不倫相手の配偶者から慰謝料を請求された|減額・拒否できるケース
同棲を解消すると決まったあと、意外にもめやすいのが退去にまつわるお金です。「敷金は半分ずつ出したのに、返金は相手の口座に入るらしい」「原状回復費用の請求書が届いたが、傷をつけたのは相手だ」「短期解約の違約金まで請求された」——こうした行き違いは、感情のもつれと重なって長引くことがあります。
ここで押さえておきたいのは、退去費用の問題は**「大家さん(貸主)に対して誰が責任を負うか」と「二人のあいだで誰が負担するか」が別の問題**だという点です。この二つを混ぜて話し合うと、議論がかみ合いません。本コラムでは、男女どちらの立場からでも使えるように、法律上の考え方を順に整理します。
1.退去費用は「三つの層」に分けて考える
同棲解消時の退去費用は、次の三層に分解すると整理しやすくなります。
- 貸主との関係:貸主に対して支払義務を負うのは誰か(契約名義で決まります)
- 二人の内部関係:支払った人が、相手にいくら請求できるか(合意と証拠で決まります)
- 損傷を作った人の責任:具体的な傷や汚れを生じさせた側が、どこまで負担すべきか
「相手が壊したのだから自分は払わない」という主張は、3の層では筋が通っていても、1の層では通らないことがあります。貸主は契約書に書かれた相手にしか請求しないためです。
2.貸主に対して責任を負うのは、原則として契約名義人
賃貸借契約は、貸主と**賃借人(契約名義人)**との契約です。同棲相手が「入居者」「同居人」として届け出られているだけの場合、その人は契約当事者ではありません。
そのため、退去時の原状回復費用や未払賃料、短期解約の違約金について、貸主が請求する相手は名義人です。名義人でない側が「自分は契約していないから関係ない」と考えるのも、名義人が「傷は相手がつけたのだから貸主は相手に請求すべきだ」と考えるのも、契約関係の上では通りにくい整理になります。
また、賃借人は、自分が住まわせた同居人の行為によって生じた損傷についても、貸主に対して責任を負うと扱われるのが一般的です。名義人の側は、この点をあらかじめ意識しておく必要があります。
連名契約(共同名義)の場合
二人が連名で賃借人となっている場合は、双方が契約当事者です。共同で一つの部屋全部を使う関係にあるため、賃料などの金銭債務は分割されず、貸主は各人に対して全額を請求できると考えられています(古い大審院判例以来の考え方で、契約書に連帯債務の定めが置かれていることも多くあります)。
つまり連名契約では、「自分の分は半分だけ払う」という対応は貸主に対しては通りません。内部的な負担割合は、支払った側から相手に求償する(民法442条など)という形で処理することになります。
保証人・保証会社がいる場合
名義人の親などが連帯保証人になっている場合、貸主は保証人にも請求できます。退去費用を放置すると、実家に連絡が入るなど、当事者以外に影響が及ぶことがあります。
3.敷金は誰に返ってくるのか
敷金は、賃料その他の賃貸借から生じる賃借人の債務を担保する目的で、賃借人が貸主に交付する金銭です(民法622条の2)。未払賃料や賃借人が負担すべき原状回復費用があれば、そこから充当され、残額が明渡し後に返還されます。返還請求権が発生するのは明渡しが終わった後であり、契約期間中に「敷金を家賃に充てる」と一方的に主張することはできません。
ここから導かれるのは、敷金の返還先は契約名義人だということです。契約時に二人で半分ずつ出していたとしても、貸主は名義人に返金します。同居人が貸主に対して直接「自分の出した半分を返してほしい」と請求することは、契約当事者でないため難しくなります。
では、半分を出した側は諦めるしかないのか。そうではありません。これは前述の「二人の内部関係」の問題として、名義人に対して精算を求めることになります。もっとも、その前提として次のような点が問われます。
- 敷金の一部を実際に負担した事実(振込記録、当時のやり取り)
- それが貸与・立替だったのか、贈与や生活費の分担だったのか
- 返還時に精算する約束があったか
現金でまとめて渡していた、家計から曖昧に出していた、といったケースでは、負担の事実自体の立証が壁になりがちです。逆に、名義人の側から見れば、相手の出した分を返さないままにしておくと、後から請求を受ける余地が残るということでもあります。
4.原状回復はどこまで払う義務があるのか
「誰が払うか」の前に、「そもそもいくら払う義務があるのか」を確認しておく価値があります。請求書の金額が当然に正しいとは限らないためです。
民法621条は、賃借人が原状回復義務を負う範囲から、通常の使用によって生じた損耗(通常損耗)と経年変化を明示的に除いています(2020年4月1日施行の改正で明文化)。日焼けによるクロスの色あせ、家具の設置跡、テレビや冷蔵庫の背面の電気ヤケ、設備の経年劣化などは、原則として貸主の負担です。原状回復とは「借りたときの状態に戻すこと」ではない、という点が出発点になります。
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」は、法規そのものではありませんが、通常損耗と借主負担の線引きや部位別の考え方を示した実務上の指針として、紛争の場面で参照されることがあります。ガイドラインでは経過年数に応じて借主の負担を軽減する考え方が採られており、たとえばクロスは耐用年数6年として、入居期間に応じた残存価値をもとに負担割合を調整するという整理がされています。長く住んでいた部屋の壁紙について、新品への張替費用の全額を当然に負担させられるわけではない、ということです。
「特約があるから全額負担」とは限らない
契約書に「退去時のクリーニング費用は賃借人負担」「通常損耗も賃借人負担」といった特約が入っていることは珍しくありません。こうした特約が一律に無効になるわけではありませんが、有効性は厳格に判断される傾向があります。
最高裁平成17年12月16日判決は、通常損耗の補修義務を賃借人に負わせるには、負担することになる通常損耗の範囲が契約書の条項自体に具体的に明記されているか、口頭で説明を受けて賃借人が明確に認識し合意したと認められるなど、特約が明確に合意されていることが必要だとしています。範囲も金額も示されない包括的な条項は、消費者契約法10条により無効と判断される余地もあります。
敷金から一定額を無条件に差し引く敷引特約についても、最高裁平成23年3月24日判決が、通常損耗の補修費用として想定される額や賃料額などに照らして敷引金の額が高額に過ぎる場合には、特段の事情がない限り消費者契約法10条により無効となるとの判断を示しています。
ハウスクリーニング特約についても、負担の範囲や金額が明示され、賃料水準に照らして妥当な額であるかといった点が問われます。金額の記載がなく範囲も不明確な条項について、有効性を否定した下級審の判断もみられます。
同棲解消の場面での実務的な意味は明確です。二人で負担を分け合う前に、貸主の請求額そのものが妥当かを一度確認したほうがよいということです。分ける対象の金額が下がれば、争いの幅も小さくなります。
5.同棲だからこそ問題になりやすい損傷
通常損耗を超える損傷、つまり賃借人が負担すべき部分については、「どちらが作ったのか」が二人のあいだの争点になります。同棲の場面でよく挙がるのは次のようなものです。
- 喫煙によるヤニ汚れ・臭い:一方だけが喫煙者だった場合、内部負担をめぐって対立しやすい項目です
- ペットによる傷や臭い:飼い始めた経緯や世話の分担とは別に、損傷としての評価がなされます
- 結露やカビの放置:換気・清掃を怠ったことによる拡大は、善管注意義務違反と評価されることがあります
- 模様替えに伴う釘穴・ネジ穴・据付け:下地ボードに達する穴などは借主負担とされる傾向があります
- 家具の運び出し時の傷:退去作業そのもので生じることもあり、立会い前に確認しておく必要があります
もっとも、二人で暮らした部屋の損傷を「これは誰の分」と厳密に切り分けるのは容易ではありません。原因が一方に明らかに帰属する場合(喫煙、持ち込んだペット、一方の不注意による破損)を除けば、実務上は話し合いで割合を決めるほかない場面が多くなります。
なお、契約で同居が認められていない物件に相手を住まわせていた場合、用法違反として別途責任を問われる可能性があります。この点も、精算前に確認しておきたいところです。
6.引越費用や違約金を相手に請求できるか
「相手の一方的な申出で同棲解消になったのだから、引越費用や違約金を出してほしい」という相談は少なくありません。
しかし、交際やその解消は本来自由であり、同棲を解消したこと自体を理由に、引越費用や違約金の負担を当然に請求できるとは考えにくいのが原則です。同棲そのものを直接保護する法律の規定はなく、婚姻に関する規定がそのまま及ぶわけでもありません。
例外として、婚約が成立していた場合の正当な理由のない破棄、事実上の夫婦関係(内縁)と評価できる関係の一方的な破棄などでは、損害賠償が問題となる余地があります。ただし、婚約や内縁と認められるかどうかは、両親への紹介、結納や指輪の授受、生活の一体性、期間、周囲への表明といった事情を総合して判断され、同棲期間が長いことだけで直ちに認められるものではありません。
一方、契約前に「別れたときは引越費用を負担する」といった具体的な約束をしていた場合は、話が変わります。その合意を裏づける記録(メッセージ、立ち会った第三者の存在など)があれば、合意に基づく請求として検討できます。
短期解約違約金(入居から一定期間内の解約で賃料1か月分程度を支払う定め)についても、貸主に対しては名義人が支払うことになり、二人のあいだの負担は内部の話し合いで決めることになります。
7.退去前にやっておきたいこと
退去してしまうと、確認が難しくなる事柄が増えます。順序としては、次のような準備が有効です。
- 契約書を二人で確認する:名義、原状回復・クリーニングの特約、敷引、違約金、同居の可否
- 退去前の室内を記録する:日付のわかる写真・動画で、部位ごとに撮影しておく
- 立会いに可能な限り双方が同席する:後から「聞いていない」を防げます
- 精算書・見積書の内訳を受け取る:部位、単価、経過年数の控除が示されているかを確認
- 請求額の妥当性を確認したうえで、内部の負担割合を決める
- 決めた内容を書面にする
書面には、次の項目を入れておくと蒸し返しを防ぎやすくなります。
- 原状回復費用・違約金の負担割合と支払期限、支払方法
- 敷金が返還された場合の分け方(返還額が確定してからの精算方法も)
- 家具・家電などの帰属と処分方法
- 公共料金・通信契約・保険の解約と精算の担当
- 今後この件について互いに金銭を請求しないという清算条項
清算条項は、あとから追加請求が出ることを防ぐ意味を持ちます。一方で、まだ金額が確定していない項目まで含めてしまうと、自分にとって不利になることもあります。何を清算の対象に含めるかは、慎重に決めるべき部分です。
8.話し合いがまとまらないとき
対立の相手が誰なのかによって、取り得る手段が変わります。
貸主との争い
(請求額が高すぎると考える場合)では、内訳の開示を求め、ガイドラインの考え方に沿った説明を求めるところから始まります。各都道府県の宅地建物取引業協会や消費生活センターの相談窓口を利用する方法もあります。金額が争いになる場合、少額訴訟や通常訴訟で敷金返還を求めることも選択肢です。
相手との争い
(内部の負担割合や敷金の分け方)では、まず書面でのやり取りに切り替えるのが現実的です。金額が比較的小さい場合は少額訴訟、感情的な対立が強い場合は民事調停といった手続もあります。
いずれの場合も、費用が確定してから動くほうが交渉の見通しが立ちます。退去前に「いくらになるかわからないが半分出せ」と迫っても、話は進みにくいものです。
なお、話し合いの過程で、相手から執拗な連絡や、金銭の支払いを迫る強い言動が続くようであれば、それは退去費用の問題とは別のレイヤーの問題です。無理に自分だけで対応せず、早い段階で第三者を入れることを検討してください。
まとめ
- 退去費用は「貸主に対する責任」と「二人の内部負担」を分けて考える
- 貸主に対して責任を負うのは契約名義人。連名契約なら双方が全額を請求され得る
- 敷金の返還先は名義人。半分出した側は内部の精算として求めることになり、負担の証拠が要になる
- 通常損耗と経年変化は原則として賃借人の負担ではない(民法621条)。特約があっても、明確な合意と妥当な内容が求められる
- 分け合う前に、請求額そのものの妥当性を確認する
- 同棲解消それ自体を理由に引越費用等を当然に請求できるとは考えにくい。婚約・内縁や個別の約束があれば別
- 決めた内容は清算条項を含めて書面に残す
退去費用のような比較的少額の問題であっても、名義や合意の有無によって結論が変わり、当事者だけで整理するのは負担が大きいものです。金額の妥当性の判断や、書面の作り方に不安があるときは、早い段階で弁護士に相談することで、余計な出費や長期化を避けやすくなります。


