営業時間外の呼び出し・長時間の居座り|断るための法的根拠
「一年前に話がついたはずの相手から、また同じ件で連絡が来ました。あのとき書面も交わしているのですが」。不当な要求についてのご相談では、このような形で切り出される方がいます。反対に、「前回の書面を見せて断ったのに、相手が納得しない」というご相談もあります。
示談書や合意書についての解説では、清算条項を入れておけば後から請求されない、という説明がよく示されます。この説明そのものが誤りというわけではありません。ただ、実際に再び要求を受けている場面で行き詰まるのは、条項の文言よりも手前の部分です。前回の合意がどういう形で残っているのか、今回の要求がその中に入るのか外に出るのか、そしてそれを誰にどう示すのか。この三つが整理されないまま、押し問答だけが続いてしまうご相談が少なくありません。
この記事では、同じ相手から再び要求を受けた方が、前回の合意を手持ちの材料としてどう扱うかに絞って整理します。清算条項の文言の意味と射程、再請求を防ぐ合意書の作り方、支払いの記録の残し方は、それぞれ別の記事で扱っているため、ここでは必要な範囲で触れるにとどめます。
まず、「前回の合意がある」と言えるかを確かめる
前回の合意を使う話は、その合意があると言えるかどうかの確認から始まります。
書面がなくても合意は成立していることがある
和解は、当事者が互いに譲り合って争いをやめることを約束する契約とされています(民法695条)。契約である以上、書面がなければ成立しないというものではありません。前回、電話で金額と支払方法を決め、そのとおりに支払って終わったという経過であれば、書面がなくても合意はあったと評価される余地があります。
書面がないときに手元に残っているもの
書面がない場合でも、合意の内容と成立をうかがわせる材料が残っていることは少なくありません。
- 日時と金額のやり取りが残ったメッセージや電子メール。
- 振込の控えや、相手名義の口座への入金記録。
- 受け取ったことを知らせる相手からの連絡。
- 当時同席していた方の記憶や、その場で作られたメモ。
これらは一つひとつでは弱くても、日付順につなぐと合意の輪郭が見えてくることがあります。前回の合意を使えるかどうかは、書面の有無だけで決まるものではありません。
合意とは言いにくい場合もある
一方で、求められるままに支払っただけで、何を清算したのかについて双方の考えが合っていない場合には、合意があったとは言いにくくなります。領収書は受け取りの事実を示すものであって、争いを終わらせる約束そのものではありません。この場合の今回の連絡は、前回の蒸し返しではなく、そもそも決着していない件の続きとして扱うことになります。
前回の合意は、形によって使い方が変わる
同じ「話がついた」でも、どの形で残っているかによって、今回できることは変わります。
| 前回の合意の形 | 今回できること | 限界 |
|---|---|---|
| 口頭のみ | 内容を主張することはできる | 内容と成立の両方を示す材料が必要になる |
| やり取りの記録がある | 記録を示して内容を裏づけられる | 断片的だと範囲が読み取りにくい |
| 私製の示談書・合意書 | 書面そのものを証拠として示せる | 支払わせるには別に手続が必要になる |
| 公正証書(執行証書) | 支払いの約束をそのまま手続に乗せられる | 金銭の支払い以外の約束には向かない |
| 調停調書・和解調書 | 手続の中で決着したものとして扱われる | 作るには裁判所の手続を経る必要がある |
私製の書面は「証拠」として使う
当事者どうしで作った示談書や合意書は、それ自体が相手を従わせる強制力を持つわけではありません。使い方としては、合意の内容と成立を示す証拠になります。本人の署名または押印があるときは、その文書は真正に成立したものと推定されるとされており(民事訴訟法228条4項)、相手が「そのような書面は知らない」と述べたとしても、争点の重心は相手の側に移ります。
公正証書は支払いを進める力を持つことがある
強制執行を受け入れる旨の記載がある公正証書は、それ自体が強制執行の基礎となる文書として扱われます(民事執行法22条5号)。前回の合意が分割払いで、その残りが支払われていないという場面では、この形かどうかで取れる手段が変わります。ただし、これは金銭の支払いを求める場面のための仕組みであり、「今後は連絡しない」といった約束をそのまま実現させるものではありません。
調停調書・和解調書は手続の中で決着している
調停で合意が成立して調書に記載されたときは、その記載は裁判上の和解と同一の効力を有するとされています(民事調停法16条)。訴訟上の和解についても、和解に係る電子調書がファイルに記録されたときは、その記録が確定判決と同一の効力を有するとされています(民事訴訟法267条1項)。同じ相手が同じ件を再び持ち出してきた場合、この形であれば、手続の面から押し返せる余地が広くなります。
今回の要求は、前回の中か、外か
前回の合意を出すかどうかは、今回の要求がどこに位置するかで決まります。次の三つに仕分けると整理しやすくなります。
| 型 | 今回の要求の中身 | 前回の合意の使いどころ |
|---|---|---|
| 型A 前回の範囲内 | 前回決めた事柄について、金額や条件を改めて求めている | 終わっている範囲を示す材料として使う |
| 型B 前回の履行 | 前回決めたとおりの支払いや約束が果たされていないと求めている | 自分の履行状況を確かめる材料として使う |
| 型C 前回の外 | 前回の時点では存在しなかった事柄を持ち出している | 前回の範囲を区切る材料として使う |
型Aは「終わっている範囲」を示す場面
型Aは、前回すでに清算した事柄について、金額が足りない、事情が変わったといった理由で改めて求めてくる場合です。ここでは、前回の合意のどの部分が今回の要求と重なるのかを、書面の文言に沿って示すことになります。感情的なやり取りにせず、いつの、どの出来事について、どの範囲で合意したのかという事実の確認にとどめるほうが、話が短く済みます。
型Bを蒸し返しとして扱うと、かえって不利になる
型Bは、前回の合意が守られていないという主張です。分割払いの残り、支払期日の遅れ、渡すはずだった書面の未交付などがこれにあたります。この型を「前回で終わった話だ」として押し返すと、履行の遅れが重なり、遅延損害金や強制執行の問題に進むことがあります。前回の合意を持ち出す前に、自分の側の履行が終わっているかを確かめておくことが先になります。
型Cは前回の合意だけでは止まらないことがある
前回の合意の後に起きた出来事や、前回の話し合いの対象になっていなかった事柄については、前回の合意だけでは止まらないことがあります。ここで「すべて解決済みです」とだけ答えると、相手の言い分の中身を確かめないまま押し問答になりやすくなります。再度の要求のすべてが不当というわけではない、という前提を保っておくほうが、結果として早く終わることが多いといえます。
仕分けがつかないときは、その場で決めなくてよい
三つのどれにあたるかは、相手の言い分の中身を確かめないと決まらないことがあります。その場で結論を出さず、要求の中身を確認してから答える進め方については、別の記事で扱っています。
前回の合意を、誰に、どう出すか
同じ書面でも、どこに出すかによって示し方が変わります。
出す先は三つに分かれる
- 相手本人に示して、話を終わらせる材料にする。
- 相手に代理人がついているときは、代理人に示す。
- 交渉で終わらない場合に、調停や訴訟などの手続の中で示す。
本人に対しては要点だけを伝え、手続の中では書面全体を提出する、という使い分けになることが多くあります。最初から手の内をすべて開く必要はありません。
全文をそのまま渡す必要はない
前回の合意書には、金額のほか、当事者の住所や関係者の名前など、今回の話に必要のない情報が含まれていることがあります。相手が原本や写しを持っていない場合、こちらから写しを渡すことで、その内容が第三者に伝わることもあります。まずは、いつの、どの件について、どういう内容で合意したのかを口頭または短い書面で伝え、書面そのものを出すかどうかは次の段階で判断するという順序が現実的です。
口外禁止の約束が、こちらの手を縛ることもある
前回の合意に口外禁止条項や秘密保持条項が入っている場合、その内容を第三者に伝えることが約束に触れないかを確認しておく必要があります。多くの条項には、弁護士など専門家への相談や、法令や手続の上で必要な場合の例外が置かれています。条項の範囲や期間の考え方については、別の記事で扱っています。
出し方は記録の残る形で
電話口で「前回の書面があるはずです」と伝えただけでは、伝えた事実が残りません。前回の合意に触れるやり取りは、電子メールや書面など、後から示せる形で行っておくと、次の段階に進んだときに使えます。
前回の合意が働きにくい場面
前回の合意があっても、それだけでは今回の要求が止まらない場面があります。
当事者が違う
合意の効力は、その合意をした当事者の間で働くのが原則です。前回は相手の勤務先や家族と話をつけていて、今回は本人から要求が来ている、あるいはその逆という場合、前回の合意は今回の相手との関係では直接の決着になっていないことがあります。相続などで立場を引き継いだ方との関係は、また別の判断になります。
対象が特定されていない
「本件に関し」とだけ書かれていて、その「本件」が何を指すのかが書面から読み取れない場合、範囲についての争いが残ります。前回の合意書を読み直すときは、金額の欄より先に、いつの、どの出来事についての合意なのかが特定されているかを見ることになります。清算条項の射程については、別の記事で扱っています。
合意の成立そのものを争われる
相手が、勘違いがあった、あるいは強く迫られて署名しただけだと述べて、合意の効力を争ってくることがあります(民法95条、96条1項)。逆に、こちらが前回の合意の際に事実と違う説明を受けていたのであれば、こちらから争う余地もあります。どちらの主張も、当時の経過を示す材料の量によって左右される部分が大きく、その場の押し問答では決着しません。
前回の合意が、こちらに不利に働くことがある
前回の合意は、こちらを守る材料であると同時に、こちらの約束を書き残したものでもあります。
- 前回の書面の中で、こちらが特定の事実を認める文言に署名している。
- 分割払いの残りがあり、その支払いが遅れている。
- 違約金の定めや、接触を控える約束が、こちらの側にもかかっている。
- 前回支払った金額が、今回の交渉の出発点として扱われる。
前回の合意を持ち出すときは、その書面が自分にとって全体としてどう働くのかを、先に読み直しておくことになります。
今回で終わらせるためにできること
前回の合意を示すことは、それ自体が目的ではなく、今回の要求を整理するための手段です。
要求の中身を書面で出してもらう
誰が、いつの、どの出来事について、どういう根拠で、いくらを求めているのか。この五点が書面で出てくると、前回の中か外かの仕分けができるようになります。口頭のやり取りだけが続いている段階では、仕分けそのものができません。
前回の合意を作り直すという選択
前回の合意が口頭だけだった場合や、対象の特定が甘い場合には、今回の話し合いの中で、範囲を書き直した合意を改めて作るという進め方があります。前回の合意をなかったことにするのではなく、前回の内容を確認したうえで、今回問題になっている事柄を含めて範囲を明示する形です。ただし、相手には応じる理由が要るため、こちらから示せる条件と合わせて考えることになります。
手続に場を移す
交渉が同じところを回り続けている場合、話し合いの場を手続に移すことがあります。支払う義務がないことを確かめる訴え、調停の申立て、支払いの約束を公正証書にすることなど、状況によって選ぶものが変わります。どれを選ぶかは、前回の合意がどの形で残っているかによっても変わります。
窓口を一本化する
同じ相手とのやり取りが繰り返されている場面では、連絡の窓口を代理人に一本化することで、直接のやり取りが止まることがあります。要求の内容そのものが消えるわけではありませんが、記録が整い、判断のための時間を確保しやすくなります。
要求の仕方が線を越えたとき
再度の要求そのものは、内容によっては正当な権利の行使です。一方で、求め方が度を越えると、脅迫や強要、恐喝といった問題になることがあります(刑法222条、223条、249条)。判例は、権利を有する者がその権利を実行することは、権利の範囲内であり、かつその方法が社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を超えない限り、違法の問題を生じないとしています。裏を返せば、その範囲や程度を逸脱したときには違法となる余地がある、ということです。なお、訴えを起こす、弁護士に依頼するといった予告そのものは、それだけで違法な脅しになるものではありません。この線引きについては、別の記事で詳しく扱っています。
よくあるご質問
前回はメッセージのやり取りだけです。合意として使えますか
使える余地はあります。書面がなくても和解は成立しうるためです。ただ、やり取りが断片的だと、どこまでを終わらせたのかの範囲が読み取りにくくなります。日付順に並べたうえで、金額や条件が確定した箇所と、その後の支払いや受け取りの記録をつなげておくと、示しやすくなります。
前回の合意書を出すと、かえって相手を刺激しませんか
出し方によります。書面があること、いつの、どの件についての合意かを事実として伝えるのと、相手の主張を否定する言葉を添えるのとでは、受け取られ方が変わります。まずは事実の確認として伝え、こちらの評価は書かない形が扱いやすくなります。
何年も前の合意でも使えますか
合意そのものが時間の経過で消えるわけではありません。ただし、前回の合意で決まった支払いをこちらから求める場面では、消滅時効の問題が出てきます。その期間は、裁判外の合意なのか、調停調書や和解調書のように確定判決と同一の効力を持つものなのかによって扱いが変わります(民法169条1項)。年数が経っている場合ほど、早めに確認しておくと選択肢が残ります。
まとめ
- 和解は書面がなくても成立しうるため、前回の合意があると言えるかは書面の有無だけでは決まらない(民法695条)。
- 前回の合意が口頭、やり取りの記録、私製の書面、公正証書、調停調書や和解調書のどれで残っているかによって、今回できることが変わる。
- 私製の示談書や合意書は、本人の署名または押印があれば真正に成立したものと推定される(民事訴訟法228条4項)。強制執行を受け入れる旨のある公正証書は、それ自体が強制執行の基礎となる(民事執行法22条5号)。
- 調停で成立した合意の調書の記載は裁判上の和解と同一の効力を持ち(民事調停法16条)、訴訟上の和解に係る電子調書の記録は確定判決と同一の効力を持つ(民事訴訟法267条1項)。
- 今回の要求は、前回の範囲内か、前回の履行を求めるものか、前回の外かの三つに仕分ける。履行を求める型を蒸し返しとして扱うと不利になりやすい。
- 前回の合意はこちらの約束を書き残したものでもあるため、持ち出す前に書面全体を読み直す。
- 合意の成立そのものを争われる場面もあり(民法95条、96条1項)、当時の経過を示す材料の量が判断を左右する。
同じ相手からの再度の要求にお困りの方へ
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前回の合意がどの形で残っているかによって、今回取れる手段は変わります。手元の書面やメッセージの記録をお持ちいただければ、その材料でどこまで示せるのか、今回の要求が前回の範囲に入るのかを整理したうえで、次の一手をご案内します。要求を受けている側の方だけでなく、相手が約束を守らないために改めて求める側の方からのご相談もお受けしています。


