「独身だと思っていた」場合は慰謝料を払わなくてよい?故意・過失の判断
「別れたいのに、『別れたら死ぬ』と言われて切り出せない」。交際相手やパートナーからこう言われ、数か月、あるいは数年にわたって関係を終えられないままでいる、というご相談は少なくありません。男女どちらの立場でも起こります。
この状況が特に苦しいのは、「相手の命」と「自分がこの関係を続けるかどうか」が、同じ天秤に乗っているように見えてしまうからです。しかし本来この二つは、別々に扱うべき問題です。
この記事では、自傷をほのめかされたときに何が法的な問題になり得るのかを整理したうえで、関係を終えるまでに必要な手順を、局面ごとに分けて解説します。男女いずれの立場でも当てはまる内容です。
この記事の要点
- 「自分が死ぬ」と告げるだけでは、脅迫罪は原則として成立しません。ただし、放置してよいという意味ではありません。
- 相手が実際に自らを傷つけた場合でも、別れを告げた側が法的責任を問われることは、原則としてありません。
- 相手の安全を守る役割を、交際相手が一人で担い続けることはできません。受け皿を専門機関や家族に移すことが、対応の中心になります。
- 別れを告げる前・告げる場面・告げた後で、やるべきことは変わります。準備のないまま切り出すと、かえって長期化しやすくなります。
「別れられない」状態をつくっている三つの前提
別れを切り出せない状態が続いているとき、その背景にはたいてい、次の三つの考えのいずれかがあります。まずここを分けて整理します。
①「自分が支えていないと相手が危ない」
自傷をほのめかされた側が、相手の安全を一人で背負ってしまうケースです。しかし、交際相手が24時間見守り続けることは現実的に不可能ですし、危機的な状態にある人への対応は、本来は医療・行政・警察といった専門の役割です。
関係を続けることは、相手の安全を確保する方法にはなりません。むしろ、支援につながる機会が先送りされることもあります。「自分が支える」から「支援につなぐ」へ役割を移すことが、相手にとっても現実的な対応です。
②「もし本当に死んでしまったら、自分の責任になるのでは」
この不安が、別れを切り出せない最大の理由になっていることが多くあります。
結論として、相手が自らを傷つけた場合でも、別れを告げた側が法的責任を問われることは原則としてありません。 交際関係を解消するかどうかは各自の自由であり、別れ話を切り出すことも、復縁を断ることも、それ自体は違法な行為ではないからです。
ただし、例外的に評価が変わる場面があります。相手を追い詰めるような働きかけをした場合や、婚約・内縁関係を正当な理由なく一方的に解消した場合などです。後者については、「自傷の結果についての責任」ではなく「関係の解消のしかたについての責任」という、別の枠組みの問題になります。
③「今は言うタイミングではない」
相手の状態が落ち着いてから、と考えているうちに時間だけが経つパターンです。ただし、これは単なる先送りとも限りません。準備のないまま切り出すと状況が悪化しやすいのも事実で、必要なのは「待つこと」ではなく「準備すること」です。次章以降で具体的に整理します。
言われている言葉を四つに仕分ける
一口に「別れたら死ぬ」と言っても、対応の入口は言葉の内容によって変わります。
| 言われている内容 | 主な入り口 |
|---|---|
| 自分自身を傷つけると告げているだけ | 支援へつなぐ・安全の確保 |
| 「お前のせいだと遺書に書く」「お前の家で死ぬ」など、こちらの名誉や財産への害を含む | 脅迫罪の枠に入り得る |
| 「だから別れるな」「金を払え」など、要求とセットになっている | 強要罪・恐喝罪の枠に入り得る |
| すでに自傷に及んでいる/その準備がうかがえる | 110番・119番 |
自分自身への害を告げるだけでは、脅迫罪(刑法222条)は原則として成立しません。脅迫罪は、相手方本人やその親族の生命・身体・自由・名誉・財産に害を加えると告げた場合に成立する犯罪だからです。
一方、名誉や財産への害を含む言い方になっている場合や、義務のないことを求められている場合には、別の罪が問題になります。どの言葉がどの罪の枠に入るかについては、元恋人からの脅迫・強要|「別れるなら〜」への刑事対応で整理していますので、あわせてご確認ください。
別れを実行するまでの四つの局面
局面1:切り出す前の準備
準備なく告げると、その場の混乱に流されて「やっぱりもう少し様子を見よう」となり、振り出しに戻りやすくなります。事前に整えておきたいのは次の点です。
- 受け皿を先に確保する:相手の家族や、地域の精神保健福祉センター、相談窓口の連絡先を調べておきます。「別れる」と伝えるときに、相談先を具体的に手渡せる状態にしておくためです。
- これまでの経過を記録しておく:やり取りは元データを残したうえでスクリーンショットを取り、日時・場所・状況をメモにまとめます。後に法的な対応が必要になった場合の土台になります。記録の残し方の実務は、ストーカーを刺激せず関係を断つ|安全な接触遮断と証拠の残し方で詳しく解説しています。
- 住まいと持ち物を確認する:同居している場合は特に、名義・鍵・重要書類の所在を先に把握しておきます。
- 自分自身の相談先も決めておく:後述のとおり、支える側も消耗します。
局面2:切り出す場面
伝え方の要点は、一度で、簡潔に、記録の残る形でです。
理由を細かく説明すると議論になり、「その点を直すから」という応酬が始まって、結論が先延ばしになります。関係を解消することに、相手を納得させられるだけの理由づけは必要ありません。
そのうえで、相談先を具体的に伝えます。「一人で抱えないでほしい」という言葉だけでは支援にはつながりません。窓口の名称と連絡先を示すほうが実質的です。
また、その場で相手に結論や約束を求める必要はありません。相手が激しく動揺している場面では、いったん距離を取ることを優先してください。感情的な応酬になった結果、相手を突き放すような言葉を投げてしまうと、後の評価に影響し得ますので避けてください。
なお、相手が感情的になるおそれがある場合、人の出入りがある場所を選ぶ、第三者に近くにいてもらうといった配慮も検討に値します。
局面3:告げた後の連絡をどう扱うか
ここが最も長期化しやすい局面です。
別れを告げた後、相手から連絡が途絶えると「無事だろうか」と不安になり、こちらから連絡を取ってしまう。すると相手にとっては「別れを告げても連絡は来る」という経験になり、関係が再開してしまう。この往復が、別れられない状態を何年も続かせます。
そこで、安否の確認と、関係の継続とを切り離す必要があります。
- 安否が気がかりなときは、相手本人にではなく、相手の家族に伝えることを検討します。
- 生命に危険が及んでいるおそれがあると感じる場合は、110番で状況を説明して相談してください。急を要しない段階なら#9110があります。
- 共通の友人に「説得してもらう」形での介入は、こじれやすく、実行力もないため慎重に判断してください。安全のために家族へ伝えることとは、目的が異なります。
連絡そのものを止めたい場合、弁護士を窓口にして、以後のやり取りを本人同士から切り離す方法もあります。
局面4:要求やつきまといに変わったとき
自傷をほのめかす言動が、復縁の要求や金銭の要求、執拗な連絡、待ち伏せへと形を変えることがあります。この段階に入ると、対応の枠組みが変わります。
家族や周囲に伝えてよいのか
「相手のことを勝手に家族に話すのは問題ではないか」と気にされる方がいます。
個人情報保護法が定めているのは、主に事業として個人情報を扱う事業者のルールであり、個人が私生活の中で行う連絡が、その規律の対象になるわけではありません。相手の安全のために必要な範囲で家族や専門機関に状況を伝えることが、直ちに法的な問題になるとは考えにくいところです。
ただし、必要な範囲を超えて周囲に言い広める行為は、プライバシー侵害の問題を生じさせ得ます。目的は「安全の確保」であって「事情の共有」ではない、という線引きを意識してください。
支える側の消耗を軽く見ない
死をほのめかす言葉を長期間受け止め続けることは、受け手にも相応の負荷がかかります。眠れない、食欲がない、仕事に集中できないといった状態が続いているなら、それはすでに影響が出ている状態です。
心身の不調が生じている場合、医療機関を受診し記録を残しておくことには、健康面だけでなく、後に法的な対応を検討する際の意味もあります。継続的な精神的圧迫によって不調に至った場合の評価は、事案によって異なります。
支える側の相談先としては、次のような窓口があります。
- #いのちSOS(0120-061-338)/よりそいホットライン(0120-279-338):いずれもフリーダイヤル
- こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556):所在地の自治体の相談機関につながります
- 厚生労働省「まもろうよ こころ」:電話・SNS相談の一覧が掲載されています
これらの窓口は、危機的な状態にある本人だけでなく、身近な人の言動に悩んでいる方の相談にも対応しています。
よくあるご質問
Q. 別れた後に相手が自らを傷つけた場合、家族から責任を追及されることはありますか。
法的な責任が生じることは原則としてありません。もっとも、ご家族から道義的な責任を問われる可能性は残ります。そのため、経過の記録を残し、相談先につなぐ働きかけをしていた事実を示せるようにしておくことに意味があります。
Q. 婚約していた場合や、同棲している場合でも同じですか。
自傷の結果についての責任という点では同じですが、関係を解消する場面の扱いは変わり得ます。婚約の解消には正当な理由が問題になり、同居している場合は住まいの整理という別の論点も生じます。事案に応じた確認が必要です。
Q. 「別れたら死ぬ」と繰り返し言われていますが、警察は取り合ってくれるでしょうか。
自分自身への害を告げるだけの言動は、直ちに犯罪として扱われるとは限りません。ただし、繰り返しの連絡や押しかけを伴っていれば、ストーカー規制法の枠組みで対応が検討されることがあります。相談の際は、経過を時系列でまとめて持参されることをおすすめします。
Q. 相手が未成年の場合はどうすればよいですか。
保護者への連絡が現実的な選択肢になります。学校や自治体の相談窓口も利用できます。当事者同士だけで解決を図らないでください。
まとめ
「別れたら死ぬ」と言われている状況で、相手の言葉が本気かどうかを見極めようとしても、当事者には判断がつきません。必要なのは見極めることではなく、見極めなくても済む形に対応を組み替えることです。相手の安全は専門機関と家族に受け渡し、関係を続けるかどうかはご自身で決める。この二つを分けることが出発点になります。
その一方で、相手からの言動が要求やつきまといに変わった場合には、法的な対応が可能な領域に入ります。どの段階にあるのか、何から手をつけるべきかの判断に迷われている方は、経過を整理したうえでご相談ください。


