相手が要求を取り下げても終わりではない|再請求を防ぐ合意書の作り方
ニュースで「トクリュウ」という言葉を聞く機会が増えました。強盗、特殊詐欺、SNS型の投資・ロマンス詐欺、闇バイト——報道のたびに登場しますが、「結局、暴力団と何が違うのか」「自分に関係があるのか」が分かりにくいまま、という方も多いのではないでしょうか。
違いは、雰囲気やイメージの問題ではありません。相手が暴力団なのかトクリュウなのかで、使える法律の枠組みが一部変わる——ここに実務上の違いが出ます。そして、トクリュウには「外から狙われる」入口と、「気づかないうちに内側へ引き込まれる」入口の二つがあります。
この記事では、トクリュウの正体と暴力団との違いを整理したうえで、一般の方が現実的にとれる対策を、この二つの方向から解説します。
1. トクリュウとは何か
「トクリュウ」は、警察が用いる 「匿名・流動型犯罪グループ」 の略称です。警察庁は令和5(2023)年7月以降、この呼称を用いており、平成25(2013)年に位置づけられた「準暴力団」(いわゆる半グレ)もこの中に含まれます。
特徴は、名称そのものに表れています。
- 匿名性 — 中核にいる首謀者や指示役は姿を見せません。メッセージが自動で消える通信アプリなどを使い、実行役ですら誰から指示を受けているのか分からない構造になっています。
- 流動性 — 固定した組織や名簿がなく、犯罪ごとに人が集まっては散ります。役割も「募集役」「指示役」「実行役」「回収役」と細かく分けられ、末端は全体像を知らされません。
- 募集型 — 実行役はSNSや求人サイトで集められます。令和7年版警察白書によれば、「高額」「即日即金」「ホワイト案件」といった文言が用いられている実態がうかがわれるとされています。
なお、「トクリュウ」は法律上の定義がある用語ではありません。「反社会的勢力」と同様、実態を説明するための呼び名だとお考えください。この点が、次に述べる暴力団との最大の違いにつながります。
2. 暴力団とどう違うのか
| 暴力団 | トクリュウ | |
|---|---|---|
| 組織の形 | 上下関係のあるピラミッド型。事務所・代紋がある | 固定した組織や上下関係がなく、案件ごとに離合集散 |
| 法律上の位置づけ | 暴力団対策法(暴対法)に規定があり、要件を満たす団体は「指定暴力団」として指定される | 法律上の定義がなく、指定という仕組みもない |
| 構成員の把握 | 統計として人数が把握されている | 誰が構成員なのかという線引き自体が困難 |
| 関わりの入り口 | 基本的に一般の方とは接点が乏しい | SNSの求人・DM・電話など、日常の中に入口がある |
| 主な資金獲得 | みかじめ料、各種利権など | 特殊詐欺、SNS型投資・ロマンス詐欺、強盗、薬物密売など |
| 使える行政制度 | 暴対法に基づく中止命令などの上乗せがある | 上乗せはなく、刑法と民事の一般ルールで対応する |
数字で見ると、対照はさらにはっきりします。暴力団構成員および準構成員等の数は、令和7年末時点で約17,600人。統計の残る昭和33年以降で最も少ない人数を更新しました(全国暴力追放運動推進センター)。指定暴力団は25団体です(令和8年3月12日までに官報公示されたもの)。
一方で、令和7年の特殊詐欺とSNS型投資・ロマンス詐欺の被害額は、合計で3,200億円を超え、過去最悪となっています(警察庁「令和7年の犯罪情勢」)。
暴力団の勢力が減ったことと、社会が安全になったことは、そのままイコールではない——この点が、いま「トクリュウ」が注目されている背景です。
3. 「別物」ではなく「重なっている」
もっとも、暴力団とトクリュウを完全に切り離して考えるのも正確ではありません。
全国暴力追放運動推進センターは、暴力団構成員がトクリュウの首領となっている例、トクリュウから暴力団へ資金が流れている例、暴力団がトクリュウを実質的に傘下に置いて資金獲得活動の一端を担わせているとみられる例があると説明しています。沖縄弁護士会のコラムでも、両者は相反する存在ではなく、相互に協力して犯罪を行う関係にあると整理されています。
つまり、実際のトラブルの現場では、目の前の相手がどちらに分類されるのかは、外から見て分かるものではありません。そして、後で述べるとおり、その見極めをご本人が背負う必要もありません。
4. 違いが実務に出るのは「暴対法という上乗せ」の一点
法律上、最も大きな差が出るのはここです。
相手が指定暴力団の構成員である場合、暴対法9条が定める「暴力的要求行為」(口止め料の要求や不当な金品の要求など27の類型)に当たれば、公安委員会や警察署長による中止命令という行政の手続を使える可能性があります。刑事事件としての立件を待たずに、行為そのものを止めにいくルートが用意されている、ということです。
これに対し、半グレやトクリュウは暴対法の枠組みの外にあります。指定という制度がない以上、中止命令のような上乗せは使えません。
では何も使えないのかというと、そうではありません。土台の部分は相手が誰でも変わりません。
| 行為 | 成立し得る罪 |
|---|---|
| 害悪を告げる | 脅迫罪(刑法222条) |
| 義務のないことを無理にさせる | 強要罪(刑法223条) |
| 怖がらせて金銭を交付させる | 恐喝罪(刑法249条) |
| だまして金銭を交付させる | 詐欺罪(刑法246条) |
※法定刑は、相手が暴力団員かどうかで加重されるものではありません。また、怖くなって支払ってしまったとしても、それで支払義務が確定するわけではありません。
そして、「暴対法の枠外=警察が動かない」ということでもありません。警察庁は令和7年10月に「匿名・流動型犯罪グループ情報分析室」を設置し、警視庁には全国から捜査員を集めた専従チームが新設されています。捜査官が身分を仮装して捜査に当たる「仮装身分捜査」も実施されています。
5. 対策①:狙われる側として
トクリュウが一般の方に接触してくる入口は、その多くがスマートフォンです。
政府広報オンラインは、警察官を名乗って電話やビデオ通話で「あなたは捜査対象だ」などと不安をあおる、いわゆるニセ警察詐欺について注意を呼びかけています。警察がそのような連絡をすることはないとされていますので、そう言われた時点で切って構いません。特殊詐欺では国際電話番号が使われることが多く、国際電話の利用を休止する申込みや着信拒否設定も対策として挙げられています。
手口は次々に変わります。個々の手口を覚えるより、行動の型を先に決めておくほうが現実的です。
- 電話やDMで、お金・口座・暗号資産の話が出たら、その場で決めない
- 相手が名乗った機関には、相手が伝えてきた番号ではなく、自分で調べた公式の番号にかけ直す
- 家族と「お金の話は必ず一度、別ルートで確認する」と決めておく
- 判断に迷ったら、警察相談専用電話 #9110 に相談する
すでに支払ってしまった場合、回収の可否は時間に大きく左右されます。銀行振込であれば口座の凍結が間に合う可能性があり、決済手段によって取り得る手段も変わります。相手とのやり取り、振込明細、広告やアカウントの画面は、恥ずかしさから消してしまわず、そのまま残しておいてください。後の手続で使えるかどうかは、そこで決まります。
なお、令和8年の犯罪収益移転防止法改正では、警察が用意した口座を活用して被害財産を保全し、被害者に給付金を支給する仕組みも新設されました。こちらは今後施行される予定の制度です。
6. 対策②:引き込まれる側として(2026年7月10日から罰則が変わりました)
トクリュウ対策で見落とされがちなのが、こちらの方向です。被害者としてではなく、末端の実行役として引き込まれる入口があります。
そして、この点については令和8年(2026年)6月10日に犯罪収益移転防止法が改正され、同年7月10日から罰則が変わっています。まだ反映されていない解説記事も多いため、要点を整理します。
(1)口座・カード・ネットバンキングの情報を渡す行為の厳罰化
自分名義の預貯金通帳、キャッシュカード、ネットバンキングのIDやパスワードなどを、正当な理由なく有償で譲り渡したり提供したりする行為の法定刑が、1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金から、3年以下の拘禁刑または500万円以下の罰金(併科あり)へ引き上げられました。反復継続する意思をもって「業として」行った場合は、5年以下の拘禁刑または1,000万円以下の罰金です。暗号資産交換や電子決済のアカウント情報についても同様です。
(2)「送金バイト」に対する罰則の新設
こちらは新設です。自分の口座はそのまま持ったうえで、振り込まれたお金を指示された別の口座へ送るだけという手口が「送金バイト」と呼ばれ、これまでは処罰しにくい領域でした。
改正後は、正当な理由なく、自分または第三者が管理しようとする財産を移す目的で、有償での送金を依頼した側も、事情を知りながら有償で実行した側も、2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金(併科あり)の対象となります。広告などで人を誘い込む行為も同様で、業として行った場合は3年以下の拘禁刑または500万円以下の罰金です。
つまり、「口座そのものは渡していないから大丈夫」という理解は、もう通用しません。
(3)日常の頼みごとまで犯罪になるわけではありません
一方で、過度に不安になる必要もありません。警察庁の施行通達は、「正当な理由」がある場合として、次のような例を明示しています。
- 親が、ECサイトのアカウントを持つ子に手間賃と代金を渡して支払いを頼む場合
- 食事会の参加者が、幹事に一定の報酬を渡して集金と一括支払いを頼む場合
- 上司が、部下に手間賃と経費を渡して業務上必要な支払いを頼む場合
- 公共料金の支払いを、手数料とともにコンビニの従業員に頼む場合
銀行や資金移動業者に送金を依頼する場合は当然に正当です。国会の附帯決議でも、正当な社会経済活動を萎縮させないよう、許容される事例を可能な限り明示することが求められています。
(4)もし応募してしまっていたら
「簡単な仕事」として始まったものが、身分証の画像や自分の口座情報を渡した時点で、相手にとっての材料に変わります。そこから要求が変わっていく——という相談は、実際に少なくありません。
- やり取りを消さない。アプリの削除やスマートフォンの初期化を求められることがありますが、それは相手側にとって都合のよい行動です
- 相手の指示に従って新たな行為を重ねない
- 段階が浅いうちに、警察(#9110、緊急時は110番)や弁護士に相談する
関与の程度、認識の有無、いつ離脱したかによって、その後の見通しは変わり得ます。ご自身で結論を出す前に、相談していただくほうが選択肢は残ります。
7. 相談先の使い分け
| 相談先 | 主にこういうとき |
|---|---|
| 110番 | 今まさに危険がある、目の前で被害が起きている |
| 警察相談専用電話 #9110 | 緊急ではないが不安、詐欺かもしれない、闇バイトに応募してしまった |
| 暴力追放運動推進センター | 暴力団が絡む困りごと。トクリュウに絡む相談も対象とされています |
| 弁護士 | 支払ってしまったお金の回収、相手方との交渉窓口、刑事事件化した場合の弁護 |
押さえておいていただきたいのは、刑事と民事は別のルートだという点です。捜査によって相手が検挙されても、それによって支払ったお金が自動的に戻ってくるわけではありません。返金や損害賠償は、別途、民事の手続で進める必要があります。
8. まとめ
やっておきたいこと
- 「お金・口座・暗号資産」の話が出たら、その場で決めないと先に決めておく
- 記録(やり取り、明細、画面)は消さずに残す
- 自分の口座や身分証は、理由を問わず他人の手に渡さない
- 判断に迷った段階で、#9110や弁護士に相談する
避けたいこと
- 相手が暴力団かトクリュウかを、自分で確かめようとすること
- 怖くなって、その場で支払ったり書面にサインしたりすること
- 「一度だけなら」と、口座や送金の依頼を引き受けること
- 相手に言われるままに、やり取りの記録を消すこと
トクリュウは、法律上の定義を持たない、輪郭のはっきりしない存在です。しかし、輪郭がはっきりしないからといって、打つ手がないわけではありません。脅迫罪も恐喝罪も詐欺罪も、相手が誰であるかを要件とはしていませんし、民事上の返金請求も同じです。
見極めや線引きは、相談を受ける側の仕事です。「こんなことで相談していいのか」と迷われた段階で、お話をお聞かせいただければと思います。


