不倫の示談書・合意書の作り方|接触禁止・口外禁止・清算条項

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

 不倫の慰謝料について話がまとまったとき、最後に取り交わすのが示談書(合意書)です。金額だけを書いた一枚で済ませてしまうと、支払いが終わった後に連絡が再開したり、周囲に事実が広まったり、追加の請求を受けたりと、紛争が別の形で続いてしまうことがあります。

 この記事では、示談書の中でも扱いを誤りやすい接触禁止条項・口外禁止条項・清算条項の三つを軸に、どう設計すれば「本当に終わる」書面になるのかを解説します。慰謝料を請求する側・請求される側のどちらの立場でも、署名する前に確認しておきたい視点を整理しました。

示談書は「二階建て」でできている

 示談は、法律上は和解契約にあたります(民法695条)。当事者が互いに譲り合って争いをやめる合意であり、成立すると、その合意に反する主張は原則としてできなくなります。だからこそ、署名した後に内容をひっくり返すのは容易ではありません。

 ここで意識しておきたいのが、不倫の示談書は性質の異なる二つの部分から成り立っている、ということです。

一階部分=過去を清算する条項
 不貞の事実の確認、慰謝料の金額、支払方法、そして清算条項。すでに起きたことについて、いくら払えば終わりにするのかを確定させる部分です。

二階部分=将来を縛る条項
 接触禁止、口外禁止、そして違反したときの違約金。これから先の当事者の行動をルール化する部分です。

 トラブルが再燃するケースの多くは、この二階部分の設計が曖昧なまま署名されています。そして重要なのは、清算条項があっても、二階部分の義務までは消えないという点です。清算条項は「示談書に定めたもののほかに債権債務はない」と確認するものですから、示談書自身が定めた接触禁止義務は当然に残ります。逆にいえば、二階部分の書き方が緩ければ、清算条項をどれだけ丁寧に書いても紛争の芽は残ります。

接触禁止条項|「誰が・何を・いつまで」の四点で設計する

 接触禁止条項は、夫婦関係の修復を目指す場合に設けられることの多い条項です。設計にあたって詰めておきたいのは次の四点です。

① 誰と誰の接触を禁じるのか

 不倫相手と、不貞をした配偶者との接触を禁じるのが基本形です。三者間で示談する場合には、両名が互いに接触しないことを請求者に対して約束する形になります。主体があいまいだと、後から「自分は禁止されていない」という言い分が出てきます。

② 何をもって「接触」とするのか

 直接会うことだけを書くと、メッセージアプリやSNSのダイレクトメッセージ、共通の知人を介した伝言などが漏れます。手段を限定せず、方法のいかんを問わない形で書いたうえで、具体例を列挙しておくのが一般的です。

③ 例外を設けるか

 同じ職場や取引先である場合には、業務上必要不可欠な範囲を除く旨を入れておかないと、退職を強いるに等しい条項になりかねません。偶然すれ違った場合まで違反とされるのかも、争いになりやすい点です。

④ 期間をどうするか

 期間を定めずに作られることが多い条項ですが、当事者が離婚した後まで交友関係を縛れるのかについては議論があります。将来の生活を過度に制約する内容は、条項自体の有効性が問題になる余地があります。

口外禁止条項|片務になっていないかを確認する

 口外禁止条項は、不倫の事実や示談の内容を第三者に話さないと約束するものです。事実を広められたくない側だけの条項と思われがちですが、実際には双方に利益があります。請求した側にとっても、家庭の事情が周囲に知られることは避けたいはずだからです。

 設計上のポイントは三つあります。

義務を負うのは誰か

 相手方から示された案文で、自分だけが口外禁止義務を負う形になっていないかは、必ず確認したい箇所です。双方が義務を負う形にするのが公平です。

何を口外してはいけないのか

 「不倫があったという事実」なのか、「示談の内容(金額など)」なのか、その両方なのか。範囲によって守るべき負担はかなり変わります。

例外を書いておく

 「本件について一切口外しない」とだけ書かれた条項は、一見わかりやすいのですが、弁護士や税理士への相談、裁判手続きでの主張、同居家族への必要最小限の説明まで禁じられているようにも読めてしまいます。専門家への相談や法令上必要な場合を除く、といった留保を置いておくと、後の不安が減ります。

 なお、口外禁止条項は、違反があったこと自体の立証が難しい条項でもあります。「誰かから聞いた」というだけでは足りず、口外の事実と経路を示す必要があります。実効性には限界があることを踏まえたうえで、それでも抑止力として意味がある、という位置づけで捉えておくのが現実的でしょう。

違約金条項|金額を高くすれば安心、とは限らない

 接触禁止・口外禁止に実効性を持たせるため、違反した場合の違約金を定めることがあります。ここで誤解されやすいのが、金額を高く設定するほど安全になる、という発想です。

 裁判例の傾向は、一方向ではありません。1,000万円の違約金を定めた事案で、条項が保護する利益に対する損害賠償としての性格を有する限度で合理性があるとして、著しく合理性を欠く部分は公序良俗に反するとし、150万円の限度で有効とした裁判例があります(東京地裁平成25年12月4日判決)。他方で、500万円の違約金条項について、慰謝料額としては高額であることを認めつつ有効と判断した裁判例(平成29年9月27日判決)もあります。

 ここから読み取れることは、立場によって異なります。

 請求する側にとっては、相場からかけ離れた金額を設定しても、いざというときに一部が無効と判断されれば実効性を失います。違反の態様ごとに、抑止力として現実的な金額を設定するほうが機能します。

 請求される側にとっては、「どうせ高すぎる違約金は無効になるだろう」という見込みで署名するのは危険です。有効と判断された裁判例もある以上、合意した内容に拘束されることを前提に検討する必要があります。

 また、「1回の違反につき」と書く場合、連絡が数回続いたときに何回と数えるのかが争点になります。数え方まで書き込んでおくと、後の争いを減らせます。

清算条項|最後の一行で射程が変わる

 清算条項は、示談書の末尾に置かれる「本示談書に定めるもののほか、何ら債権債務がないことを相互に確認する」という一文です。短い条項ですが、書き方によって効果の及ぶ範囲が変わります。

範囲を限定するかどうか

 当事者間に不倫以外の金銭トラブル(貸し借りなど)がある場合、範囲を限定しない清算条項を入れると、その権利まで一緒に消えてしまうおそれがあります。そうした事情があるときは、「本件に関し」といった限定を付けて範囲を絞ります。

第三者には原則として及ばない

 清算条項は、あくまでその示談の当事者間の清算です。既婚者同士のいわゆるダブル不倫で、一方の配偶者との間だけで示談をしても、もう一方の配偶者からの請求は別に残るのが原則です。関係者全員の法律関係を一度に確定させたい場合には、三者間・四者間での示談を検討することになります。

求償権との関係

 慰謝料を支払った側が不倫相手に負担を求める求償権について、清算条項だけでこれが当然に消えるとは限らず、文言次第で争点になり得ます。求償権を放棄させたいのであれば、その旨を独立の条項として明記しておくのが確実です。

過去の清算であること

 冒頭で触れたとおり、清算条項は署名時点までの債権債務を整理するものです。その後に接触禁止条項へ違反すれば、それは示談後に新たに生じた問題として、あらためて責任を問われ得ます。

公正証書にすれば全部安心か

 分割払いを約束する場合などに、示談書を強制執行認諾条項付きの公正証書にしておく方法があります。支払いが滞ったときに、判決を得ずに差押えへ進める点が大きな利点です。

 ただし、この執行力には射程があります。公正証書に執行力が認められるのは、金銭の一定の額の支払いなどを目的とする請求についてです(民事執行法22条5号)。つまり、接触しない・口外しないといった「しない義務」そのものは、公正証書にしても直接強制執行できるわけではありません。違反があれば、あらためて違約金や損害賠償を請求していくことになります。

 また、違約金の条項については、公証人から修正や削除を求められることや、その部分には強制執行認諾を付けられないと扱われることもあります。公正証書は分割払いの担保としては有力ですが、二階部分の実効性まで保証してくれるものではない、と理解しておくとよいでしょう。

署名する前に確認したいこと

 示談書を提示する側は、案文を自分の側で作成できると条項の設計を主導しやすくなります。そのうえで、接触禁止の主体と例外、口外禁止の対象、違約金の現実的な金額、清算条項の範囲、求償権の扱いを一通り点検します。

 サインを求められた側は、その場で署名しないことが出発点です。金額の妥当性はもちろん、自分だけが義務を負う条項になっていないか、期間や例外が生活に無理を強いる内容になっていないか、清算条項が入っているか(入っていなければ追加請求の余地が残ります)を確認します。示談書に「不貞行為を認める」と書いて署名すれば、その書面自体が不貞の事実を示す資料になり得る点にも留意が必要です。

 一度署名した示談書を後から覆すことは、原則として困難です。だまされた場合や脅されて署名した場合など、取消しを主張できる余地はありますが(民法95条・96条)、実際に認められるハードルは高いのが実情です。

おわりに

 示談書は、金額を書き留めるための書面ではなく、紛争をどこで終わらせるかを決める書面です。接触禁止・口外禁止・清算条項という三つの条項は、いずれも一行の書きぶりで意味が変わり、後から修正することが難しい部分でもあります。

 提示された案文に迷いがあるとき、あるいはこれから案文を用意するときは、署名を済ませる前に一度専門家の目を通しておくことをおすすめします。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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