糖尿病を持つ人の生命予後について
はじめに
2026年2月、英国の科学誌『Nature Communications』に、世界が注目する大規模研究が掲載されました。英国・台湾・日本の研究チームが、イギリスの約37万人のデータを用いて、「インスリン抵抗性」と、がん・心血管疾患の発症リスクの関係を長期追跡した研究です。
これまでも糖尿病や肥満ががんのリスクを高めることは知られていました。「糖尿病でもなく、肥満でもないのに、インスリン抵抗性があればどうなるか」を大規模に調べた研究は、世界的にもほとんどありませんでした。今回の研究は、その空白を埋める画期的なものです。
研究の鍵:AIを使ったインスリン抵抗性の予測
インスリン抵抗性の「ゴールドスタンダード」検査(高インスリン正常血糖クランプ法)は、専門施設でしか実施できません。インスリン値の測定も日常診療では行われません。そこでこの研究が使ったのが、機械学習(AI)を用いたインスリン抵抗性の予測モデル(AI-IR)です。
【AI-IRとは】
通常の血液検査9項目(年齢・性別・人種・BMI・空腹時血糖・HbA1c・中性脂肪・総コレステロール・HDLコレステロール)から、インスリン抵抗性(HOMA-IR > 2.5)の有無を予測するAIモデル。米国・台湾のデータで開発・検証され、予測精度(AUC)は0.88と非常に高い。
このAI-IRは、糖尿病の予測において、BMI・代謝症候群・中性脂肪/HDL比・TyG指数といった従来の指標を上回る精度(AUC 0.798)を示しました。「インスリン抵抗性を予測するための、より精度の高い物差し」といえます。
衝撃の結果:血糖が正常でも、リスクはすでに上昇
研究では、がんにかかっていない参加者37万人以上を「血糖正常かつ抵抗性なし」「血糖正常だが抵抗性あり」「糖尿病あり」の3グループに分けて比較しました。
3グループのがんリスク比較(複合がん・年齢・性別調整後)
| グループ | インスリン抵抗性 | 糖尿病 | がんリスク(複合) |
|---|---|---|---|
| 血糖正常・抵抗性なし | なし | なし | 基準(1.00) |
| 血糖正常・抵抗性あり | あり | なし | 1.25倍 ↑ |
| 糖尿病あり | あり(増悪) | あり | 1.40倍 ↑ |
最も注目すべき点は、血糖値がまだ正常の段階でも、インスリン抵抗性があるだけでがんリスクが1.25倍に上昇していたことです。心血管疾患(心筋梗塞・脳卒中)のリスクも同様に、血糖正常・抵抗性ありの群ですでに1.38倍に上昇していました。
どのがんのリスクが上がるのか――12種類との関連
36種類の一般的ながんについて詳しく分析した結果、インスリン抵抗性と有意に関連するがんが確認されました。
インスリン抵抗性と関連するがんの種類
| ●統計的に確実なリスク上昇 | がんリスク | ○傾向あり(参考値) | がんリスク |
|---|---|---|---|
| 子宮体がん | 2.34倍 | 腎盂がん | 1.42倍 |
| 腎がん | 1.56倍 | 小腸がん | 1.39倍 |
| 食道がん | 1.46倍 | 胃がん | 1.37倍 |
| 膵がん | 1.29倍 | 肝・胆道がん | 1.37倍 |
| 大腸がん | 1.18倍 | 白血病 | 1.16倍 |
| 乳がん | 1.14倍 | 気管支・肺がん | 1.14倍 |
特に子宮体がんは2.34倍と顕著なリスク上昇を示しました。気管支・肺がんについては、BMIの影響を除いても有意にリスクが上昇しており(1.33倍)、インスリン抵抗性そのものの独立した影響が示されました。
なぜインスリン抵抗性ががんや心臓病を引き起こすのか
インスリン抵抗性があると、血糖値が正常であっても、体内では次のことが起きています。
- 膵臓が代償的に大量のインスリンを分泌し続ける(高インスリン血症)
- 過剰なインスリンがIGF-1受容体を刺激し、細胞の異常増殖を促進する(がんのリスク)
- 慢性炎症が続き、血管を傷つけ動脈硬化を促進する(心血管リスク)
高血糖がなくても、インスリン過剰という状態自体が、がんや心血管疾患のリスクを着々と高めているのです。
病気の流れを整理すると
血糖値が正常でも、インスリン抵抗性は放置できない
健康診断で血糖値に問題がなければ、多くの方は「自分は糖尿病ではないから大丈夫」と感じるでしょう。その安心感は自然なものですが、今回の研究はその前提に一石を投じています。
糖尿病とは、インスリン抵抗性という病態が長年にわたって蓄積した末の「結果の1つ」です。今回の研究は、その「結果」に至る前の段階から、体はすでにがんや心血管疾患のリスクにさらされているという事実を、37万人のビッグデータで示しました。
糖尿病の診断がついていることは、当然ながら重要です。しかし同時に、「まだ糖尿病ではない」という状態であっても、インスリン抵抗性がすでに進んでいれば、リスクは着実に積み上がっています。血糖値の管理と並んで、インスリン抵抗性そのものに目を向けることが、健康寿命の延伸には欠かせません。
糖尿病の診断にかかわらず、インスリン抵抗性の改善を
インスリン抵抗性は、血液検査の血糖値が正常の段階でも、腹部の脂肪蓄積、運動不足、慢性的な精神的・身体的ストレス、睡眠不足といった生活習慣の積み重ねによって進行します。自覚症状がないまま、がんや心血管疾患のリスクが高まっていく可能性があります。
一方で、生活習慣の改善によってインスリン抵抗性は改善できます。糖尿病の診断の有無にかかわらず、またすでに糖尿病があり血糖値の管理ができている場合でも、インスリン抵抗性が残っていればリスクは続きます。「血糖値が正常だから」「血糖値は管理できているから」で終わらせず、インスリン抵抗性という観点からも自身の健康状態を見直してみてください。生活習慣の改善は、インスリン抵抗性の改善に直結します。
引用文献
Lee CL, Yamada T, Liu WJ, Hara K, Yamauchi T, Yanagimoto S, Hiraike Y. Machine learning-predicted insulin resistance is a risk factor for 12 types of cancer. Nature Communications. 2026;17:1396. https://doi.org/10.1038/s41467-026-68355-x



