接見禁止がついて家族が会えない|解除に向けた動き
友人や同僚、部活の仲間とふざけ合っているうちに、相手がけがをしてしまった。その場は笑って別れたつもりだったのに、後日になって警察から連絡が来たり、相手方の代理人から書面が届いたりする。こうしたご相談は決して珍しいものではありません。
そのとき多くの方が最初に口にされるのが、「お互いふざけていただけです」「相手も同意していました」という説明です。当事者としては、それが事実そのものであることも多いでしょう。ただ、この二つの言い方は、刑事手続の中では思っておられるほど有利に働かないことがあります。「同意があった」という主張が刑法上どこに置かれる話なのか、そして「ふざけていた」という説明が何を意味してしまうのかを、順を追って整理します。
「ふざけ合い」という区分は刑法にない
まず前提として、刑法に「ふざけ合いの場合」という特別な取扱いを定めた規定はありません。捜査や処分の場面では、その出来事は次のいずれかの枠に置き直されて検討されます。
・けがの結果があり、有形力を加えることについての認識があった場合は傷害罪(刑法204条)
・有形力を加えたがけがの結果がない場合は暴行罪(刑法208条)
・有形力を加える認識がなく、不注意でけがをさせた場合は過失傷害罪(刑法209条)
・結果として亡くなった場合は傷害致死罪(刑法205条)など
「ふざけていた」という事情は、この振り分けそのものを止める働きを持ちません。あくまで、どの枠に置かれるか、そして置かれた後にどう評価されるかという場面で考慮される事情です。この点を最初に押さえておくと、以下の話が整理しやすくなります。
「同意があった」という説明は、三つの問いに分かれる
「相手も同意していた」という一言は、法律の枠組みに置き直すと、実は三つの別々の問いに分かれます。競合する説明の多くはここを一つにまとめてしまいますが、実務ではこの三つが順番に検討されます。
| 問い | 検討される中身 | 見られやすい事情 |
|---|---|---|
| ①そもそも同意があったといえるか | 同意といえるだけの実質があったか。断りにくい関係の下での「うん」は同意といえるかが問われる | 双方の年齢・立場・人数、直前のやりとり、断る余地があったか |
| ②同意はどこまでを覆っていたか | 同意していたのは何についてか。行為の種類・強さ・場所と、実際に起きたことがずれていないか | どんな行為をどの程度まで想定していたか、途中で態様が変わっていないか |
| ③その範囲内でも許される行為だったか | 同意があっても、行為の目的・方法・部位・けがの程度によっては違法性が失われないと判断されることがある | 使った物、当てた部位、加えた力、その後の対応 |
このうちどれか一つでも否定的に見られると、「同意があった」という説明は結論に結びつきません。逆にいえば、ご自身の事案でどの問いが争点になっているのかを見極めることが、対応の出発点になります。
条文には「同意がないこと」と書かれていない
刑法204条は「人の身体を傷害した者は、十五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する」と定めています。「相手の意に反して傷害した者は」とは書かれていません。同意殺人罪(刑法202条)のように、同意があった場合の特別な規定が傷害について置かれているわけでもありません。
そのため、身体を傷つける行為について相手の同意があった場合をどう扱うかは、条文そのものではなく、解釈に委ねられています。実務では、同意があったという事実は、犯罪の成立を自動的に打ち消す事情ではなく、その行為を違法と評価してよいかどうかを判断する材料の一つとして位置づけられています。「同意があるのだから犯罪にならないはずだ」という理解は、この点でずれが生じやすいところです。
判例が示した判断のしかた
同意があった場合の傷害罪の成否について、最高裁は次のように述べています(最高裁昭和55年11月13日決定・刑集34巻6号396頁)。
被害者が身体傷害を承諾した場合に傷害罪が成立するかどうかは、単に承諾が存在するという事実だけでなく、承諾を得た動機、目的、身体傷害の手段、方法、損傷の部位、程度など諸般の事情を照らし合わせて決すべきものである――という趣旨の判断です。この事案自体は、交通事故を装って保険金を得ようとした場面についてのもので、そうした目的のために得られた承諾では違法性は失われないとされました。
ここで押さえておきたいのは、結論そのものより「照らし合わせて決する」という枠組みのほうです。同意の有無は、単独で結論を決める要素ではなく、ほかの事情と並べて評価されます。ふざけ合いの場面でいえば、どういう流れでその行為に至ったのか、どんな方法だったのか、どこにどの程度のけがが生じたのかが、同意の有無と一緒に見られるということになります。
同意があったといえるか(1)その場の力関係
同意があったかどうかを判断するとき、実務でよく問題になるのが当事者の関係です。断りにくい相手からの働きかけに応じただけの場合、それが真意に基づく同意といえるのかが問われます。
古い事案ですが、大学の運動部の合宿中に上級生が新入部員に有形力を加え、死亡の結果に至った事件で、裁判所は、被害者の立場が加害者側と対等ではなかったことから、その同意が真意に基づいてなされたとは考えられない、という趣旨の判断を示しています(東京地裁昭和41年6月22日判決)。同じ趣旨の判断は、大学の部の練習名目で行われた行為についての事案(大阪地裁平成4年7月20日判決)でも示されており、先輩からの申し出を拒絶できない立場でやむなく応じたにすぎない場合には、真意に基づく同意があったとは認められないとされています。
ふざけ合いは、対等な友人同士で起きることもあれば、先輩と後輩、上司と部下、年齢差のあるグループ内で起きることもあります。当事者の感覚としては同じ「ふざけ合い」でも、後者では「嫌がっていなかった」という事情が同意の証明として受け止められにくくなる傾向があります。
同意があったといえるか(2)いつ、何について
同意は、行為が行われる時点で存在している必要があります。この点は見落とされやすいところです。
けがをさせてしまった後に相手が「気にしないで」と言ってくれたとしても、それは行為の時点での同意ではありません。法的には、被害の申告をしないという意向や、処罰を望まないという意思表示(宥恕)として扱われる事柄で、行為の違法性を左右する同意とは位置づけが異なります。もちろん、そうした相手の意向は処分を決める場面で重視される事情ですが、「同意があったから犯罪にならない」という筋道とは別のルートで働くものだと理解しておくほうが誤解が少なくなります。
また、「何について」の同意だったかも問われます。肩を叩き合う程度のやりとりを続けていた延長で、突然足を払って転倒させた場合、前者への同意が後者まで及んでいたといえるかは別に検討されます。行為の種類や強さが途中で変わったときには、同意の射程がそこで切れていないかが見られます。
同意の「範囲」──応じたことと、結果を引き受けたことは別
ふざけ合いに応じていたことと、そこで生じうるあらゆる結果を引き受けていたこととは、同じではありません。
たとえば、押し合いに応じていた人が、押されて転ぶこと自体は想定していたとしても、頭を打って骨折することまで受け入れていたとは限りません。前掲の最高裁決定が「損傷の部位、程度」を判断材料に挙げているのも、この点と関わります。同意していたとされる行為の危険性と、実際に生じた結果との間に隔たりが大きいほど、同意によって説明できる範囲は狭く見られる傾向があります。
このことは、ご自身の説明のしかたにも影響します。「お互い納得ずくだった」とだけ述べるより、どの行為について、どの程度のものとして双方が受け入れていたのかを具体的に示せるかどうかが、実際には分かれ目になります。
「ふざけていただけ」は故意を否定するとは限らない
ここが、この場面で最も誤解の生じやすいところです。
「ふざけていただけで、けがをさせるつもりはなかった」という説明は、当事者としては故意を否定しているつもりでも、法的には必ずしもそう読まれません。傷害罪の成立に必要とされているのは、けがをさせることの認識ではなく、相手に有形力を加えることの認識で足りるとされているためです(最高裁昭和25年11月9日判決)。押す、つかむ、足を払うといった行為を意図して行っている以上、「ふざけて」という枕詞が付いていても、有形力を加える認識自体は認められる方向に働きます。
実際、空手の練習中の行為で相手が死亡した事案では、弁護人が「暴行の故意がなく重過失致死として論ずべきである」と主張しましたが、裁判所はこの主張を退け、傷害致死罪の成立を認めています(大阪地裁昭和62年4月21日判決)。この判決は、被害者の承諾に基づく行為として違法性が失われるためには、単に練習中であったというだけでは足りず、その方法や程度が社会的に相当と是認できる態様のものでなければならない、という趣旨も述べています。「その場の名目」だけでは足りないという点は、ふざけ合いの場面にもそのまま当てはまります。
さらに、自分の行為が許される範囲内だと信じていた場合についても、古い裁判例が明確な立場を示しています。他人の身体に有形力を加える認識のもとに行為に出た以上、たとえ本人が錯誤によりその行為を法律上許されたものと信じていたとしても、罪責を免れないという趣旨の判断です(東京高裁昭和31年11月28日判決)。「この程度なら許されると思っていた」という主観は、行為の認識そのものを打ち消すものではないと整理されているわけです。
事情を聞かれるときに気をつけたいこと
以上を踏まえると、警察や検察から事情を聞かれる場面で、次のような点に注意が向くことになります。
・「ふざけてやった」という一言だけで済ませると、行為を意図して行ったという部分だけが記録に残りやすくなります
・不注意によるものだったと考えているのであれば、どこがどう不注意だったのかを具体的に説明する必要があります
・相手の同意があったと考えているのであれば、いつ、どの行為について、どのようなやりとりがあったのかを分けて述べることになります
・記憶が曖昧な部分について推測で補うと、後から訂正しにくくなります
・作成された調書は読み聞かせを受けて内容を確認でき、増減変更の申立てができます(刑事訴訟法198条4項)。署名押印の前に、書かれた内容が自分の説明と合っているかを確かめておくことが大切です
動画や写真が残っている場合
ふざけ合いの場面は、その場にいた人が撮影していたり、直後にSNSへ投稿されていたりすることが少なくありません。この記録は、双方にとって二つの意味を持ちます。
一方では、その場の空気や相手の反応を示す資料になります。他方で、行為の態様や力の入り方、周囲の制止の有無をそのまま映し出す資料にもなります。「笑っていた」という部分だけを取り出して同意の証拠として示しても、同じ映像から行為の危険性が読み取られることがあるという点は、あらかじめ意識しておいたほうがよいところです。
なお、こうした記録は時間の経過とともに失われます。撮影者に削除を求めるかどうかは慎重な判断を要しますが、少なくともご自身が保存できるものについては、早い段階で残しておくことをおすすめします。
けがの程度によって位置づけが変わる
同じ行為でも、生じた結果によって扱われる罪名が変わります。けがの結果がなければ暴行罪、けがの結果があれば傷害罪、亡くなった場合は傷害致死罪という形で、結果が罪名を動かします。
これは処分の見通しだけでなく、時間の枠にも関わります。公訴時効は、暴行罪が3年、傷害罪が10年と定められており(刑事訴訟法250条2項)、当初は軽く見られていた事案でも、後から診断書が出て罪名が動けば、時効の年数もそれに合わせて動きます。「その場は何もなかったから終わった話だ」と考えていた事案について、しばらく経ってから連絡が来ることがあるのは、こうした構造によるものです。
過失の枠に置かれる場合
有形力を加える認識がなく、不注意でけがをさせたと評価される場合には、過失傷害罪(刑法209条1項)の枠で検討されます。この罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない親告罪とされており(同条2項)、告訴は犯人を知った日から6か月を経過するとできなくなります(刑事訴訟法235条1項)。
ただし、ふざけ合いの延長という場面では、この枠に置かれるかどうかが最初の争点になることが多いといえます。前述のとおり、押す・つかむといった行為を意図して行っていれば、有形力を加える認識があったと見られる方向に働くためです。過失の枠での説明を考える場合には、行為そのものを意図していなかったといえる事情があるのかを、事実に即して整理する作業が必要になります。
学校・職場で起きた場合と、未成年の場合
刑事手続とは別の手続が並行して進むことがある
学校や職場で起きた出来事の場合、刑事手続とは別に、学校側の調査や勤務先の懲戒手続が並行して進むことがあります。これらは目的も判断基準も異なる手続であり、刑事事件で処分が付かなかったとしても、そちらの結論が自動的に決まるわけではありません。それぞれの場面でどこまで説明するかを、全体を見たうえで組み立てる必要があります。
本人が未成年の場合
行為をしたのが未成年である場合、事件は家庭裁判所に送られ、少年審判の枠組みで扱われることになります。処分の判断では、行為の内容だけでなく、家庭や学校の環境、その後の対応も見られます。民事の賠償についても、本人に責任能力が認められない場合には監督義務者の責任が問題になるなど、成人の場合とは異なる整理が必要です。
民事の賠償と保険の扱い
刑事とは別に賠償の問題が残る
刑事手続で処分が付かなかったとしても、民事上の損害賠償の問題は別に残ります(民法709条)。治療費、通院交通費、休業損害、慰謝料などが対象になり、ふざけ合いの延長という事案では、相手方にも一定の関与があったとして過失相殺(民法722条2項)が問題になることもあります。
保険が使えるかどうかは、故意と評価されるかで変わる
見落とされやすいのが保険の問題です。個人賠償責任保険などの責任保険については、保険法17条1項・2項により、被保険者の故意によって生じた損害は保険会社の責任の対象外とされています。重大な過失については責任保険では免責とされていませんが、故意については別です。
つまり、ふざけの延長の行為が「故意に有形力を加えた」と評価される場合には、保険で賠償をまかなうことが難しくなる場面があります。刑事の見通しと保険の適用は、この点で連動します。保険会社への連絡や説明のしかたを含め、早い段階で全体像を確認しておく意味は小さくありません。
示談で「同意していた」と書いてもらうこと
示談交渉の中で、「相手も同意していたことを書面に残してもらえないか」と考えられる方がいらっしゃいます。
ただ、示談書の性格として、そこに書けるのは基本的に当事者間の合意の内容です。相手が「同意していた」と記載することに応じたとしても、それが犯罪の成否についての判断を決めるわけではありません。一方で、示談が成立し、相手が処罰を望まない意向を示していることは、処分を決める場面で重視される事情です。
したがって、書面で目指すところは、事実認定を書き込むことよりも、清算の範囲を過不足なく定めることに置かれます。何についての解決なのか、今後の請求をどう扱うのか、相手の意向をどう記載するのかを整えておくほうが、実際の場面では意味を持ちます。事案の内容によっては、当事者どうしで直接やりとりすること自体を避けたほうがよい場合もあり、その判断も含めて検討することになります。
よくあるご質問
相手はその場で「大丈夫」と言っていました。それでも事件になりますか
その場の言葉だけで結論が決まるわけではありません。前述のとおり、行為の時点で同意といえるものがあったか、どの範囲までを覆っていたか、その範囲内でも許される態様だったかが、順に検討されます。また、その場では大丈夫と思っていた相手が、後日受診してけがが判明することもあります。連絡が来た段階で、当時のやりとりを時系列で整理しておくと、その後の説明がしやすくなります。
相手も同じようにふざけて手を出していました。この場合はどうなりますか
双方が有形力を行使していた場合、手続上は二つの事件として扱われる可能性があります。相手も手を出していたという事情は、処分を決める場面で考慮される事情ですが、ご自身の行為の評価をそれだけで打ち消すものではありません。双方が当事者になる場面では、示談の進め方や、それぞれの主張の整理のしかたに固有の注意点があります。
けがをさせるつもりがなかったことを、どう説明すればよいですか
「つもりがなかった」という言葉だけでは、有形力を加えることの認識まで否定したことにはなりにくいところです。どの行為までを意図していたのか、どの部分が意図しない結果だったのかを分けて説明することが出発点になります。事案によっては、その場の状況や相手との距離、床の状態など、結果に結びついた事情を具体的に示すことが説明の助けになることもあります。
まとめ
ふざけ合いの延長でけがをさせてしまった場面について、押さえておきたい点を整理します。
・刑法に「ふざけ合いの場合」という区分はなく、行為と結果に応じて暴行・傷害・過失傷害・傷害致死などの枠に置き直される
・「同意があった」という説明は、①同意があったといえるか②どこまでを覆っていたか③その範囲でも許される態様だったか、という三つの問いに分かれる
・条文に「同意がないこと」とは書かれておらず、同意の有無は、動機・目的・手段・方法・部位・程度と併せて判断される
・断りにくい関係のもとでの応答は、真意に基づく同意とは見られにくい
・行為の後に相手が「気にしないで」と言った場合、それは行為時の同意ではなく、処分の場面で働く事情として扱われる
・「ふざけていただけ」という説明は、有形力を加える認識を否定するものとは限らない
・けがの程度によって罪名と時効の年数が動くため、時間が経ってから連絡が来ることがある
・民事の賠償は刑事とは別に残り、故意と評価されるかどうかで保険の扱いも変わりうる
その場の空気を知っているのはご本人と相手方だけで、後から来る手続は、残された記録と説明の積み重ねで進みます。どの点が争われているのかを早い段階で見極めておくことが、その後の選択肢を広げることにつながります。判断に迷われる場合には、経過を時系列で整理したうえで、一度弁護士にご相談ください。


