社員から「労基署に相談します」と言われたら、会社はどう対応する?

桐生英美

桐生英美

テーマ:人事トラブル

社員から「労基署に相談します」と言われたら、会社はどう対応する?


「それなら、労基署に相談します」

社員から突然こう言われたら、上司や経営者としては、やはり一瞬ドキッとすると思います。

「何か大変なことになったのではないか」

「労基署が会社に来るのだろうか」

「何とか相談に行くのを止めた方がいいのか」

労務相談でも、こうした不安を聞くことがあります。

ただ、私は「労基署に相談する」と言われただけで、慌てる必要はない
と考えています。

かといって、

「どうぞ勝手に行ってください」

と突き放す話でもありません。

最初にやることは、もっと単純です。

「何について納得できないのですか?」と聞くことです。


「労基署に行く=会社が違法」ではありません


社員が労働基準監督署などの行政機関に相談したからといって、その時点で会社の違法行為が認定されるわけではありません。

例えば、

「この残業代の計算は合っているのか」

「有給休暇を取らせてもらえないが、本当にこれでいいのか」

「突然、辞めてほしいと言われたが問題ないのか」

など、自分では判断できないため、行政機関に確認したいという人もいます。

相談した結果、

「会社の説明で問題なかった」

と分かることもあります。

反対に、

「会社の運用に問題があった」

と分かることもあります。

ですから、会社として大切なのは、

「労基署」という言葉に反応することではなく、何が問題になっているのかを確認すること

です。

上司が最初に返すなら、この程度で十分です


部下から突然、

「労基署に相談します」

と言われたとき、管理職がその場で法律論を説明する必要はありません。

例えば、

「分かりました。まず、どの点について確認したいのか聞かせてもらえますか」

この程度でよいと思います。

ここで、

「そんなことをしても無駄だよ」

「好きにすればいい」

「会社は間違っていない」

と反射的に答えると、その一言から話がこじれることがあります。

まずは聞く。

その場で結論を出せないのであれば、

「会社でも確認して回答します」

と持ち帰る。

管理職としては、それで十分な場合も多いでしょう。

本人は何に納得していないのか


次に確認するのは、行政へ行くかどうかではありません。

本人が何を問題にしているのかです。

例えば、

* 残業時間
* 残業代
* 休憩時間
* 年次有給休暇
* 労働条件
* 解雇や退職
* 配置転換
* ハラスメント

など、内容によって会社が確認するものも変わります。

同じ「労基署に行く」という話でも、

「残業代が払われていない」

という話と、

「上司から嫌がらせを受けた」

という話では、確認すべき事実も対応する制度も違います。

ですから、まずは本人の言い分を一度整理します。

ここで大切なのは、反論しながら聞かないことです。

「それは違う」

「そんな説明はしていない」

と言いたくなることもあるでしょう。

それでも、まずは

本人がどう理解しているのか

を聞いておいた方が、その後の確認がしやすくなります。

次に、会社側も確認します


ここで会社がやってはいけないのが、

「うちの会社は問題ない」と最初から決めてしまうことです。

本人の話を聞いて調べてみると、

「管理職の説明が間違っていた」

「就業規則と実際の運用が違っていた」

「勤怠の集計方法に問題があった」

「本人への説明が足りていなかった」

ということは、実際にあります。

例えば残業代の話であれば、

勤怠記録、賃金台帳、雇用契約書、就業規則、36協定などを確認します。

有給休暇の問題であれば、

就業規則だけでなく、実際の申請記録や過去の取得状況も確認します。

退職や解雇を巡る話であれば、

本人とのメール、面談記録、通知書、退職届なども確認します。

規程だけではなく、実際にどう運用していたかを見る。

ここはかなり大切です。

問題が見つかったら「直せば終わり」とは限りません


会社側を確認した結果、

「これは確かに問題がある」

となることもあります。

その場合は、是正を検討します。

ただし、

「では、今日から直します」

だけで終わらないこともあります。

例えば未払い残業代であれば、過去の勤怠をどこまで確認するのか、精算が必要なのか、同じ取扱いをしている他の社員はいないのか、といった確認が必要になります。

就業規則と実際の運用が違っていたのであれば、その社員だけ直せばよいのか、それとも全社的に見直すのかという問題もあります。

ハラスメントであれば、単なる制度説明ではなく、事実確認や関係者へのヒアリングが必要になることもあります。

ですから、

問題が見つかったら、何をどこまで直す必要があるのかまで確認する。

ここは、内容によって判断が違いますので、個別の確認が必要です。

会社として説明する


会社側の確認が終わったら、本人に説明します。

例えば、

「勤怠記録と賃金台帳を確認しました」

「就業規則のこの条文に基づいて、この取扱いをしています」

「確認したところ、会社側の処理に誤りがありましたので、この部分は修正します」

というように、できるだけ事実と根拠を示します。

単に、

「会社の決まりですから」

では、本人が納得しないのも無理はありません。

逆に、会社側に問題がなかったとしても、

なぜ問題がないと考えているのか

まで説明できる状態にしておくことが大切です。

それでも納得しないなら、行政で確認してもらえばよい


ここまで説明しても、

「やはり自分で確認したい」

という社員はいます。

私は、その場合まで行政への相談を止める必要はないと思っています。

本人が外部で説明を聞くことで、

「会社の説明で合っていたのか」

と納得することもあります。

逆に、会社が見落としていた問題が分かることもあります。

私なら、経緯を聞き、会社側でも調べ、必要な説明をした後であれば、

「分かりました。気のすむまで確認してきてください」

と言うこともあります。

ただし、この言葉は使う順番が大切です。

本人が話し始めた途端に、

「だったら労基署でもどこでも行けばいい」

と言うのとは、意味がまったく違います。

先に話を聞く。

会社側でも調べる。

必要な説明をする。

そのうえで、

「それでも疑問が残るのであれば、行政機関にも確認してみてください」

という話です。

実は「労基署」とは限りません


社員はよく、

「労基署に行きます」

と一括して言います。

ただ、相談内容によって窓口は異なります。

厚生労働省では、労働基準監督署について、賃金、労働時間、解雇などの法令違反や、安全衛生、労災保険などに関する相談窓口として案内しています。

一方、総合労働相談コーナー
では、解雇、雇止め、配置転換、賃金引下げ、募集・採用、いじめ・嫌がらせ、パワーハラスメントなど、幅広い労働問題について相談を受けています。

総合労働相談コーナーは、都道府県労働局や全国の労働基準監督署内などに設置され、労働者だけでなく事業主も相談できます。

また、労働基準法等の違反が疑われる場合には、行政指導等の権限を持つ担当部署に取り次がれることがあります。

つまり、

「相談した=直ちに会社へ調査が入る」

という単純な仕組みではありません。

相談内容によって窓口も、その後の流れも変わります。

最新の窓口や行政運用については変更されることもありますので、その都度確認が必要です。

「相談」と「申告」は同じではありません


もう一つ、少しだけ法律上の話をしておきます。

労働基準法第104条では、事業場に労働基準法等への違反事実がある場合、労働者はその事実を行政官庁または労働基準監督官に申告することができると定めています。

そして、その申告をしたことを理由として、使用者が労働者を解雇したり、その他の不利益な取扱いをしたりすることは禁止されています。

ここでいう法律上の「申告」と、単に制度を知りたいという「相談」は、まったく同じものではありません。

ただし実務上は、

「行政に相談したら会社で不利益を受ける」

と受け取られるような言動は避けた方がよいでしょう。

「労基署に行く」と言われたときに、やらない方がよいこと


私なら、次のような対応は避けます。

「そんなことをしても無駄だ」

「労基署に行ったら、会社にいづらくなるぞ」

「会社にケンカを売るつもりか」

「絶対に会社が正しい」

あるいは、相談に行かないよう何度も説得することです。

法的な問題以前に、本人との関係を悪化させます。

そして後になって、

「行政に相談しようとしたら、会社から圧力をかけられた」

という別の争点まで増やしかねません。

もともとは残業代だけの話だったのに、会社側の初動によって問題が大きくなる。

これは避けたいところです。

管理職には「その場で勝負しない」と伝えておく


特に中小企業では、本人と最初に話すのは社長や人事担当者ではなく、現場の課長や部長ということも多いでしょう。

そこで、

「労基署という言葉が出たら管理職がすべて説明する」

という運用にはしない方がよいと思います。

むしろ、

本人の話を聞く。
その場で言い争わない。
人事・総務・経営者に共有する。


この3つ程度を管理職に伝えておく方が現実的です。

「労基署に行きます」

と言われたとき、

「分かりました。まず何が気になっているのか教えてください。会社でも確認します」

と言えれば、初動としては十分です。

大切なのは「労基署を怖がらないこと」ではありません


社員から、

「労基署に相談します」

と言われたとき、会社が最初に考えるべきことは、

「どうやって行かせないようにするか」ではありません。

本人が何に納得していないのかを聞く。

会社側の資料と実際の運用を確認する。

問題があれば、必要な範囲で是正する。

問題がなければ、その根拠を説明する。

それでも本人が外部で確認したいのであれば、確認してもらえばよい。

私は、基本的にはこの順番でよいと考えています。

「労基署に行く」という言葉を必要以上に恐れる必要はありません。

ただし、軽く扱う話でもありません。

大切なのは、

「うちは大丈夫」と思っていることではなく、聞かれたときに会社として説明できる状態になっていることです。

勤怠、賃金、就業規則、雇用契約書、本人への説明記録。

こうしたものを普段から整えておけば、社員から疑問を示されたときにも落ち着いて対応できます。

労基署に行かれることを心配するより、

自社の取扱いを一度説明できる状態にしておく。

その方が、ずっと実務的な労務管理だと思います。

※本記事は2026年9月23日時点の厚生労働省公表資料および労働基準法をもとに、一般的な実務対応を整理したものです。個別事案では、相談内容、事実関係、適用法令等によって対応が異なります。行政窓口や行政運用についても、最新情報の確認が必要です。

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桐生英美
専門家

桐生英美(社会保険労務士)

日本経営サポート株式会社

民間企業での人事経験25年、社労士登録30年。労基署対応、労務トラブル、ハラスメント・カスハラ、問題社員対応を、経営と法令の両面から現場目線で整理し、中小企業の判断と実務対応を支援します。

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