年収のカラクリ ~年商5億円を超えた経営者たちの、自分の年収の決め方の技~
1.「進むも、引くも極まれば、進め」が、兵法の常道 名将の撤退戦略
古代中国の兵家の言に、
「進むも、引くも極まれば、進め」
という教えがあります。
これは、決して蛮勇を勧めた言葉ではありません。
進むも、引くも、困難に至った事態が発生した場合、引くことは、進むことよりも、ずっと困難であるため、進むことに活路を見いだせ、との教えです。
軍事では、勢いに乗った進軍を阻止することは難しいですが、一方で、退却戦となってしまうと、極めて退却側に不利な行動になります。
織田信長を討った明智光秀は、賤ケ岳の合戦で羽柴秀吉に討たれ、退却中に、農民の竹やりに倒れました。また、太平洋戦争の敗戦後、満州から引き揚げる日本人が、地獄のような苦難に見舞われました。
一旦、退却となれば、周りはすべて、手のひらを返したように態度を変え、退却路を絶って襲いかかってきます。落ち目になってからの行動は、勢いにのって進軍した時には、何でもなかった行動が、困難を極めるのが常です。
兵法は、そのために、撤退戦で逃げるより、進撃に活路を見出せと、教えているのです。
2.事業の撤退戦略 撤退戦も、困難を極めます
これは、何も戦争だけに言えることではありません。
ビジネスや事業でも、撤退は、成長の数倍、難しい戦いを迫られます。
経験の浅い、未熟な経営者ほど、
「行くところまでいってしまい、上手くいかなかったら、その時、考えればよい。」
という発想をしがちです。
これは、僕に言わせれば、撤退の難しさを経験したことがない、未熟な蛮勇であると、思っています。
事業を撤退する、進めた商談を撤回すると言った、撤退戦略は、進むことよりも非常に難しいのです。
商談からの撤退戦
営業には、「売ってはならない相手」というのがいます。そのような相手に、経験の浅い営業マンが蛮勇を発揮して売り込んでしまい、引けなくなる、という事態は、ビジネスではよく発生します。
その典型的事例が、反社会的勢力への営業や、クレーマーへの営業の事例です。
反社会的勢力(らしき)相手への営業からの撤退 事例
僕が、2007年に米国から日本に本拠を移し、URVグローバルグループを創業する前に、ある大企業の取締役に就任していた時のことです。
その時、僕は、その会社の法務部門の部長も兼務していました。
ある時、若い営業担当(A君と称します)が、僕に、直接相談をしにやってきました。
彼には、直属の課長や、そのうえの部長がいたのですが、それを飛び越して、取締役法務部長に相談をしにくるというのは、本人としても、非常に勇気がいることだったと思います。
彼の相談というのは、
「会社のサイトに商品購入を申し入れてきた会社に訪問をしたら、性風俗業者だった。」
ということでした。
直属の課長は、前金であれば、性風俗業者でも取引をせよ、とA君に指示をしたようです。
A君は、本当に取引をしてよいかどうか、法務部の部長の僕に相談をしてきたのでした。
僕は、彼にこう指導しました。
「性風俗業者がすべて反社会的勢力と結んでいるとは言えないね。でも、君が取引を躊躇したように、通常の会社は、性風俗業者とは取引をしないんだよ。
そのため、性風俗業者は、自分と取引をしてくれる反社会的な企業と取引をし、そこに、巻き込まれて、企業舎弟化してしまうことが多い。
外側からみても、その実態がわからないことが殆どだ。ただ、企業舎弟の場合、もめると、手に負えないことになる。だから、君としては、その取引は、辞めたほうがいいね。
もっと、いいお客様はたくさん、いるわけだから、そこに君の営業力を割いたほうが生産性があるよね。」
A君は、僕の指導に合意して帰っていきました。
ところが、A君の上司の課長は、おそらく、数字を取りたかったのでしょう。
その会社からしり込みするA君をはずして、自分が、その性風俗企業に現金取引で、商品を販売したのです。
これは、反社会的勢力の舎弟企業によくある常套手段なのですが、最初の取引は安価な商品を先払いで購入し、その後に、取引相手に、大きな取引を、後払いで申しいれるのです。
何度か、先払いで取引をしている相手に、与信を許して後払いの大きな取引に応じると、そこから、相手の態度が豹変し、後ろから、完全な暴力団風の人が現れて、強烈なクレーマー化し、大きな取引の回収が不可能となるのです。
ちなみに、このような状況で、回収ができなくても、警察は、民事不介入の原則があるため、捜査はしてくれません。相手が犯罪行為に及べば別ですが、相手は、クレームを申し入れているのですから、刑事問題にはならず、民事問題です。
その課長は、完全に、この手にのせられてしまいました。
相手の会社に何度も呼びだされ、監禁まがいの脅迫にあって、取引代金の数百万円が回収できなくなってしまいました。
この段階で、部長がそれに気づき、社長に報告があがりました。
法務の責任者として、僕が、A君に行った指導内容と、A君が取引を辞めたいと申し出たにも関わらず、法務担当取締役の指導を無視して、取引をし、未回収を発生させたということを、その部長が社長に報告し、当該課長は、社長の逆鱗にふれました。
その課長は、何度も、この取引先に監禁まがいの脅しに合い、会社では社長や取締役法務部長の僕からしぼられ、最終的に、大きな降格処分となりました。
本件は、取締役法務部長として、僕が直接対応をすることになり、顧問弁護士事務所と協議。
後ろから出てきた暴力団風のクレーマー男性が、指定暴力団関係であることが判明したため、弁護士が警察に告訴。
相手は、刑事事件に持ち込まれて警察が動き出したため、和解に応じてきました。
ただ、回収できた金額は、契約金額の半分程度でした。
その課長は、目先の成績を追って、引くことができない商談に嵌り、自分がそれまで積んできた会社の実績や信用を失って降格をし、会社も大きな未回収と弁護士費用という代償を払わされたわけです。
事業からの撤退戦
事業を進める場合、その撤退は、事業を進めることよりも数倍困難です。
事業というのは、うまくいかなかったなら、辞めてしまえば済む、というものではありません。会社には、取引先があり、取引関係は継続しています。
そして、賃貸借契約や許認可など、解約に時間や手続きがかかることも絡んできます。
債権もあり、債務もあります。撤退するという場合には、債務超過であることが殆どですから、その事業を誰かに引き取ってもらうか、あるいは、清算をする必要があります。
もし、債務超過で返済ができない状態であれば、破算手続きが必要ですし、仮に、借入金などの連帯保証が経営者に入っている場合、経営者も破産をしないと、会社の債務は、個人に残ってしまいます。会社と、個人がともに破産をする場合、破算をするだけで、弁護士さんへの報酬が数百万円かかります。
このように、事業の撤退は、非常に難しいため、事業を思い付きで、出たとこ勝負で進めて、駄目だったら辞めちゃえばいい、というような、安易な発想で行ってしまうと、本当に、撤退イコール破滅になってしまいます。
そうならないためには、どうすればよいのでしょうか?
事業計画には、撤退計画も必ず織り込むこと
これ、僕が、事業計画を立案する社長にお話をすると、非常に不評なのですが、僕は、経営のプロとして、必ず、事業計画の指導でお話をすることがあります。
それは、事業計画の最後に、撤退計画の立案をしておくこと
、ということなのです。
殆どの社長が、
「そんな縁起でもないこと・・・」
と、しり込みをします。
しかし、それでも、僕は、優れた経営者は、撤退計画を、必ず、事業計画に織り込みます、と申し上げ、作成をしていただくことにしています。
そして、僕自身、たくさんの事業を遂行していますが、すべての事業で、自分のアタマの中に、撤退基準と撤退計画を持っています。
撤退計画とは、どう立てるのか?
撤退計画は、縁起の悪いことでも、何でもありません。
もちろん、撤退計画は、部下に一切見せません。それが前提です。
これから事業を進めるぞ、とフラッグを掲げているのに、撤退の話を部下に見せることは、絶対、ご法度です。
撤退計画は、経営者だけの、アタマのうちに、立案されているものなのです。
では、何の計画を立てるのでしょうか?
- 撤退基準
- 撤退に支障をきたす事項
- 事業の売却の際の事業価値目標
僕は、この3点を撤退計画で立案することにしています。
①撤退基準
事業を立案し、これからスタートする段階で、撤退基準を決める、というのは、非常に心理的に抵抗があると思います。
それでも、あえて、僕は、事業計画の最後に、部下や外部の投資家に絶対見せない部分をいれて、撤退基準を作っています。
事業というのは、先行の投資を行い、その投資を事業開始後の利益で回収し、損益分岐後、利益を蓄積して、再投資を行うものです。
利益をえる活動には、当然、リスクも伴います。
リスクなき投資は、ありえません。
そして、リスクがある以上、事業の中には、そのリスクが顕在化してしまう案件が必ず出るものです。それが、事業の宿命です。
そのリスクの顕在化が、どこまでなら耐えていいのか、どこまで行ってしまったら、撤退を決定するのか、その基準を策定することは、ネガティブなことでもなんでもありません。
寧ろ、利益だけを夢みて、それの裏返しのリスクに目を向けないことこそ、事業の投資を行う上でのタブーだと僕は思っています。
事業の撤退は、「終わり」ではありません。その事業が、想定の利益を生まずに、大きく傷を負った場合、それが致命傷になる前に徹底して、次の事業の投資でその失ったものを回収するという発想に切り替えることが、事業家らしい行動なのです。
具体的には、事業の投資と運転資金の状況から、僕は、ある一定の投資ボトムのラインを設定することにしています。回収ができず、そのボトムを下回り、その段階で反転攻勢の具体的な絵が描けない場合、徹底を決定すると決めています。
ただ、不思議なことに、このような撤退基準を決めて事業に乗り出すと、その撤退という事態には、至らないものなのです。事実、URVグローバルグループでは、今まで一度も、撤退計画の発動をしたことはありません。
②撤退に支障をきたす事項
さて、撤退計画の2点目は、撤退に支障をきたす事項を、予めピックアップしておくことです。
撤退に支障をきたす事項とは、例えば、取引先などとの契約で、期間の縛りがある、解約に一定の時間を要する条項が入っているなど、法務的な面での縛りが、一番、大きいといえます。
店舗のテネント契約では、一定期間、撤退を許さない厳しいものもあります。
そのほか、海外事業では、その国の外資規制により、撤退では、労働者に対する一定の保障を要求する国もあります。
外部の投資家から資金を受け入れているとか、借入金がある場合なども、撤退に制約がかかります。
このような事項を、予め、想定しておくことが重要です。同時に、先にかいた通り、事業には、必ずリスクがつきものであることを念頭に置き、出来る限り、撤退に制約がかかる選択肢を避けるようにすることも、重要です。
契約上、制約がある場合、その契約条項を、締結時に協議し、できるだけ制約がかからないように修正して締結することも重要です。
③事業の売却の際の事業価値目標
3点目は、撤退というよりも、戦略出口戦略(Exit)を、スタート時点から念頭に置くことの重要性です。
これもまた、「最初から、終わることを考えるなど、ネガティブだ」という声もあるかもしれませんが、僕は、自分の顧問先の企業の社長には、「常にExitをどうするか」を考えて、事業を進めることをお勧めしています。
事業というものは、その最後に、
この4つしか、選択肢がありません。
例えば、子供に事業を承継しようとするならば、借入金に頼らずに経営を行い、できるだけ早く借入金を返済する、手堅い経営を進めるべきです。
事業を拡大しても、借入金が残れば、子供に連帯保証残すことになりますので、子供やその家族が事業の承継を拒むことが多いのです。
部下に事業を承継しようとするならば、部下が、事業価値をあらわした株式を購入できるように、早い段階から協議しなければなりません。赤字が続く企業を承継する部下は誰もいないでしょうし、黒字が続き、利益剰余金が純資産に蓄積されていれば、その株価は、相当に高額になります。仮に、企業の株式をストックオプションや贈与をするとしても、相当な所得税や贈与税が部下に課税されます。
一方、M&Aで売却をするならば、社長が連帯保証をする借入金は買収先に引き取ってもらえます。上場をする企業についても、銀行は、上場すれば、社長の連帯保証を外してくれます。この場合、銀行や投資家からの借入金を積極的に活用して、投資をあげ、企業価値を大きく上昇させる成長戦略に経営が目標となります。
このように、企業の経営の仕方というのは、出口の方法の選択の仕方によって、全く変わってしまいます。
子供に事業を承継したいのに、借入金を拡大して成長戦略をとったり、上場やM&Aを目指すのに、企業価値を無視して、節税策に走ったりするような、ちぐはぐな経営者がたくさんいますが、このような戦略なき経営は、経営者も従業員も、幸せにしません。
最近の日本では、経営者の高齢化と健康上の理由で、黒字廃業が増加しています。
しかし、経営者の高齢化や体力低下による黒字廃業とは、「経営の無計画さ」の結果でしかありません。
毎年度の黒字で法人税等の税金を支払い、廃業で余剰金の分配をして所得税を支払うという、二重課税をされています。更に、その後にオーナー経営者が亡くなり、相続が発生すれば、相続税で、三重課税となります。
生涯をかけて頑張って、大きくしてきた会社の財産を、二重・三重の課税で、国や地方に納税を過大にする結果で終わってしまいます。
このように、出口戦略や撤退戦略を考えずに、がむしゃらに毎日頑張っても、結局、最後、何のために頑張ったのか、わからないという結果になります。
3.撤退や出口を考えることは、ネガティブ志向ではなく、賢い経営者の戦略
以上、みてきました通り、撤退というのは、営業活動においても、事業においても、進むことよりも非常に戦略性が必要な行為なのです。
最後に成功する賢い経営者であるため、撤退戦略や撤退計画は、経営者が早い段階から考えて進むべきものなのです。
続く
松本尚典の中小企業経営者支援コンサルティングサービス
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