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泉野晶代

コミュニケーション心理学によって、心身を健康な状態に導くプロ

泉野晶代(いずみのまさよ) / メンタルコーチ

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コラム

「ちゃんとしたい」と、頑張りすぎてしまう

2020年10月1日

テーマ:自己受容

コラムカテゴリ:メンタル・カウンセリング

プロ意識的を持っている方の中には、仕事関係や私生活において
何か気になることがあれば、自分にも、相手に対しても「きちんとしてないと落ち着かない」「悪い部分はすぐ直したい」という気持ちが起こるでしょう。

「完璧主義者」までとはいかなくても、「ちゃんとしたい」と、更にまた別のことが気になってしまい、エンドレスにタスクをこなしてしまい、知らない間に自分自身でストレスを生み出し、疲れ果ててしまうことがあるかもしれません。

松下幸之助さんも愛読したという
『菜根譚』という本の一説に『水清ければ魚棲まず』という言葉があります。

言葉の通り、完璧に澄み切った不純物の一切ない水の中では魚は住むことができないということを意味しています。

孔子は「水が清らかすぎれば魚が住まないし、人は潔白すぎれば仲間ができない」と言いました。

人は何かしら秀でているものもあれば、欠けている部分もありそれをお互いに補いあえるからこそ、人と助け合い、より良いものが創れる
『欠けている部分があればこそ』うまく行く、と弟子たちに伝えたそうです。

自身に当てはめて考えてみると欠けているところや、苦手分野を一生懸命に克服しようとしたりするより秀でている部分、得意分野を更に磨いて行った方が
周りの人の役にたて、自分も活かせることができます。


「欠点を直したい」、「克服したい」という気持ちは誰にでも起こると思いますが
苦手な分野を頑張っても、その分野で得意な人には勝てません。
しかし、自分の得意な分野や、秀でている部分を磨いたら、苦手な分野の人の役に立てる可能性が出てきます。

『徳は才の主、才は徳の奴なり』という言葉があります。

能力や行動は召使にすぎす、完璧に行う能力に恵まれていても、人柄がその能力と行動に伴っていないと、主人のいない家で、召使が我がもの顔でふるまってしまい本末転倒になってしまうという意味です。

まずは、「完璧でいたい」「欠点を直したい」と願うことより「完璧でない自分」「欠点がある自分」を受け入れ、同じように相手を受け入れることのできる「人柄」や「人格」を成長させていくことに意識を向けてみる方を優先していくのも良いかもしれませんね。

この記事を書いたプロ

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