変わりゆく香港の現在地 中国本土との一体化と国際ビジネス都市としての実力

松本尚典

松本尚典

テーマ:香港 今


1、変わりゆく香港の現在地


僕は、株式会社URVグローバルミッションの香港拠点に関わる業務や、香港の経済団体との交流のため、これまで長年にわたって香港を訪れてきました。

香港島の中環(セントラル)、九龍の尖沙咀(チムサーチョイ)、そして香港国際空港から市街地へ向かう車窓。

同じ場所を継続して訪れていると、短期間の旅行では見えにくい、香港社会の大きな変化を感じます。

現在の香港を理解するうえで重要なのは、

「香港は中国化して、国際都市ではなくなった」

あるいは、

「香港は、以前とまったく変わらない」

という二者択一で考えないことです。

政治・行政・教育・社会の面では、中国本土との一体化が明確に進んでいます。

一方で、香港ドル、独自の税制、自由港、資本移動の自由、コモンローを基礎とする法制度、英語を使用できる行政・司法環境など、香港独自の国際ビジネス基盤は現在も維持されています。

つまり、現在の香港は、


中国本土との政治的・経済的な一体化を深めながら、国際金融・貿易都市としての制度を残している都市


と捉えるのが、最も実態に近いと思います。

香港への海外進出や、香港企業との取引を検討する日本企業は、この二つの側面を同時に理解しなければなりません。

2、香港民主化運動と、政治環境の変化


香港の政治環境は、返還後も長い間、「一国二制度」のもとで、中国本土とは異なる社会制度が維持されてきました。

しかし、雨傘運動や大規模な抗議活動を経て、香港の政治と社会を取り巻く環境は大きく変化しました。

香港国家安全維持法の施行に加え、香港基本法第23条に基づく国家安全条例も成立し、香港政府と中国中央政府は、国家安全保障と社会の安定を重視する体制を強めています。

その結果、かつて香港の街頭で見られた大規模な民主化運動や政治的な抗議活動は、現在ではほとんど見られなくなりました。

ただし、この変化を、単純に、

「民主化運動が消滅した」

「香港人が民主主義への関心を失った」

と断定するのは適切ではありません。

政治的な意思を公の場で表現できる範囲や、政治活動を行う際の法的リスクが変化したことで、人々の行動や発言の形が変わったと見るべきでしょう。

海外企業にとっても、これは他人事ではありません。

香港で事業を行う場合には、広告、広報、イベント、出版、インターネット上の情報発信、従業員のSNS利用などについて、日本や欧米諸国と同じ感覚だけで判断するべきではありません。

香港の法制度を理解し、政治・安全保障に関係する表現や情報管理について、現地の専門家による確認を受けることが重要です。

3、香港の「中国化」とは、具体的に何を意味するのか


香港の「中国化」という言葉は、しばしば政治体制の変化だけを意味する言葉として使われます。

しかし、ビジネスの観点から見ると、中国化は、もっと広い変化を意味します。

例えば、


・中国本土との人的交流の拡大
・中国本土企業による香港進出
・香港企業による中国本土市場への展開
・中国本土からの旅行者や消費者の影響力の拡大
・広東・香港・マカオ大湾区との経済的な一体化
・人民元建て取引や中国本土向け金融サービスの拡大
・教育や行政における中国国家としての一体性の強化


などです。

現在の香港は、欧米と中国本土を結ぶ単純な「中継地点」ではありません。

中国本土企業が海外へ進出するための拠点であり、海外企業が中国本土やアジア市場へ入るための拠点でもあります。

特に、深圳、広州、東莞、珠海、マカオなどを含む広東・香港・マカオ大湾区との連携は、香港ビジネスを考えるうえで欠かせません。

香港だけを一つの市場として見るのではなく、


香港の金融・法務・国際取引機能と、深圳・東莞・広州などの技術・製造・巨大消費市場を組み合わせる


という地域戦略が重要になっています。

日本企業が香港に進出する目的も、香港域内の約750万人の市場だけを狙うものではありません。

香港を足掛かりとして、中国本土、東南アジア、欧米、さらにはグローバルサウスとの取引を広げることに、本来の戦略的価値があります。

4、街で使われる言語から見える香港の実情


香港の街を歩くと、最も多く耳にする言語は、現在も広東語です。

香港の地域社会、家庭、飲食店、小売店、地元企業の日常的な会話では、広東語が圧倒的に大きな存在感を持っています。

なお、広東語は、中国の標準語である普通話、いわゆるマンダリンとは、発音や語彙が大きく異なります。

同じ中国語の文字を使用する部分が多い一方、話し言葉としては、互いにそのまま通じるとは限りません。

香港では、中国本土との往来や経済関係が深まるにつれて、普通話を使用する機会も増えています。

一方、英語が香港の街から消えたわけではありません。

香港では、中国語とともに英語も公用語として位置づけられており、行政、司法、金融、国際取引、ホテル、高級商業施設、専門サービスなどでは、現在も英語が広く使われています。

したがって、

「香港では英語が通じなくなった」

という理解も正確ではありません。

実務上は、相手や業種、地域、組織によって、使用される言語が異なります。


地域社会と消費者市場では広東語
中国本土との取引では普通話
国際金融・法務・専門サービスでは英語


という三つの言語環境を持つことが、現在の香港の大きな特徴です。

日本企業が香港市場に参入する場合、英語だけで事業を立ち上げることはできます。

しかし、香港の一般消費者に商品やサービスを販売し、現地で長期的な信頼を構築するためには、繁体字中国語と広東語への対応が重要です。

さらに、中国本土からの顧客や取引先も対象にする場合には、簡体字中国語と普通話への対応も必要になります。

香港の夜景 


5、英国統治と香港の歴史を振り返る


現在の香港を理解するには、香港がどのような経緯で英国の統治下に入り、その後、中国へ返還されたのかを知る必要があります。

清朝時代、中国の外国貿易の主要な窓口は広州でした。

英国は中国から茶、絹、陶磁器などを大量に輸入する一方、中国側に販売できる商品が限られていたため、大幅な貿易赤字に陥っていました。

英国は、この貿易赤字を補うため、インドで生産した阿片を中国へ流入させました。

阿片の拡大は、中国社会に深刻な健康被害と経済的損失をもたらしました。

清朝政府は阿片の取り締まりを強化しましたが、これを契機として、英国との間に阿片戦争が起こります。

1841年、英国軍は香港島を占領しました。

翌年の1842年、南京条約によって香港島は英国へ割譲されました。

その後、九龍半島の一部も英国領となり、さらに新界が英国へ租借されました。

こうして香港は、英国の東アジアにおける貿易・金融拠点として発展していきます。

英国統治下で形成された法制度、金融制度、行政制度、英語教育、港湾機能、国際的な商取引慣行は、現在の香港にも大きな影響を残しています。

一方、中国側から見れば、香港の割譲は、外国勢力によって主権と領土を奪われた「屈辱の歴史」の一部です。

1997年の香港返還は、中国にとって、単なる行政区域の変更ではありません。

近代史の中で失われた領土と主権を回復する、極めて重要な国家的出来事でした。

現在、中国中央政府が香港との一体性を強めようとする背景には、政治体制だけではなく、この歴史認識とナショナリズムがあります。

6、国際情勢を「善」と「悪」だけで判断しない


日本や欧米諸国から見ると、香港における民主化運動への対応や、国家安全保障を重視する政策は、自由や人権の後退として映ります。

一方、中国側から見ると、香港の安定、国家主権、領土の一体性、外国勢力による政治的介入の防止が、優先すべき課題となります。

僕自身は、自由主義と民主主義の社会で教育を受け、欧米系のコンサルティング会社で長く勤務してきました。

そのため、思想や表現の自由を重視する立場です。

しかし、海外進出コンサルタントとして企業を支援する場合、自分の思想や価値観だけで、進出先の国や地域を評価することはできません。

重要なのは、


その国や地域が、どのような歴史認識を持ち、どのような統治原理で動き、どのような方向へ進もうとしているのか


を冷静に理解することです。

海外事業において、相手国を「好きか、嫌いか」という感情だけで判断することは危険です。

政治的な価値観と、事業上の可能性やリスクを分けて分析しなければなりません。

同時に、利益が期待できるという理由だけで、政治・法務・人権・情報管理などのリスクを軽視することも適切ではありません。

香港で事業を行う場合にも、中国本土との一体化が進んでいる現実と、香港独自の制度が残されている現実の両方を直視する必要があります。

7、香港ドルと国際金融都市としての制度


香港では、香港ドルが独自の法定通貨として流通しています。

香港ドルの紙幣は、日本の紙幣のように一つの中央銀行だけが発行する仕組みではありません。

現在、主に紙幣を発行しているのは、


・香港上海銀行
・スタンダード・チャータード銀行
・中国銀行(香港)


の3行です。

また、10香港ドル紙幣や硬貨については、香港特別行政区政府が発行しています。

香港上海銀行は、香港で創業した銀行ですが、現在の持株会社であるHSBCホールディングスは英国に本拠を置く国際金融グループです。

スタンダード・チャータード銀行も英国系の国際金融グループであり、中国銀行(香港)は中国本土系です。

したがって、香港ドルの紙幣を、単純に「英国系」と「中国系」に分け、その流通量だけで香港の中国化を判断することはできません。

香港ドルで重要なのは、紙幣のデザインや発行銀行よりも、その通貨制度です。

香港ドルは、米ドルとの連動を基本とするリンクト・エクスチェンジ・レート制度のもとで運営されています。

また、香港では外為管理を原則として行わず、資本の自由な移動と香港ドルの交換性が制度上確保されています。

この通貨・資本移動の仕組みは、香港が国際金融センターとして機能するための重要な基盤です。

香港は中国の一部ですが、中国本土の人民元とは異なる通貨を使用し、異なる金融・資本移動制度を維持しています。

この点は、香港と中国本土のビジネス環境を区別するうえで、非常に重要です。

8、香港は、海外進出先として今も有効なのか


では、香港は、日本企業にとって、現在も海外進出先として有効なのでしょうか。

僕の答えは、


香港だけを最終消費市場として見るのではなく、中国本土・アジア・世界を結ぶ事業拠点として活用するのであれば、今も高い戦略的価値を持つ


というものです。

香港には、現在も、


・自由港としての物流機能
・独自の税制
・香港ドルと資本移動の自由
・国際金融機関の集積
・コモンローを基礎とする法制度
・英語と中国語を使用できる人材
・中国本土企業とのネットワーク
・広東・香港・マカオ大湾区へのアクセス
・アジア各国を結ぶ航空・海運インフラ
・専門性の高い会計・法務・金融サービス


が存在します。

一方で、香港進出には、課題もあります。

オフィス賃料や人件費は、アジアの他都市と比較して高い水準にあります。

また、中国本土との一体化が進むなかで、政治、法務、情報管理、サイバーセキュリティ、従業員管理について、以前とは異なるリスク評価が必要です。

したがって、香港進出を検討する際には、

「香港に会社を設立できるか」

という手続面だけではなく、


・なぜ香港に進出するのか
・香港で何を販売するのか
・香港だけを対象とするのか
・中国本土や大湾区へ展開するのか
・東南アジアへの統括拠点とするのか
・金融・貿易・投資機能をどこまで持たせるのか
・政治、税務、法務、情報管理のリスクをどう管理するのか


を事業計画として整理する必要があります。

海外進出は、現地法人を設立すれば完成するものではありません。

市場調査、事業モデル設計、販売先の開拓、人材採用、金融機関との関係構築、税務・法務体制の整備、現地パートナーの選定までを、一つの経営戦略として組み立てることが重要です。

URVグローバルグループの海外進出支援事業

URVグローバルグループは、香港をはじめ、アジア、欧州、中東、北米などに広がる現地法人・事業拠点と、各国の会計・税務・法務・労務・金融・マーケティングの専門家ネットワークを活用し、日本企業の海外進出を支援しています。

単なる会社設立手続の代行ではなく、

・進出国・地域の選定
・海外市場調査
・事業計画と収支計画の策定
・現地法人設立
・銀行口座開設
・資金調達・クロスボーダー財務
・現地パートナーの探索
・販売先・販路の構築
・人材採用と労務体制の整備
・海外向けマーケティング
・進出後の経営管理と事業再構築

まで、海外事業を経営面から一貫して支援します。

海外進出の成否を決めるのは、法人を設立できたかどうかではありません。

現地で売上をつくり、資金を管理し、人材と組織を動かし、継続的に利益を生み出せる事業を構築できるかどうかです。

香港進出、中国本土・大湾区への展開、アジアの地域統括拠点の構築をご検討の方は、以下のページをご覧ください。

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松本尚典(経営コンサルタント)

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