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福味健治

建築主の思いを形にする注文住宅の専門家

福味健治(ふくみけんじ) / 一級建築士

岡田一級建築士事務所

コラム

山門を出れば日本ぞ茶摘歌

2011年9月19日 公開 / 2014年5月23日更新

テーマ:【カフェテラス】

コラムカテゴリ:住宅・建物

江戸時代の歌人が詠んだ俳句で有名な黄檗山萬福寺。京都府宇治市にあります。
山門の外はまぎれも無く日本。では、山門の中は?と云うと中国です。
それも明代の建築様式をそのまま模倣した伽藍配置となっています。伽藍配置だけではなく、建物のディティールも日本の寺院建築とは少しずつ異なります。
最近は様式の分類の仕方が変更になった為、私が学校で習った分類法とは異なりますが、私が習った頃は、唐様と呼ばれる中国様式のお寺として筆頭に上がる建築物でした。
ちなみに、天竺様と云うインド様式とされるものが、東大寺の大仏殿です。また中国と日本様式(和様)の中間の折衷様と呼ばれる様式もありまして、加古川の鶴林寺が代表例です。


山門の写真ですが、この角度からですと和様の寺院と決定的な違いが良く判ります。山門の左右が一段低く屋根が設けられ、中国ばかりかタイの寺院をも連想させるデザインです。三つ葉葵の御紋が無ければ何処の国だか判断がつきません。
萬福寺は隠元禅師が開祖です。元々隠元は中国の福建省の人で、中国の黄檗山萬福寺の僧侶でした。その高名は日本にまで伝わり徳川幕府の懇願により日本に帰化しています。
インゲンマメの由来は隠元禅師がもたらした事にちなみます。




唐様は山門だけに留まらず、法堂の欄干の卍崩しの模様にも現れています。細かい処を言いますと屋根の反り具合とか、梁の木組みにも僅かな違いが見られますが、専門家でなくてもアーチ状の門とか、丸窓とか桃の実のデザインが随所に取り込まれていたりして、当時の日本人が唐土の寺院に思いを馳せるのに難くはなかったでしょう。
元々寺院建築は神社建築と異なり、全てが輸入から始まっています。それを日本人が吸収し日本人に合う様に昇華していって和様と呼ばれる様式に発展しました。萬福寺が存在することにより、余計に日本人の特質をそこに見出すことが出来ます。
今は猿真似にしか見えない洋風の住宅もいつかは日本のトラディッションとして着実に根付く様式になって行くでしょう。今はまだ混沌とした中で喘いでいる住宅様式も日本人が誰もが良い・美しいと認める様式に昇華するでしょう。いつになるかは判りませんが・・・

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