被害届と告訴の違い|ストーカー・脅迫でどちらを選ぶ
配偶者の不貞が分かったとき、多くの方が最初に抱く疑問のひとつが「なぜ、夫婦でもない相手にまで慰謝料を請求できるのか」というものです。逆に請求を受けた側からは「夫婦の問題なのに、どうして自分が払うことになるのか」という声も少なくありません。この記事では、不貞相手に慰謝料を請求できる法律上の理由と、同じ理由から導かれる「請求が認められにくい場合」を、請求する側・請求された側の双方の視点から整理します。
請求の根拠は「夫婦の約束」ではなく不法行為
夫婦はお互いに貞操を守る義務を負うと考えられていますが、この義務はあくまで夫婦の間のものです。不貞相手は夫婦のどちらとも契約を結んでいませんし、夫婦間の義務を負う立場にもありません。それでも請求が認められるのは、慰謝料の根拠が契約ではなく不法行為(民法709条・710条)に置かれているからです。
不法行為は、故意または過失によって他人の権利や法律上保護される利益を侵害した場合に成立します。あらかじめ相手と何らかの関係がなくても成立しうる点が、契約に基づく責任との大きな違いです。
最高裁は昭和54年3月30日の判決で、夫婦の一方と肉体関係を持った第三者は、故意または過失がある限り、誘惑して関係に至らせたかどうかや、両名の関係が自然の愛情によって生じたかどうかにかかわらず、他方配偶者の夫または妻としての権利を侵害するとして、精神的苦痛を慰謝する義務があると判断しました。学説には第三者の責任を否定したり限定したりする見解もあり、当然の結論というわけではありませんが、実務はこの判断を前提に運用されています。
では、何が侵害されているのでしょうか。最高裁は平成8年3月26日の判決で、婚姻共同生活の平和の維持という権利または法的保護に値する利益を侵害する点に、違法性の理由を求めています。この「守られている利益は何か」という視点が、後半で扱う「請求が認められにくい場合」の出発点になります。
共同不法行為=2人で1つの損害をつくったという整理
民法719条1項は、数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負うと定めています。不貞は配偶者と不貞相手の2人がそろって初めて成り立つため、実務では両名の共同不法行為として整理され、両名が連帯して賠償義務を負うものとして扱われるのが一般的です。この連帯は、講学上「不真正連帯債務」と呼ばれています。
「連帯して」という言葉からは、実務上、次の3つが導かれます。
1 どちらにも全額を請求できる
慰謝料の総額が100万円と評価される事案であれば、配偶者に100万円を請求することも、不貞相手に100万円を請求することも、両名に対して100万円を請求することもできます。請求を受けた側が「自分の責任は半分のはずだ」と述べても、請求する側との関係では、その主張は通りにくいのが実情です。
2 合計額が2倍になるわけではない
連帯して負っているのは、あくまで1つの損害についての賠償義務です。一方が支払えば、その分だけ他方の義務も消滅します。そのため、配偶者から十分な額を受け取った後に、同じ損害について不貞相手へ重ねて請求することは、認められにくくなります。いわゆる二重取りができないのは、この構造によるものです。
3 最終的な負担は当事者どうしで調整される
支払った側は、自分の負担部分を超えて支払った部分について、もう一方に分担を求めることができると解されています。これが求償です。対外的には全額、内部的には割合という二段構えになっている点が、共同不法行為の特徴といえます。求償の要件や負担割合、示談書での求償権放棄条項の扱いについては、「不倫慰謝料を払った後の求償権」の記事で取り上げています。
「配偶者は許したのに、自分だけ請求されるのはなぜか」
請求する側は、両名に請求することも、どちらか一方だけに請求することもできます。連帯債務では、一方に対する免除は原則として他方に影響しないと解されており(民法441条参照)、配偶者を許したことが、そのまま不貞相手の義務の消滅につながるわけではありません。請求された側が「配偶者にも請求してほしい」と求めても、請求先を決めるのは請求する側だという整理になります。
もっとも、この選択が請求する側にとって常に有利とは限りません。夫婦関係を続ける場合には、不貞相手から配偶者への求償を通じて、受け取った金銭の一部が結局は同じ家計から出ていくことがあります。請求された側にとっても、求償できる相手に資力があるか、配偶者と請求者の間で先に示談が成立していないかによって、実際の負担は変わります。請求先の選択は、求償まで見通したうえで決めることが望ましいといえます。
同じ理屈から導かれる「請求が認められにくい場合」
| 場面 | 認められにくい理由 |
|---|---|
| 不貞相手が既婚者だと知らず、知らなかったことにも落ち度がない | 不法行為の要件である故意・過失が認められない |
| 不貞の時点で婚姻関係が既に破綻していた | 守られるべき婚姻共同生活の平和が、その時点で失われている |
| 肉体関係やこれに類する関係を裏づける事情が確認できない | 権利や利益を侵害する行為があったと評価しにくい |
| 時効期間が経過している | 請求権そのものが消滅している(民法724条) |
いずれも「なぜ請求できるのか」の裏返しです。第三者が責任を負うのは、法的に保護される利益を、落ち度をもって侵害したからだという説明の、どこか1つが欠けている状態だと考えると整理しやすいと思います。
なお、実際には破綻していなかったものの、破綻していると信じていたという場合の扱いについては、最高裁が令和8年6月5日に新たな判断を示しています。ただし審理が差戻審に移っており、この事案の結論自体は確定していません。この点は「『離婚するから』と言われた既婚者との交際」の記事で詳しく取り上げています。
どこまでの人に、何について請求できるのか
不貞に協力したとされる第三者
民法719条2項は、教唆した者および幇助した者も共同行為者とみなすと定めています。条文だけを見ると、2人の関係を後押しした知人や、密会の場所を提供した人にも請求できそうに見えます。もっとも裁判例では、事情を知っていた、止めなかったという程度では責任は認められにくく、積極的に助長したといえる具体的な事情の主張と立証が求められる傾向にあります。勤務先に使用者責任(民法715条1項)を問う主張についても、不貞行為が事業の執行についてされたものとは評価しにくく、認められにくいのが実情です。
子どもからの請求
先ほどの昭和54年判決は、もう1つの判断も示しています。妻と未成年の子がいる男性が他の女性と同棲するに至り、その結果として子が父親の愛情や監護、教育を受けられなくなったとしても、特段の事情がない限り、女性の行為は子に対する不法行為を構成しないという判断です。子に愛情を注ぎ監護教育を行うかどうかは親自身の意思で決められることであり、子が受けた不利益と不貞相手の行為との間に相当因果関係がない、というのが理由とされています。子どもへの影響が配偶者の慰謝料額を検討する事情として考慮されることはありますが、子ども自身の請求としては原則として認められにくいと考えられます。
離婚したこと自体の慰謝料
最高裁は平成31年2月19日の判決で、不貞相手が「離婚させたこと」自体を理由に責任を負うのは、離婚させることを意図して婚姻関係に不当な干渉をするなど、離婚のやむなきに至らしめたと評価すべき特段の事情がある場合に限られると判断しました。不貞行為そのものに対する慰謝料と、離婚に至ったことに対する慰謝料は、別の請求として扱われます。届いた請求書に「離婚したのはあなたのせいだ」という趣旨の記載がある場合は、どちらの請求として組み立てられているのかを確認することが出発点になります。
請求する側・請求された側が最初に確認したいこと
請求する側
- 誰に請求するかを、求償の跳ね返りまで含めて検討する。
- 配偶者から受け取る予定の金銭、または既に受け取った金銭の名目と金額を整理しておく。
- 不貞の事実を示す記録は、相手方に開示するかどうかとは切り離して保全しておく。
- 不貞の事実と相手方を知った時期を確認し、時効の見通しを立てる。
請求された側
- 相手が既婚であることをいつ、どのような経緯で知ったのかを時系列で書き出す。
- 当時のやり取りは、自分に不利に見えるものも含めて削除せずに残す。
- 請求の内訳が、不貞行為に対するものか、離婚に至ったことに対するものかを確認する。
- 配偶者から請求者へ既に支払われた金銭がないかを確認する。
まとめ
- 不貞相手に請求できる根拠は、夫婦間の義務ではなく不法行為(民法709条・710条)にある。
- 守られているのは婚姻共同生活の平和の維持という利益であり、第三者でも故意または過失があれば責任を負うことがある。
- 配偶者と不貞相手は共同不法行為として連帯責任を負うため、どちらにも全額を請求できるが、総額が2倍になるわけではない。
- 最終的な負担は求償によって調整されるので、請求先の選択は求償まで見通して決めることが望ましい。
- 故意・過失がない、既に破綻していた、時効が経過しているといった事情があれば、同じ理屈から責任が否定されることがある。
不貞慰謝料の問題は、「請求できるかどうか」だけでなく、誰に、いくらを、どの順序で求めるかによって、最終的な結果が変わります。請求する側でも、請求を受けた側でも、書面を送る前・返答する前に一度整理しておくことで、選べる手段が広がることが少なくありません。弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談をお受けしています。お一人で判断される前に、事情を整理したうえでご相談ください。


