【不貞慰謝料】反論の全体地図|どの主張をどの順で立てるか
「相手が分割で支払うと言っているけれど、途中で止まらないか不安なので公正証書にしたい」。「示談の内容を公正証書にしたいと言われたが、何をすることになるのか分からない」。慰謝料の話し合いが形になりかけた段階で、請求する側からも、請求を受けた側からも寄せられるご相談です。
公正証書について調べると、公証役場で作る公文書であること、支払いが滞ったときに裁判をせずに手続へ進める効力を持たせられること、費用は数万円の範囲に収まることが多いことといった説明が見つかります。いずれもそれ自体は誤りではありません。ただ、実際に手続に入ってみると、公証役場に足を運ぶ日までに決めておかなければならないことが思いのほか多く、しかも作成の手続そのものが2025年10月1日を境に変わりました。「当日は書面に署名押印して完成する」と書かれたままの説明も、いまだ少なくありません。
この記事では、慰謝料の支払いを公正証書にする場面を想定して、申し込んでから書面を受け取るまでの段取り、公証役場に納める費用、そして作成当日に実際に何が行われるのかを整理します。どの条項を入れるかという書面の中身、期限の利益喪失条項の設計、支払いが滞った後の強制執行の進め方については、それぞれ別の記事で扱っているため、ここでは立ち入りません。
公正証書は「その日に行って作る書面」ではない
最初に押さえておきたいのは、公証役場に行く日は手続の入口ではなく、終わりに近いところにあるという点です。
作成日までにやり取りが積み重なる
公正証書は、当事者が持ち込んだ内容を公証人がそのまま清書するものではありません。公証人は嘱託を受けたうえで、その内容に法律的な検討を加えて証書を作成します(公証人法1条1号)。そのため、作成日の前に、どのような内容にしたいのかを伝え、資料をやり取りし、案文を確定させるという工程が入ります。この事前のやり取りにどれだけ時間がかかるかで、作成日がいつになるかが決まります。
このやり取りの方法に決まりはなく、電子メールだけで進み、作成当日まで公証人と顔を合わせないことも珍しくありません。逆にいえば、当日に窓口へ行って「これを公正証書にしてください」と頼み、その場で作ってもらう進め方はできません。
手続の全体像
慰謝料の支払いを公正証書にする場合、おおむね次の段階を踏みます。
| 段階 | そこで決まること | つまずきやすい点 |
|---|---|---|
| 申込みと相談 | どの公証役場に依頼するか、作成の見込み時期 | 内容が固まっていないと日程を決められない |
| 案文の確定 | 証書に記載する条項の中身 | 修正のやり取りが続くと作成日が後ろにずれる |
| 必要書類の準備 | 本人確認の方法、代理人を立てるかどうか | 印鑑登録証明書などは発行から3か月以内のものに限られる |
| 作成当日 | 内容の最終確認と証書の成立 | 資料や印鑑が足りないとその日に完成しない |
なお、公証役場での相談自体には手数料がかかりません。作成するかどうかを決める前の段階で、手続の見通しや必要書類を尋ねておくことができます。
公証役場に行く前に決めておくこと
案文が確定していなければ手続は前に進みません。慰謝料の場面では、次の二点が特に問題になります。
合意そのものが固まっていること
公正証書は、すでに成立した合意を形にするための書面です。金額や支払方法がまだ動いている段階では案文を確定できず、作成日を押さえた後で一方が条件の見直しを求めて合意が崩れれば、その日に証書を作ることはできなくなります。公正証書にすると決めた時点から作成日までの間は、合意が固まっているように見えて、実際には揺れやすい期間です。この期間をできるだけ短くしておくことが、実務上の工夫になります。
手数料の基準となる「目的の価額」
作成手数料は、その法律行為の目的の価額に応じて決まります(公証人手数料令9条)。目的の価額とは、その行為によって一方が得る利益、相手から見れば負う義務を金銭で評価したものです。慰謝料の支払いを約束する証書では、支払うと定めた金額の総額がこれにあたると考えられます。一方だけが金銭を支払う約束であるため、売買のように双方の義務を足し合わせる計算にはなりません。
複数の法律行為が1通の証書に書かれている場合には、それぞれ別に手数料を計算して合算するのが原則です。慰謝料のほかに金銭の支払いを伴う取り決めを同じ証書に入れるときは、その分だけ手数料が変わる可能性があります。接触を控える約束や口外しない約束のように金額の定めがない条項をどう扱うかは、事案によって判断が分かれる部分ですので、案文の段階で公証人に確認しておくと見通しが立ちます。
必要な書類と、代理人を立てる場合の注意
必要書類は公正証書の種類によって異なりますが、共通するのは本人であることを示す資料です。
本人が公証役場に行く場合
一般には、官公署が発行した顔写真付きの身分証明書と認印、または発行から3か月以内の印鑑登録証明書と実印のいずれかを用意します。顔写真付きの身分証明書としては運転免許証、マイナンバーカード、パスポートなどが挙げられ、健康保険証や勤務先発行の証明書は、これにあたらない扱いをしている公証役場が多く見られます。証明書の有効期間が切れていないかも、当日になって気づくと間に合いません。
代理人に頼む場合
慰謝料の場面では、相手と同じ部屋に居合わせたくないという事情から、代理人による嘱託を選ぶ方が少なくありません。この場合には委任状が必要ですが、いくつか押さえておく点があります。
- 委任状には委任する内容が具体的に記載されている必要があり、白紙の委任状は認められません。
- 公正証書の案文を委任状に添付し、実印で契印するか袋とじにして一体にする扱いが一般的です。
- 委任した本人の印鑑登録証明書(発行から3か月以内)と、代理人自身の本人確認資料も求められます。
- 支払いが滞ったときに直ちに強制執行を受けても異議がない旨の条項を入れる場合には、委任状にその旨を明示しておく必要があります。
- 相手方への送達の申立てまで代理人に任せるかどうかで、委任状の書式を分けている公証役場もあります。
委任状の不備は、作成日そのものをやり直しにしてしまいます。書式は各公証役場が公表しているものを使い、依頼する公証役場の指示に従うのが安全です。
作成当日に何が行われるのか
ここが、従来の説明と現在の手続とで食い違いの大きい部分です。2025年10月1日に改正公証人法が施行され、公正証書の原本は原則として電磁的記録で作成されることになりました。同年12月には全国の公証人が指定を受け、この方式での作成が全国で行われています。
本人確認から読み聞かせまで
当日は、公証役場で公証人と対面し、まず本人確認の資料を提示します。次に、公証人が聴き取った内容を証書として記載・記録し(公証人法37条1項)、その内容を読み聞かせるか閲覧させるかして、記載が正確であることの承認を得ます(同法40条1項)。実際には、事前のやり取りで案文が確定しているため、その案文を読み上げて最終確認をするのが通例です。画面に表示して確認する方法も、従来どおり印刷した紙を手元で見ながら読み上げを聞く方法も採られています。
署名押印から電子サインへ
内容に間違いがないことを承認すると、続いて署名にあたる手続に入ります。紙に署名して実印を押すのではなく、公証人のパソコン画面や接続されたペンタブレットに、タッチペンで氏名を書き込む方式になりました。書いた筆跡が原本の所定の位置に画像として記録されます。公証人は、これに加えて官職証明書による電子署名を行い、証書が完成します。銀行や保険の窓口でタブレットに署名する場面に近い感覚といえます。
ここで注意したいのが印鑑です。原本の作成自体には押印が不要になりましたが、送達の申立書や受領書といった付随的な書類には押印を求められることがあり、印鑑登録証明書で本人確認をする場合には実印の所持とあわせて確認されます。当日に印鑑や実印を持参する必要があるかどうかは、依頼する公証人に事前に確かめておくとよいでしょう。
完成した後に受け取るもの
完成した原本は公証役場側で保存され、当事者には正本や謄本が交付されます。改正により、これらは書面でも電磁的記録でも発行できるようになりました。ただし、裁判所の執行システムとの連動が済んでいないため、令和9年までは、強制執行の前提となる正本は紙で発行することとされています(令和5年法律第53号12条)。支払いが滞ったときに備えて作るのであれば、正本は書面で受け取っておく必要があります。
ウェブ会議による作成という選択肢
同じ改正により、公証役場に出向かずにウェブ会議で公正証書を作成する方法も認められました。慰謝料の場面では検討する価値のある選択肢です。
利用できる場合の要件
ウェブ会議によるには、嘱託人からの申出があること、他に嘱託人がいる場合にその人に異議がないこと、公証人がその申出を相当と認めることの三つがそろう必要があります(公証人法37条2項)。相当かどうかは、必要性と、本人確認や意思の確認を適切に行えるかという許容性の両面から判断されます。当事者の一方が他方と同席することに困難がある事情は、必要性を基礎づける事情として挙げられています。相手と顔を合わせずに手続を進めたいという希望は、慰謝料の場面では珍しくありません。
申出の方法と、用意するもの
この方式では公証役場の外から嘱託することになるため、本人確認がより厳格になります。作成を求める内容を記載した嘱託書を作り、マイナンバーカードの署名用電子証明書などで電子署名を付して送信するか、書面に実印を押して印鑑登録証明書とともに送付する方法が求められ、あわせて顔写真付きの身分証明書のデータを事前に送る扱いです。
機材の面では、カメラとマイクを備えたパソコン、タッチ入力ができるディスプレイまたはペンタブレットとタッチペン、そのパソコンで受信できるメールアドレスが要ります。スマートフォンやタブレットだけでは対応できません。資料の関係などで証書を書面で作らざるを得ない場合にも、この方式は使えません。希望するときは、早い段階で公証人に伝えておくことになります。
費用はいくらかかるのか
公証役場に納める手数料は公証人手数料令で定められており、全国どこでも同じです。2025年10月1日に改定されているため、それ以前に書かれた記事の金額とは食い違う点に注意が必要です。
作成そのものにかかる手数料
法律行為に関する公正証書の作成手数料は、目的の価額の区分に応じて次のとおりです。
| 目的の価額 | 作成手数料 |
|---|---|
| 50万円以下 | 3,000円 |
| 50万円を超え100万円以下 | 5,000円 |
| 100万円を超え200万円以下 | 7,000円 |
| 200万円を超え500万円以下 | 13,000円 |
| 500万円を超え1,000万円以下 | 20,000円 |
| 1,000万円を超え3,000万円以下 | 26,000円 |
今回の改定では、50万円以下という区分が新たに設けられ、200万円を超える区分は引き上げられました。50万円を超え200万円以下の部分は据え置かれています。慰謝料の金額がこの範囲に収まる事案では、改定の前後で作成手数料そのものは変わっていないことになります。
作成手数料以外にかかるもの
実際の負担は作成手数料だけではありません。次のような手数料が場面ごとに加わります。
| 名目 | 金額 | かかる場面 |
|---|---|---|
| 枚数による加算 | 1枚につき300円 | 記録された事項を出力した書面が3枚を超えるとき |
| 正本・謄本の交付 | 1枚につき300円 | 作成後に正本や謄本の交付を受けるとき |
| 送達 | 1,600円 | 公証人から相手方へ正本や謄本を送るとき |
| 送達証明 | 300円 | 送達がされたことの証明を受けるとき |
| 執行文の付与 | 2,000円 | 支払いが滞り、強制執行の準備に入るとき |
| 閲覧 | 1回につき300円 | 原本や附属書類を閲覧するとき |
このうち送達と執行文の付与は、作成した日ではなく、その後に必要が生じた段階で発生します。公正証書は作成した時点で完結するのではなく、使う場面が来たときにあらためて手続と費用が生じる書面です。
支払いの方法と、途中でやめた場合
手数料は、原則として正本などの交付を受けるときに支払います(公証人手数料令6条)。現金のほかクレジットカードを利用できる公証役場が増えていますが、扱えるカードの種類や、出張の場合の扱いは公証役場によって異なります。事前に確認しておくと当日に慌てずに済みます。
また、公証人が作成に着手した後、嘱託人側の事情で完了できなくなったときには、それまでの所要時間に応じた手数料を負担する定めが置かれています(同令33条)。案文のやり取りが進んだ後に合意が崩れると、書面は残らないのに費用だけが生じる可能性があるということです。
どちらが費用を負担するか
どちらが負担するかについて、法律上の決まりはありません。慰謝料を支払う側の負担とする例も、折半とする例もあります。公証役場は手数料を受け取った領収の書面を出せますが、どちらが実際に負担したかまでを証明することはできません。負担の割合をはっきりさせておきたい場合は、証書の中に書いておくことになります。
作るかどうかを考えるときの視点
公正証書にするかどうかは、双方の立場で見え方が異なります。
受け取る側から見た場合
支払いが分割になる場合や、一括であっても支払期日が先になる場合には、作成を検討する意味があります。他方、支払期日が数日後に迫っているときは、事前のやり取りと日程の調整に要する期間との兼ね合いで、作成が間に合わないことがあります。この場合は、支払いが済んでから清算の書面を交わす形も含めて考えることになります。
支払う側から見た場合
署名にあたる手続をした内容は、そのまま効力を持ちます。公証人は法令に反する内容でないかを確認しますが、その条件が自分にとって重いか軽いかまでを判断してくれるわけではありません。無理のある支払計画をそのまま証書にしてしまうと、後から立て直すことが難しくなります。案文が届いた段階で、金額と期日を自分の家計に当てはめて確認しておくことが大切です。
金銭以外の約束には及ばない
裁判をせずに強制執行へ進める効力は、金銭の一定額の支払などを目的とする請求について認められるものです(民事執行法22条5号)。接触を控える約束や口外しない約束といった、お金の支払いではない条項は、公正証書にしても直ちに強制執行の対象になるわけではありません。この点は、示談書の条項設計を扱った記事で詳しく整理しています。
よくあるご質問
相手が公正証書にすることを断った場合、作れないのでしょうか
慰謝料の支払いを内容とする公正証書は双方の合意に基づいて作るものですので、一方が応じなければ手続には進めません。断られた場合には、通常の示談書として残すか、支払方法や条件を組み替えて折り合いを探ることになります。断られたという事実そのものが、相手の支払いの見通しを考える材料になることもあります。
作成までにどれくらいの期間がかかりますか
案文が固まっている場合と、これから詰める場合とでは大きく異なります。事案の内容、公証役場の混み具合、代理人を立てるかどうかによっても変わります。いつまでに作りたいという希望がある場合は、早めに公証役場へ相談し、逆算して案文の確定時期を決めておくとよいでしょう。支払期日を先に決めてしまうと、作成が間に合わない事態が起こり得ます。
作成した後で内容を変えることはできますか
完成した公正証書の記載を後から書き換えることはできません。事情が変わって支払条件を見直す場合には、あらためて当事者が合意し、その合意を書面にすることになります。変更後の内容にも同じ効力を持たせたいのであれば公正証書を作り直す形になり、その分の手数料が再び生じます。支払いが難しくなりそうな段階で放置しないほうが、結果として双方の負担は軽くなります。
弁護士に相談する意味
公正証書を作る手続そのものは、公証人が進めてくれます。もっとも公証人は中立の立場で、持ち込まれた合意を証書にする役割を担います。その合意が自分の立場から見て妥当か、支払いが滞ったときに実際に使える形になっているか、書き漏らしている条件がないかといった点までを、公証人が代わりに判断してくれるわけではありません。
弁護士が関与する場合には、案文の検討から公証役場との調整、代理人としての出席までを引き受けられます。慰謝料の金額や条件そのものに迷いが残っている段階であれば、公正証書にする前の交渉から相談されるほうが、選べる選択肢は広くなります。
まとめ
- 公証役場に行く日は手続の入口ではなく、事前の案文のやり取りを経た終わり近くの段階にあります。
- 公正証書は、すでに固まった合意を形にする書面であり、条件が動いている間は案文を確定できません。
- 作成手数料は目的の価額に応じて決まり、慰謝料では支払総額が基準になると考えられます(公証人手数料令9条)。
- 本人確認の資料は、顔写真付きの身分証明書と認印、または発行から3か月以内の印鑑登録証明書と実印が基本です。
- 代理人に頼む場合、委任状には委任内容の記載が必要で、白紙の委任状は使えません。
- 2025年10月1日から公正証書の原本は原則として電磁的記録で作成され、署名押印は電子サインに変わりました(公証人法40条1項)。
- 原本への押印は不要になりましたが、付随書類には押印を求められることがあるため、印鑑の要否は事前確認が必要です。
- 令和9年までは、強制執行の前提となる正本は紙で発行されます(令和5年法律第53号12条)。
- 一定の要件を満たせば、ウェブ会議による作成も選べます(公証人法37条2項)。
- 送達1,600円、執行文の付与2,000円など、作成日より後にかかる手数料もあります。
- 着手後に手続を取りやめた場合、所要時間に応じた手数料が生じる定めがあります(公証人手数料令33条)。
- 金銭の支払い以外の約束には、直ちに強制執行へ進める効力は及びません(民事執行法22条5号)。
慰謝料の公正証書をご検討中の方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。慰謝料を請求する立場の方からは、合意した支払いを形に残しておきたいというご相談を、請求を受けた立場の方からは、示された案文の内容に応じてよいか判断がつかないというご相談をいただきます。
公正証書は、作ってしまえば後から書き換えられない書面です。案文が届いた段階、あるいは公正証書にしたいと考え始めた段階でご相談いただければ、条件の見直しも含めて検討できます。お一人で判断される前に、一度ご相談ください。


