【不貞慰謝料】肉体関係を否認する場合に注意すること

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

「関係はあったが、そこまでの関係ではない。そう伝えたら、かえって話がこじれてしまった」。「相手は一貫して否定しているが、このまま何も認められないのだろうか」。不貞慰謝料のご相談では、請求を受けた側からも、請求する側からも、否認をめぐるお話をうかがうことがあります。

 「証拠がなければ支払わなくてよい」という説明も、「否認を続けると印象が悪くなる」という説明も、それ自体が誤りというわけではありません。ただ、この二つの説明の間には、実際に否認したときに手続の中で何が起き、どこで引き返しにくくなるのかという部分が抜け落ちがちです。

 この記事では、肉体関係を否認するという対応について、否認の中身の分け方、裁判の場で働く手続上の決まり、否認が通らなかった場合に残るものを整理します。反論全体の組み立てや順序、相手方が出してきた資料の読み方、示談書の条項の設計については別の記事で扱っており、ここでは立ち入りません。

「否認する」といっても、否認している中身は一つではない

請求の書面には、いくつもの事実が並んでいる

 内容証明や訴状には、通常、「いつ」「誰と」「どのような関係だったか」「既婚であることを知っていたか」といった複数の事実が書かれています。「否認します」という一言は、そのすべてを対象にしているように見えますが、実際に判断の対象になるのは、その中の一部であることが少なくありません。

 どの部分を争い、どの部分は争わないのかがはっきりしないまま「事実無根」とだけ返すと、相手方には、どこが食い違っているのかが伝わりません。その結果、話し合いでの調整ができないまま、手続が進んでしまうことがあります。

何を否認しているのかを分けて考える

 否認の対象は、おおまかに次のように分けられます。どこを争うかによって、請求する側が示すことを求められる中身も、こちらが説明を出す必要の有無も変わります。

否認の対象請求する側が示すことを求められること否認だけで足りるか
会っていたこと自体二人が会っていたという事実会っていた記録が出てくると争いにくい
性的関係があったこと直接の記録がない場合は、周辺の事実からの推認会っていた事情について別の説明が要る
時期や期間いつからいつまでの関係だったかという範囲自分の側の事情の説明を求められやすい
既婚であると知っていたこと知っていた、または知り得たといえる事情知らなかった経緯の説明が必要になる
悪質さの程度金額の判断に響く個別の事情事実は争わず評価だけを争う形になる


 同じ「否認」でも、相手方の側に示すべきことが残る場面と、こちらから事情を説明しなければ通りにくい場面があります。この違いを意識しないまま全部をまとめて否定すると、自分の側が説明すべきことをかえって増やしてしまうことがあります。

「なかった」と述べることと、それが認められることは別

示す責任は請求する側にある

 慰謝料を請求する側が、不貞行為があったことを示す立場にあります。請求を受けた側が「なかったこと」を証明しなければならないわけではありません。裁判所が提出された資料を見ても判断がつかない場合には、請求が認められないという形になります。

 もっとも、これは「否認していれば何も起きない」という意味ではありません。判断がつかない状態にとどまるかどうかは、出てきた資料の中身と、双方の説明の食い違い方によって決まります。

性的関係の認定は、周辺の事実の積み重ねで行われる

 性的関係そのものを直接写した資料が出てくることは、多くありません。実際には、二人がどこで、どれだけの時間を、どのような形で過ごしていたのかといった周辺の事実から判断されていきます。

 このため、「その場面を写した資料はない」という指摘だけでは、争点に届かないことがあります。問われているのは、示された事実から、性的関係以外の説明が成り立つといえるかどうかだからです。

否認は、黙っていることではなく、別の説明を出すこと

 「同じ部屋にいたが、そういう関係ではない」と述べる場合、なぜその場所にいたのか、そこで何をしていたのかという説明を出すことになります。否認は、争点を消す行為ではなく、こちらの説明を記録として残す行為でもあります。

 そして、いったん出した説明は、後の段階でも参照されます。事情が変わったとして説明を組み立て直すと、変更した部分だけでなく、ほかの言い分の受け止められ方にも影響が及ぶことがあります。どの主張をどの順で立てるかという全体の設計は、別の記事で扱っています。

裁判の場での否認には、手続上の決まりがある

当事者尋問では宣誓を求められることがある

 訴訟では、主張と資料が出そろった段階で、当事者本人に対する尋問が行われることがあります。裁判所は、この尋問にあたって当事者に宣誓をさせることができるとされており(民事訴訟法207条1項)、実務では宣誓を求める運用が一般的です。

 そして、宣誓した当事者が虚偽の陳述をしたときは、裁判所は決定で10万円以下の過料に処するとされています(同法209条1項)。実際に用いられる場面は限られますが、制度としては置かれています。

訴訟の途中で言い直した場合の扱い

 同じ条文には、虚偽の陳述をした当事者が訴訟の係属中にそれが虚偽であることを認めたときは、裁判所は事情により過料の決定を取り消すことができるという定めも置かれています(同法209条3項)。言い直す余地が制度上まったくないわけではない、という点は知っておいてよいところです。

証人として呼ばれた人には、別の規律が働く

 当事者本人については、偽証罪は成立しないと理解されています。他方、法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をした場合については、偽証罪が定められています(刑法169条)。不貞の事案では関係者が証人として呼ばれることもあり、本人と証人とで働く規律が異なる点は押さえておく必要があります。

書面そのものを「自分のものではない」と争う場合

 念書や合意書、メッセージを印刷したものなど、書面が資料として出されることがあります。ここで「その書面は自分が作ったものではない」と争うことは、書かれた内容が事実と違うと述べることとは、別の争い方です。

 当事者またはその代理人が、故意または重大な過失により真実に反して文書の成立の真正を争ったときは、裁判所は決定で10万円以下の過料に処するとされています(民事訴訟法230条1項)。この場合も、訴訟の係属中に成立が真正であることを認めたときは、事情により決定を取り消すことができるとされています(同条3項)。適用される場面は多くありませんが、書面が作られたこと自体を争うことと、書面に書かれた内容を争うこととは、手続のうえで別の扱いを受けます。念書や謝罪文が証拠としてどう評価されるかは、別の記事で詳しく扱っています。

答えないという選択にも扱いが決まっている

 当事者本人の尋問について、正当な理由なく出頭せず、または宣誓や陳述を拒んだときは、裁判所は尋問事項に関する相手方の主張を真実と認めることができるとされています(同法208条)。答えないでおくことが、中立の結果につながるとは限りません。

否認が通らなかったときに残るもの

 否認したうえで、結論として不貞行為が認められた場合、その時点で残るものがあります。金額の判断だけの問題ではありません。

残るものどうしてそうなるのか否認する前に考えられること
金額の判断への影響争い方や発覚後の対応が、精神的苦痛の程度を考える事情として扱われることがある争う部分と争わない部分を分けて示す
解決までの時間と費用話し合いで終わらず訴訟に移ると、期日を重ねる期間と費用が加わる見込まれる期間と負担を先に確かめる
話し合いでなら置けた条件訴訟の判断で得られるのは金銭の支払いが中心で、接触に関する取り決めなどは合意でなければ置きにくい条件面の希望があるかを整理する
ほかの言い分の受け止められ方事実についての説明が退けられると、時期や事情に関する説明も同じ目で見られやすい通したい主張から逆算して述べ方を決める


争うこと自体が責められるわけではない

 誤解されやすいところですが、事実を争うこと自体が不当な行為として扱われるわけではありません。問題になりやすいのは、提出された資料と明らかに食い違う説明を重ねた場合や、説明が場面ごとに入れ替わった場合です。金額を左右する事情の詳しい中身は、増額・減額を扱った記事に譲ります。

「肉体関係はない」が受け入れられても、終わりにならない場合がある

 性的関係が認められなかった場合でも、二人のやり取りや家庭への働きかけの内容によっては、夫婦の生活の平穏を害したとして責任が問われることがあります。この場合、判断の対象は「性的関係があったか」から「その関わり方が許される範囲を超えていたか」に移ります。

 請求する側が、性的関係を前提とする主張と、そうでない主張を併せて立てている場合、性的関係の否認だけでは請求全体に届きません。この型の責任については、別の記事で詳しく扱っています。なお、ここで述べているのは慰謝料の話であり、離婚原因としての不貞行為の判断とは場面が異なります。

事実に反しない否認と、事実に反する否認は別のもの

争うことは手続の中で予定されている

 民事訴訟法は、当事者は信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならないと定めています(民事訴訟法2条)。これは「争わないことが誠実だ」という意味ではありません。心当たりのない請求について争うことは、手続の中で当然に予定されています。

記憶がはっきりしない部分をどう述べるか

 日付や回数など、はっきり覚えていない部分は少なくありません。覚えていないことまで「なかった」と述べてしまうと、後から資料が出てきたときに、説明全体の見え方が変わります。分からない部分は分からないと述べ、明確に争う部分と分けておくほうが、後の調整の幅が残ります。

依頼した弁護士に伝える事実と、外に向けて述べることは別

 弁護士に事実をそのまま伝えることと、相手方や裁判所に対してどこまで述べるかは、別の問題です。前提となる事実が正確に伝わっていないと、方針の立て方そのものが変わってしまいます。伝えにくい内容ほど、最初の段階で共有しておく意味があります。

請求する側から見た「否認された」ときの読み方

 否認の返答が届いたとき、次の点を確認しておくと、その後の進め方を決めやすくなります。

  1. どの部分を否認し、どの部分には触れていないのかを分けて読む。
  2. 触れられていない部分は、争点になっていない可能性がある。
  3. 相手方が出してきた別の説明が、こちらの持っている記録と両立するかを確かめる。
  4. 説明が後から変わる場合に備えて、届いた書面はそのまま保管しておく。


 否認されたことをもって、直ちに請求が難しくなると考える必要はありません。ただ、話し合いでの解決を目指すのか、手続に移るのかによって、そろえておく準備は変わってきます。

よくあるご質問

証拠がないのだから否認して構わない、と言われました。

 示す責任が請求する側にあるという点は、そのとおりです。ただ、相手方の手元にどのような記録が残っているかは、請求を受けた側からは分かりません。調査の記録や、第三者とのやり取りなど、後から出てくる資料もあります。否認するかどうかは、資料の有無の見込みだけでなく、通らなかった場合に何が残るかも含めて考えることになります。

いったん否認しましたが、後から認めることはできますか。

 できないわけではありません。訴訟では、虚偽の陳述や文書の成立をめぐる過料について、係属中に認めた場合の取消しの定めが置かれています。もっとも、説明を変えること自体は、ほかの言い分の受け止められ方に影響します。変えるのであれば、どの範囲を、どの段階で述べるかを整理してからのほうが、混乱が少なくなります。

相手が事実と違うことを述べています。過料を科してもらえますか。

 当事者の虚偽の陳述に対する過料は、裁判所が職権で行うものとされており、相手方に申立ての権利があるわけではないと理解されています。裁判所に職権の発動を促すことはできますが、制度として当てにする性質のものではありません。実務では、説明の食い違いを資料で示していく形が中心になります。

まとめ


  1. 「否認する」といっても、会っていた事実、性的関係、時期、既婚の認識、悪質さの程度のどれを争うかで、必要な説明は変わる。
  2. 不貞行為があったことを示す立場にあるのは請求する側で、請求を受けた側が「なかったこと」を証明する必要はない。
  3. 性的関係の認定は周辺の事実の積み重ねで行われるため、否認は黙ることではなく、別の説明を出すことになる。
  4. 当事者尋問では宣誓を求められることがあり、宣誓した当事者の虚偽の陳述には過料の定めがある(民事訴訟法207条1項・209条1項)。
  5. 書面が作られたこと自体を争うことにも過料の定めがあり、書かれた内容を争うこととは扱いが分かれる(同法230条1項)。
  6. 正当な理由なく出頭せず、宣誓や陳述を拒んだ場合、相手方の主張を真実と認めることができるとされている(同法208条)。
  7. 否認が通らなかったときには、金額の判断、時間と費用、合意でなければ置けない条件、ほかの言い分の受け止められ方が残る。


不貞慰謝料のご相談をお考えの方へ

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。肉体関係を否認するかどうかは、事実関係と手元の資料、そして望む解決の形によって判断が変わります。返答の期限が示されている場合は、返す前にご相談いただくと、選べる余地が残りやすくなります。

 請求を受けた方からは、どこまで争えるのか、どの部分は争わないほうがよいのかというご相談を、請求される方からは、否認された後にどう進めるかというご相談をお受けしています。お一人で判断される前に、まずは事実関係の整理からご一緒させてください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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