1日7000歩で元気で長生きに~無理なく続けられる健康習慣~
はじめに
高齢者に多くみられる症状として、フラつきと不安定な歩行があります。これらの症状は日常生活に大きな影響を与えるだけでなく、転倒事故とも関連しています。日本では、在宅高齢者の転倒事故の年間発生率は10~25%、施設入居者では10~15%に上ります。高齢者の転倒による外傷の発生率は54~70%で、死亡にいたる症例数は交通事故の4倍と報告されています。
主な原因
1. 前庭機能低下
前庭機能とは、内耳にある平衡感覚を司る器官の働きです。加齢によりこの機能が低下すると、姿勢の不安定性、歩行障害、繰り返す転倒などの症状が現れます。
2. 筋機能障害(サルコペニア/フレイル)
高齢期には筋肉量が減少し、筋力も低下します。この状態をサルコペニアと呼びます。また、フレイルとは加齢により心身が脆弱化した状態を指し、意図しない体重減少、疲労感、筋力低下、歩行速度の低下、身体活動量の減少などの症状が現れます。
3. 睡眠障害
閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)などによる睡眠の質の悪化も、転倒リスクの増加と関連しています。睡眠時無呼吸による脳認知機能の低下と、加齢にともなう脳の変化によるバランスの認知能力の低下があいまって、フラつきと不安定な歩行が悪化します。
その他の要因
- ビタミンB1・B12の欠乏:身体機能と関連しており、欠乏すると運動機能の低下を引き起こします。
- 認知障害:加齢に伴う脳の変化により、バランスの認知能力が低下します。
- 視覚障害:年齢関連の視力低下による視覚情報の減少も高齢者のめまいや浮動性歩行に寄与します。
前庭リハビリテーションによる対策
前庭リハビリテーションは、前庭機能低下に対する効果的な対策として有効性が確認されています。以下の3種類の訓練があります。
1. 頭部運動訓練
- 視標(指やカードなど)をしっかり見つめながら、頭部を左右や上下に動かします。
- 最初はゆっくりとした動きから始め、徐々に速度を上げていきます。
- この訓練は頭部運動に伴う動揺視(ものがぶれて見える状態)の改善を目指します。
2. 立位バランス訓練
- 垂直軸を意識しながら、立位で頭部と体幹を前後または左右に傾け、元の位置に戻ります。
- 開眼での訓練からスタートし、慣れてきたら閉眼で行います。
- 足底で床からの感覚を意識しながら立位で身体を安定させる訓練も有効です。
- 姿勢の安定性を高め、視覚に頼らない姿勢制御能力を向上させます。
3. 歩行訓練
- 頭部を左右・上下・傾ける動きを加えながら歩行します。
- 速度を変えながら(普通→速く→遅く)歩行する訓練も効果的です。
- 日常生活での安定した歩行能力の獲得を目指します。
サルコペニア/フレイルに対する対策
- 十分なタンパク質(1日体重1kgあたり1.2~1.5g)摂取
- 定期的な筋力トレーニング
- 家族のサポートやデイケア施設の利用
睡眠障害に対する対策
重症の閉塞性睡眠時無呼吸には、持続陽圧呼吸療法(CPAP)が有用です。CPAP療法によってフラつきや不安定な歩行の軽減が認められます。
ビタミン欠乏に対する対策
ビタミンB1やB12が欠乏している場合は、サプリメントなどによる補充療法が効果的です。
まとめ
高齢者のフラつきや不安定な歩行は、前庭機能低下、筋機能障害、睡眠障害という3つの要因が主な原因です。これらの原因に対して適切な対策を講じることで、転倒リスクを軽減し、安全な日常生活を送ることができます。前庭リハビリテーションなどの運動療法は自宅でも実践可能ですが、すでにフラツキや不安定な歩行などの具体的な症状が出ている場合は、その原因を明らかにしてから、安全に対策を行うために、主治医や専門家に相談するところから開始することをお勧めします。
引用文献
- 池田勝久ほか「高齢者のフラツキと不安定な歩行は前庭機能低下、筋機能障害および睡眠障害と関連する:転倒事故予防への影響」BMC Geriatrics, 2024
- 伏木宏彰「前庭リハビリテーションの原理と実践」日耳鼻 125-1303~1308, 2022



