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「恥の文化」から考える「糖尿病スティグマ」との向き合い方

松田友和

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テーマ:糖尿病

はじめに

日本の2型糖尿病を持つ人の32.9%が、糖尿病であることを恥ずかしいと感じています(私たちの2022年の研究より)。これはオーストラリアの12.0%と比べて約2.7倍も高い数字です。なぜ日本人は糖尿病を恥じやすいのでしょうか。
その答えのヒントが、70年以上前に書かれた『菊と刀』という本にありました。

ルース・ベネディクトと『菊と刀』

作者について

ルース・ベネディクト(1887-1948)は、アメリカの文化人類学者です。人種差別と闘い、すべての文化には固有の価値があると主張した進歩的な学者でした。

『菊と刀』の成り立ち

第二次世界大戦中の1944年、アメリカ政府はベネディクトに「日本人を理解するための研究」を依頼しました。驚くことに、彼女は一度も日本を訪れることなく、アメリカにいる日本人への聞き取りや文献研究だけでこの本を書き上げました。

「恥の文化」とは

ベネディクトは、日本を「恥の文化」、西洋を「罪の文化」として比較しました。

  • 恥の文化(日本):他人からどう見られるかが行動の基準
  • 罪の文化(西洋):自分の良心が行動の基準

つまり、日本人は「世間の目」を強く意識して行動するという分析でした。

「恥の文化」が糖尿病管理に与える4つの影響

1. 心理的な負担

「自己管理できない人」と見られることへの不安が生まれます。世間の目を気にしすぎて、自由に行動できなくなります。

2. 治療への躊躇(ちゅうちょ)

人前での血糖測定や注射を避けたくなります。食事内容や薬を隠そうとしてしまいます。

3. 社会参加の制限

「迷惑をかけたくない」と考えすぎて、職場の集まりや外食を避けるようになります。

4. 完璧主義のプレッシャー

血糖値が目標に届かないと「失敗した」と感じ、一度うまくいかないと「もうダメだ」と諦めてしまいます。

自律的動機づけで前向きに変える方法

自律的動機とは、「自分のために」「自分がやりたいから」という内側からの気持ちで行動することです。この気持ちが強いと、食事療法や運動も続けやすくなります。

1. 心理的負担を軽くする

「糖尿病と上手に付き合っている」と自分を認めましょう。病気は弱さではなく、向き合う強さの証です。

2. 治療を堂々と行う

血糖測定や注射は「自分を大切にする行為」です。隠す必要はありません。

3. 積極的に社会参加する

そもそも糖尿病であることは「迷惑」ではありません。必要な配慮(食事の時間や内容など)を伝えることは迷惑ではなく、当然のコミュニケーションです。避けるのではなく、まずは身近に信頼できる人から伝えてみませんか。

4. 柔軟に考える

数値は「参考データ」、失敗は「学びの機会」です。完璧を求めすぎないことが大切です。

『菊と刀』から学べること・注意すること

学べること

「恥の文化」という考え方は、日本人が病気を隠したがる理由を理解する手がかりになります。文化的背景を知ることで、より良い解決方法が見つかるかもしれません。

注意すること

  • すべての日本人に当てはまるわけではありません
  • 個人差や世代差があります
  • 現代は価値観が多様化しています
  • 「恥の文化」だけで説明するのは単純化しすぎです


まとめ

日本で糖尿病が恥ずかしいと感じられやすいのは、「恥の文化」という文化的背景が影響している可能性があります。
しかし、文化は変えられなくても、考え方は変えられます。他人の目を気にする「恥」の気持ちから、自分のための「誇り」へと変えていくことで、より前向きに糖尿病と付き合えるようになるでしょう。
70年前の文化分析が現代の医療問題を理解する手がかりになるように、私たちは歴史から学びながら、新しい価値観を作っていくことができるのです。

引用文献

書籍

1.ルース・ベネディクト著, 長谷川松治訳『菊と刀 日本文化の型』講談社学術文庫, 2005年
2.ルース・ベネディクト著, 角田安正訳『菊と刀』光文社古典新訳文庫, 2008年

論文

1.Matsuda T, Inagaki S, et al. Diabetes-related shame among people with type 2 diabetes: an internet-based cross-sectional study. BMJ Open Diabetes Research & Care. 2022;10:e003001
2.稲垣聡, 松田友和, 他. 2型糖尿病をもつ人の食事および運動習慣に関連する因子の探索. 糖尿病. 2023;66(9):675-685
3.Browne JL, et al. 'I call it the blame and shame disease': a qualitative study about perceptions of social stigma surrounding type 2 diabetes. BMJ Open. 2013;3(11):e003384

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松田友和
専門家

松田友和(内科医)

医療法人社団翠藍 糖尿病内科まつだクリニック

糖尿病専門クリニック。糖尿病専門医による薬物療法に加え、認定看護師や療養指導士など糖尿病専門スタッフがチームで食事療法や運動療法も行う。フットケア外来、禁煙外来、糖尿病患者友の会「ばんぶぅ会」もある。

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