新型コロナウイルス感染症が糖尿病診療に及ぼした影響のまとめ ~日本内分泌学会の全国調査の結果~
はじめに
糖尿病は生活習慣病の一つで、日本では約1000万人が罹患しています。 糖尿病と診断されると、適切な管理が必要となりますが、発症前の段階で適切に対処すれば、発症を遅らせたり予防したりすることも可能です。そこで今回は、空腹時血糖値と糖尿病発症リスクの関係について解説します。
空腹時血糖値の基準値
日本人の空腹時血糖値 の正常値は、日本糖尿病学会の基準によると以下のように定義されています。
- 正常値; 110mg/dL未満
- 境界型(空腹時血糖異常): 110mg/dL以上126mg/dL未満
- 糖尿病型: 126mg/dL以上(別の日に再検査して2回以上該当する場合に糖尿病と診断)
ただし、2010年に日本糖尿病学会は、「空腹時血糖100mg/dL以上110mg/dL未満」も"正常高値"として注意が必要な範囲に含めています。これは国際的な基準に近づける動きの一環です。
ちなみに、空腹時血糖値とは,前夜から10時間以上絶食し(飲水はかまわない),朝食前に測定した血糖値のことを指しています。
最新の研究結果から分かること
2025年1月に米国で発表された研究では、約45,000人を対象として空腹時血糖値と糖尿病発症リスクの関連性を調査しました。この研究は中央値6.8年間の追跡期間で、約8.6%の人が糖尿病を発症し、10年間の糖尿病累積リスクは12.8%でした。
この研究は米国での調査結果であり、日本人にそのまま当てはまるわけではありませんが、生活習慣病としての糖尿病の発症メカニズムには共通点も多く、日本人の糖尿病リスク評価にも大いに参考になるものです。
空腹時血糖値と糖尿病リスク
興味深いことに、空腹時血糖値は「正常範囲」とされる値の中でも、発症リスクに差があることが分かりました。下記のグラフは、80-94mg/dLの群を基準(1倍)とした場合の各血糖値域での発症リスク比を示しています。
注目すべき点として、以下のことが挙げられます。
- 最も安全と思われる空腹時血糖値は80-94mg/dLの範囲でした
- 70mg/dL未満の低血糖の範囲でも、リスクが3.49倍に上昇していました
- 95mg/dL以上から徐々にリスクが上昇し、100-104mg/dLでは2倍になります
- 日本の基準で「正常」とされる110mg/dL未満であっても、110mg/dLに近づくほど大幅にリスクが上昇します
- 「境界型」とされる110-125mg/dLの範囲では、リスクが4.51倍から12.47倍まで急激に上昇します
このように、一般に「正常」とされる範囲内でも、値が高くなるほど段階的にリスクが上昇していくことが分かります。また、低すぎても高すぎても危険であり、最も安全なのは80-94mg/dLの範囲ということになります。
その他の糖尿病リスク要因
この研究では、空腹時血糖値に加えて、以下の要因も糖尿病発症リスクに影響していることが分かりました。
性別
男性は女性に比べて1.31倍リスクが高い
年齢
60歳以上は若年層と比べて1.97倍リスクが高い
BMI(肥満度):18.5-24.9を基準(1倍)とした場合
- BMI 18.5未満:2.42倍
- BMI 25.0-29.9(過体重):1.36倍
- BMI 30.0-34.9(肥満1度):2.11倍
- BMI 35.0-39.9(肥満2度):3.22倍
- BMI 40以上(肥満3度):4.03倍
注目すべきは、「やせ型」のBMI 18.5未満でもリスクが高いことです。これは、筋肉量が少なく、サルコペニア(筋肉減少症)がある可能性を示唆しています。筋肉はインスリンの主要な標的組織であり、筋肉量の減少はインスリン抵抗性につながるためです。
リスク要因の複合効果
これらのリスク要因は相互に影響し合います。例えば、日本人の中年女性(40-50代)で
BMI 24.0(正常範囲の上限)、空腹時血糖103mg/dL(軽度高値)の場合:
この条件では、複数のリスク要因が重なり、糖尿病発症リスクは基準グループ(若年女性、BMI正常値、空腹時血糖80-94mg/dL)と比較して約2倍程度高くなると推測されます。
このように、一見「正常範囲」に近い値でも、複数の要因が組み合わさることでリスクは段階的に上昇していきます。
実践的な対応策
空腹時血糖値が高めの方や、複数のリスク要因を持つ方は、以下の対策を検討しましょう。
- 定期的な健康診断の受診:早期発見が重要です
- 適切な体重の維持:極端な痩せすぎも太りすぎも避ける
- 筋肉量の維持・増加:筋トレなどの運動習慣を持つ
- バランスの良い食事:急激な血糖上昇を避ける食事を心がける
- 専門家への相談:高リスクと判断される場合は、専門家へ早めに相談し、予防策を一緒に考える
まとめ
糖尿病発症リスクは空腹時血糖値だけでなく、性別、年齢、BMIなど複数の要因の影響を受けます。特に、正常範囲内でも空腹時血糖の高値は注意が必要です。これらのリスク要因を早期に把握し、適切な対応をとることで、糖尿病の発症を予防・遅延させることが可能です。健康診断などで定期的に自分の状態を確認し、必要に応じて生活習慣の改善に取り組みましょう。
引用文献;
- Egan AM, Wood-Wentz CM, Mohan S, Bailey KR, Vella A. Baseline Fasting Glucose Level, Age, Sex, and Body Mass Index and the Development of Diabetes in US Adults. JAMA Network Open. 2025;8(1). doi:10.1001/jamanetworkopen.2024.56067
- 日本糖尿病学会. 糖尿病診断基準に関する調査検討委員会報告. 糖尿病. 2010;53(6):450-467.
- 日本糖尿病学会編. 糖尿病治療ガイド2022-2023. 文光堂; 2022.



