「命令していない残業」は払わなくていい? 打刻と残業申請のズレに潜む未払い賃金リスク【人事トラブル相談室④】

桐生英美

桐生英美

テーマ:労務管理

今日もありがとうございます。
人事トラブルを整理する「人の専門家」
ハーレー好きの社労士 キャプテン ヒデです。

「残業は指示していません。
それでも残業代を払わないといけませんか?」

労務相談の中でも、この質問はよく出てきます。

特に、勤怠システムを入れている会社では、次のようなズレが見つかることがあります。

・打刻は18時45分なのに、残業申請は18時まで
・残業申請はないのに、なぜか退勤打刻が遅い
・始業前に打刻して、そのまま業務準備をしている
・「残業禁止」と伝えているのに、実際には仕事が終わっていない

このような状態がある場合、注意が必要です。

会社としては、
「残業は命じていない」
「申請が出ていない」
「本人が勝手に残っていただけ」
と考えるかもしれません。

しかし、労働時間は、会社が明示的に命令したかどうかだけで決まるものではありません。

実態によっては、会社が命じていなくても、賃金や割増賃金の支払いが必要になる場合があります。

なお、本記事では分かりやすく「残業代」という表現も使います。
ただし実務上は、所定労働時間を超えた通常賃金と、法定労働時間を超えた割増賃金を分けて確認する必要があります。

判断基準は「指示したか」ではなく「指揮命令下にあったか」

労働時間を考えるうえで大切なのは、
「会社が指示したかどうか」
だけではありません。

基本となる考え方は、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていたかどうかです。

つまり、会社が明確に
「残業してください」
と言っていなくても、実際には業務をせざるを得ない状態だった場合には、労働時間と判断されることがあります。

たとえば、次のようなケースです。

・業務量から見て、所定時間内に終わらせることが難しい
・上司が残業を把握しながら、特に止めずに業務を続けさせていた
・打刻後に、業務上必要な後始末や報告作業をしていた
・残業申請はないが、終業後の業務メールや作業記録が残っている
・「残業禁止」と言いながら、期限や業務量から見て残らざるを得ない状態だった

このような場合、明示の残業命令がなくても、会社の黙示の指示があったと評価されることがあります。

「命令していないから残業ではない」
という単純な整理は、実務上かなり危険です。

打刻と残業申請のズレは放置しない

実務でよく問題になるのが、打刻と残業申請のズレです。

たとえば、次のようなケースです。

・退勤打刻は19時
 残業申請は18時まで

・残業申請はない
 しかし退勤打刻は20時

・残業禁止と伝えている
 しかし毎日のように退勤打刻が遅い

このときに、会社が
「申請していないから残業ではない」
として処理してしまうと、後で問題になることがあります。

もちろん、残業を事前申請・承認制にすること自体は有効です。
むしろ、労働時間管理のルールとして整えておくべきです。

ただし、申請がないことだけを理由に、実際の労働時間を確認しない運用は危険です。

退勤打刻が遅いのであれば、会社として確認すべきです。

・なぜ打刻が遅いのか
・実際に業務をしていたのか
・私用で残っていたのか
・上司はその状況を知っていたのか
・同じようなズレが繰り返されていないか

ここを確認しないまま放置すると、後から
「会社は把握していたのに黙認していた」
と見られるリスクがあります。

打刻は重要な記録。ただし、打刻=労働時間とは限らない

ここで誤解してはいけないのは、打刻時刻がそのまま労働時間になるとは限らないということです。

たとえば、退勤打刻が20時だったとしても、その前に私用で残っていた時間があるかもしれません。
休憩室で過ごしていた時間や、業務から完全に離れていた時間があるかもしれません。

一方で、退勤打刻まで実際に業務をしていたのであれば、会社としてはその時間を無視することはできません。

つまり、打刻は労働時間を確認するうえで重要な客観的記録です。
ただし、最終的には実態を確認する必要があります。

厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」でも、使用者には、原則としてタイムカード、ICカード、パソコンの使用時間記録など、客観的な記録を基礎として労働時間を確認・記録することが求められています。

そのため、打刻と残業申請にズレがある場合には、会社はその理由を確認し、必要に応じて記録を残しておくことが大切です。

始業前の打刻にも注意が必要

見落とされやすいのが、始業前の時間です。

たとえば、

・8時30分始業なのに、8時20分に打刻している
・打刻後にパソコンを立ち上げている
・メール確認や業務準備をしている
・始業前に清掃、朝礼、開店準備をしている
・着替えや業務用端末の準備が必要になっている

このような時間が、会社の指示や職場の慣行として行われている場合には、労働時間と判断される可能性があります。

一方で、単に早く出社して休憩室で過ごしているだけ、私用で早く来ているだけ、始業まで業務から完全に解放されているという場合には、直ちに労働時間とはいえない場合もあります。

ここでも大切なのは、実態です。

「早く来ているだけ」なのか。
「早く来て仕事をしている」のか。
「早く来ないと準備が間に合わない状態」なのか。

ここを確認せずに放置すると、始業前の未払い賃金の問題につながることがあります。

残業代の問題は、職場の運用の問題でもある

この問題は、単に賃金計算だけの話ではありません。

打刻と申請のズレが続いている会社では、次のような問題が隠れていることがあります。

・業務量が多すぎる
・仕事の配分が偏っている
・上司が残業の実態を見ていない
・残業申請を出しにくい雰囲気がある
・残業禁止と言いながら、終わらない仕事量になっている
・評価が「長く残っている人」を暗黙に評価している

こうした状態を放置すると、未払い賃金の問題だけでなく、職場の不公平感にもつながります。

「申請していないから払わない」
という処理だけでは、根本的な解決にはなりません。

なぜ残っているのか。
なぜ申請しないのか。
なぜ時間内に終わらないのか。

ここを確認する必要があります。

残業の問題は、労働時間管理だけでなく、仕事の配分、評価、管理職のマネジメントにも関係します。

残業ルールは「作る」だけでは足りない

では、会社としてどうすればよいのでしょうか。

まず、残業ルールを整えることは必要です。

たとえば、

・残業は原則として事前申請・承認制にする
・無断残業は禁止する
・業務終了後は速やかに退社する
・終業後に会社に残る場合は理由を明確にする
・始業前に業務を行う場合も承認対象にする
・打刻と申請にズレがある場合は理由を確認する

このようなルールは重要です。

ただし、ルールを作るだけでは十分ではありません。

業務量が多すぎる。
上司が残業を黙認している。
残業申請を出すと評価が下がるような雰囲気がある。
実際には残らないと終わらない仕事になっている。

このような状態では、ルールを作っても現場で機能しないことがあります。

会社が確認すべきなのは、ルールと実態が合っているかどうかです。

会社が確認しておきたいポイント

自社でまず確認したいのは、次の点です。

・打刻と残業申請にズレがないか
・ズレがある場合、その理由を確認しているか
・始業前や終業後に業務をしていないか
・残業申請ルールが現場で使われているか
・上司が無断残業を黙認していないか
・業務量が所定時間内に終わる内容になっているか
・36協定の範囲内で時間外労働が管理されているか
・勤怠記録、申請記録、業務記録に矛盾がないか

特に、退職時のトラブルや労基署調査では、勤怠記録や業務実態が確認されることがあります。

普段は問題になっていなくても、社員からの請求や調査をきっかけに、ある日突然表面化することがあります。

まとめ:命令していなくても、確認しない運用は危険です

今回のポイントを整理します。

・「命令していない=残業ではない」とは限らない
・判断基準は、使用者の指揮命令下にあったかどうか
・明示の指示がなくても、黙示の指示と評価されることがある
・打刻は重要な客観的記録になる
・ただし、打刻時刻がそのまま労働時間になるとは限らない
・始業前や終業後の実態確認も必要
・残業ルールは、業務量や上司の運用とセットで考える必要がある

残業を申請制にすることは重要です。

しかし、申請がないことだけを理由に、打刻や実態を確認しない運用は危険です。

会社としては、
「残業を命じていないか」
だけでなく、
「実際に働いていなかったか」
「働かざるを得ない状態を作っていなかったか」
を確認する必要があります。

ご相談について

「うちも同じ状況かもしれない」
そう感じた場合は、早めに整理しておくことをおすすめします。

特に、

・打刻と残業申請にズレがある
・無断残業がある
・始業前打刻が多い
・残業ルールが形だけになっている
・残業禁止と言いながら、実際には仕事が終わっていない
・労基署調査や未払い残業代請求が不安

という場合は、放置しない方がよいです。

勤怠データと残業申請のズレ、始業前・終業後の実態、残業申請ルールの運用状況を確認したうえで、会社に合った改善方法を整理できます。

必要に応じて、就業規則や残業申請ルール、36協定、管理職の運用方法まで含めて確認します。

お問合せはこちらから

※本記事は一般的な実務整理であり、個別の事案により判断が異なります。実際の対応にあたっては、就業規則、勤怠記録、業務実態、36協定の内容等を確認する必要があります。

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桐生英美
専門家

桐生英美(社会保険労務士)

日本経営サポート株式会社

民間企業での人事経験25年、社労士登録30年。労基署対応、労務トラブル、ハラスメント・カスハラ、問題社員対応を、経営と法令の両面から現場目線で整理し、中小企業の判断と実務対応を支援します。

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