心臓病と糖尿病の関係
珍しい患者さんとの出会い
私は神戸大学在籍時、膵β細胞(インスリンを作る細胞)の量がどのように調節されているかという基礎研究に携わっていました。
特に、細胞の中で起こる「小胞体ストレス」という現象が膵β細胞にとってどれほど重要かというテーマで、論文を発表したこともあります(参考文献1)。
小胞体ストレスとは、細胞内でタンパク質(インスリンもその一つです)を作る工場である小胞体に負荷がかかりすぎて、細胞の働きが乱れてしまう状態のことです。
基礎研究と並行して大学病院の病棟業務も担当していたある時期、非常に珍しいインスリノーマ(インスリンを過剰に作ってしまう膵臓の腫瘍)の患者さんを担当する機会がありました。
通常のインスリノーマは、腫瘍から一日中インスリンが出続けています。
食事をしてもしなくても分泌量はほとんど変わらないため、低血糖の発作は主に空腹時、たとえば夜間や早朝に起こります。
ところがこの患者さんは違いました。空腹時にはほとんど低血糖を起こさない一方で、食後にかえって過剰なインスリンが分泌され、しばらく経ってから強い低血糖発作を起こしていたのです。
そこで浮かんだ仮説
この症例に出会ったとき、私の中で一つの仮説が生まれました。
「血糖の上がり下がりに応じてきちんとインスリンを出し、また速やかに分泌を止められる腫瘍細胞は、血糖と無関係にインスリンを出し続けてしまう一般的なインスリノーマの腫瘍細胞に比べて、細胞内のストレス、特に私がそれまで研究してきた小胞体ストレスが少ない状態を保てているのではないか」というものです。
もしこれが確かめられれば、私たちの体の中でも同じことが言えるかもしれません。
だらだらと食べ続けたり、間食を頻繁に挟んだりすることで、血糖と無関係にインスリンが出続ける状態を作ってしまうと、膵β細胞に持続的な負担をかけているのではないか。
逆に、食事のタイミングを整え、血糖に応じてインスリンがメリハリよく出て、そしてしっかり収まる状態を保てば、膵β細胞を守ることにつながるのではないか。
そんな仮説です。
研究として確かめてみた
この仮説を確かめるため、神戸大学の共同研究者の先生方とともに、手術で摘出された4名のインスリノーマの腫瘍組織を対象に、詳しい検査データと遺伝子発現の解析を組み合わせた研究を行いました。
この研究は2026年、Endocrine Connections誌に掲載されています(参考文献2)。
4名のうち1名は、まさに私が経験したのと同じタイプで、食後にだけ強くインスリンが分泌され、空腹時には低血糖がほとんど起こらない患者さんでした。
残る3名は、空腹時に低血糖を繰り返す、より一般的なタイプのインスリノーマでした。
腫瘍組織の遺伝子を調べたところ、食後型の患者さんの腫瘍では、血糖の変化を感知してインスリン分泌を調整する仕組みに関わる遺伝子群が比較的よく保たれていました。
そして重要なことに、細胞内ストレス、とりわけ小胞体ストレスに関わる遺伝子の働きは、この患者さんの腫瘍でもっとも低いという結果が得られました。
反対に、空腹時に低血糖を繰り返していた3名の腫瘍では、これらの細胞内ストレスに関わる遺伝子が明らかに強く働いていたのです。
「血糖に応じてメリハリよく分泌され、そして収まる」腫瘍と、「血糖に関係なく出続ける」腫瘍とで、細胞内ストレスの状態がはっきりと異なっていた。
これは、私が該当の症例を経験したときに立てた仮説と一致する結果でした。
日常生活への当てはめ ― ここは仮説です
ここから先は、研究で直接証明されたことではなく、私自身の臨床的な考察であることをあらかじめお断りしておきます。
今回の研究はあくまで腫瘍組織を対象にしたものであり、腫瘍細胞は正常な膵β細胞とは性質が異なる部分も多くあります。
また症例数もわずか4名の探索的な研究であり、これだけで結論を出せるものではありません。
その上で申し上げたいのは、私たちの日常生活における食べ方が、この研究で見えてきた「メリハリのある分泌」と「だらだらと出続ける分泌」の違いと、重なる部分があるのではないか、ということです。
決まった時間にきちんと食事をとり、血糖がいったん上がってもしっかり下がる時間を作るような食べ方であれば、インスリンの分泌もそれに応じて出て、また止まります。
一方、間食を頻繁に挟んだり、糖質を多く含む飲み物を飲み続けたりすると、血糖とインスリンが高いまま長時間キープされ、分泌が「だらだら」と続いてしまいます。
以前このコラムでご紹介した、食後の高インスリン血症を招きやすい食事パターン(精製された糖質や加工食品を中心とした食事)のお話とも、根っこは同じです。
膵β細胞にできるだけ余計な負担をかけない食べ方、つまり、だらだらと食べ続けず、食事と食事の間隔をきちんと空け、血糖が落ち着く時間を作ってあげることが、長い目で見て膵β細胞を守ることにつながるのではないか、と私は考えています。
まとめ
珍しい一人の患者さんとの出会いから生まれた「インスリンを出しすぎることが、膵β細胞そのものに負担をかけているのではないか」という仮説は、今回の研究によって、少なくとも一つの手がかりを得ることができました。
まだ証明とまではいえませんが、血糖に応じてインスリンがメリハリよく出て、そしてしっかり収まる状態を保つこと――それは、だらだら食いを避け、食事の間隔を整えるという、日々の何気ない習慣の積み重ねから始められることだと思います。
膵β細胞を長く元気に働かせるために、ぜひ日々の食べ方を見直すきっかけにしていただければと思います。
参考文献
1.Matsuda T, Kido Y, Asahara S, et al. Ablation of C/EBPβ alleviates ER stress and pancreatic β cell failure through the GRP78 chaperone in mice. J Clin Invest. 2010;120(1):115-126. https://doi.org/10.1172/JCI39721
2.Sugawara K, Okada Y, Matsuda T, et al. Gene expression profiles associated with stimulus-responsive insulin secretion in insulinoma. Endocrine Connections. 2026;15:e260322. https://doi.org/10.1530/EC-26-0322


