営業時間外の呼び出し・長時間の居座り|断るための法的根拠
クレーム対応の解説では、たいてい「記録を残しましょう」と書かれています。ただ、何をどの程度まで書いておけば、あとで警察や弁護士が動ける材料になるのかまで踏み込んだ説明は多くありません。
実際、手元にメモや録音が残っていても、「いつ」「誰が」「どの言葉で」が抜けているために、警察に相談しても具体的な検討に進みにくかったり、弁護士が事実関係を組み立て直すところから始めなければならなかったりすることがあります。
この記事では、正当な申し出も含めた日々のクレーム対応を前提に、あとで使える形で記録を残す方法を整理します。相手を疑ってかかるための記録ではなく、起きたことをそのまま残しておくための記録、という位置づけです。
1.記録には「応対記録」と「証拠」の二つの層がある
同じ「記録」でも、性質の異なる二つの層があります。
応対記録は、内容の当否にかかわらず、業務として淡々と残していくものです。正当な申し出も、判断に迷う申し出も、区別せずに同じ様式で残します。
証拠は、そのうち法的な問題になりそうな場面について、加工せずに保全しておくものです。録音データ、メール、手紙、防犯カメラの映像などが典型です。
この二つを分けずに「深刻なものだけ記録する」という運用にすると、あとで困ることになります。というのも、脅迫や業務妨害が問題になる場面では、一回の言動だけでなく、同じ相手からの申し出が何回、どのくらいの間隔で、どう変化してきたかが重要な意味を持つことが多いからです。深刻になってから記録を始めると、そこに至る経過がまるごと欠けてしまいます。
なお、すべての申し出を記録することは、申し出た人を悪質だと決めつけることではありません。正当な苦情と、応じる必要のない要求との線引きは、記録とは別の問題です(この点は「正当なクレームと悪質クレームの線引き」の記事で扱っています)。
2.「動ける形」は、渡す相手によって違う
記録は、渡す相手によって求められる情報が変わります。ここを意識せずに書かれた記録は、量があっても使いにくいものになりがちです。
| 渡す相手 | 見られるところ | 特に必要な情報 |
|---|---|---|
| 警察 | 犯罪に当たりうる事実が特定できるか | 日時・場所・相手方・具体的な言動の中身・こちらが受けた支障・退去を求めたかどうか |
| 弁護士 | 民事の見通しを立てられるか | 要求の内容とその変遷・こちらに落ち度があるか・約束したことの有無・実際の損害・相手方の特定情報 |
| 自分(社内)の判断 | 対応が一貫しているか | 誰がどこまで答えたか・回答した内容・次の約束 |
たとえば「暴言を吐かれた」という記載だけでは、警察に相談しても検討が進みにくいことがあります。どのような言葉だったのかによって、脅しに当たりうるのか、迷惑な言動にとどまるのかの評価が変わるためです。評価を書くのではなく、評価の材料になる事実を書く、というのが基本の考え方になります。
3.応対記録に残しておきたい8項目
日々の記録は、次の項目を埋める形にしておくと、あとから使いやすくなります。特別な様式は不要で、1件につきA4用紙1枚程度で足ります。
- 日時(受けた時刻と終わった時刻の両方。所要時間が分かる形で)
- 手段と場所(来店、電話、メール、SNS、訪問など。電話なら発信・着信の別)
- 相手方の特定につながる情報(名乗った氏名、電話番号、会員番号、注文番号、来店時の様子)
- 応対した人と同席した人
- 相手の発言(要約せず、言われた言葉に近い形で。特に語気の強い部分や要求の文言)
- こちらの発言と回答(謝罪した場合は、何について謝ったのかまで)
- 要求の内容と期限(「誠意を見せろ」のように内容がはっきりしない場合は、その言葉のまま)
- 次の約束(折り返す、書面で回答する、など)
書くときのポイントは二つです。
ひとつは、事実と評価を分けること。「激高した」ではなく「『どうしてくれるんだ』と、周囲に聞こえる声量で繰り返した」と書きます。前者は書いた人の印象ですが、後者は第三者が評価できる事実です。
もうひとつは、自分に不利に見える部分も残すこと。こちらのミスや、担当者の不適切な言い方があったなら、それも書いておきます。都合の悪い部分だけが抜けている記録は、あとで全体の信用性を下げる要因になります。落ち度があること自体と、相手の要求が過大であることは、別に評価される事柄です。
4.記録の信用性を決めるのは「いつ・誰が書いたか」
同じ内容の記録でも、作られた時期と作成者によって、受け止められ方が変わります。
紛争になってからまとめて作った記録は、後から都合よく整えたものではないかという見方をされることがあります。反対に、紛争が起きる前から、継続的な業務の一環として作られていた記録は、信用できるものとして扱われやすいという考え方が実務では一般的です。日々の応対記録が意味を持つのは、まさにこの点にあります。
そこで、次の三つを運用として決めておくことをおすすめします。
- その日のうちに書く。記憶は翌日には細部から失われます
- 応対した本人が書く。人づてに聞いた内容を管理者がまとめると、伝聞が重なって精度が落ちます
- 書き直さない。修正が必要なときは、元の記載を残したうえで、訂正した日付と理由を追記します
日付があとから動かせない形にしておくことも有効です。紙のノートでも構いませんし、書いた記録を自分宛てにメールで送る、共有フォルダに保存するなど、作成時期が残る方法を選びます。
一人で店舗を営んでいる場合など、様式を整える余裕がないときは、スマートフォンのメモに上の8項目を打ち込み、その日のうちに自分宛てに送っておくだけでも、何もない状態とは大きく違います。
5.録音・録画をどう扱うか
やり取りの録音は、記録として最も手間がかからず、内容の正確さも保ちやすい方法です。実際、応対した従業員が言っていないことを「言われた」と主張されるケースもあり、録音があることでその食い違いを避けられます。
会話の当事者が自分で録音することは、直ちに違法とはいえず、証拠として扱われることが多いと考えられています。ただし、著しく不相当な手段による場合には評価が分かれる余地がありますので、あくまで自分が関与しているやり取りを録るという範囲で運用するのが安全です。
録音していることを相手に伝えるかどうかは、目的によります。伝えれば、行き過ぎた言動を抑える効果が期待できる一方、反発を招くこともあります。伝えずに録れば自然なやり取りが残りますが、後日その点を争われる可能性はあります。電話窓口であれば、あらかじめ自動音声で案内し、店舗であれば掲示しておくと、都度の判断が不要になります。
なお、2026年10月1日に施行される改正労働施策総合推進法にもとづく指針でも、顧客等からの著しい迷惑行為への対処の例として、個人情報保護法を守ったうえでの録音・録画が挙げられています。事業者が記録を残すこと自体は、想定された対応の一つといえます。
録音を扱ううえでの注意点は次のとおりです。
- 一部だけを切り取らない。やり取りの始めから終わりまでを残します。都合のよい部分だけを抜き出したデータは、前後の文脈が分からず、かえって評価を下げます
- 編集しない。書き起こしを作るのは有用ですが、元データは必ず別に保管します
- 機器の日時設定を確認する。日時が合っていないと、いつの記録なのかを説明できません
- 撮影は慎重に。相手にカメラを向ける行為は、その場の緊張を高めることがあります。固定の防犯カメラで残すほうが安全な場面もあります
防犯カメラの映像は、一定期間で上書きされていくのが通常です。保存期間は機器や設定によって幅がありますが、数日から1か月程度とされることが多く、必要だと思ったら早い段階で保存を依頼することが重要です。
6.記録の保管と、個人情報としての扱い
クレームの記録には、相手方の氏名・連絡先などの個人情報が含まれます。作ったあとの扱いにも配慮が必要です。
- アクセスできる範囲を決める。誰でも閲覧できる場所に置かない
- 評価やレッテルを書き込まない。「常習クレーマー」「異常」といった記載は、記録の中立性を損ないますし、外部に出たときに別のトラブルを生みかねません
- 健康状態や障害についての推測を書かない。病歴などは、取得や第三者への提供に本人の同意が原則として必要とされる情報にあたります。推測を記録に残す必要はありません
- 私物の端末だけに残さない。担当者の退職や機種変更で消えることがあります
保存期間については、法律で一律に決まっているわけではありません。目安として、刑事の面では公訴時効が脅迫や業務妨害で3年、恐喝で7年、民事の損害賠償請求権は損害と加害者を知った時から3年とされていますので、少なくともこの程度の期間は残しておくと安心です。同じ相手からの申し出が続いている場合は、その期間中は消さずにまとめて保管します。
なお、警察から捜査関係事項照会という形で情報提供を求められた場合、個人情報保護法上は第三者提供の制限の例外(法令に基づく場合)にあたるとされており、本人の同意がなくても回答できるとされています。提供したときは、求めてきた担当者の所属・氏名と、何を提供したかを控えておくとよいでしょう。
7.警察・弁護士に渡すときの整え方
記録は、そのまま束にして渡すよりも、次の三点を添えたほうが伝わります。
- 時系列表を1枚。日付、手段、相手の言動、こちらの対応を、一行ずつ並べただけのもので構いません
- 証拠の一覧。どの出来事に、どの録音・メール・映像が対応するのかを対応づけます
- 原本は手元に残す。渡すのは写しにし、元のデータは保管します
伝え方にもコツがあります。警察に対しては、「請求が不当だ」という評価から入るよりも、「いつ、どこで、何をされたか」を時系列で伝えるほうが、話が具体的に進みやすくなります。記録の質と渡し方については、「証拠の残し方」の記事でより詳しく扱っています。
8.あとで困りやすい残し方
最後に、よく見られる残し方のうち、あとで使いにくくなりやすいものを挙げます。
- 深刻な件だけ記録している……経過と回数が示せなくなります
- 後日まとめて作っている……作成時期を問われたときに説明が難しくなります
- 評価語だけで書かれている……「暴言」「威圧的」だけでは、第三者が判断できません
- 自分に不利な部分を削っている・切り取っている……全体の信用性に影響します
- 担当者の私物端末や記憶だけに頼っている……人が変わると何も残りません
まとめ
クレーム対応の記録は、相手と戦うために作るものではありません。事実がそのまま残っていれば、正当な申し出には適切に応じられますし、応じる必要のない要求に対しては、警察や弁護士が具体的に動ける材料になります。
大切なのは、深刻になってから慌てて記録を始めるのではなく、普段の応対を、決まった様式で、その日のうちに残しておくことです。特別な仕組みは要りません。日時、相手、言われた言葉、こちらの回答──この4点が揃っているだけでも、あとの選択肢は大きく広がります。
対応を続けるかどうか迷う段階、あるいは相手の言動が度を越してきたと感じた段階で、記録を持って早めに相談されることをおすすめします。


