恋人から暴力を受けた|暴行罪・傷害罪と慰謝料請求
この記事で扱う範囲
性風俗店を利用してトラブルになった方から、「あれから何年たてば終わりますか」「時効が来れば逮捕されませんか」というご質問をいただくことがあります。
もっとも、この「時効」という言葉は、性質のまったく違う二つの制度をひとまとめに指しています。一つは、検察官が起訴できる期間の上限である公訴時効(刑事)。もう一つは、相手方が損害賠償などを請求できる期間の上限である消滅時効(民事)です。二つは、数え始める時点も、期間も、終わり方も別々に動きます。
この記事は、利用した客側の立場から、この二つの時効を一覧で整理したうえで、表の年数がそのまま当てはまらない場面を示すものです。なお、相手が18歳未満だった場合や、すでに警察の捜査が始まっている場合は、期間の計算より先に個別の検討が必要になります。
刑事の時効と民事の時効は別の時計で動く
最初に、二つの違いを整理します。
| 項目 | 公訴時効(刑事) | 消滅時効(民事) |
|---|---|---|
| 消えるもの | 検察官が起訴する権限 | 相手方が請求する権利 |
| 数え始める時点 | 犯罪行為が終わった時(刑事訴訟法253条) | 損害と加害者を知った時、または行為の時(民法724条ほか) |
| 完成したときの効果 | 起訴されなくなる | 相手が援用すれば請求が通らなくなる |
| 自動で終わるか | 期間の経過で完成する | 援用という意思表示が必要(民法145条) |
| 止まる・数え直しがあるか | 国外滞在などで進行が停止 | 承認・裁判上の請求などで更新や猶予 |
ここで押さえておきたいのは、片方が終わっても、もう片方は残るという点です。刑事の公訴時効が完成しても民事の請求権は別に生きていますし、逆に民事で示談が成立しても、それだけで刑事手続が当然に終わるわけではありません。
【早見表1】刑事の公訴時効(性的な行為・撮影データ)
| 問題になり得る罪名 | 公訴時効 |
|---|---|
| 不同意わいせつ罪(刑法176条) | 12年 |
| 不同意性交等罪(刑法177条) | 15年 |
| 不同意わいせつ等致傷罪・不同意性交等致傷罪(刑法181条) | 20年 |
| 撮影罪(性的姿態等撮影罪 2条) | 3年 |
| 提供罪(同法3条1項) | 3年 |
| 不特定多数への提供・公然陳列(同法3条2項)、影像送信(同法5条) | 5年 |
| 保管罪(同法4条) | 3年 |
| 公然わいせつ罪(刑法174条) | 3年 |
| 迷惑防止条例違反(のぞき・盗撮/東京都の場合) | 3年 |
| 軽犯罪法違反(1条23号のぞき) | 1年 |
期間の根拠は刑事訴訟法250条です。同条2項は法定刑の重さに応じて時効期間を定めており、たとえば長期5年未満の拘禁刑または罰金に当たる罪は3年、長期10年未満は5年、長期15年未満は7年とされています。性犯罪については同条3項に特則が置かれ、2023年6月23日施行の改正でそれぞれ5年ずつ延長されました。
【早見表2】刑事の公訴時効(金銭・言葉・実力行使)
風俗トラブルでは、立場が入れ替わって客側が被害を受けることもあります。次の罪名は、請求される側にも、届け出る側にも関係します。
| 問題になり得る罪名 | 公訴時効 |
|---|---|
| 恐喝罪(刑法249条) | 7年 |
| 詐欺罪(刑法246条) | 7年 |
| 傷害罪(刑法204条) | 10年 |
| 脅迫罪(刑法222条) | 3年 |
| 強要罪(刑法223条) | 3年 |
| 暴行罪(刑法208条) | 3年 |
| 器物損壊罪(刑法261条) | 3年 |
| 名誉毀損罪(刑法230条) | 3年 |
| 建造物侵入罪(刑法130条前段) | 3年 |
相手が18歳未満だった場合は別枠で考える
児童買春・児童ポルノ禁止法や各都道府県の青少年健全育成条例が問題になる場面では、時効の枠組み自体が変わります。年数の目安は次のとおりですが、被害者が犯罪行為の終了時に18歳未満だった場合には、18歳に達する日までの期間が時効期間に加算されます(刑事訴訟法250条4項)。当時の年齢によっては、表の年数に十数年が上乗せされることになります。
- 児童買春(児童買春・児童ポルノ禁止法4条)=5年
- 児童ポルノの製造・所持(同法7条1項・3項など)=3年
- 青少年健全育成条例違反(東京都の場合)=3年
【早見表3】民事の消滅時効
民事は「請求される側」だけの問題ではありません。ぼったくりや脅しの被害を受けた側が請求する場合にも、同じように期間の制限がかかります。
| 請求の種類 | 期間 | 起算点の考え方 |
|---|---|---|
| 慰謝料・損害賠償(本番・盗撮など) | 3年/20年 | 損害と加害者を知った時/行為の時(民法724条) |
| ケガを負わせた場合の損害賠償 | 5年/20年 | 同上(民法724条の2) |
| 店との契約に基づく請求(料金・キャンセル料など) | 5年/10年 | 権利を行使できると知った時/行使できる時(民法166条1項) |
| 払いすぎた金銭の返還請求(不当利得) | 5年/10年 | 同上 |
| 恐喝・脅迫を受けた側からの損害賠償 | 3年/20年 | 民法724条 |
| 詐欺・強迫を理由とする取消し | 5年/20年 | 追認できる時/行為の時(民法126条) |
二つの期間はどちらか短い方が先に来た時点で問題になります。また、「支払った金額が不当だったので返してほしい」という主張にも期限がある点は見落とされがちです。その場では飲み込んだ請求について後から争うつもりがあるなら、時間はこちらにも味方しません。
表の年数がそのまま当てはまらない5つの理由
1 罪名を自分で決めることはできない
時効の年数は罪名から逆算されるものなので、前提となる罪名がずれれば計算も崩れます。「条例違反だから3年」と考えていた行為が、撮影罪や別の罪として評価されることもあります。どの罪に当たるかを判断するのは捜査機関であり、相手方が口にした罪名が正確とも限りません。
2 「行為が終わった時」がいつかは争いになり得る
公訴時効は行為が終わった時から進みます(刑事訴訟法253条)。撮影データについては、撮影そのもの(撮影罪2条)と、提供や公然陳列の目的で保管する行為(同法4条)が別の罪として定められています。後者は提供などの目的があって初めて成立するもので、単に手元に残っているだけで当然に成立するわけではありませんが、行為が続いていると評価される類型では、起算点の判断自体が争点になり得ます。データを誰かに送れば、その時点から別の罪の時効が新たに動き始めます。
3 国外にいる期間は進行が止まる
犯人が国外にいる間、公訴時効の進行は停止します(刑事訴訟法255条1項)。逃亡の目的がなくても、出張や旅行の期間が対象になると解されています。長期の海外赴任がある方は、単純な年数計算とずれることがあります。
4 被害者が18歳未満だった場合は加算される
前述のとおり、犯罪行為の終了時に被害者が18歳未満だった場合、18歳に達する日までの期間が加算されます(刑事訴訟法250条4項)。年齢の確認を怠っていた場合ほど、この加算の影響が大きくなります。
5 2023年の改正は過去の行為にも及ぶことがある
性犯罪の公訴時効を延長した2023年の改正は、施行時点でまだ時効が完成していなかった行為にも適用されます。「当時の法律では7年だった」という前提で数えていると、実際にはより長い期間が適用されている可能性があります。
民事の時効は「まだ始まっていない」ことがある
起算点は相手が加害者を知った時
民法724条の3年は、行為の時からではなく、被害を受けた側が損害と加害者を知った時から数えます。風俗の利用は匿名性が高く、相手方が誰に請求すべきかを把握していない期間が続くこともあります。その場合、行為から3年が過ぎていても3年の期間は進み始めていないと評価される余地があり、後になって請求が届くことがあります。もう一方の20年は行為の時から進みますが、こちらは相当長い期間です。
一部でも払うと数え直しになる
相手の請求を承認すると、時効はそこから改めて進行します(民法152条1項)。一部だけ支払う、分割払いの念書を書く、支払いを待ってほしいと申し入れる。いずれも承認と評価され得る行為です。時効を意識している方ほど、この点は結果を左右します。
交渉や裁判で完成が先送りになる
裁判上の請求、支払督促、協議を行う旨の書面での合意などがあると、時効の完成は猶予され、あるいは更新されます。催告にも6か月の猶予の効果があります。書面が届いた時点で、時計は単純には進まなくなると考えておくのが安全です。
時効は自動では終わらない
民事の消滅時効は、期間が過ぎれば当然に消えるものではなく、援用という意思表示が必要です(民法145条)。つまり、「もう時効です」と相手に伝えて初めて効果が生じます。
ここに実務上の悩みどころがあります。援用は相手方に対して行うものなので、身元を明かしたくないという希望と、時効を主張したいという希望は、しばしば両立しません。相手からの連絡を無視し続けた結果、訴訟を起こされて時効の主張の機会そのものを逃す、という展開もあり得ます。代理人を通じて対応するかどうかも含め、方針を決めておく必要があります。
時効が完成しても残るもの
- 刑事の時効が完成しても、民事の請求権は別に残っている
- すでに支払った金銭は、時効の完成によって戻ってくるものではない
- 店側や相手方が保有している記録、ネット上に出てしまった情報は消えない
- データを保管し続けている、あるいは第三者に渡したといった事情があれば、新たな評価の対象になり得る
なお、前科・前歴の残り方や、勤務先・家族に知られる経路は時効とは別の枠組みの話です。これらは別のコラムで扱っています。
「待つ」という選択をする前に
率直に申し上げると、時効の完成を目標に行動することは、あまり現実的ではありません。年数の前提となる罪名も起算点も自分では確定できず、その間に相手方が動けば期間は簡単に延びます。何より、待っている数年間の不安そのものが生活に影響します。
そのうえで、いま自分がどの位置にいるのかを確認するために、次の4点を整理しておくと、相談の中身が具体的になります。
- いつの出来事か。年月日まで書き出せるか
- 何をしたと言われているのか。事実として争いがない部分とない部分はどこか
- 相手方は誰か。店なのか、従業員本人なのか、代理人を名乗る第三者なのか
- これまでに支払い・署名・返信をしたことがあるか。あるなら、いつ、どの内容か
まとめ
風俗トラブルの「時効」は、刑事と民事という別々の時計で動いており、片方が終わってももう片方は残ります。刑事は行為が終わった時から、民事は相手が損害と加害者を知った時から数えるため、手元の記憶で「もう終わったはず」と判断するのは難しいのが実情です。
年数を知ることは、逃げ切る方法を探すためではなく、いま自分に何が残っていて、何が期限に近づいているのかを把握するために役立ちます。期限のある書面が届いている場合や、支払い・署名をすでにしてしまった場合は、早めに弁護士へご相談ください。


