不貞慰謝料を請求されたときにまず確認すべき6つのポイント
不倫(不貞行為)の慰謝料は、本来は一括で支払うのが原則です。しかし、金額が数十万円から数百万円になることもあり、一度に用意できないケースは少なくありません。そこで、支払う側と受け取る側が話し合い、分割払いにしたうえで、その約束を「公正証書」にまとめることがあります。
ただ、この「分割払い+公正証書」は、支払う側にとっても受け取る側にとっても、内容を正しく理解しないままサインすると後で困る場面が出てきます。とくに支払う側は、一度でも滞納すると裁判を経ずに給与や預貯金を差し押さえられる可能性がある点を、あらかじめ知っておく必要があります。
この記事では、不倫慰謝料を分割払いにするときの条件の決め方、公正証書と通常の示談書との違い、そして滞納したときにどのような強制執行が起こり得るのかを、男女どちらの立場からも整理して解説します。
なお、慰謝料の相場や時効、請求を受けた直後の初動については別の記事で扱っています。本記事は「支払方法(分割・公正証書)」と「滞納時の執行リスク」に絞ってお伝えします。
不倫慰謝料が分割払いになるケースと、決めておきたい条件
慰謝料のような損害賠償金は、一括での支払いが基本です。もっとも、支払う側にまとまった資力がない場合、受け取る側が最終的に回収できなければ意味がないため、現実的な落としどころとして分割払いが合意されることがあります。分割にするかどうか、回数や金額をどうするかは、法律で決まっているわけではなく、当事者の合意で決まります。
分割払いを取り決めるときに、あわせて確認しておきたい主な項目は次のとおりです。
- 頭金(一時金)の有無:手元にあるお金を最初にまとめて払うと、受け取る側が分割に納得しやすくなる傾向があります。一方で、早く解決したい一心で借金をしてまで無理な頭金を約束すると、その後の生活や分割払いが立ち行かなくなりかねません。現実に払える範囲で計画を立てることが大切です。
- 回数・月額・支払期限:毎月いくらを何回に分けて、いつまでに、どの口座へ振り込むのか。振込手数料をどちらが負担するかも決めておくと後のトラブルを避けやすくなります。
- 遅延損害金:支払いが遅れた場合の利率です。取り決めがなければ、民法上の法定利率(現在は年3%)が適用されます。当事者の合意で年5〜10%程度に定める例もありますが、高く設定しても支払う側の負担が増えるだけで、かえって回収の実現性が下がると考えられています。
- 期限の利益の喪失(きげんのりえきのそうしつ):これがこの記事で最も重要な項目です。「分割金の支払いを◯回怠ったときは、当然に期限の利益を失い、残額を一括で支払う」という条項を指します。これがあると、滞納した時点で残り全額の支払期限が到来したものとして扱われます。詳しくは後半で説明します。
これらのうち、遅延損害金や期限の利益の喪失は、支払う側にとって負担が重くなり得る条項です。内容を理解しないまま合意すると、思っていた以上に厳しい効果が及ぶことがあります。
公正証書(強制執行認諾文言付き)とは何か、示談書とどう違うか
不倫の示談では、当事者間で「示談書」や「合意書」を作るのが一般的です。しかし、示談書は当事者が作成した私的な書面(私文書)にとどまります。相手が約束どおり払わない場合、示談書があっても、それだけで直ちに財産を差し押さえることはできません。差押えをするには、あらためて裁判を起こして判決や和解を得るなど、時間と手間のかかる手続きが必要になります。
これに対して、強制執行認諾文言(きょうせいしっこうにんだくもんごん)を付けた公正証書は、扱いが大きく変わります。公正証書は、公証役場で公証人が作成する公文書です。そのなかに「債務者は、この証書に記載された金銭債務を履行しないときは、直ちに強制執行に服する」という趣旨の一文(執行認諾文言)を入れておくと、その公正証書は「執行証書」となり、裁判の判決と同じように差押えの根拠(債務名義)として使えます(民事執行法22条5号)。
つまり、支払う側から見れば、振込を一度忘れただけでも、裁判を経ずに給与や預貯金を差し押さえられる可能性がある、というのが公正証書の大きな特徴です。受け取る側から見れば、滞納があったときに速やかに回収に動ける安心材料になります。この非対称性を、双方が理解したうえで作成することが前提になります。
公正証書を作成するときの実務上のポイントは次のとおりです。
- 双方の合意と出頭が必要:公正証書は一方だけでは作れません。当事者双方が公証役場に出向く(または代理人に委任する)必要があります。将来の支払いに不安を持つ支払う側が作成を拒むと、手続きは進められません。
- 執行の対象は金銭債務が中心:執行証書として差押えの根拠になるのは、金銭の支払いなど一定の給付を目的とする債務です。「二度と接触しない」「口外しない」といった不作為の約束は、公正証書に書いても、それ自体を直接強制執行することはできない点に注意が必要です。接触禁止条項や口外禁止条項の設計と限界は、示談書の作り方を扱う別記事で詳しく説明しています。
- 作成費用(公証人手数料)がかかる:手数料は公証人手数料令で定められ、目的の価額(慰謝料の総額)に応じて決まります。たとえば慰謝料の総額が200万円を超え500万円以下であれば手数料は1万3000円、100万円を超え200万円以下であれば7000円が基本となり、これに正本・謄本の交付や送達などの費用が加わります。どちらが費用を負担するかは合意で決めます。
滞納するとどうなるか──強制執行の流れ
分割払いを取り決めた後に支払いが滞ると、受け取る側はまず督促(連絡や督促状)を行うのが通常です。それでも支払われないとき、公正証書などの債務名義があれば、裁判所を通じて相手の財産を差し押さえる手続きに進むことができます。
差押え(強制執行)の主な対象は次のとおりです。
- 給与・賞与・退職金など:勤務先が分かっていれば、給与を差し押さえられます。差押えが実行されると、勤務先が給与の一部を天引きして、受け取る側へ支払う形になります。この過程で、差押えの事実が勤務先に知られることになります。
- 預貯金:金融機関と支店が特定できれば、口座の残高を差し押さえられます。
- 不動産:相手名義の土地・建物があれば対象になりますが、費用や時間がかかるため、高額な場合に検討される手続きです。
給与を差し押さえられる範囲
給与の差押えには法律上の上限があります。民事執行法152条により、手取り(税金・社会保険料を控除した後の額)の4分の3にあたる部分は差し押さえてはならないとされ、原則として差し押さえられるのは手取りの4分の1までです。ただし、手取りが月額44万円を超える場合は、33万円を超える部分を全額差し押さえることができます(民事執行法施行令で基準額が33万円と定められています)。
たとえば手取り20万円なら差押え可能額は月5万円程度、手取り50万円なら33万円を超えた17万円が差押え可能、という計算になります。退職金も同じく4分の1までですが、預貯金には給与のような差押禁止部分がなく、原則として全額が対象になります。
分割払いだからこそ「期限の利益の喪失」が要になる
ここで、分割払い特有の重要な点があります。給与の差押えは、原則として「支払期限が到来した分」についてしかできません。分割払いで毎月の支払いが続いている場合、本来は、期限の来た未払分ごとに手続きをする必要があるのが原則です。
養育費や婚姻費用については、一度の申立てで将来分もまとめて差し押さえられる特例(民事執行法151条の2)があります。しかし、この特例は不倫慰謝料の分割払いには適用されません。慰謝料は扶養義務に基づくものではないため、原則として、その都度、支払期限が過ぎた分だけが対象になります。
そこで意味を持つのが、前半で触れた期限の利益の喪失条項です。「◯回滞納したら残額を一括で支払う」と定めておけば、滞納があった時点で残額全部の支払期限が到来したものとして扱われ、残っている慰謝料の全額を一度に差し押さえの対象にできます。受け取る側にとっては回収を確実にする条項であり、支払う側にとっては「1回の遅れが残額一括請求につながり得る」という重い条項です。どちらの立場でも、この条項の効果を理解しておくことが欠かせません。
なお、相手の勤務先や口座が分からない場合に備え、令和2年4月施行の改正民事執行法では、裁判所を通じて相手の財産情報を調べる「財産開示手続」や「第三者からの情報取得手続」が整えられています。ただし、勤務先(給与債権)に関する情報の取得は、養育費などの一部の債権や「生命・身体の侵害による損害賠償請求権」に限って認められており、精神的損害に対する不倫慰謝料は原則としてこの対象に含まれないと考えられています。受け取る側にとっては、あらかじめ相手の勤務先や口座を把握しておけるかどうかが、実務上の分かれ目になります。
支払う側が分割払い・公正証書で確認したいこと
分割払いと公正証書を提示された側(不倫をして慰謝料を請求された側)が、署名の前に確認しておきたい点を整理します。
- 執行認諾文言の意味を理解してから署名する:この一文があると、滞納時に裁判を経ずに差押えを受け得ます。「なんとなく安心そうだから」ではなく、効果を理解したうえで判断してください。
- 無理のない支払計画かを確認する:頭金の額、月額、回数が、自分の収入と生活費に照らして現実的かを確かめます。払えない計画にサインしても、結局は滞納につながります。「払えない」と感じる場合の減額や条件変更の交渉については、別記事で扱っています。
- 遅延損害金・違約金・期限の利益喪失条項の内容を確認する:利率が過大でないか、何回の滞納で期限の利益を失う設計になっているかを確認します。
- 請求された金額が支払義務の額とは限らない:分割や公正証書の話に進む前に、そもそも慰謝料の金額が妥当か、不成立や減額の事情がないかを検討する余地があります。金額の妥当性や請求を受けた側の反論は、別の記事で解説しています。
- 払えなくなったら放置しない:公正証書を作った後でも、当事者が合意すれば支払条件を変更することは可能です。滞納して差押えを待つより、早めに相手方や弁護士に相談して条件の見直しを図るほうが、結果的に負担を抑えられることがあります。
受け取る側が公正証書を使うときの注意と限界
分割払いで受け取る側(配偶者の不倫相手などから慰謝料を受け取る側)にとって、公正証書は回収の実効性を高める有力な手段です。ただし、限界もあわせて理解しておくと過信を避けられます。
- 執行できるのは金銭債務が中心:接触禁止や口外禁止といった約束は、公正証書にしても直接の強制執行にはなじみません。これらを実効的にするには、違約金の定め方など別の工夫が必要で、その設計と限界は示談書の記事で扱っています。
- 相手の勤務先・口座を把握できるかが鍵:前述のとおり、不倫慰謝料では勤務先情報の取得手続を原則として使えません。分割や公正証書を取り決める段階で、相手の勤務先・取引金融機関などを確認しておけると、いざというときの差押えがスムーズになります。
- 相手に資力がなければ回収は難しい:公正証書があっても、相手に差し押さえるべき収入や財産がなければ、現実の回収は容易ではありません。頭金である程度確保しておく、保証人を検討するといった対応が話し合われることもあります。
滞納・強制執行をめぐって困ったときの初動
最後に、立場を問わず共通してお伝えしたい初動をまとめます。
支払いが難しくなってきた側は、滞納して差押えを受ける前に、早めに相手方または弁護士へ連絡し、条件変更を含めた相談をすることが大切です。無断で放置すると、期限の利益を失って残額一括の差押えに至るおそれがあります。
受け取る側で支払いが滞った場合は、まず相手の状況を確認し、故意の不払いなのか、経済状況の悪化によるものなのかを見極めたうえで、督促や差押えといった手続きを検討します。公正証書や示談書、振込の記録などは、いずれの立場でも保管しておいてください。
分割払いの条件設計、公正証書の作成、滞納後の強制執行のいずれの段階でも、金額や条項の一つひとつが後々の負担を左右します。判断に迷う場合は、早い段階で弁護士に相談することで、無理のない解決につなげやすくなります。


