トクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)とは何か|暴力団とどう違う
従業員やアルバイトの対応がきっかけとなって、経営者や店主であるご本人が長時間の説明を求められ、当初の損害とはかけ離れた内容の要求を受けている、というご相談があります。一方で、要求する側には「担当した人に言っても話が前に進まないので、責任者に言うしかなかった」という言い分があることも少なくありません。
こうした場面は「使用者責任」という言葉で説明されることが多く、その説明自体が誤りというわけではありません。ただ、責任を負う立場にあることと、相手の要求どおりに応じなければならないこととは、同じではありません。さらに、実際の要求の中には、事業者に向けられたものと、従業員個人に向けられたものとが混ざっていることがあり、この二つは扱い方が異なります。
この記事では、従業員の対応が原因でご本人が要求を受けている場面に絞り、要求の宛先をどう仕分けるか、従業員個人に向いた要求にどこまで応じる義務があるのか、そして生じた負担を従業員に負わせられる範囲はどこまでなのかを整理します。
この記事で扱うこと・扱わないこと
整理の対象を先に区切っておきます。
- 扱うのは、従業員の対応やミスをきっかけに、事業者であるご本人が要求を受けている場面です。
- 要求の宛先が事業者なのか従業員個人なのかという仕分けを中心に扱います。
- 従業員個人への処分や氏名の開示を求められた場面の考え方を扱います。
- 支払った分や生じた損害を従業員に負わせられる範囲を扱います。
- 請求額そのものが妥当かという検討、その要求が不当要求にあたるかの判定、記録の残し方は、それぞれ別の記事で扱っているため本稿では深入りしません。
なお、正当な苦情や申し出まで身構える必要はありません。以下は、要求の内容や進め方に無理が生じている場面を想定した整理です。
要求は「従業員のミス」ではなく事業者に向いている
まず押さえておきたいのは、従業員がしたことであっても、対外的な責任は事業者に生じうるという点です。
二つの入口がある
一つは契約上の責任です。お客様と契約を結んでいるのは従業員ではなく事業者ですから、従業員が業務の中で誤った対応をした結果として契約の内容どおりの給付ができなかった場合、事業者自身の債務不履行として評価されることがあります(民法415条)。
もう一つが使用者責任です。ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負うと定められています(民法715条1項)。同項のただし書には、選任および監督について相当の注意をしたときなどの免責が書かれていますが、実際の裁判でこれが認められる場面は限られていると説明されています。
「本人に言ってください」が通りにくい理由
この構造から、相手が事業者に請求を向けてくること自体は、法的におかしなことではありません。従業員個人も責任を負う場合はありますが、それは事業者の責任がなくなることを意味しません。したがって、「担当した本人に直接言ってください」という返し方は、多くの場面で問題の解決につながらず、かえって相手の不信を強めることがあります。
ただし、責任を負いうる立場にあることと、相手の言う金額や条件をそのまま受け入れることとは別の話です。責任の有無と、責任の範囲は、分けて考える必要があります。範囲の測り方については、こちらに落ち度がある場面の過大な請求を扱った別記事で詳しく整理しています。
要求の中身を三つに仕分ける
同じ場面で出される要求でも、向いている先が違えば、応じるかどうかの判断の仕方も変わります。次の表のように仕分けると、どこから手をつけるかが見えやすくなります。
| 要求の中身 | 向いている先 | 確かめておきたいこと |
|---|---|---|
| 生じた損害の回復(やり直し、修理、返金、治療費など) | 事業者であるご本人 | その損害がミスから生じたものか、金額の裏づけがあるか |
| 従業員個人への制裁(処分、退職、氏名や連絡先の開示、本人を出せ) | 従業員個人 | 応じる法的な義務があるのか、雇用関係の中で判断すべきことか |
| 事業者の行動(謝罪文、謝罪の場の設定、公表、取引の扱い) | 事業者であるご本人 | 法的な義務として求められているのか、事実上の要望なのか |
このうち一段目は、正当な部分が含まれていることが多く、誠実に検討すべき部分です。問題が生じやすいのは二段目と三段目で、一段目に応じる姿勢を示したことが、二段目や三段目にも応じる前提として扱われてしまうことがあります。仕分けを明示しないまま話を進めると、この混線が起きやすくなります。
従業員個人に向けられた要求への対応
二段目に分類した要求は、事業者にとって最も判断が難しい部分です。
「担当者を出せ」に応じる義務があるか
誰が対応にあたるかを決めるのは、原則として事業者側です。担当した従業員を相手の前に出さなければならないという法的な義務は、通常はありません。事実確認のために本人から話を聞く必要があることと、本人を相手方との場に立たせることとは、切り分けて考えられます。
2026年10月1日からは、顧客等からの著しい迷惑行為について、雇用する労働者を守るための措置を講じることが事業主の義務とされます。従業員を要求の場に一人で立たせない、相談を受け付ける窓口を決めておくといった対応は、この観点からも意味を持ちます。従業員が受けている被害への対応そのものは、安全配慮義務を扱った別記事で整理しています。
氏名や連絡先を伝えることの問題
従業員のフルネーム、住所、連絡先、勤務予定といった情報は、その従業員自身の個人情報です。相手から強く求められても、本人の同意なく第三者に提供することは、個人情報の取扱いのルールの面でも、従業員との関係でも問題になりえます。求められた場合には、事業者として窓口を引き受ける旨を伝え、個人の情報の提供は控えるという形が取りやすいと考えられます。
「処分しろ」「辞めさせろ」と言われた場合
従業員に対する懲戒処分は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には無効とされます(労働契約法15条)。解雇についても同様の枠組みが定められています(同法16条)。顧客から要求されたという事情それ自体は、処分を正当化する理由にはなりません。
相手を落ち着かせるために処分を約束してしまうと、その約束は相手との関係では守る前提で扱われ、他方で従業員との関係では別の紛争を生むおそれがあります。処分の要否は、社内の規程と事実関係に基づいて、相手方との交渉とは切り離して判断するのが基本の形です。
従業員に負担させられる範囲は限られている
支払いをした後に、その分を従業員に負わせたいと考える場面もあります。ここにも制限があります。
求償はできるが、全額とは限らない
使用者が被害者に賠償した場合、被用者に対して求償することができると定められています(民法715条3項)。もっとも最高裁は、事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防または損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において請求できるとしています(最高裁昭和51年7月8日判決)。この事案では、請求額の4分の1の限度で認められています。
その後、従業員の側が第三者に賠償した場合に事業者へ求償できるかが争われ、最高裁はこれを認める判断を示しました(最高裁令和2年2月28日判決)。損害を最終的にどう分け合うかは、どちらが先に支払ったかでは決まらないという整理です。
給与から差し引くことは原則としてできない
賃金は、その全額を直接労働者に支払わなければならないとされています(労働基準法24条1項)。最高裁は、使用者が労働者に対して有する債権をもって賃金債権と相殺することは許されないとしており、その債権が債務不履行によるものでも不法行為によるものでも同じだと判断しています(最高裁昭和31年11月2日判決、最高裁昭和36年5月31日判決)。労働者が自由な意思に基づいて相殺に同意したと認めるに足りる合理的な理由がある場合には別に考える余地があるとされていますが(最高裁平成2年11月26日判決)、その場の勢いで署名を得る形は、後から効力を争われやすい進め方です。
あらかじめ金額を決めておくこともできない
労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をすることは禁じられています(労働基準法16条)。「ミスをしたら一律いくら」という取り決めは、この規定に触れる可能性があります。実際に生じた損害について、事情に応じて負担を求めることまでが否定されているわけではありませんが、金額をあらかじめ固定する形は避けるのが安全です。
事実確認と回答の順序
仕分けができたら、次は進め方です。
先に社内で確かめる
相手の前でその場の説明を組み立てようとすると、事実と違う内容を認めてしまったり、逆に否定しすぎて後から訂正することになったりします。まず本人と関係者から時系列で聞き取り、記録や伝票と突き合わせてから回答するのが基本です。この段階では、本人を責める形の聞き方は避けたほうが、正確な事実が出てきやすくなります。
謝罪と法的責任の承認を分ける
不快な思いをさせたことへの謝罪と、具体的な義務や落ち度を認める言葉とは、意味合いが異なります。ただし、どのような言い方であれば後者にあたらないと言い切れる、という明確な線引きがあるわけではありません。事実関係の確認が終わるまでは、金額や責任の所在に踏み込んだ言葉は控えるという運用が現実的です。その場で結論を出さずに持ち帰る伝え方については、別記事で扱っています。
後から負担になりやすい対応
同じような場面で、後になって選択肢を狭めてしまいがちなものを挙げます。
- 事実確認の前に、金額や処分の内容を口にすること。
- 担当した従業員の氏名や連絡先を、本人の同意なく相手に伝えること。
- 従業員を相手方との話し合いの場に一人で立たせること。
- 相手に示した内容と、従業員に伝えた内容が食い違ったまま進むこと。
- やり取りの経過を残さないまま、口頭の合意だけで終わらせること。
よくあるご質問
ご相談の場で多い質問を挙げます。
「担当した従業員を出せ」と言われています。応じなければいけませんか
誰が対応にあたるかは事業者側で決められるのが原則で、本人を相手の前に出す法的な義務は通常ありません。事業者が窓口を引き受ける旨を伝え、事実確認は社内で行うという形が取りやすいと考えられます。
支払った分を、その従業員の給与から差し引くことはできますか
賃金の全額払いの原則があるため、一方的に差し引く形は原則として認められません。負担を求めること自体が常に否定されるわけではありませんが、金額の範囲にも制限があり、進め方を含めて事前に検討しておくことをおすすめします。
相手が「従業員を辞めさせないなら公表する」と言っています
処分の要否は社内の事実関係に基づいて判断すべきもので、要求されたことは理由になりません。公表を持ち出して要求を通そうとする言動は、要求の中身と進め方の両面から評価が変わる場面ですので、記録を残したうえでご相談ください。
まとめ
- 従業員の対応であっても、契約上の責任(民法415条)や使用者責任(民法715条1項)として、事業者に責任が生じることがあります。
- 責任を負いうる立場にあることと、相手の要求どおりに応じることとは別です。
- 要求は、損害の回復、従業員個人への制裁、事業者の行動の三つに仕分けると判断しやすくなります。
- 誰が対応にあたるかは事業者側で決めるのが原則で、従業員本人を相手の前に出す義務は通常ありません。
- 従業員の氏名や連絡先を、本人の同意なく相手に伝えることは避けるのが基本です。
- 顧客から要求されたことは、懲戒や解雇を正当化する理由にはなりません(労働契約法15条、16条)。
- 求償はできますが、信義則上相当と認められる限度に制限されます(民法715条3項、最高裁昭和51年7月8日判決)。
- 賃金からの一方的な差引きは原則として認められず(労働基準法24条1項)、あらかじめ賠償額を決めておくことも禁じられています(同法16条)。
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