尿から糖分を捨てて血糖値を下げるお薬
はじめに
ミトコンドリアを介して作用を発揮するという新しいタイプの糖尿病治療薬が登場しています。インスリンの分泌を促進しながら、インスリン抵抗性も改善するという新薬であるイメグリプチンをミトコンドリアの観点から、ご紹介したいと思います。
ミトコンドリアとは
私たちヒトは、多数の細胞が集まることで組織・器官を形成し成り立っている多細胞生物です。その最小単位である細胞は、核を中心に小胞体やゴルジ体、さらにはミトコンドリアなどのさまざまな細胞小器官が独自の機能を発揮することで、細胞の営みに関わっています。なかでもミトコンドリアは、その特有の構造および機能から独特な細胞小器官として知しられています(図1)。まずはミトコンドリアの細胞内での働きを5つに分けて考えてみましょう。
図1 ミトコンドリア
1,エネルギーの産生
細胞は、細胞質とミトコンドリアという2つの場所でエネルギーを作っています。細胞質では、食事により体内に取り込んだブドウ糖を分解することで、エネルギーを作ります。
一方で、ミトコンドリアのエネルギー代謝は、ブドウ糖を分解してエネルギーを作るより、はるかに効率がよいため、ミトコンドリアを健康に保つことは、細胞の健康、さらには細胞が形作るヒトの健康寿命にも有用であると考えられています。
2,活性酸素発生
呼吸で肺から取り込まれて組織に運ばれた酸素は、生体内で不安定な形に変わることがあります。この不安定な酸素種を活性酸素種 (ROS)といいます。その活性酸素はタンパク質・脂質・核酸などと反応し、酸化し変性させてしまうことがあります(酸化傷害)。この点では、活性酸素は悪玉ということになります。ミトコンドリアはエネルギーを産生するときに、大量の酸素を消費しますので(体内に取り込んだ酸素の90%はミトコンドリアで消費されます)、活性酸素の産生源にもなります。
しかし、活性酸素は身体にとって必要な場合もあります。私たちの体内にバクテリアなどが侵入してきた際には、活性酸素により退治していることも明らかになっています。あるいは、がん細胞の発生した場合も、異物とみなすことで活性酸素を使ってがん細胞を死滅させることができます。これらの機能に関与する活性酸素は善玉と言えます。必要なことは、ミトコンドリアを良い状態に保って、善玉活性酸素と悪玉活性酸素のバランスを保つことです。
3,カルシウム貯蔵
カルシウムイオンはさまざまな細胞機能を調節する情報伝達物質です。神経伝達物質の放出などの生理機能に関わる一方で、細胞死をはじめとする様々な病態にも関与しています。ミトコンドリアはカルシウムイオンの取り込みおよび放出機構も有しており、細胞内カルシウムストア(貯蔵庫)としても機能しています。実は、すい臓のβ(ベータ)細胞でインスリンを分泌する際にも、カルシウムイオンが非常に重要な役割を果たしています。
4,免疫機能の調整
活性酸素を介して免疫に対する作用以外にも、ミトコンドリには免疫機能の調整役としての働きもあります。免疫細胞も、他の細胞と同じように、ミトコンドリアが生産するATPをエネルギー源として働くため、ミトコンドリアが十分に機能することによって、免疫細胞にエネルギーが供給され、免疫力が維持されるのです。
5、アポトーシス(細胞死)
ミトコンドリアは、もともとは別の生き物だったというとてもユニークな特徴があります。好気性細菌という、酸素を使ってたくさんのエネルギーをつくりだすことができる生き物が、細胞に取り込まれ、細胞内に住み着いてミトコンドリアになったと考えられています。つまり、バクテリアだったためDNAという遺伝子を持っています。このため、ミトコンドリア自体の機能が悪化すると、その遺伝子から、細胞を死に誘導する因子が放出されます。これを細胞の自死、アポトーシスと言います。このように、ミトコンドリアには人間の体内で細胞の生死を司るという重要な役割があります。
新薬イメグリミンとは
最近登場したイメグリミンは、今までの経口血糖降下剤とは異なる新しいクラスの糖尿病治療薬で、ミトコンドリアへの作用を持つことで注目されています。
今までの経口血糖降下剤は、膵臓からのインスリン分泌を促進させるための膵作用と、肝臓や筋肉などでの糖代謝にかかわる膵外作用のいずれかに分類されていましたが、イメグリミンは、ミトコンドリアへの作用を介して、膵臓と膵臓以外の両方に作用し、血糖降下作用を発揮する画期的な薬であるとされています(下図参照)。
つまり、膵作用としてインスリン分泌を促進させ、膵外作用としてインスリン抵抗性を改善させるという二刀流の作用が期待されています。
このイメグリミンが、血糖値を改善させる以外に、実際に今回ご紹介したミトコンドリアの様々な役割に作用して、人の身体に良い影響を及ぼすのかは、今後の検討が必要です。実は新薬が登場してから、思わぬ効果や影響が明らかになることは実際によくあることです。イメグリミンの今後の展開に期待したいところです。