風俗・キャバ通いは「不貞」になる?慰謝料請求できるかの線引き
不貞をめぐる話し合いでは、ある日突然、相手方が用意した書面を示され、「ここに署名してほしい」と言われることがあります。表題は示談書、合意書、確認書、念書とさまざまですが、目の前に紙があり、相手が返事を待っている状況では、内容を落ち着いて読むこと自体が難しくなります。
このとき困るのは、書面を作ったのが自分ではないという点です。どこを見ればよいのかの見当がつかないまま文章を上から順に追うことになり、読み終えても「これで大丈夫なのかどうか分からない」という感覚だけが残ります。
この記事では、示談書への署名を求められた側が何をどの順で確かめればよいのかを、確認の層に分けて整理します。あわせて、案が示されてから署名するまでの間、その案が法律上どのように扱われるのかにも触れます。
この記事で扱うこと・扱わないこと
本記事は、相手方が作成した書面を渡された側が、署名する前に自分で確かめられることに絞って説明します。次の点は別の記事で扱います。
- 慰謝料の金額そのものが妥当かどうかの検討。
- 清算条項、接触禁止条項、口外禁止条項、求償権に関する定めなど、個々の条項の設計と限界。
- 不貞行為を認めるという記載が持つ意味。
- 分割払いの定め方や公正証書にする場合の手続。
- 日付、押印、部数といった書面の外形の整え方と、署名した後に取消しを主張できるかどうか。
これらは、それぞれ独立して検討すべき論点です。ここでは、それらを検討する手前にある「渡された書面をどう読むか」という作業に限定します。
署名を求められる場面は一つではない
同じ「サインを求められた」という状況でも、書面が手元に来た経路によって、確認に使える時間も、気をつけるところも変わります。
| 書面が示された場面 | 確認に使える時間 | 気をつけたいこと |
|---|---|---|
| 対面で差し出された | その場かぎりになりやすい | 読み終える前に返事を求められる |
| 郵送で案が届いた | 返送までの日数 | 同封の返信用封筒に合わせて動いてしまう |
| メールやメッセージで届いた | 返信までの時間 | 画面上では読み落としが増える |
| 相手方の代理人から届いた | 書面に記された期限 | 体裁が整っているため確かめる必要がないと感じやすい |
対面の場面は時間の余裕が乏しく、書面を持ち帰れるかどうかで、その後にできることが大きく変わります。逆に、郵送や電子メールで届いた場合は時間があるはずなのに、返送期限だけを気にして中身の確認が後回しになることがあります。
チェックリストは、相手の書面を採点するためのものではない
確かめられたことではなく、確かめられていないことを数える
書面を読むとき、多くの方は「おかしなところがないか」を探します。しかし、示談書のように専門的な言い回しが並ぶ書面では、おかしなところが見つからなかったことと、内容を理解できたこととは別です。確認の目的は、自分がまだ確かめられていない事柄を洗い出し、それが残っている間は署名しない状態を保つことにあります。
今日決めることと、今日でなくてよいことを分ける
署名は、話し合いの最後に置かれる行為です。金額に納得しているかどうか、事実関係の記載が自分の認識と合っているかどうかといった判断は、書面が目の前にある一場面で完結させなければならないものではありません。相手が期限を示していても、その期限は相手が決めたものであり、法律が定めた応答期限とは性質が異なります。
一人で読むと目が滑る
自分に関する書面は、感情が動いた状態で読むことになります。同じ行を何度も読んでいるのに内容が頭に入らない、という状態は珍しくありません。読み上げる、条項ごとに番号を振って自分の言葉で言い換えてみる、といった手順を踏むだけでも、読み落としは減ります。
確認は四つの層に分けて行う
渡された書面を確かめるとき、条項を上から順に追うのではなく、性質の違う四つの層に分けて見ていくと、抜けが見つけやすくなります。
| 確認の層 | 見るところ | 抜けたときに起きやすいこと |
|---|---|---|
| 手続の層 | 誰が作り、誰と誰の間の合意で、いつ決めるのか | 自分が負う立場でない部分まで引き受けてしまう |
| 記載の層 | 書かれている事実、金額、期日が自分の認識と合っているか | 後から違うと言いにくくなる |
| 欠落の層 | 自分にとって必要な記載が入っているか | 終わったつもりが終わっていない |
| 履行の層 | 署名した日から自分が何をすることになるのか | 守り続けられない約束を抱える |
このうち、見落とされやすいのは欠落の層です。書かれていない事柄は、読んでいても目に入らないためです。
第一の層 手続の確認
中身を読む前に、書面の枠組みを確かめます。
- 表題が何であれ、合意の書面として扱われる可能性がある。示談書、合意書、確認書、念書といった表題の違いで効力が決まるわけではない。
- 当事者として誰と誰が書かれているか。自分の配偶者や相手方の配偶者が当事者に含まれていないか。
- 自分が署名する欄が、誰の立場のものとして用意されているか。
- 支払いを約束する側と受け取る側のどちらの立場で書かれているか。双方に義務がある内容か、一方だけが義務を負う内容か。
- 期限が誰の都合で決まっているか。法律上の応答期限なのか、相手が示した希望なのか。
- 署名後に自分の手元にも同じ書面が残る形になっているか。
最後の点は見落とされやすい部分です。署名した書面をその場で相手が持ち帰り、自分の手元には何も残らないという形になっていると、自分が何に合意したのかを後から確かめる手立てがなくなります。
第二の層 書かれていることの確認
事実として書かれている部分
冒頭には、前提となる出来事が書かれていることが多くあります。時期、期間、関係の性質などが、自分の認識と食い違っていないかを確かめます。細かい違いだから直さなくてよい、と考えるのは避けたほうがよい部分です。書面に残った記載は、後に別の場面で持ち出されることがあります。事実を認める記載が持つ意味については、別の記事で詳しく説明しています。
金額と、その金額の名目
金額そのものの妥当性はここでは扱いませんが、同じ金額でも、どういう名目で支払うと書かれているかによって、書面の意味が変わります。慰謝料と書くのか、解決金と書くのか。総額のみを書くのか、内訳を書くのか。すでに支払った分がある場合、それが総額に含まれているのかどうか。ここが曖昧だと、後日の食い違いにつながります。
支払いの期日と方法
期日、振込先、振込手数料の負担、支払いと書面の取り交わしのどちらが先か。支払いが先で書面の取り交わしが後という順序になっていないかは、確かめておきたい点です。遅れた場合の定めが置かれているときは、そこに書かれた利率が法律上の利率と一致しているとは限りません。この点は遅延損害金を扱った記事で説明しています。
相手方の側の義務が書かれているか
自分が守る約束だけが並び、相手方が守る約束が一つも書かれていない、という構成になっていることがあります。話し合いの中で相手が口頭で述べていた内容が、書面に反映されているかどうかを確かめます。
第三の層 書かれていないことを探す
先に自分の心配事を書き出してから読む
欠落を見つけるには、書面を読む前に、自分が心配していることを紙に書き出しておく方法が有効です。「この件で今後もう請求されないと言い切れるのか」「職場や家族に伝わらないのか」「相手からの連絡は止まるのか」といった心配事を先に並べ、それぞれに対応する記載が書面のどこにあるかを探します。対応する記載が見つからなければ、それが欠落です。
欠落しやすいもの
実務上、相手方が自分で作成した書面では、次のような記載が抜けていることがあります。
- この件で当事者間に他に債権債務がないことを確認する記載。
- 自分の側だけでなく相手方も口外しないという、義務の相互性についての記載。
- 支払いを終えたときに何をもって完了とするのかについての記載。
- 関係する第三者との間でどう扱うのかについての記載。
いずれも、書面に入れるかどうかは事案によって判断が分かれる部分です。ここで申し上げたいのは、抜けているものが常に不当だということではなく、抜けていることに気づかないまま署名すると、後で追加できなくなるということです。
「別途協議する」という書き方
決めきれなかった事柄について、別途協議するという文言が置かれることがあります。この書き方は、その場では受け入れやすい一方で、協議が調わなかったときにどうなるかは決まっていません。何がまだ決まっていないのかを自分で把握したうえで署名するのと、決まったつもりで署名するのとでは、後の受け止め方が変わります。
第四の層 署名した日から自分が何をするのか
いつまでに何をするのかを、日付で言えるか
書面を読み終えたら、条項を見ずに「自分は、いつまでに、誰に、何をするのか」を口に出して言えるかどうかを試します。言えない部分が残っていれば、その部分の記載が曖昧であるか、自分が読み取れていないかのどちらかです。
守り続ける約束は、期間を見る
支払いのように一度で終わる約束と、連絡を取らない、口外しないといった、守り続けることが求められる約束とでは、負担の性質が異なります。後者については、いつまで続くのかが書かれているかを確かめます。期間の定めがないまま義務だけが残る形になっていないか、という視点です。
守れなかったときの定め
違反した場合の取決めが置かれていることがあります。その内容が、自分が現実に負担できる範囲にあるかどうかは、署名する前に考えておきたい点です。条項の有効性そのものは事案によって判断が分かれるため、ここでは触れません。
案が示されてから署名するまでの間、その案はどう扱われるのか
書面がなくても合意は成立しうる
和解は、当事者が互いに譲歩して争いをやめることを約束することによって効力を生じるとされています(民法695条)。契約の成立に書面の作成が求められているわけではありません。つまり、署名していなくても、話し合いの場で「その金額で結構です」と述べた時点で、合意が成立したと評価される場面があります。署名を保留したことで自動的に何も決まっていない状態が保たれるとは限らない、ということです。
期限を切られても、その日に決まるわけではない
「今日中に」「1週間以内に」と期限を示されることがあります。示された案が法律上の申込みにあたる場面では、承諾の期間を定めた申込みは、原則としてその期間内は撤回することができないとされています(民法523条1項)。期限は相手が急がせるための言葉であると同時に、その間は相手の側も引っ込めにくいという意味を持つことがあります。もっとも、期間内に承諾の通知がなければ申込みは効力を失うとされており(同条2項)、期限を過ぎた後にも同じ条件が残っている保証はありません。
修正を求めることは、その案を断ることでもある
条件を付けたり変更を加えたうえで承諾したときは、元の申込みを拒絶して、新たな申込みをしたものとみなされます(民法528条)。「ここを直してくれれば署名します」と伝えることは、元の案を受け入れたことにはなりません。そのため、相手方はいったん示した条件を維持する義務を負わず、話がまとまらなければ元の条件も残らないことがあります。修正を求める箇所は一度にまとめて伝えたほうがよい、と言われるのはこのためです。なお、ごく細かな字句の修正までこの扱いになるかについては議論があります。
口頭で「そこは直す」と言われた場合
書面に反映されていない約束は、後から確かめる手立てが乏しくなります。修正に応じるという返事をもらったのであれば、修正後の書面を見てから署名する、という順序を保つのが基本です。
確かめられないまま署名を求められたとき
持ち帰ると伝える
その場で判断できないと伝えることは、話し合いを拒否することとは異なります。書面を預かって帰る、あるいは写真を撮らせてもらう、それも難しければ表題と主な条項を書き写す。少なくとも、自分が何を示されたのかを手元に残しておくことで、後から相談する際の材料になります。
空欄のまま署名しない
金額や日付が空欄のまま署名を求められた場合、その欄は後から埋められることになります。何が入るのかが決まっていない書面に署名するのは避けたほうがよい形です。
やり取りの経緯を残しておく
いつ、どこで、誰から、どのように署名を求められたのかを、その日のうちに書き留めておきます。後日、書面の成立の経緯が問題になった場合に、記憶だけに頼らずに済みます。
署名しないという選択と、その後に起きること
署名を断ったとき、何が起きるのかが分からないために、応じてしまう方は少なくありません。実際には、次のような経過をたどることが多いといえます。
- 話し合いが続き、条件を調整したうえで改めて書面が作られる。
- 相手方が代理人を立て、書面のやり取りに切り替わる。
- 相手方が調停や訴訟といった手続に移る。
- 相手方が請求を続けないまま、時間が経過する。
どの経過になるかは事案によって異なります。ただし、署名しなかったこと自体が不利益な事情として扱われるわけではありません。相手方が示した期限を過ぎたからといって、直ちに何かが確定するものでもありません。
請求する側から見たとき
その場で署名させることが解決を早めるとは限らない
相手に十分な確認の機会を与えないまま署名を得た場合、後になって内容を争われたり、支払いが滞ったりすることがあります。書面が残っていても、争いが再燃すれば、結果として解決までの時間は長くなります。
相手に時間を渡すことの意味
書面を持ち帰りたいと言われた場合、応じるかどうかは判断が分かれるところです。もっとも、内容を理解したうえで署名したという経緯そのものが、書面の安定につながる面があります。
自分が署名を求められる側になることもある
相手方に代理人が就いた場合、今度は請求する側が、相手方の代理人が作成した書面に署名を求められることになります。そのときに確かめる事柄は、この記事で整理した四つの層と変わりません。
よくあるご質問
その場で署名しないと不利になりますか
署名を保留したこと自体が、後の手続で不利な事情として扱われるわけではありません。ただし、話し合いの場で述べた内容は残りますので、保留する場合も、事実関係について踏み込んだ発言をしないよう気をつけておくとよいでしょう。
相手が用意した書面を、自分で書き直してもよいですか
自分の判断で書面を書き換えて署名するのは避けたほうがよい方法です。修正を求めるのであれば、どこをどう直したいのかを伝え、修正後の書面を作り直してもらう手順が通常です。
弁護士名義で届いた書面なら、そのまま署名して問題ないでしょうか
相手方の代理人が作成した書面は、体裁が整っていることが多い一方で、依頼者である相手方の立場から書かれたものです。整った書面であることと、自分にとって過不足のない内容であることとは別の事柄です。確かめる作業は同じように必要になります。
弁護士にご相談いただく意味
署名を求められている書面について、その内容が自分にとってどう働くのかを判断するには、条項の意味だけでなく、その事案でどのような解決がありうるのかという見通しが必要になります。弁護士にご相談いただければ、書面に書かれていることと書かれていないことを整理したうえで、修正を求めるべき点、そのまま応じてよい点をご説明できます。
また、代理人としてご依頼いただいた場合には、書面のやり取りを弁護士が引き受けますので、相手方から直接署名を求められる場面そのものを避けることができます。
まとめ
- 表題が示談書でも合意書でも念書でも、合意の書面として扱われる可能性があります。
- 確認は、手続、記載、欠落、履行の四つの層に分けて行うと抜けが見つけやすくなります。
- 見落とされやすいのは、書かれていない事柄です。先に自分の心配事を書き出してから読む方法が役に立ちます。
- 署名していなくても、話し合いの場での返事によって合意が成立したと評価される場面があります。
- 修正を求めることは、元の案を断って新たな提案をすることにあたるとされています(民法528条)。求める箇所はまとめて伝えるのが基本です。
- その場で確かめられないときは、持ち帰る、空欄のまま署名しない、経緯を書き留めておくという三点を守るだけでも、後の選択肢が残ります。
- 署名を保留したこと自体が、後の手続で不利な事情として扱われるわけではありません。
ご相談について
弁護士法人若井綜合法律事務所では、不貞をめぐる慰謝料の問題について、請求する側、請求を受けた側のいずれからのご相談もお受けしています。書面を渡されて署名を求められている段階でのご相談も承っております。
署名の前であれば、確かめられることも、条件を調整できる余地も残されています。お手元に書面がある場合には、その書面をご持参のうえ、お早めにご相談ください。


