【不当要求対応】『弁護士に相談した』と言われた|本当に代理人が就いたのかを確かめる
「カスハラ対策で記録が大事だと聞いたので、報告書の様式を作って全件書いてもらうことにしました。そうしたら現場から、これ以上作業を増やさないでほしいと言われてしまって」。店舗を複数持つ経営者の方から、こうしたご相談を受けることがあります。
一方で、従業員側の立場からは「閉店後に書いてくださいと言われるが、書く時間は勤務時間に入っていない」「何を書けばよいのか分からないまま、思い出したくないやり取りを文章にしている」という声も届きます。記録そのものを否定しているのではなく、書かせ方が決まっていないことに困っている、という訴えです。
カスタマーハラスメント対策の解説記事の多くは「客観的な記録が欠かせない」と書いています。それ自体は誤りではありません。ただ、そこから先の、誰が・いつ・どこまで書くのか、書いた時間をどう扱うのか、書かれた内容を誰が見るのか、という部分はほとんど触れられていません。この記事では、対応記録を従業員に書いてもらう場面に絞って、労務管理の側から引ける線と、プライバシーの側から引ける線を整理します。義務化そのものの全体像や、相談窓口の置き方、就業規則への書き方は別の記事で扱っていますので、そちらに譲ります。
指針は「記録」をどこに位置づけているのか
2026年10月1日に施行される改正労働施策総合推進法により、事業主は職場におけるカスタマーハラスメントについて雇用管理上の措置を講じる義務を負います(労働施策総合推進法33条1項)。措置の中身は厚生労働省の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)に定められています。
義務とされているのは「事実関係の確認」
指針が事後対応として求めているのは、相談の申出があった場合に事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認することです。確認の方法として、管理監督者等がその場で確認して対応すること、相談窓口の担当者が相談者から確認すること、必要に応じて周囲の従業員から聴取したり録音・録画などの客観的な証拠を確認したりすることが例として挙げられています。
ここで注意したいのは、指針が「所定の様式に従業員自身が記入すること」を義務として求めているわけではないという点です。事実確認の手段は複数あり、書面だけが方法とはされていません。
事案の記録と共有は「必要に応じて」の位置づけ
記録という言葉が指針に登場するのは、再発防止の項目です。そこでは、必要に応じて事案の内容や対応経緯を記録し、個人情報の取扱いに留意して関係部門に共有し、再発防止に活用することも考えられる、という書き方がされています。義務の中心ではなく、必要に応じて行うことも考えられる取組として置かれています。
つまり、記録は事実確認と再発防止のための材料であって、記録を作ること自体が目的ではありません。ここを取り違えると、全件を同じ様式で書かせる運用になり、現場の負担だけが増えていきます。
| 場面 | 指針上の位置づけ | 記録の求められ方 |
|---|---|---|
| 相談の申出があったとき | 事実関係を迅速かつ正確に確認すること | 確認の材料として要る。手段は聴取・書面・録音など複数ある |
| 特に悪質と考えられる相手への対処 | 対処の方針をあらかじめ定め、周知すること | 方針を発動するかの判断材料として要る |
| 再発防止 | 方針の再周知、原因や背景の改善 | 事案の内容や対応経緯の記録・共有は、必要に応じて行うことも考えられる |
| 該当するか微妙な段階の苦情 | 広く相談に対応し、適切な対応を行うこと | 全件を同じ様式で書かせることまでは求められていない |
何を全件書いてもらい、何を書いてもらわないか
負担が重くなる最大の原因は、粒度が一つしかないことです。3分で終わった問い合わせと、1時間居座られた事案を同じ様式で書かせれば、書く側は前者を省略するようになり、結果として反復性が見えなくなります。
二段階に分ける
現実的なのは、短い記録と詳しい記録の二段階に分ける形です。日々のやり取りは一行のログにとどめ、一定の合図があったときだけ詳しい記録に切り替えます。
- 一行ログに残す項目は、日付、時間帯、相手の特定につながる客観的な事項、内容の要旨、対応者の名前程度で足ります。
- 詳しい記録に切り替える合図は、あらかじめ言葉にして共有しておきます。
- 同じ相手から繰り返し接触があった場合が、その合図の一つです。
- 長時間の拘束、暴言、身体的な接触、金銭や謝罪の要求があった場合も切り替えの合図になります。
- 警察への通報を考えた場合や、相手が来店を続けている場合も同様です。
この切り替えの基準を先に決めておくと、現場は「書くかどうか」を毎回判断しなくてよくなり、判断の負担そのものが減ります。
評価ではなく材料を書いてもらう
悪質だった、ひどい態度だった、という書き方は、後から読む人にとって使いにくい記録になります。書いてもらうのは評価ではなく、評価の材料です。相手が言った言葉は言い換えずにそのまま、こちらが答えた内容も含めて残します。自分の側の対応に不手際があった部分も落とさずに書いてもらうほうが、記録全体の信用性は保たれます。様式や項目の立て方そのものは、別の記事で詳しく扱っています。
書く時間は労働時間である
ここが労務管理の側の中心です。対応記録の作成を事業主が求める以上、それは業務命令に基づく行為であり、書いている時間は労働時間として扱われます。
所定時間外に書かせると時間外労働になる
労働基準法上の労働時間は、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、これに当たるかどうかは労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるかによって客観的に決まるとされています(最高裁平成12年3月9日判決)。この判決は、業務に関連する行為を事業所内で行うことを使用者から義務付けられ、または余儀なくされたときは、所定労働時間外に行うものとされていた場合であっても、特段の事情がない限り指揮命令下に置かれたものと評価できるとしています。
したがって、閉店後や休憩時間中に記録を書かせる運用は、時間外労働や休憩の未付与の問題として現れます。明示的に命じていなくても、書かなければ翌日に注意されるという状態であれば、余儀なくされたと評価される余地があります。自宅に持ち帰って書いてもらう形も同じ問題を抱えます。
把握と支払いをセットにする
労働時間は適正に把握することが求められており、厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」が具体的な考え方を示しています。記録の作成に要した時間も、他の業務と同じように始業・終業時刻の中で把握し、所定時間を超えれば割増賃金の対象になります(労働基準法32条、37条)。
人手が薄い時間帯での置き方
従業員が数名の店舗では、その場で書く時間を作れないことがあります。次のような置き方が現実的です。
- 一行ログはその場で、詳しい記録は翌日の始業直後に回す。
- 詳しい記録は、対応した本人が話し、管理監督者が聞き取って書く形にする。
- 所要時間の目安をあらかじめ決め、それを超える場合は途中で切り上げて後日続きを作る。
- 書く時間を確保できない日は、録音や防犯カメラの保存を先に済ませ、記録は後追いにする。
いずれの形でも、書くこと自体を勤務の外側に押し出さないことが線引きの基本になります。
書きたくない、書けないという従業員への対応
従業員は、事業主が講ずる措置に協力するよう努めなければならないとされています(同法34条4項)。もっとも、これは努力義務であり、書かないことを直ちに問題行動として扱うことにはなじみません。
書かせることが相談を妨げる場合がある
指針は、被害を受けた従業員が萎縮するなどして相談をためらう例があることを踏まえ、相談者の心身の状況や受け止めにも配慮しながら広く相談に対応するよう求めています。文章にすること自体が負担になる場面では、口頭で聴き取り、管理監督者の側が記録を作る形が指針の例にも沿います。
記録に協力したこと、しなかったことを処遇に持ち込まない
カスタマーハラスメントについて相談したこと、事実関係の確認に協力したこと、労働局に相談や調停の申請をしたことを理由として、解雇その他の不利益な取扱いをしてはならないとされています(同法33条2項)。指針は、この旨を定めて従業員に周知することも求めています。記録の提出状況を評価に反映させる運用は、この趣旨と相容れません。
記録に書く「顧客の情報」の線
対応記録には、相手方の情報が含まれます。これは個人情報として扱われますので、次の点に注意が必要です。
- 何のために記録を作るのかという利用目的を、社内で先に決めておきます。
- 相手の健康状態や障害、信条などを推測して書き込むことは避けます。これらは要配慮個人情報として、取扱いに慎重さが求められる類型に当たります。
- 相手を特定する必要がある場合でも、来店の時間帯や服装、注文内容といった客観的な事項で足りることが多くあります。
- 捜査機関から法令に基づく照会があった場合には、本人の同意がなくても提供できる場合があります。提供したときは、求めた担当者の所属と氏名を控えておきます。
なお、個人情報保護法は令和8年に改正法が公布されており、条番号が動く見込みです。社内の様式や手順書には条番号ではなく規定の名称で書いておくほうが、後の読み替えの手間が少なくて済みます。
記録に書く「従業員自身の情報」の線
見落とされやすいのが、記録には書いた従業員自身の情報も含まれるという点です。指針は、相談者等の情報はその人のプライバシーに属するものであるとして、相談への対応や事後の対応に当たってプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その旨を従業員に周知することを求めています。ここでいうプライバシーには、性的指向・ジェンダーアイデンティティ等の機微な個人情報も含まれると明記されています。
相手の言動が従業員の属性に触れていた場合
指針は、従業員の性的指向・ジェンダーアイデンティティ等の機微な個人情報について、本人の了解を得ずに他の者に暴露することを、カスタマーハラスメントに当たり得る言動の例として挙げています。相手方の言動がこの種のものであった場合、その言動をそのまま記録に書き、社内で広く回覧すれば、顧客からの被害を記録するつもりが、社内で情報が広がる結果を招きかねません。
このような事案では、記録に何を書くか、誰まで共有するかを本人と相談したうえで決めるのが安全です。事実確認に必要な範囲と、社内で共有する範囲は、分けて考えることができます。
心身の状態は記録に書かせない
その日の体調、通院の有無、眠れていないといった事柄は、対応記録の中に書かせるべきものではありません。必要があれば、相談のルートや産業保健のルートで別に扱います。
| 情報 | 対応記録に書くか | 扱い方 |
|---|---|---|
| 相手が言った言葉 | 書く | 言い換えず、言われたまま残す |
| 相手の属性や事情の推測 | 書かない | 特定に必要なら客観的な事項で足りる |
| 従業員の心身の状態や通院の有無 | 書かない | 相談や産業保健のルートで別に扱う |
| 従業員の性的指向・性自認など | 原則として書かない | 本人の了解なく社内に広げない |
誰が見られる場所に置くか
様式を整えても、置き場所を決めていなければプライバシーの保護は形になりません。全員が閲覧できる共有ノートやチャットに書かせている場合は、見直しの余地があります。
- 記録を見られる人の範囲を、作る前に決めておきます。
- 店舗ごとの記録を本部に上げる場合は、上げる範囲と上げない範囲を分けます。
- 個人の端末に記録を残したままにしない運用にします。
- 保存期間は、想定される請求や手続の期間を目安に、社内であらかじめ決めておきます。
記録は従業員の側の資料にもなる
記録を求めると、監視されているように受け止められることがあります。ここは説明を尽くしたい部分です。
精神障害の労災認定に用いられる心理的負荷評価表には、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」という項目が置かれています(令和5年9月1日付け基発0901第2号)。何が、いつ、どの程度続いたのかが残っていれば、それは従業員本人の側の資料にもなります。
また、事業主は労働契約に伴い、従業員の生命や身体等の安全に配慮する義務を負います(労働契約法5条)。記録は、その配慮を実際に行うための出発点でもあります。記録は会社を守るためだけのものではない、という点を先に伝えておくと、協力は得られやすくなります。
避けたい進め方
これまでのご相談から、次のような形は後で行き詰まりやすいと感じています。
- 様式だけを配り、書く時間と提出先を決めないまま運用を始めること。
- 全件について同じ分量を求め、結果として書かれない記録が増えること。
- 閉店後や休憩時間に書かせ、その時間を勤務として扱わないこと。
- 記録の提出状況を勤務評価に反映させること。
- 相手の人物像や従業員の心身の状態についての推測を書き込ませること。
- 書かれた記録を、共有の必要がない範囲まで回覧すること。
よくあるご質問
記録を書いてくれない従業員を処分できますか
従業員には事業主の措置に協力する努力義務がありますが、書かないことを直ちに懲戒の対象とする運用は勧められません。まずは、書くのが負担なのか、内容を思い出すのが負担なのか、時間がないのかを切り分けてください。管理監督者が聴き取って代わりに書く形でも、指針が求める事実確認は行えます。カスタマーハラスメントに関する相談等を理由とする不利益な取扱いは禁じられていますので、記録に関する評価が実質的にそれと重なっていないかも確認が必要です。
記録は閉店後に書いてもらっています。問題がありますか
書いている時間が労働時間として把握され、所定時間を超える分の割増賃金が支払われているのであれば、直ちに問題になるものではありません。把握も支払いもされていない状態が続いている場合は、運用の見直しをお勧めします。一行のログはその場で残し、詳しい記録は翌日の勤務時間内に回す形にすると、時間の扱いが整理しやすくなります。
記録は何年残せばよいですか
対応記録について一律の年数を定めた法律はありません。実務では、想定される請求や手続の期間を目安にします。損害賠償請求を考えるのであれば民事の時効の期間が、刑事の手続を考えるのであれば公訴時効の期間が目安になります。社内で年数を決めたうえで、期間を過ぎた記録の扱いもあわせて決めておくと運用が安定します。
まとめ
- 指針が義務として求めているのは事実関係の確認であり、事案の記録と共有は必要に応じて行うことも考えられる取組として位置づけられています(令和8年厚生労働省告示第51号)。
- 全件を同じ様式で書かせるのではなく、一行のログと詳しい記録の二段階に分け、切り替えの合図を先に共有します。
- 記録の作成は業務であり、書いている時間は労働時間として把握し、所定時間を超えれば割増賃金の対象になります(労働基準法32条、37条、最高裁平成12年3月9日判決)。
- 文章にすることが負担になる場面では、管理監督者が聴き取って記録を作る形も指針の例に沿います。
- 相談したことや事実確認に協力したことを理由とする不利益な取扱いは禁じられています(労働施策総合推進法33条2項)。
- 記録には顧客の情報だけでなく、書いた従業員自身の情報も含まれます。相談者等のプライバシーには機微な個人情報も含まれるとされており、共有の範囲を作る前に決めておく必要があります。
- 記録は、労災の判断材料や安全配慮義務の履行の出発点にもなります(労働契約法5条、令和5年9月1日付け基発0901第2号)。
カスタマーハラスメント対応の体制づくりをご検討中の方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、店舗運営や中小企業の現場で生じる不当要求・カスタマーハラスメントに関するご相談を、池袋と新橋の事務所でお受けしています。対応記録の様式や運用の設計は、労務管理と個人情報の取扱いが同時に関わる場面ですので、実際の人員体制に合わせて組み立てる必要があります。
これから体制を整える段階の方も、すでに運用を始めていて負担の偏りが出ている方も、現場で使っている様式や手順をお持ちいただければ、どこを削り、どこを足すかという形でご相談に応じます。特定の相手方への対応が続いている場合には、記録の残し方とあわせて、その先の手段についても検討します。


