二股・浮気をされた恋人|交際関係で慰謝料は取れるのか
「示談書だけでは意味がないので、公正証書にしないと駄目だと言われました」。慰謝料を受け取る側の方から、こうしたご相談をいただくことがあります。一方で、支払う側の方からは「相手方から公正証書にしてほしいと求められたが、応じてよいのか判断がつかない」というご相談も届きます。同じ書面をめぐって、正反対の位置から不安が生まれている場面です。
インターネット上では、示談書は私文書で公正証書は公文書である、公正証書には強制執行の力があるが示談書にはない、といった説明がよく見られます。これ自体が誤っているわけではありません。ただ、この説明だけでは、その違いがどの場面で効いてくるのか、そして自分の事案でその場面に行き着く見込みがどの程度あるのかが見えにくいままになります。書面の形を決める判断は、多くの場合、その手前で必要になります。
この記事では、不貞慰謝料の話し合いがまとまりかけている段階を想定し、示談書のままにするか、公正証書にするか、あるいは別の形を選ぶかを考えるための材料を整理します。慰謝料を請求する側と請求を受けた側の双方から見ていきます。
この記事で扱うこと・扱わないこと
書面の形を選ぶという一点に絞ります。次の論点は、それぞれ別の記事で扱っています。
- 示談書に入れる条項の中身と、過去の清算と将来の約束の分け方。
- 分割払いの条件設計と、期限の利益喪失条項の書き方。
- 公正証書ができた後の送達・執行文・財産の特定といった手続の流れ。
- 接触禁止条項や口外禁止条項の設計と、その限界。
- 相手方に支払能力があるかどうかの見極め方。
二つの書面は、対立する選択肢ではない
最初に確認しておきたいのは、示談書と公正証書が別々の種類の合意ではないという点です。どちらも中身は同じ和解の合意で、違うのはその合意をどの形で残すかという部分です。
示談書に効力がないわけではない
話し合いで争いをやめる合意は、和解として法律上の意味を持ちます(民法695条)。当事者が署名した示談書は、その合意があったことを示す書面です。相手方が約束を守らなければ、それを理由に支払いを求めることができますし、裁判になれば証拠として提出できます。「示談書には法的な拘束力がない」という説明を見かけることがありますが、正確には、拘束力がないのではなく、後で述べる執行力がないという意味に整理するのが適切です。
公正証書は、同じ合意を公証人に作ってもらう形
公正証書は、公証役場で公証人が作成する公文書です。当事者が持ち込んだ合意の中身が、公証人の手で証書の形になります。原本は公証役場に保管され、当事者には正本や謄本が渡されます。合意の内容そのものが、公正証書にしたことで良くなったり悪くなったりするわけではありません。
変わる部分と変わらない部分
二つの形を並べると、次のように整理できます。
| 項目 | 示談書 | 強制執行認諾文言付きの公正証書 |
|---|---|---|
| 合意そのものの効力 | 和解として成立する | 同じ |
| 内容を決める人 | 当事者 | 当事者 |
| 守られなかったときの入口 | あらためて裁判等の手続が必要 | そのまま強制執行の申立てに進める |
| 対象にできる約束 | 制限なく書ける | 執行の対象は金銭の支払いなどに限られる |
| 時効期間の数え方 | 合意の内容に応じて決まる | 同じ |
| 作成に必要なもの | 双方の署名 | 双方の関与と公証役場での手続、費用 |
違いが表に出るのは、守られなかったときの入口
差が生まれるのは、約束どおりに支払われなかった場面です。違いは「請求できるかどうか」ではなく、そこから財産の差押えに進むまでに何段階を踏むかという点にあります。
債務名義という考え方
相手方の財産を差し押さえるには、その根拠となる書面が要ります。これを債務名義といい、どのようなものが債務名義になるかは法律で決められています(民事執行法22条)。判決や和解調書のほか、強制執行に服する旨の記載がある公正証書がここに含まれます(同条5号)。示談書はこの列に入っていないため、支払われなかったときは、あらためて訴訟や支払督促などで債務名義を得る段階が必要になります。
公正証書で執行できるのは金銭の支払いなど
もっとも、公正証書が債務名義になるのは、金銭の一定額の支払いなどを目的とする請求についてです(同条5号)。連絡を取らない、口外しないといった約束は、それ自体を公正証書によって直接強制することはできません。この点は、不貞の示談で付随条項が多くなりがちなだけに、見落とされやすい部分です。付随条項の設計と限界については別の記事で扱っています。
合意に執行力を持たせる方法は、公正証書だけではない
多くの記事は、示談書か公正証書かという二択で説明を終えています。しかし、当事者の合意をそのまま執行できる形にする方法は、公正証書のほかにもあります。
訴え提起前の和解という手続
当事者間で合意ができている場合、簡易裁判所に和解を申し立て、和解の期日でその内容を確認してもらう方法があります(民事訴訟法275条1項)。即決和解と呼ばれることもある手続です。和解が成立して調書に記載されると、その記載は確定判決と同じ効力を持ち(同法267条)、債務名義になります(民事執行法22条7号)。話し合いがまとまらずに調停を利用した場合の調停調書も、同じ扱いです(民事調停法16条)。
三つの形を並べて見る
合意の内容と、必要になる手間の関係は次のとおりです。
| 形 | 執行の対象にできるもの | 必要になること |
|---|---|---|
| 示談書のまま | 直接には執行できない | 双方の署名のみ |
| 公正証書 | 金銭の支払いなど | 双方の関与と公証役場での手続、費用 |
| 訴え提起前の和解の調書 | 金銭に限らず定められる | 双方の関与と簡易裁判所での期日、期間 |
裁判所の手続を使うことの裏側
訴え提起前の和解は、相手方の住所地を管轄する簡易裁判所に申し立てるもので、双方が期日に出頭することが前提になります。相手方が出頭しなければ、和解は調わないものとして扱われることがあります(民事訴訟法275条3項)。申立てから期日まで1か月ほどかかることも多く、公正証書より時間の見通しが立ちにくい面もあります。加えて、裁判所の記録として残るという性質があります。不貞のように、周囲に知られたくないという意向が強い事案では、この点が判断を左右することもあります。
時効の数え方は、公正証書にしても変わらない
あまり触れられていませんが、実務上の差が出やすいのがこの点です。判決や、確定判決と同じ効力を持つものによって確定した権利は、本来より短い時効期間の定めがあっても10年として扱われます(民法169条1項)。裁判上の和解の調書や調停調書は、これに当たると整理されています。
一方、強制執行認諾文言付きの公正証書は、この10年の対象には当たらないとする整理が一般的です。東京高等裁判所の昭和56年9月29日の判断は、公正証書には執行力はあっても既判力がないことを理由に、確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利には当たらないとしています。最高裁判所の判断や明文の定めがあるわけではありませんが、否定的に解する見方が従来の裁判例や学説では多数とされています。
つまり、公正証書を作っても、示談書のままでも、その合意によって時効期間が延びることは期待できないという前提で考えることになります。示談で確定した債権の時効期間そのものについては見解が分かれる部分がありますので、長期の分割を組む場合は、この点も含めて確認しておくと安全です。
公正証書は、相手方の協力がなければ作れない
ここも判断に直結します。公正証書は、一方の当事者だけで作ることができません。双方が公証役場の手続に関わることが前提で、本人が出向くほか、代理人によって嘱託する方法もあります(公証人法32条)。ただし代理による場合は、合意の内容を記載した委任状や本人確認の資料が必要で、強制執行に服する旨を含めるにはその点も委任状に示しておく必要があります。
「後で公正証書にする」という約束の弱さ
示談書に「本示談と同じ内容の公正証書を作成する」と書き入れておく方法があります。ただ、この約束自体は、相手方が公証役場に来なければ実現しません。約束を守らせるには、結局その履行を求める手続を経ることになり、公正証書を作ろうとした当初の目的から遠ざかります。
作るなら、話がまとまった時期と近いところで
相手方が協力的なのは、多くの場合、合意ができた直後の一定期間です。公正証書という形を選ぶのであれば、示談書への署名と時期を離さず、日程を先に押さえておく段取りが現実的です。逆にいえば、その段取りを組む余裕がない事案では、別の形を検討することになります。
公証人が見るところと、見ないところ
「公証人が作るのだから内容も適正になる」という説明を見かけますが、ここは分けて理解しておく必要があります。公証人は、法令に違反する事項や無効な行為については公正証書を作成できないとされています(公証人法26条)。日本公証人連合会も、審査の対象は内容が違法または無効でないかという観点であると説明しています。
言い換えると、金額が事案に見合っているか、条件が自分にとって不利すぎないかは、公証人が判断する事柄ではありません。当事者が持ち込んだ条項は、違法や無効といった問題がない限り、そのままの形で証書になります。公正証書にしたこと自体は、合意の中身が適切であることの裏づけにはならないという点は、署名を求められる側にとって特に重要です。
どの形が噛み合うのか
ここまでを踏まえると、判断の分かれ目はそれほど多くありません。決め手になるのは、支払いが一度で終わるのか、それとも時間をかけて続くのかという点です。
支払いが一度で終わる場合
署名と同時に振り込まれる、あるいは数日以内に一括で支払われるという合意であれば、守られなかったときのために備える対象がほとんど残りません。この場合、示談書という形で足りることが多くなります。受け取る側としては、入金の確認まで書面の取り交わしを急がないという方法もあります。
支払いが長い期間にわたる場合
回数が多く、完済までの期間が長くなるほど、途中で止まる可能性を織り込む必要が出てきます。執行できる形にしておく意味が大きくなるのはこの場面です。もっとも、公正証書があっても、実際に回収できるかどうかは相手方の財産次第です。この点は、支払能力の見極めを扱った記事で詳しく述べています。
金銭以外の約束に重きを置く場合
連絡を取らないことや口外しないことを重視する事案では、公正証書にしてもその部分は執行の対象になりません。書面の形を変えるより、条項の書き方や、違反があったときの取決めをどう組み立てるかを詰めるほうが実質的です。
相手方の住所や連絡先に不安がある場合
公正証書も、訴え提起前の和解も、相手方の所在が分かっていることが前提になります。後の手続でも相手方の住所は必要になりますので、書面を作る段階で、住所と連絡先を確かめておくことが土台になります。
請求を受けた側から見た使い分け
公正証書にしてほしいと求められた側にとっては、応じるかどうかが交渉の材料になります。
何を求められているのかを確認する
強制執行に服する旨を入れるということは、支払いが滞ったときに、裁判を経ずに給与や預金の差押えに進める状態を受け入れるという意味です。まずは、示談の内容として何が求められているのかを正確に把握することが出発点になります。
支払いの形とセットで考える
応じるかどうかは、公正証書の是非を単独で考える問題ではなく、支払いの形と組み合わせて判断する問題です。一括で終わる合意であれば、相手方にとっての必要性も高くありません。分割を希望して回数を増やしたい場合には、その代わりに求められる条件として提示されることがあります。
断ることの意味
公正証書の作成に応じない選択もできます。ただ、そのことで合意全体がまとまらなくなり、話し合いが訴訟に移るという展開もあります。断ること自体が不利益になるわけではありませんが、次に何が起きるかを見たうえで判断することになります。
弁護士に相談する意味
書面の形を選ぶ場面では、合意の中身、相手方の状況、費やせる時間、周囲に知られたくないという事情が同時に絡みます。どれか一つを重く見て決めると、後から動かしにくくなることがあります。
弁護士に相談する意味は、雛形を用意してもらうことよりも、この事案で執行の場面まで進む見込みがどの程度あるのか、そこに備えるためにどこまで手間をかけるのが釣り合うのかを一緒に整理できる点にあります。公証役場や裁判所とのやり取りを代理人が担うことで、相手方と直接顔を合わせずに手続を終えられる場合もあります。
よくあるご質問
示談書を作った後から、公正証書にできますか
相手方が応じるのであれば可能です。示談書の内容をもとに、あらためて公証役場で手続をとることになります。ただし、すでに書面ができている段階では、相手方が追加の手続に応じる動機が薄くなりがちです。公正証書という形を望むのであれば、示談の交渉の中で条件として取り上げておくほうが現実的です。
公正証書があれば、支払われなくてもすぐ回収できますか
そうとは限りません。公正証書は、裁判を経ずに強制執行の申立てに進める書面ですが、申立ての前に送達や執行文の付与といった段階があり、どの財産を差し押さえるかは申し立てる側が特定する必要があります。回収できるかどうかは相手方の財産の有無に左右されます。手続の流れは別の記事で扱っています。
いったん作った公正証書の内容は変えられますか
当事者の合意があれば、内容を変更する取決めをすることはできます。ただし、公正証書の形で変更するには、あらためて双方が手続に関わる必要があります。支払いが難しくなったときに放置すると条件の見直しが難しくなりますので、早い段階で相手方に伝えることが結果として選択肢を残します。
まとめ
- 示談書と公正証書は別種の合意ではなく、同じ和解の合意(民法695条)をどの形で残すかの違いです。
- 示談書に拘束力がないのではなく、そのままでは強制執行の根拠にならないという意味です。
- 強制執行の根拠になる書面は法律で決められており、強制執行認諾文言付きの公正証書はその一つです(民事執行法22条5号)。
- 公正証書で執行の対象にできるのは金銭の支払いなどで、連絡を取らない・口外しないという約束は対象外です。
- 合意を執行できる形にする方法は公正証書だけでなく、訴え提起前の和解の調書という選択肢もあります(民事訴訟法275条1項、同法267条、民事執行法22条7号)。
- 公正証書にしても時効期間が10年に延びる扱いにはならないとする整理が一般的です(民法169条1項)。
- 公正証書は一方だけでは作れず、代理による嘱託の場合も委任状や本人確認の資料が必要です(公証人法32条)。
- 公証人が審査するのは内容が違法または無効でないかという観点で、金額の妥当性までは対象になりません(公証人法26条)。
- 支払いが一度で終わる事案では示談書で足りることが多く、長期の分割ほど執行できる形にする意味が大きくなります。
- 請求を受けた側にとっては、公正証書に応じるかどうかは支払いの形と組み合わせて判断する問題です。
不貞慰謝料の示談書についてお悩みの方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。示談の話し合いがまとまりかけているものの、書面をどの形で残すべきか判断がつかないという段階でも、ご相談いただけます。
慰謝料を請求する側の方には、支払いが続くことを前提とした備えの組み立てを、請求を受けた側の方には、求められている条件が支払いの形と釣り合っているかどうかの検討を、それぞれの立場からお手伝いします。署名を求められている書面がお手元にある場合は、その内容を拝見したうえで、次に取り得る対応をご説明します。


