「期限を切る」「小さな要求を重ねる」|不当要求者が使う心理コントロールの型
トラブルの相手から「訴えるぞ」「警察に行くぞ」と言われ、その一言だけで眠れなくなってしまう方は少なくありません。逆に、被害を受けた側として「このままでは法的手続を検討します」と伝えたところ、相手から「それは脅迫だ」と言い返された、というご相談もあります。
結論から申し上げると、これらの言葉は本来、法律が用意している手続を使うという予告であり、告げただけで直ちに脅迫罪になるものではありません。もっとも、伝え方や、その言葉に何がくっついているかによっては、正当な権利行使の範囲を超えたと評価される余地があります。
この記事では、その境界線をどう見分けるかを、言われた側と言う側の双方の視点から整理します。
「訴える」「警察に行く」は、本来は手続の予告
民事上のトラブルについて裁判所に訴えを起こすことは、誰にでも認められた権利です。刑事についても、犯罪の被害者などは捜査機関に告訴をすることができ(刑事訴訟法230条)、告発については被害者以外の人でも行うことができるとされています(同法239条)。
つまり「訴える」「警察に行く」という行為そのものが法律上認められている以上、それを相手に予告することも、原則として違法とはいえません。ここが出発点になります。
脅迫罪はどのような犯罪か
脅迫罪は刑法222条1項に定められており、相手本人の生命、身体、自由、名誉または財産に対して害を加える旨を告知して人を脅迫した場合に成立します。法定刑は2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金です。同条2項は、相手の親族に対する同じ内容の告知を処罰の対象としています。
判断のポイントは次の3つです。
- 対象となる法益が「生命・身体・自由・名誉・財産」の5つに限られていること
- 基本的には一般に人を畏怖させるに足りる程度の告知かどうかで客観的に判断されること
- 未遂を処罰する規定がなく、告知をした時点で成立しうること
「訴える」「告訴する」という言葉は、この5つの法益に害を加えるという内容というより、法が認めた手続を利用するという予告です。そのため、それだけを取り出せば脅迫罪の「害悪の告知」とは評価されにくい、と整理できます。
なお、どのような言葉が脅迫罪にあたりうるかの一覧的な整理は、当事務所の別記事もあわせてご覧ください。
境界線を分ける4つの視点
とはいえ、実際のご相談では「これは権利行使なのか、脅しなのか」が判断しづらい場面が大半です。手がかりになるのは、次の4つの視点です。
視点1:告げているのは「手続」か、手続を超えた害か
訴訟の提起、告訴・告発、被害届の提出、弁護士への依頼、インターネット上の書き込みについての発信者情報開示請求——これらはいずれも制度として用意された手続です。
一方で、「会社中に言いふらす」「SNSで晒す」「家族に全部バラす」は手続ではなく、相手の名誉に対して害を加えるという内容そのものです。
「警察に行く」だけであれば手続の予告ですが、そこに「お前の職場にも行く」「近所に知らせる」が並んだ瞬間、告げている内容の質が変わります。ここが最初の分かれ目です。
視点2:その主張に事実と法律の裏付けがあるか
言う側にとっては、根拠のないまま刑事手続を持ち出すこと自体がリスクになります。人に刑事処分や懲戒処分を受けさせる目的で虚偽の告訴・告発などをした場合には、虚偽告訴等罪(刑法172条)が問題となり、その法定刑は3月以上10年以下の拘禁刑と決して軽くありません。
裏を返せば、事実の裏付けがある事柄について通報や提訴を検討することは、ためらう必要のない正当な行動だといえます。
視点3:実際に行使する意思があるか
古い判例ですが、大審院大正3年12月1日の判決は、真に告訴をする意思がないにもかかわらず、相手を畏怖させる目的で告訴する旨を通告した場合には、権利実行の範囲を超えた行為として脅迫罪を構成しうる、という考え方を示しています。
ただし、発言した時点の内心を立証することは容易ではなく、この一点のみで脅迫罪として立件される例が多いわけではありません。また、「訴えると言ったのに訴えなかった」こと自体が違法を意味するわけでもありません。交渉で解決した、費用と回収見込みを比べて見送った、証拠が足りなかった——いずれも通常起こりうることです。
この判例の事案と判断の詳細については、当事務所の別記事で解説しています。
視点4:要求とセットになったとき、その手段は相当か
実務でもっとも争いになるのがこの点です。
最高裁昭和30年10月14日の判決は、権利を持つ人がその権利を実行することは、権利の範囲内であり、かつ方法が社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を超えない限り違法の問題を生じないが、その範囲・程度を逸脱すれば違法となり、恐喝罪が成立することがある、という枠組みを示しています。そして、手段が逸脱している場合には、債権額がいくらであるかにかかわらず、交付を受けた金員の全額について恐喝罪が成立しうるとされています。
「請求する権利が本当にあるのだから、どんな伝え方をしても許される」とはいえない、ということです。
同じ言葉でも、くっついている要求で評価が変わる
「訴えるぞ」「警察に行くぞ」という言葉自体は同じでも、それが何とセットで告げられたかによって、問題となる法律の枠組みは変わります。整理すると次のとおりです。
| セットになっているもの | 主に問題となり得る評価 |
|---|---|
| 何もついていない(手続の予告のみ) | 原則として正当な権利行使の範囲 |
| 金銭の要求(払わなければ訴える・警察に行く) | 根拠と金額が相当で手段も相当なら通常の交渉。逸脱すれば恐喝罪(刑法249条・10年以下の拘禁刑、未遂も処罰) |
| 義務のない行為の要求(土下座・退職・その場での署名・交際の継続など) | 強要罪(刑法223条・3年以下の拘禁刑、未遂も処罰) |
| 権利行使をやめさせる要求(被害届を出すな・弁護士に相談するな) | 強要罪(権利行使の妨害) |
| 手続を超えた害の告知(晒す・言いふらす) | 脅迫罪(刑法222条)、実際に公表すれば名誉毀損罪(同230条)の問題 |
ここで強調しておきたいのは、金銭を請求すること自体が後ろめたい行為ではない、ということです。根拠のある請求について「お支払いいただけない場合には法的手続を検討します」と伝えるのは、ごく通常の交渉です。境界線は、請求の根拠、金額、そして伝え方の3点に表れます。
判断が分かれやすい場面
実際のご相談で迷いやすい典型を挙げます。いずれも、これだけで結論が決まるものではなく、前後の経緯を含めた全体で評価されます。
被害を受けた人が示談を求める場面
「示談に応じてもらえないなら被害届を出します」という伝え方は、通常は交渉の一場面です。もっとも、同種の事案の水準からかけ離れた金額を、短い期限や強い口調とともに求めれば、手段の相当性が問題になりえます。
その場での即時払いを求める場面
「今ここで払わなければ通報する」と迫る形は、相手に確認や相談の時間を与えない点で、逸脱の評価に傾きやすい部類です。
請求と無関係な条件をつける場面
金銭以外に、請求内容と結びつかない行為を「しなければ通報する」という条件にした場合、そもそも権利の実行とは評価しにくくなります。
見通しを断定する場面
「必ず前科がつく」「確実に逮捕される」といった断定は、実際の処分の見通しとずれていることが多く、相手を畏怖させるための誇張と受け取られる可能性があります。
家族・職場・SNSを繰り返し持ち出す場面
手続の話よりも、家族や勤務先に伝えるという話の比重が大きくなるほど、名誉に対する害の告知としての色合いが濃くなります。
「訴えるぞ」と言われた側が知っておきたいこと
言われた側の不安の多くは、「訴えられること」そのものに向いています。しかし、裁判制度の利用は広く認められており、訴えを起こしたこと自体が不法行為として違法と評価されるのは限られた場合です。
最高裁昭和63年1月26日の判決は、提訴した人が主張した権利または法律関係が事実的・法律的根拠を欠くうえ、提訴した人がそのことを知りながら、または通常人であれば容易に知りえたのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限って違法になる、という枠組みを示しています。同判決は、裁判を受ける権利は最大限尊重されるべきで、裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要であるとも述べています。
つまり「訴えられたら終わり」ではありませんし、逆に、相手が訴えると言ったこと自体を問題にするのも簡単ではありません。落ち着いて考えるべきなのは、次の2つを分けることです。
- 相手の言い方や要求が、権利行使として行き過ぎていないか
- そもそも自分に支払義務や責任があるのか、あるとしてその範囲はどこまでか
多くのケースで、結論を左右するのは2のほうです。そのうえで、次の点を意識しておくと不利になりにくくなります。
- その場で支払わない、書面に署名しない、金額に同意する返事をしない
- やり取りの記録(メッセージ、通話の記録、日時のメモ)を残し、元のデータを消さない
- 回答期限を確認し、期限より前に相談先を確保する
- 怖くなって支払ってしまった場合でも、それによって支払義務が確定するわけではなく、強迫による意思表示として取消しを主張する余地があります(民法96条1項)
- 相手の言動が明らかに行き過ぎていると感じたら、記録を持って警察相談専用電話(#9110)や弁護士に相談する
「訴える」と伝える側が気をつけたいこと
正当な請求を持っている方が、伝え方のために立場を悪くしてしまうのは避けたいところです。次の点を意識するだけでも、評価は変わってきます。
- 何を根拠に、いくらを、いつまでに求めるのかを書面で整理して伝える
- 回答期限は相手が確認・相談できる程度の長さにする
- 手続以外の害(晒す、会社に伝える、家族に知らせる)を交渉材料として持ち出さない
- 処分の見通しを断定せず、事実として確認できていることだけを述べる
- 感情的なやり取りが続く場合は、代理人を立てて窓口を一本化する
弁護士名で通知を送ることは、相手を威圧するためのものではなく、主張と根拠を整理して交渉の土俵に載せるための手段です。弁護士からの請求書面が届いたこと自体をもって脅迫や恐喝にあたるわけではない点も、あわせて押さえておくとよいでしょう。
まとめ
「訴えるぞ」「警察に行くぞ」は、それ自体は法律が認めた手続の予告であり、原則として脅迫罪にはあたりません。境界を分けるのは、告げている内容が手続を超えていないか、主張に裏付けがあるか、実際に行使する意思があるか、そして要求とセットになったときに手段が相当といえるか、の4点です。
言われた側は「訴えられること」よりも「自分に義務があるのか」を、言う側は「請求できるか」よりも「どう伝えるか」を、それぞれ落ち着いて確認することが、結果的に一番の近道になります。判断に迷う段階でご相談いただければ、取りうる選択肢を整理してお示しできます。


