【Vol.1】毎日はちゃんと回っているはずなのに、不安が消えない

前回、今のしんどいケア生活を、しんどいと思いつつも変えることが出来ず繰り返してしまうのは、「なって欲しくない未来を回避するため」とお話ししました。
【Vol.1】毎日はちゃんと回っているはずなのに、不安が消えない
⇒惠然庵公式HPへ
「心配事の9割は起こらない」と言われても、残りの1割が怖い。
だから1割を現実にしないためにがむしゃらに頑張る。疲れても、しんどくても、泣きたくても耐える。
その結果1割の不安が実現しなくても「私が死に物狂いで頑張ったからだ」という認識が残る。
するとそれが私たちの「成功体験」になってしまいます。
また不安が頭をよぎった時、「前と同じように私が全部カバーすれば大丈夫!」という自信に後押しされて、同じことを繰り返すでしょう。
不安なことは、現実になって欲しくないですよね。
ベストセラーや学論に後押しされたと言っても、やっぱり不安は不安。確実に回避できるならそうしたいです。
それ自体は人の本能として当たり前。
当たり前の心境に従って「当たり前のこと」をしているだけなのに、どうしてこんなに苦しんだろう、辛いんだろう、泣きたくなるんだろう……。
って、思いませんか。
私はそうでした。
自分に出来ることを精一杯やっている、から、事態が良化したり、自分への評価が高まったっていいはずなのに、そうならない矛盾。
でもやっぱり「1割の不安」が怖いから、やらないわけにはいかない。
そしてやればやるほど辛さと、さらに別の不安が募っていく。
「本当にこれでいいんだろうか」
でもそう感じた時、私はこの不安は無視しました。
なぜなら、自分自身のことだからです。
当時の私にとって一番大事なことは「家族(夫)が安定し、いずれ元気になること」でした。自分自身のことはその後でどうとでもなると思ってた。
だから不安を押しのけた。
ですが今思うと、この時の不安は、自分自身へのいたわりや気遣いという「不安」ではなかったのです。
『あんた(私)、無意識に避けているものがあるんだよ。それを見落としたまま、手持ちのピースだけでどうにかしようとしてるんだよ。でもそれじゃ駄目かもしれないって気づき始めてるんじゃないの? だから不安なんだよ』
という心の声だったのです。
心の声は、私自身の「回避」へのアラートだった。
ここでいう回避とは、「不安な未来を実現させないため」という回避ではありません。
自分の苦手・不得手・トラウマと向き合わない、という「回避」です。
何を回避するかは、人それぞれ違います。
お金だったり、健康だったり、親だったり、人間関係だったり、法律だったり、もしかしたらケアしている相手(家族)だったりします。
私の場合は「他人に頼る」でした。
これを完全に、1ミリも思考に入れずに「夫を支える計画」を立ててました。
それに対するアラートだったのだろうと、あとになって気づきました。
自分はこれからどうすればいいんだろう
「支える」限界を感じたメンタルケアラーのための突破口メルマガ
―今ここは行き止まりじゃないと知り、「これから」に目を向ける準備が整う7日間―
◇◆◇メルマガ詳細&登録ページへ◇◆◇


