被害者(嬢)が示談を拒否している|それでも不起訴を目指す方法
風俗店に行く前後に一杯だけ立ち寄った店、あるいは街で声をかけられて入ったキャバクラで、会計時に想定外の金額を告げられる。「1時間4,000円」と聞いていたはずが、伝票には数十万円が並んでいる——こうした相談は、繁華街を利用する方から今も継続的に寄せられます。
このとき最も難しいのは、判断する時間がほとんど与えられないことです。深夜、酒が入り、周りは店の人間ばかりで、翌日に持ち帰って検討するという選択肢が事実上ありません。
この記事では、会計の場で「支払いを拒めるのか」という問いを、契約のルール・東京都のいわゆるぼったくり防止条例・改正風営法の3つの角度から整理します。踏み倒しを勧めるものではなく、払うべき額と払う義務のない額を切り分け、その場で確定させられてしまわないための整理です。
1. 「請求された額」と「支払う義務のある額」は同じではない
飲食店の会計は、店と客の契約に基づく代金の支払いです。契約は当事者の合意で成立しますから、客が認識も了解もしていない料金体系を、店が一方的に押し付けることは原則としてできません。
裁判所の判断も、この点をかなり厳格に見ています。実際の裁判例では、次のような処理がされています。
- 請求そのものが認められなかった例:キャッチから「1人1時間4,000円」と説明されて入店した客に対し、店が高額な請求をした事案で、店側は「入口と各テーブルに料金表を置いていた」と主張しましたが、裁判所はその立証がないとして、客は料金体系を知らずに飲食したと認定。錯誤を理由に契約の効力を否定し、店の請求を退けました(東京地裁 平成28年1月12日判決)。
- 暴利行為として無効とされた例:セット料金やテーブルチャージに加え、「ボーイチャージ」「ボトルチャージ」「リザベーションチャージ」などの名目で1割ずつ加算を重ねる算定方法について、一般的な料金水準を大幅に上回るうえ、店側が客の誤解をあえて放置していたとして、公序良俗に反し無効と判断されました(東京地裁 平成27年12月11日判決)。
- 大幅に減額された例:店が「料金を説明した」として録音や壁の料金表を証拠に出しても、録音日時の信用性や掲示時期が立証できず、認められた代金が請求額の一部にとどまった事案もあります。
読み取れる実務上のポイントは、①料金を説明したことの立証は実質的に店側の負担になりやすい、②「料金表が壁にあった」だけでは客が認識したことにならない、③名目を分けて掛け算を重ねる加算方式は、それ自体が不当性を疑わせる事情になりうる、の3点です。
ただし、実際に飲食やサービスの提供を受けている以上、「一円も払わなくてよい」と当然に言えるわけではありません。国民生活センターも、契約が成立していないという考え方がある一方で、飲食した事実がある以上すべてが不当請求と言い切れるかは一概に判断できない、という整理を示しています。争点になるのは通常、「ゼロか全額か」ではなく「いくらか」です。
2. 東京都のぼったくり防止条例——射程を正確に押さえる
正式名称と対象
通称「ぼったくり防止条例」は、東京都では**「性風俗営業等に係る不当な勧誘、料金の取立て等及び性関連禁止営業への場所の提供の規制に関する条例」**(平成12年東京都条例第196号)が正式名称です。現行の条文は令和7年6月1日施行のものです。
名称に「性風俗営業等」とありますが、条例2条1項3号は、**営業所で客の接待をして酒類を提供する営業(バー、酒場など)**も規制対象に含めています。つまり、キャバクラ、セクシーキャバクラ、女性が横に座って接客するタイプのバーは、この条例の射程に入ります。
一方で、接待を伴わない純粋なバーは、この3号には当たりません。ここは競合記事でもあまり触れられていない点で、「ぼったくりバー」と呼ばれていても、条例が使える店とそうでない店があります(後述する民事のルールや刑法は、どちらにも及びます)。
指定区域は歌舞伎町だけではない
条例の料金表示義務や不当勧誘・不当取立ての禁止(第4章)は、公安委員会が指定した区域内の営業に適用されます。「新宿・渋谷・池袋・上野の4地区」と説明する情報もありますが、実際の告示(昭和ではなく平成12年公安委員会告示第248号、令和3年4月30日施行)は丁目単位で30を超える区市に及びます。
歌舞伎町・道玄坂・池袋のほか、銀座、新橋、六本木、西麻布、赤坂、上野、浅草、錦糸町、五反田、赤羽、北千住、さらに八王子・立川・吉祥寺・町田といった多摩地域の繁華街も、それぞれ丁目を特定して指定されています。「この街は対象外だろう」と決めつける前に、告示を確認する価値があります。
条例が禁じている3つのこと
| 条文 | 内容 |
|---|---|
| 第3条 | 料金、および違約金その他名目を問わず客が支払うべきとされる金銭の内容を、営業所内で客に見やすいように表示する義務 |
| 第4条1項 | 勧誘・広告・宣伝にあたり、料金を実際より著しく低廉と誤認させる事項を告げ、または表示すること/違約金等について不実のことを告げることの禁止 |
| 第4条2項 | 粗野・乱暴な言動を交えて、または預かった所持品を隠匿するなど迷惑を覚えさせる方法で料金や違約金を取り立てることの禁止 |
第4条は「何人も」と定めているため、店の経営者だけでなく、街で声をかけたキャッチや、取立てを担当した人物にも直接及びます。また、条文上、取立ての場所は営業所内に限られていないため、店の外に連れ出して支払いを迫る行為も対象になりうると解されています。
罰則は、第4条違反および第3条に反する誤認表示等が6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金(第11条2項)、公安委員会の営業停止命令に違反した場合が1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金(同条1項)です。法人にも罰金が科されうる両罰規定(第12条)が置かれています。
条例違反=支払義務が消える、ではない
ここは誤解が生じやすいところです。ぼったくり防止条例は行政上の取締りと処罰のための規定であり、違反があったからといって、それだけで民事上の支払義務が自動的に消えるわけではありません。
もっとも、条例違反にあたる事情は、①警察が動くための具体的な根拠になる、②民事で錯誤や公序良俗を主張する際の評価材料になる、という2つの意味で実務上重要です。「条例で禁止されている取立てを受けている」と説明できることは、その場の交渉でも意味を持ちます。
3. 2025年改正風営法——指定区域の外でも使える規定
2025年5月28日公布・6月28日施行の改正風営法(令和7年法律第45号)で、接待飲食営業に対する規制が追加されました。ぼったくり防止条例の指定区域外の店にも及ぶため、押さえておく価値があります。
- 第22条の2第1号:接待飲食営業を営む者が、料金の支払等をさせる目的で客を威迫して困惑させる行為の禁止。違反には6月以下の拘禁刑または100万円以下の罰金(第53条2号)。この禁止は許可の有無を問わない書きぶりになっており、無許可営業の店にも及びます。
- 第18条の3:接待飲食営業を営む風俗営業者について、料金に関する虚偽・誤認を生じさせる説明や、注文を受けていない飲食物を提供して困惑させる行為などを遵守事項違反と位置づけ。こちらは刑事罰ではなく、指示や営業停止といった行政処分の対象です。
高額会計の現場で起きていることの多くは、この2条のいずれかに触れる可能性があります。
4. 会計の場で何ができるか——支払う前が分岐点
一度支払ってしまうと、後から取り戻すハードルは大きく上がります。裁判で争って店の請求が退けられた例は複数ありますが、それらはいずれも店側が請求してきたケースです。払った側が返還を求める場合、勝訴しても回収できるかは別問題になります。
そのうえで、現場での考え方を整理します。
安全を最優先にする。
相手が複数で威圧的な状況では、抵抗や口論は避けてください。以下はあくまで安全が確保できる範囲での対応です。
110番通報する。
警察に間に入ってもらい、店の従業員と物理的に切り離してもらうだけで、冷静な判断ができるようになります。「民事不介入だ」と言われることもありますが、警視庁が繁華街の料金トラブルで客と店を分離して事情を聴く運用をとったことについて、裁判所はその対応に国家賠償法上の違法はないと判断しています(東京地裁 平成29年6月13日判決)。料金トラブルに警察が関与できないという前提は、必ずしも正しくありません。
「聞いていた金額」は支払う姿勢を示す。
「1時間4,000円と聞いたので、その分は払います」と述べて現実に提供することは、民法493条の弁済の提供にあたりえます。店が受け取らなくても、支払う意思があったことを記録に残せる点に意味があります。後述する無銭飲食の主張を封じるうえでも有効です。
その場で確定させる行為を避ける。
具体的には、伝票・売上票・念書へのサイン、クレジットカードの暗証番号の入力、身分証の交付やコピーの許諾です。いずれも「客が金額を承諾した」という外形を作ってしまいます。
記録を残す。
会話の録音(自分が当事者である会話の録音は原則として証拠になりえます)、料金表やメニューの撮影、入店・退店時刻、店名と所在地、店員の人数と特徴。後で条例違反や刑事事件として説明するとき、この情報の有無が結果を分けます。
帰れない・脅されている場合。
出口をふさがれて帰れない状態は逮捕監禁罪(刑法220条)、「払わなければどうなるか分かっているのか」といった言動は恐喝罪(同249条)の問題になりえます。「会社に電話する」「家族に知らせる」と告げて支払いを迫る行為も、条例4条2項の不当な取立てや恐喝にあたりうるものです。
5. 「支払わずに出たら無銭飲食(詐欺)になるのでは」という
会計を拒む方が最も恐れるのがこの点です。
詐欺罪(刑法246条)が問題になるのは、代金を支払う意思がないのに飲食した場合です。支払う意思はあるが金額の合意内容に争いがある、という状況は、本来これとは別の問題です。実際、ガールズバーの料金約8万円を支払えず詐欺罪で起訴された客について、伝票の記載に客観的事実に反する部分があるなどとして無罪判決が言い渡された例もあります。
そのうえで、リスクを下げる行動は次のとおりです。
- 身元を隠して立ち去らない(氏名・連絡先を告げる、警察官に伝える)
- 自分が認識していた金額は現実に支払う、または支払いを申し出る
- 「金額に争いがあるので、必要なら店から請求してほしい」と明確に述べる
金額が正当だと店が考えているのであれば、店の側が後から請求すればよい、というのが本来の筋です。
6. すでに支払ってしまった場合
クレジットカードで支払った場合。 その日のうちにカード会社へ連絡し、事情を伝えて支払いの保留と加盟店情報・決済明細の開示を求めます。あわせて警察に届け出た記録を残しておくことが重要です。過去には、ぼったくりバーでの決済についてカード会社から客への請求が認められなかった裁判例もあり、そこでは被害直後に消費生活センターへ相談し、カード会社と警察に届け出ようとしていた事実が客に有利な事情として考慮されたとされています。速やかに動いた記録があるかどうかが分かれ目になります。
なお、暗証番号を自分で入力している場合は、本人の意思による決済という外形が強くなり、争うハードルは上がります。
現金で支払った場合。
領収書がなく、店の実在も確認しづらいケースでは、回復は容易ではないのが実情です。ここは正直にお伝えします。それでも、警察への相談記録、消費生活センター(消費者ホットライン188)への申告、店舗情報の収集は、後の交渉や訴訟の前提になります。
後日請求を受けている場合。
身分証のコピーを取られ「残額を払え」と連絡が来ているケースでは、応じる前に請求の根拠を確認してください。一部でも支払うと、支払義務を認めたと評価されることがあります。
7. 「知られたくない」を人質にされないために
風俗店の利用前後に起きたトラブルでは、店側がその事実を交渉材料にしてくることがあります。「家族に連絡する」「会社に伝える」といった言葉は、支払いを急がせるために向けられるものです。知られたくないという気持ちに従ってその場で払うと、金銭的な損失に加え、相手に「この人は払う」という情報を渡すことになり、後日の追加請求につながる例も見られます。
弁護士には守秘義務があり、相談内容が家族や職場に伝わることはありません。相手方との連絡窓口を代理人に一本化すれば、直接の接触自体を止められます。深夜に一人で判断する状態から抜け出すことが、まず優先されるべきだと考えます。
まとめ
- 請求された額がそのまま支払義務の額になるわけではない。争点は通常「ゼロか全額か」ではなく「いくらか」
- 裁判所は、料金の説明があったことの立証を店側に厳しく求める傾向にある
- 東京都のぼったくり防止条例は、指定区域内で接待をして酒類を提供する営業が対象。指定区域は歌舞伎町など一部に限られず、丁目単位で広く指定されている
- 条例違反は支払義務を当然に消滅させないが、警察が動く根拠と民事の評価材料になる
- 2025年改正風営法により、料金の支払いをさせる目的で客を威迫して困惑させる行為に刑事罰が新設された
- 現場では、安全確保・110番・「聞いていた金額」の弁済の提供・サインと暗証番号の回避・記録の保全
- 支払った後は速やかにカード会社と警察へ。動いた記録の有無が結果を左右する
金額が大きい場合や、すでに支払ってしまった場合、後日請求が続いている場合は、一人で判断せず早い段階でご相談ください。


