かどうかは、行為の形だけで決まるわけではありません。夜間の脇道で、追い越しざまに自転車の前かごのバッグを奪おうとして相手を自転車ごと転倒させ、バッグを離さない相手の顔面を数回殴った事案では、次のような点を総合して、一連の暴行が反抗を抑圧するに足りるものと判断されています(福岡高裁平成14年9月11日判決)。

・犯行時刻が夜で、人通りがなかったこと
・被害者との間に体格の差があったこと
・背後からいきなり接近し、自転車ごと転倒させたこと
・尻もちをついた状態で、身動きが取りにくかったこと
・顔面を殴ってひるませ、その隙に持ち物を奪ったこと
・被害者が、さらに暴行を受けるのではないかと強い恐怖を感じた旨を述べていたこと

 同じ動作でも、明るい商店街で人が多い時間帯だったのか、深夜の人けのない道だったのかで、評価の傾き方は変わり得ます。

殴っていても強盗とはされなかった裁判例もある


 線の位置を知るうえでは、強盗と認められなかった側の裁判例も参考になります。
 通行人の顔面を拳で殴り、手提げ鞄を奪おうとして失敗し、その際に相手にけがを負わせたという事案について、高等裁判所は、強盗致傷罪の成立を認めた第一審判決を破棄し、傷害罪と窃盗未遂罪の限度で認定しました(大阪高裁平成9年8月28日判決)。
 その理由として挙げられたのは、一回殴れば抵抗されずに奪えると思い込んでいてそれ以上の暴行は考えていなかったこと、殴った後は積極的な暴行に及んでいないこと、被害者が殴られた直後にかえって取り押さえに動いていることなどです。これらを総合すると、まだ反抗を抑圧するに足りる程度には至っていないと判断されました。
 殴ったという一点だけで自動的に強盗になるわけではなく、その力が奪うための手段としてどこまで続いたかが見られている、ということが分かる例です。

けがが出たときは、二つの落とし先がある


 ひったくりでは、相手が転倒したり引きずられたりして、けがが生じることが少なくありません。この場合の扱いは、暴行の程度の評価によって二つに分かれます。
 反抗を抑圧する程度と評価されれば、強盗致傷罪として扱われます。その程度に至らないと評価されれば、窃盗罪と傷害罪という組み合わせで検討されることになります。同じ「けがをさせた」という事実でも、位置づけがまったく異なります。
 なお、負傷させることについて故意があった場合を強盗傷人と呼び分けることがありますが、条文としてはいずれも刑法240条が適用されると解されています。呼び方の違いであって、別の条文が用意されているわけではありません。

逃げるときの暴行という、もう一つの入り口


 強盗として扱われる入り口は、奪う手段としての暴行だけではありません。窃盗をした人が、財物を取り返されるのを防ぐため、逮捕を免れるため、または罪跡を隠すために暴行や脅迫をしたときは、強盗として論じられます(刑法238条。事後強盗)。
 ひったくりでいえば、バッグを持って逃げようとした際に追いかけてきた相手を突き飛ばした、腕をつかまれて振りほどこうと殴った、といった場面がこれにあたり得ます。当初は物だけを取るつもりであっても、この時点の行為によって罪名が変わることがあるわけです。
 もっとも、逃走後のどの時点の暴行でもよいわけではなく、窃盗の機会が続いている間の行為であることが必要とされています。犯行現場の天井裏に潜んで約3時間後に駆けつけた警察官へ暴行した事案では、現場の直近にとどまり容易に発見され得る状況が続いていたとして、機会の継続中と判断されました(最高裁平成14年2月14日決定)。他方、誰にも発見されずに約1キロメートル離れた場所まで移動し、約30分後に再び戻った際の脅迫については、窃盗の機会の継続中に行われたものとはいえないとされています(最高裁平成16年12月10日判決)。

奪えなかった場合の扱い


 バッグをつかんだものの奪えなかった、途中で手を離したという場合もあります。窃盗罪、強盗罪、事後強盗罪、強盗致死傷罪は、いずれも未遂が処罰の対象とされています(刑法243条)。したがって、既遂に至らなかったことは罪名の枠内で考慮される事情であって、処罰の対象から外れるという意味ではありません。
 もっとも、財物を奪えなかった場合であっても、強盗にあたる暴行によって相手にけがを負わせたときは、強盗致傷として扱われると説明されています。奪えたかどうかと、けがが生じたかどうかは、別の軸で見られていることになります。

罪名が変われば、裁判の形も変わる


 罪名の違いは、刑の重さだけの問題ではありません。強盗致傷罪は、法定刑に無期拘禁刑が含まれているため、裁判員裁判の対象事件にあたります(裁判員法2条1項1号)。裁判官3人と裁判員6人で審理され、第一回の公判期日前に公判前整理手続が行われるため、起訴から判決までの期間も長くなります。
 これに対し、強盗罪は死刑にも無期拘禁刑にも当たらず、被害者を死亡させる罪でもないため、裁判員裁判の対象にはなりません。窃盗罪も同様です。
 けがの評価が一つ動くだけで、審理の枠組みそのものが入れ替わる。ここが、ひったくり事件で罪名の見立てが重く意味を持つ理由の一つです。

刑の幅がどこまで動くかは、条文の構造から見える


 刑の全部の執行猶予は、3年以下の拘禁刑などの言渡しを受けた場合に検討されます(刑法25条1項)。
 窃盗罪には上限だけが定められているため、この枠に収まる余地があります。一方、強盗罪は5年以上、強盗致傷罪は6年以上という下限が置かれており、そのままでは3年以下になりません。犯情に酌量すべき事情があるときの酌量減軽(刑法66条)を経ると、有期拘禁刑は長期と短期がそれぞれ二分の一に減じられます(刑法68条3号)。この計算によって、強盗罪は2年6月以上、強盗致傷罪は3年以上という幅に移ります。
 どのような場合にどこまで動くのかは事案ごとの判断であり、見通しを一律に述べられるものではありません。ただ、罪名がどこに落ち着くかによって、検討できる範囲そのものが変わるという構造は、条文からも読み取れます。

取調べでは「引っ張った」の一語にまとめない


 ひったくりの事件では、防犯カメラに一瞬しか映っていないことも多く、力の強さや長さは供述に頼って再現されがちです。次の点は、記憶がはっきりしているうちに時系列で整理しておくと、後の食い違いを避けやすくなります。

・持ち物のどこを、どちら向きに引いたのか
・相手の身体に触れたか、触れたとすればどの部分か
・相手が抵抗したのはどの時点か、その後に力を加えたか
・乗り物に乗っていたか、その場で止まったか進み続けたか
・相手が転倒した原因として思い当たることは何か
・追いかけられた際、振りほどこうとしたか、手が出たか

 調書の内容に事実と違う部分があるときは、署名する前に増減変更を申し立てることができます(刑事訴訟法198条4項)。あいまいな表現のまま署名すると、後から評価だけが一人歩きすることがあります。

よくあるご質問


相手が「怖くはなかった」と話していれば、強盗にはならないのでしょうか

 その一点で決まるものではありません。強盗の暴行の程度は、具体的な被害者の主観を基準に決められるものではないとされているためです。もっとも、当時の状況を示す事情の一つとして、供述の内容が考慮されることはあります。

自転車に乗ったままバッグをつかんだだけでも、強盗になりますか

 つかんだ直後に手を離したのか、相手が離さなかった後も走り続けたのかによって、評価は変わり得ます。走行を続けた場合には、身体に及ぼす危険性が高いものとして受け止められる傾向があります。

けがをさせるつもりはまったくありませんでした

 けがについての故意がなくても、強盗にあたる暴行から負傷の結果が生じていれば、強盗致傷として扱われます。つもりがなかったという点は、罪名を左右する事情というより、量刑の場面で説明していく事情になります。

まとめ


 ひったくりが窃盗と強盗のどちらに振り分けられるかについて、押さえておきたい点を整理します。

・刑法に「ひったくり罪」という罪名はなく、行為の内容に応じて条文が選ばれる
・分かれ目は、反抗を抑圧するに足りる程度の暴行があったかどうか
・その程度は、被害者の主観ではなく客観的な評価によって判断される
・最初のひと引きよりも、抵抗を受けた後に力を上乗せしたかが見られている
・走行中の車両を使ったまま持ち物をつかみ続けた場面は、評価が動きやすい
・殴った事実があっても、強盗にあたらないと判断された裁判例もある
・けがが出たときは、強盗致傷か、窃盗と傷害かの二通りに分かれる
・逃げる際の暴行は、事後強盗という別の入り口になり得る
・強盗致傷は裁判員裁判の対象で、審理の枠組みそのものが変わる

 ご自身の記憶では「引っ張っただけ」であっても、捜査の場では別の言葉で整理されていることがあります。どの事実がどの評価につながっているのかを早い段階で確かめておくことが、その後の見通しを立てるうえで役に立ちます。判断に迷う点があれば、弁護士にご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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