ハラスメント対応の正解とは?被害者・加害者・会社リスクを同時に守る方法【人事トラブル相談室③】
パワハラは、無自覚にエスカレートすることがある
「指導のつもり」が、どこで行き過ぎるのか
パワハラ相談で難しいのは、最初から怒鳴り声が飛んでいたケースばかりではない、という点です。
むしろ、最初は普通の注意だった。
仕事上のミスを指摘しただけだった。
上司本人も、「部下のために言っている」「会社として必要な指導をしている」と思っていた。
ところが、同じミスが続くうちに、言葉が少しずつ強くなっていく。
注意の回数が増える。
人前で言うようになる。
仕事の内容ではなく、本人の性格や能力を責める言葉になっていく。
実務では、こういう相談のほうが判断に迷います。
今回は、研修用の漫画で示した流れをもとに、
「指導が、どのように無自覚にパワハラへ近づいていくのか」
を整理してみます。
最初は、よくある注意だった
たとえば、部下が取引先に出す資料の確認を怠ったとします。
上司が、
「この見積書、前回の数字のまま出しているよ」
「先方から指摘されたら信用に関わるから、提出前に必ず確認して」
と伝える。
これは、通常の業務指導です。
ミスの内容も具体的ですし、何を直してほしいのかも明確です。
会社の仕事では、ミスを放置するわけにはいきません。
注意すべきことは注意しなければなりません。
ここまでは、多くの会社で日常的に行われている指導です。
問題は、この後です。
「またか」が増えると、職場の空気が変わる
同じようなミスが続くと、上司の言葉が変わってきます。
「また同じミス?」
「前にも言ったよね」
「これで何回目?」
「確認するだけの話だよね?」
このあたりから、指導の空気が少し変わります。
もちろん、同じミスが続けば、上司が困るのは当然です。
取引先に迷惑をかけることもあります。
他の社員がフォローに回らなければならないこともあります。
ただ、ここで注意したいのは、
注意の目的が、業務改善から、相手を責めることに変わっていないか
という点です。
本人はだんだん発言しなくなります。
周囲も、「また始まったな」と感じながら、止められない。
ところが上司本人は、あくまで「必要なことを言っているだけ」と思っている。
ここに、パワハラがこじれる難しさがあります。
仕事の話から、人を責める言葉に変わる
さらに進むと、指摘の対象が「仕事のミス」ではなく、「本人そのもの」に向かっていきます。
「君に任せたのが間違いだった」
「この仕事、向いていないんじゃないか」
「だからお前はいつもダメなんだ」
「言われないと何もできないのか」
ここは、かなり大きな分かれ目です。
仕事上の指導であれば、本来は、
「何が問題だったのか」
「次にどう直すのか」
を伝える必要があります。
ところが、人格や能力を否定する言葉になると、本人は改善方法がわからなくなります。
ただ責められている、否定されている、と受け止めやすくなります。
たとえば、
「資料の提出前に、金額欄と日付欄を確認してください」
これは指導です。
一方で、
「お前は本当に使えない」
「何をやらせてもダメだ」
「いるだけで迷惑だ」
これは、業務改善のための言葉とは言いにくくなります。
厚生労働省は、職場におけるパワーハラスメントについて、優越的な関係を背景とした言動で、業務上必要かつ相当な範囲を超え、労働者の就業環境を害するものと整理しています。適正な業務指示や指導はパワハラに該当しない一方で、業務上必要な範囲を超えた言動は問題になります。
つまり、上司本人が「指導のつもりだった」と考えていても、それだけで安全とはいえません。
最後は「仕事を外す」「辞めろ」に近づいていく
さらに悪化すると、次のような言動につながることがあります。
「もう君には任せない」
「仕事を振っても無駄だ」
「会議には出なくていい」
「今の仕事、向いていないんじゃないか」
「自分から辞めることを考えたらどうだ」
ここまで来ると、単なる叱責では済まなくなります。
仕事を与えない。
必要な情報を共有しない。
会議から外す。
無視する。
退職をにおわせる。
こうした対応は、本人の心身に大きな影響を与えるだけでなく、会社の法的リスクにもつながります。
厚生労働省の「あかるい職場応援団」でも、パワハラの代表的な類型として、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過小な要求などが示されています。なお、これらの類型は限定列挙ではなく、個別事情によって判断が変わるため確認が必要です。
特に中小企業では、上司と部下の距離が近い分、感情が入りやすくなります。
「何度言っても直らない」
「周りの社員に迷惑がかかっている」
「もう任せられない」
そう感じる場面は実際にあります。
しかし、だからといって、仕事を取り上げたり、退職を迫ったりしてよいわけではありません。
本人に問題がある場合でも、会社としては、注意指導、記録、改善機会の付与、配置や業務分担の検討など、段階を踏んで対応する必要があります。
「本人のため」は、免罪符にならない
パワハラ対応でよく出てくる言葉があります。
「本人のために言ったんです」
「成長してほしかったんです」
「自分が厳しく言わないと、誰も注意しないんです」
気持ちはわかります。
中小企業では、一人のミスが会社全体に響くことがあります。
社長や上司が厳しく言いたくなる場面もあるでしょう。
ただ、会社が確認しなければならないのは、上司の気持ちだけではありません。
実際に、どのような言葉を使ったのか。
どのくらいの頻度で言ったのか。
人前だったのか、個別だったのか。
本人はどう反応していたのか。
周囲の社員はどう見ていたのか。
仕事を外す、無視する、退職を迫るような言動がなかったか。
ここを見なければなりません。
私が相談を受けるときも、まず確認するのは、
「何を注意したか」だけではありません。
「どの場面で、どんな言い方をしたか」
を確認します。
同じ注意でも、言い方、場所、回数、相手の状態によって、受け止めは大きく変わるからです。
パワハラ防止は、上司を黙らせることではない
ここは誤解されやすいところです。
パワハラ防止というと、
「もう部下に何も言えない」
「注意しただけでパワハラと言われる」
と感じる管理職の方もいます。
しかし、パワハラ防止は、上司を黙らせるためのものではありません。
むしろ、必要な指導をきちんと行うために必要なものです。
問題のある行動を放置すれば、職場の秩序は崩れます。
ミスを見逃せば、他の社員にしわ寄せがいきます。
注意すべきことを注意しない上司も、会社にとっては問題です。
大事なのは、
怒鳴らずに指導すること。
人格ではなく、行動を指摘すること。
過去を蒸し返すのではなく、次にどうするかを決めること。
感情ではなく、記録に残る形で対応すること。
これができると、上司も会社も守りやすくなります。
会社が確認したいのは、相談窓口だけではない
ハラスメント対策というと、就業規則に規定を入れる、相談窓口を置く、研修を行う、といった話になりがちです。
もちろん、それらは必要です。
労働施策総合推進法に基づき、事業主には職場におけるパワーハラスメント防止措置が求められています。中小企業を含め、会社として相談体制の整備や再発防止などに取り組む必要があります。
ただ、実務では、制度を作るだけでは足りません。
むしろ、次のような場面が放置されていないかを確認することが大切です。
・同じ社員だけが、繰り返し人前で注意されていないか
・ミスの内容ではなく、性格や能力を責める言葉になっていないか
・「もう任せない」「辞めたほうがいい」といった発言が出ていないか
・仕事を外す、情報を与えない、無視するような対応になっていないか
・周囲の社員が、見て見ぬふりをしていないか
・上司が一人で問題社員対応を抱え込んでいないか
パワハラは、突然完成形で現れるとは限りません。
最初は普通の注意。
次に、同じ指摘の繰り返し。
そのうち、言い方が強くなる。
やがて、人格を責める。
最後は、仕事を外す、退職を迫る。
この流れを、途中で止められるかどうかが大事です。
まず整えたいのは、注意指導の記録です
私が会社におすすめしているのは、いきなり大きな制度を作ることではありません。
まずは、注意指導の記録を残すことです。
難しい様式でなくても構いません。
・いつ
・誰に
・何を注意したのか
・本人はどう反応したのか
・次回までに何を改善することになったのか
・その後、改善が見られたのか
これだけでも、感情的な叱責と、業務上の指導を分けやすくなります。
記録がないと、後からトラブルになったときに、
「何度も注意した」
「そんな言い方はされていない」
「退職を迫られた」
「いや、そんなつもりではなかった」
という話になりがちです。
特に、問題社員対応では、現場の上司が一人で抱え込むと危険です。
上司が限界まで我慢する。
ある日、強い言葉で叱る。
本人が傷つく。
周囲も不安になる。
会社が後から対応に追われる。
こうなる前に、早い段階で人事・総務・社労士などを交えて整理しておくことが必要です。
管理職研修で伝えるべきこと
管理職研修では、法律の説明だけをしても、現場にはなかなか残りません。
むしろ、次のような具体的な場面を扱うほうが効果的です。
「何回言えばわかるの?」は、どこから危ないのか。
「向いていないんじゃないか」は、指導なのか人格否定なのか。
「もう仕事を任せない」は、業務上の判断なのか、過小な要求なのか。
「辞めたほうがいい」は、退職勧奨なのか、パワハラなのか。
このような線引きを、現場の言葉で確認しておくことが大切です。
管理職に必要なのは、部下に優しくすることだけではありません。
問題を見つけたときに、適切に注意し、記録し、改善につなげる力です。
その力がないと、
「強く言いすぎる上司」
または、
「何も言わない上司」
のどちらかになってしまいます。
どちらも、会社にとってはリスクです。
パワハラは「指導のつもり」から始まることがある
パワハラは、最初から明らかな暴言や暴力として始まるとは限りません。
最初は、普通の注意だった。
でも、同じミスが続くうちに、言葉が強くなった。
仕事の話から、本人を責める言葉に変わった。
最後は、仕事を外す、無視する、辞めるように促すところまで進んでしまった。
実務では、このような流れが起きることがあります。
上司本人は、最後まで「指導のつもり」かもしれません。
しかし、会社としては、本人のつもりだけで判断することはできません。
大事なのは、
その指導が、業務上必要な範囲に収まっているか。
言い方や頻度が行き過ぎていないか。
人格否定や退職強要に近づいていないか。
会社が途中で止められる仕組みを持っているか。
ここです。
管理職の指導が強くなりすぎていないか。
問題社員への対応を現場任せにしていないか。
注意指導の記録が残っているか。
相談窓口が実際に機能しているか。
このあたりは、トラブルが表面化してから確認すると、対応がかなり難しくなります。
「うちの会社の指導は大丈夫だろうか」
「問題社員への注意が、パワハラと言われないか不安だ」
「管理職に、どこまで言ってよいのかを伝えたい」
そのような場合は、早めに社内の対応方法を整理しておくことをおすすめします。
必要に応じて、管理職研修、ハラスメント防止規程の見直し、注意指導記録の整備、問題社員対応の進め方など、実務に合わせて確認していくことが大切です。
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